第73話 新星との再会
またも光につつまれた闘技場……もう、何度目でしょうか。
しかし、今度のものはなにかがちがうと、だれもが感じていました。
だって、いままででいちばん、長く光っているのです。時間にして、数十秒ほど。
闘技場の中にいる審判のクリスティーヌなんて、サングラスまでかけています。メイドの用意周到ぶりも、ここに極まれり、といったところです。
そして、ながながと続いた光も、ようやく終わりのときをむかえました。
しいんと静まりかえった闘技場で、目をしぱしぱさせていた観戦者たちは、ごくりと息をのみながら、じっと目をこらすと……
……
なんと、エイルとドンが、ふたりともあおむけになって倒れていたのです。
「な……なにが起こったんでしょう……?」
ラナは、ぎゅっとしがみついているミリアムに、おそるおそるたずねました。
「……」
ミリアムはおどろいた顔のまま、答えを返しませんでした。
視力にすぐれた狩人の彼女のこと、光の中でなにかを見たのかもしれません。
審判のクリスティーヌは、サングラスをはずして、ふたりの無事を確認します。どうやら、どちらも戦闘不能のようです。となれば、勝敗を決めなければなりません。
そして、彼女の下したジャッジは――
「……双方、戦闘不能ですが……先に倒れたのはエイル様ですので……この決闘、ドワイト様の勝利とします」
その声は、どこかためらいがちに聞こえました。
次の瞬間、観客席の団員たちから、どわっと歓声がわきあがりました。われらが団長の勝利と、白熱の戦いに、大いにわいているのです。
「エイル様、ご無事ですか?」
審判の役目を終え、メイドに戻ったクリスティーヌは、心配そうにかけ寄ってたずねました。
「……」
エイルは、あおむけのまま、ぼうっと天を見つめて放心していました。やまぶき色の長い髪は砂の上にふわりとひろがり、浮き毛までぺたりとしおれています。
クリスティーヌはもちろん、つきあいの長いミリアムですら、彼女のこんな表情は見たことがありません。
いっぽう、ドンのほうは。
「ハァ、ハァ……こんなこと、言いたかねえが……これが、老いってヤツか……!」
自分をあざ笑うように、こちらも空をにらんでいました。
よっぽど大きなチカラを使ったのでしょう。全身汗だくで、荒い息をつくばかりです。
そして、ゆっくりと起きあがると、倒れたままのエイルに言いました。
「……もう、俺が教えることは何もねえ。あとは、お前次第だ……小娘!」
こうして……エイルとドンの、手合わせ形式の訓練は、幕を閉じました。
☆ ☆ ☆
すべての訓練を終えたエイルたちは、コロシアムの外で、ドンの見送りを受けていました。
「まあ、久々に楽しかったぜ。気が向いたら、また来いや」
「うん。今度は勝つから。それまで体、大事にしろよ」
あれだけの死闘を演じたあとだというのに、エイルの態度は、いつもどおりのけろっとしたものでした。
「へっ……お前なんぞに心配されるほど、落ちぶれちゃいねえ!」
そうは言いつつも、ドンの顔はうれしそうに見えました。
「それで……お前は、こいつらについていくってことでいいんだな? アノニマス」
アノニマスは、回復魔法ですっかりもとどおりに治ったシルヴィアに、べったりとくっついていました。
淡いピンクの長い髪をふわりとゆらす、むっちりとやわらかそうな白い肌のエルフの美女と、銀髪をきらめかせる、みっちりと引きしまったスタイル抜群のダークエルフの少女。ふたりが寄りそう姿は、それだけで一枚の名画のようです。
『ええ。私、シルヴィアにもうメロメロなの。長いこと人につかずやってきたけど、彼女が愛するエミルちゃんのパートナーになら、ついてみてもいいと思ったわ』
そう言いながら、アノニマスは、淡雪のように白いほほを、シルヴィアのなめらかな褐色の肌に、すりすりとこすりつけます。シルヴィアも、イヤがるどころか、うっとりと目を細めて、なすがままです。
いったい、どんな特訓をしたんだろう……と、ミリアムとラナ、クリスティーヌは、横目でちらちらと見ていました。
『きっと、エミル様もおよろこびになります。アノニマスさんのような、すてきなエルフをお仲間にくわえられるのですから……』
シルヴィアもまた、アノニマスにメロメロになっているようです。やきもち焼きの彼女が、ここまで心酔するなんて、よっぽどのことです。けれど、それを指摘できる者は、この場にはいませんでした。
「ようやく宿り木を見つけたってんなら、それでいい」
ドンは、しみじみとうなずきました。
『ふふ、楽しみ。ウワサのエミルちゃんは、私にどんな名前をつけてくれるのかしら?』
『きっと、アノニマスさんにふさわしい、すてきなお名前をつけてくださいますよ!』
