第74話 急転直下
「……ビンゴだ。これを見ろ」
数分後、ミスリオはいじっていた銀色のタブレットを、くるりとテーブルの中央に向けて置きました。
テーブルの上のシロンとシュガーも、エミルといっしょに、そろって画面をのぞきこみます。
そこに映っていたのは、クリスティーヌのお姉さんの詳細なデータが書かれた、写真つきの警察の資料でした。
名前はクリスティーナ。年齢は22歳。
髪の色は妹よりうすいマロンブラウンで、ふわふわのくせっ毛ぎみ。大きな目のかたちもよく似ていますが、妹よりすこしたれ目です。ほんのり大人びていることをのぞけば、妹とうりふたつでした。
経歴は、子どものころからノワール・モンブランに所属していたものの、5年前のアジト壊滅事件の際に、組織の金庫から大金を持ち逃げ。それをきっかけに命をねらわれ、組織とは手が切れているとみられる……と書かれています。
『クリちゃんのおねえちゃん、ホントにワルモノのなかまだったんだね……』
シロンとシュガーは、がっくりと肩を落としました。家族だと思っているクリスティーヌのお姉さんが、悪事に手を染めていたという事実をはっきりつきつけられて、ショックなようです。
「それにしても、子どものころから所属してたなんて……」
「裏社会ではよくあることだ。どうも、両親が組織の幹部だったらしい」
家族ぐるみで組織にいたのなら、ベルダンディーが言っていた、クリスティーヌの「ただ者ではない」身のこなしも、そのころに鍛えられたものなのでしょう。
『でも、どうして組織を抜け出したんでしょう?』
シュガーがこてんと首をかしげます。
「それは、本人をつかまえて聞かなければわからないな」
「秘密警察なら、居場所をつきとめられない?」
エミルがたずねると、ミスリオはだまって考えこみました。
「……できなくは、ない。だが、俺の権限ではむずかしい。最悪、なんらかの罰を受けるおそれもある。それでも、お前が接触したいとのぞむなら……協力するのは、やぶさかじゃない」
「……」
今度は、エミルがうつむいて、じっと考えこみました。
シロンとシュガーは、心配そうな顔でエミルを見つめます。
しばらくすると……エミルは、すっと席から立ちあがりました。
「……ありがとう、ミスリオ。おかげで、わたしのするべきことが見えてきた」
「……協力しなくて、いいのか?」
「うん。やっぱり、クリスティーヌさんと直接話をしようと思って」
『え?』
シロンとシュガーは、エミルの顔を見上げて、きょとんと首をかしげました。
「こうして、いろんな人にいろんな話を聞いて、わたし……わかったんだ。わたしはやっぱり、クリスティーヌさんのことを信じたい……ううん、無実を信じてるんだって」
『エミル……』
シロンは、目を丸くしました。
「クリスティーヌさんの過去、そしてお姉さんのこと……知れば知るほど、本人から直接、もっと話を聞くべきだと思った。だって、人から聞いた話じゃ、わたしの心はちっとも納得してくれないんだもの。そんなわけがない、って。わたしも……自分で見聞きしたことしか、信じられないんだって」
それは、ロウランが口にしていた「自分が見聞きしたことしか信じない」という考えと、そっくりでした。もしかするとビブリアードは、エミルの中にそんな似たところを見つけて、分身をさずけてくれたのかもしれません。
エミルはすこしだけ笑って、言葉をつづけます。
「それに……わたしのわがままのせいで、ミスリオがなにか罰を受けるかもしれないっていうのは、やだもん。だから、わたし、行くよ。家に帰って、クリスティーヌさんとちゃんと話をする」
そんなエミルの青く燃えるまなざしを見て、ミスリオは不敵にほほえみました。
「……あいかわらずだな、お前は。しばらく会わないうちにずいぶん遠いところに行ってしまったと思っていたが、そうでもなかったようだ」
「わたしはわたしだよ。それだけは、いつまでも変わらないつもり」
その言葉は、きょう戦士の殿堂でエイルが口にしたものと、そっくりでした。やっぱりふたりは、似たもの姉妹なのです。
「……そうだな、それでこそ、だ」
ミスリオは口の端をわずかにあげ、うれしそうにフッと笑います。
「どういうこと?」
「さっきまでのお前は、どうもお前らしくない、と思った。俺の知っているお前は、とても勇敢な人間だった。自分の信じたことをまっすぐつらぬこうとする、冒険物語の主人公のようなヤツだとな。だが、さっきまでのお前は、人づてに聞いた話ばかりにふりまわされ、立ち止まっているだけの臆病者でしかなかった。正直、がっかりしたよ」
「それは……ごめんなさい」
エミルは図星を突かれまくったうえ、がっかりしたという言葉にショックを受けて、しゅんとしました。
「だが、さっきの宣言で確信した。やはりお前の芯の強さは、いまも変わっていなかったんだと。そうだ。迷いのない人間などいない。俺もそうだ。お前も同じだったのかと、がっかりした反面、すこし安心した。そして、自力で答えにたどりついたお前は、やはり尊敬に値するヤツだ」
「自力じゃないよ。ミスリオに、ベルダンディーさん、それからお姉ちゃんに、この王都でできた新しい友だち……みんなのおかげで、気づけたの」
エミルの晴れやかな表情と言葉に、ミスリオはふっと目をやわらげ、ぼそっとつぶやきます。
「……素直にそう思えることが、お前の強さの秘密なんだな」
「なにか言った?」
「……いや。わかった。なら、好きにするといい。これまでの話は、聞かなかったことにする。俺たちはまだしばらく王都にいるから、またなにか用があれば、今度はアザレアを通さず、俺に直接知らせるといい」
