第75話 それぞれの疾走
マスターウィザード、ロウランの殺害……
そのあまりにおそろしい知らせに、エミルはわなわなとふるえ……手にしていた新聞を、はらりと取り落としました。
シロンとシュガー、そしてエイルたちも、記事の内容が目に入って息をのみます。
「お花のおねーちゃんが……殺された……?」
さすがのエイルも、信じられないとばかりに目を見開きました。
クリスティーヌは口をおおい、シルヴィアも言葉をなくしています。シルヴィアにべったりのアノニマスまで、いつものおどけた笑みを消して、おどろいているようすです。
エミルは、頭がまっしろになりました。
思い浮かぶのは、ひょうひょうとしたロウランのあかるい顔。そして……なんだかんだ言いながら、自分のことを信じてくれていた、マゼンタの瞳の熱いまなざしでした。
エミルには、どうしても受け入れられません。彼女が殺されたなんて。
ということは……エミルはハッとして、ビブリアードに向き直り、必死な顔でたずねます。
「シオリ! まさか、助けてほしいことって……」
『ちがうわ。彼女が伝えたかったのは、そのあとのこと』
返ってきたのはシオリではなく、ビブリアードの声でした。
「ビブリアード! シオリは……」
『いま彼女は、通話ができる状態にないわ。新聞の記事をよくごらんなさい』
エミルはうながされるまま、落とした新聞をひろいあげ、食い入るように記事を読みます。
そこには、ロウランの大きな写真の下に……小さくシオリの顔写真が印刷されていました。
"犯人は、"大樹の図書館"所属、シオリ・ミルフィオーレと断定。警察は、彼女を指名手配し――"
「シオリが……ロウランさんを殺した犯人!?」
まっさきにエミルの胸にわきあがったのは、またも信じられない、という気持ちでした。
シオリに対しても、クリスティーヌのときと同じ思いがこみあげます。出会って日は浅いですが、彼女は命がけの戦いをともにした大切な友だちです。それになにより、シオリはロウランに大きな恩を感じているのに、その恩人を殺すなんて、とても考えられません。
「……ビブリアード! あなた、もともとはロウランさんのパートナーなんだよね!? 事件のこと、知ってるはずでしょ!?」
エミルがふたたびビブリアードを問いただすと、彼女はバツが悪そうに目を伏せました。
『……ごめんなさい。私には、わからないわ』
「どうして!?」
知り合いが亡くなり、友だちが犯人として疑われているのです。エミルは気持ちをおさえられず、責めるような顔と口調になってしまいます。
『機密保持のため、ロウランの身になにかあった場合は、分身の私たちと本体とのつながりが切れるしくみになっているの。だから、ロウランになにがあったのか、私たちに知るすべはないわ。いまは、そこまでの権限が与えられていないのよ』
「そんな……!」
エミルは、がっくりと肩を落としました。
こんなことを思ってはいけないのですが……ビブリアードを頼りないとさえ感じてしまうほど、がっかりしてしまったのです。
けれど、いまはそんなことを気にしている場合ではありません。シオリは、エミルに助けをもとめてきたのです。ならば友だちとして、それにこたえなければ。
「グレイ!」
エミルは【グレイトウルフ】のグレイを呼び出し、ひらりとまたがりました。シロンとシュガーも、定位置――エミルの両肩に、ぴょんと乗っかります。
「待った、エミル!」
エイルは、自分の指にはめてあずかっていたシルヴィアの指輪をはずし、エミルに向かってぽいっと放り投げました。
エミルはそれを無言でキャッチし……シルヴィアとビブリアードを、いったん指輪にもどします。
『あらっ!?』
べったりくっついていたシルヴィアが、突然ふっと消え、アノニマスは、やわらかそうな体をふにゃりとよろけさせ、バランスをくずしてしまいました。
「シオリの居場所ならわかるよね!? 案内おねがい!」
エミルは指輪の中のビブリアードに語りかけると、グレイをダッと走らせます。その姿は、あっというまに小さくなって、見えなくなりました。
「私たちも追っかけるよ、クリちゃん!」
エイルもすぐにシロを呼び出そうとしますが……
「エイル!」
そこへ、レンタル騎獣に乗ったミリアムとラナが、血相を変えて駆けてきました。ふたりが乗っているのは【アルキマジロ】という、早歩きが得意なアルマジロ型ワンダーです。
「ミリ、どうしたの!?」
「黒竜が出た! しかも二体!」
クリスティーヌは、さらにおどろきました。
大きな事件が、二つもたたみかけてくるなんて。きょうはなんとあわただしい日でしょう。……いえ、事件の規模はもはや、そんなかわいらしい話ではないのですけれど。
エイルは、エミルのことが気になります。けれど、妹を心から信じているぶん、迷いませんでした。