そう言うとミスリオは、自分の連絡先を書いたメモを、エミルに手わたしました。
「ありがとう! それじゃ、おカネを……」
エミルはお茶代を払おうと、ローブのポケットからサイフを取り出しかけますが……
「俺のおごりでいい。借りの一部にもならないだろうがな」
「そんなこと、気にしなくっていいのに」
「俺は気にするんだ」
「……わかった、じゃあお言葉に甘えるね。きょうは、ほんとうにありがとう!」
『カイザーにも、よろしく!』
エミルとシロン、シュガーはぶんぶんと手を振り、呼び出したグレイの背に乗って、わが家をめざして駆けていきました。
「……」
「……なんだ?」
アザレアがにまにまと口もとをゆるめているので、気になったミスリオがたずねました。
「"アザレアを通さず、直接俺に"……ですか」
「それがどうかしたのか?」
「いえ、なんにも」
アザレアは目をふせ、やれやれとばかりに、くすりと笑みを浮かべるのでした。
☆ ☆ ☆
「あ、エミル。おかえりー」
「お姉ちゃん?」
エミルがグレイの背からおりて家の前まで来ると、エイルとシルヴィア、そしてクリスティーヌも、ちょうど家に帰りついたところでした。ミリアムとラナは、途中で別れたみたいです。
けれど、そこにはもうひとり、見なれない人物がいました。
ふんわりとゆれる淡いピンクの長い髪に、白くてなめらかな肌。少女のようなあどけなさを残しながら、むちっとやわらかそうな曲線をえがく、絶世の美女です。長くとがった耳は、エルフのものでした。そのエルフの美女は、シルヴィアにぴったりと寄りそっています。
『貴女が、"雨あがりの聖女"ちゃんね。はじめまして。私は【フォレストハイエルフ】。名前を持たないアノニマスよ。よろしくね』
エミルとシロンとシュガーは、ぽかんとしました。
エミルに近づく相手には、いつもやきもちを焼くシルヴィアが、自分と同じくらい……いえ、それ以上かもしれない美女エルフにべったりとくっつかれて、頬をほんのり染め、まんざらでもなさそうな顔をしているのです。いえ、見知らぬエルフがそこにいること自体にも、じゅうぶんおどろいているのですが。
「シルヴィア、彼女は……」
『えーと……話せば長くなるのですが……この方、エミル様のパートナーになりたいのだそうです……』
銀髪をさらりとゆらしたシルヴィアは、どこか照れくさそうな声で答えました。
「え……えええ~っ!?」
エミルたち三人は、思わず大声をあげてしまいました。
『ハ、ハイエルフって……エルフ様の中でも、より高位の存在ですよ!?』
エルフにあこがれている妖精のシュガーが、あわてふためいてさけびます。
『こーいってことは、シルヴィアよりすごいってこと!?』
シロンも、目をぐるぐるさせて混乱しているようです。
アノニマスは、そんなエミルたちがおかしくて、くすくすと笑いました。
『ふふふっ。いまは、そうね。でもシルヴィアだって、私を超える素質を秘めているわ。ね?』
そして、ぎゅっとシルヴィアに豊かな体を寄せます。雪のような白い肌と、つややかな褐色の肌がおたがいを引き立て合い、なんと絵になることでしょうか。
『それで、どう? 私をパートナーにしてもらえないかしら?』
アノニマスは、水色の瞳をきらきらとうるませて、うったえかけてきました。ふわりと、甘い香りがただよいます。
「うっ……」
エミルはたじろぎました。これほどきれいなエルフに、こんな目で見られて、ことわれる人間なんて、いるわけがありません。
いまのエミルの頭の中では、シルヴィアの惚れこみようや、会ったこともない自分を、どうしてこんなすごい人がパートナーに選んだのか……といった疑問が、ぐるぐるとうずまいていました。クリスティーヌに真実をたずねようと決めた覚悟まで、うやむやになってしまいそうです。
……いえ、ちがいます。いまは、なにをおいても、やらなくてはならないことがあるのです。
「すみません、アノニマス……さん。その件は、すこし待ってもらえませんか?」
『? いいけど……』
アノニマスは、目をまるくしました。
そしてエミルは、すうっと深呼吸をして覚悟を決め……クリスティーヌに歩み寄ります。
「クリスティーヌさん……あのね、聞きたいことがあるの」
「え? ええ……」
エミルにまっすぐなまなざしでつめよられて、めずらしく、クリスティーヌは気おされた様子です。
エミルは勇気をふりしぼり、口を開きます。
「あなたは……」
その瞬間――左手人さし指の指輪が緑色に光り、緑の光の粒子があふれて、【大精霊ビブリアード】の分身が姿を現しました。
『……エミルさん! 助けて! わたし……』
「! その声……シオリ!?」
ビブリアードの口からもれたのは、彼女自身の声ではなく、シオリの声でした。まるで、ロウランの【トゥイート】の録音のようです。
ビブリアードの分身同士で連絡できることを、エミルはいまのいままで、ちょっぴり忘れていました。
けれど、いまはそんなことより、シオリの声が涙ぐんでいて、せっぱつまっていることのほうが気がかりでした。
さらに、そのとき……
「号外ー! 号外だよー! また殺人事件だよー!」
新聞屋さんがダチョウ型ワンダーに乗って走り回り、号外をばさばさとばらまいていました。
エミルはひらりと飛んできた新聞をぱしっとつかまえ、記事に目を走らせると……
ここ数日、いくつもの衝撃を受けてきましたが、そのなかでも、いちばん大きな衝撃がエミルをおそいました。
"マスターウィザード、"百科量覧の知星"ロウラン・ミルフィオーレ、殺害される"
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