「わかった! シロ!」
【ニュードウルフ】のシロを呼び出すと、ミリアムの手をつかんで、ひょいっと背に引っぱりあげます。
いっぽうで、アルキマジロの背には、ラナだけが取り残されていました。
「あたしも行きます!」
「あんたはダメ!」
ミリアムは、ぴしゃりとラナをこばみました。
「ど、どうして……」
「妹ちゃんのところに行ってやれ! 気になってるんだろ!?」
「……!」
ラナは、ハッと息をのみました。
ラナもミリアムも、ロウラン殺害のニュースは知っています。シオリが犯人として指名手配されたことも。
エミルがこの場にいないのは、きっとシオリを助けに行ったのでしょう。ラナは、エミルとシオリ、ふたりの友だちとして、放っておくことはできませんでした。
ミリアムとしても、そんな状態のラナを黒竜退治に連れていくわけにはいかないのでしょう。
「……わかりました! ありがとう、ミリアムさん!」
ラナは決意を秘めた顔で手綱をにぎりました。シロの上のエイルが指さしたほう……エミルが走り去った方角へ、アルキマジロを走らせようとするのですが……
「あ、待って! クリちゃんも乗せてってあげて!」
エイルがあわてて、それを止めました。
「エイル様……?」
クリスティーヌは、とまどったようすで振り向きます。
「私のかわりに、エミルを助けてあげて。クリちゃんはもともと、エミルにさそわれて、うちに来たんだろ?」
エイルに言われて、クリスティーヌは大きな目をまたたかせました。
そうです。クリスティーヌを選んで、雇うことにしたのはエミルです。エミルを助けることを優先するのは、雇われている身として当然のことなのです。
いえ、それ以上に……いまいちばん助けを必要としているのは、冷静さを失いつつあるエミルのほうなのだと、気づいたのです。黒竜退治も大切な任務ではありますが、そちらはエイルにまかせておけばだいじょうぶでしょう。
「……かしこまりました! エミル様はかならず、わたしがお助けいたします! まいりましょう、ラナ様!」
クリスティーヌもアルキマジロの背にひらりと飛び乗り、ラナとともにエミルを追って、土ぼこりをあげて駆け出しました。
「じゃあ、あたしたちも行こう!」
弟子の出発を見届けたミリアムは、エイルに声をかけます。
「今回は、首輪ついてないの?」
エイルがたずねました。前回の黒竜と同じく、"隷属の首輪"がついているのかを聞いているのです。ついているのなら、今回もやっつけるわけにはいきません。
「いちおう、ギルド内外で注意するよう伝えひろめといたんだけど……近くで注視してないと見えないから、そこまではわからなかった……」
前回の黒竜の首輪は、バツグンに視力のいいシルヴィアでないと気づけないほど、黒い体にまぎれていました。遠目から確認するのは、たしかにむずかしいでしょう。近づきすぎれば、黒竜のえじきになってしまいますし。
「……そっか。まあいいや、いこう」
エイルはあっさりと返事をすると、シロをびゅんっと走らせました。
「ちょっ……まあいいって……たしかに、妹ちゃんがいないと、首輪はずせないしなあ……」
ミリアムは困ったように言いました。
人間にあやつられているだけのワンダーを殺すのは気がとがめますが、解放する手段がないのならば、しかたがありません。そうしなければ……もっとたくさんの犠牲が出てしまうのですから。それが、狩人のルールというものです。
「だいじょうぶだよ」
エイルは、前を流れる景色を見すえて言いました。
「だいじょうぶって、なにがよ?」
「また首輪つけてても、いまの私なら壊せるから」
「……え?」
エイルの意味深な言葉に、ミリアムは首をかしげました。こいつが意味不明なことを言うのはいまにはじまったことじゃないけど、今回はとくに意味わかんないな、という感じで。
そして、ひとり取り残されたアノニマスは――
『……まったく! これだから人間は、生き急いじゃって、やんなっちゃう!』
ふんわりとした薄桃色の長い髪をさらりとかきあげ、白いほっぺをぷうっとふくらませていました。出るところの出た、やわらかそうな体つきなのに、仕草はまるで少女のように愛らしく、ぷんすかしています。
『……でも、人間のそういうところも好きな私にも、やんなっちゃう』
そして一転、つややかなくちびるに指を当て、水色の瞳をうっとりとほそめました。花のように甘い香りが、ふわりとただよいます。
『さーて、追いかけるならもちろん、エミルちゃんよね。かわいいシルヴィアのことも、心配だし!』
アノニマスは、エミルが去っていった方角をじっと見つめ、長い耳をぴくぴくっと動かしながら、すらりとした白い脚をぐーんとのばし、準備運動をはじめました。
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