アノニマスとシルヴィアは、両手の指をからませ合い、まわりが恥ずかしくなるほど、いちゃいちゃしていました。ゆれるピンクの髪と銀の髪が、きらきらとまぶしく見えます。
そんなふたりはさておき、エイルが別れのあいさつをしました。
「じゃあね、じいちゃん」
「おう、小娘」
ドンとがっちり握手をかわして、エイルたちは"戦士の殿堂"をあとにするのでした……
☆ ☆ ☆
いっぽう、そのころ……ベルダンディーとの決闘を終え、"ハピネスワークス"をあとにしたエミルたちは。
王都中央区の一角にある、おしゃれなオープンカフェで、ある人たちと会っていました。
「……このたびは、こちらの呼びかけにこたえてくれてありがとう、アザレアさん」
「いえ。エミル様には、大きな借りがいくつもありますから、お安いご用です」
お茶を飲むエミルの前に立っているのは、おしりのあたりまで伸びる、つややかな長い黒髪を紫のリボンでまとめた、背の高いメイドの女性でした。すみれ色の大きな瞳が、すっとした立ち姿によく映えています。
彼女の名前はアザレア。エミルが旅の中で知り合った、友人のひとりです。
そして、そのかたわらで、エミルとむかい合わせの席に座っているのは……
「だが、まさかお前のほうから俺たちに接触してくるとは、思わなかった」
銀髪に紫のメッシュを入れた、黒いスーツと手袋がさまになる、エミルより少し年上の少年……名前はミスリオ。彼もまた旅先で出会った友人であり、アザレアの主人でした。
「うん。わたしいま、どうしても会いたい人がいてね。どうしようか考えてたんだけど、ハピネスワークスにいたとき、ピンと来たの。アザレアさんを通じて、ミスリオに連絡を取れるんじゃないかってね」
つまり、こういうことです。
エミルは、どうしても会いたい人……クリスティーヌのお姉さんに会う方法を考えていました。そのとき、メイド派遣ギルドであるハピネスワークスから、知り合いのメイドのアザレア、その主人のミスリオ……と、連想がつぎつぎにつながったのです。
もしかしたら……と思ってベルダンディーにたずねてみると、アザレアはハピネスワークスの出身で、ベルダンディーの後輩にあたり、しょっちゅう連絡を取り合っていることと、いま王都に滞在していることがわかりました。そこで、アザレアと会えるよう取りはからってもらった……というわけです。
そして、そこまでしてミスリオと接触しようとした、その理由は……
「俺にわざわざ会いたいということは……俺の立場に関わること、だな?」
「うん。秘密警察のミスリオ刑事さんに、おりいってたのみたいことがあるの」
エミルは、声をひそめて、からかいまじりに言いました。
そう……ミスリオは、15歳の若さで、アストライト王国の秘密警察に属しているエリートなのです。エミルは、あるきっかけからそれを教えてもらい、いまはバッテン・クロイツの残党を追っていることも知っています。当然、その正体はだれにもヒミツであり、エミルのまわりで知っているのは、パートナーたちと、恋人のユーリだけです。
ミスリオは、コーヒーのカップを置いて、指を組みました。
「本来なら即座に断るところだが……アザレアの言うとおり、お前には大きな借りがいくつもある。俺にかなえられることなら、かなえよう」
「ありがとう。この人のお姉さんのこと、調べてほしいの」
そう言ってエミルは、ローブのポケットからクリスティーヌの写真を取り出し、テーブルにそっと置きました。これは、はじめて彼女が姉妹の家に来た日に、エミルが撮ったものです。
「彼女は……?」
「いまからする話、だれにもしないって約束できる?」
「善処する」
ミスリオの意思を確かめると、エミルは、クリスティーヌのこと……この数日で起きたすべてのできごとを話しました。ただし、ロウランから他言無用と言われたことだけは、のぞいてです。
「……なるほど、そちらの事情はよくわかった」
ミスリオは、落ち着いた様子で、カップのコーヒーに口をつけました。
「あんまり、おどろいてなさそうだね」
「立場上、ノワール・モンブラン、バッテン・クロイツ、黒竜教団……三つの組織が共謀している可能性については、ひととおり知っているからな」
「じゃあ、話す必要なかったね」
エミルは苦笑いを浮かべて、お茶をすすりました。
考えてみれば当然です。彼は秘密警察なのですから、この国の平和をおびやかす者たちの情報は、知りつくしているはずです。
「そんなことはない。少なくとも、ダルベールとやらの殺害犯については、俺たちはなんの手がかりも持っていないからな」
「うん。だから……その犯人かもしれないクリスティーヌさんのこと、ちゃんと知りたいと思ってるんだ。彼女のお姉さんが、そのカギをにぎっているの」
「直接本人に聞く……わけにもいかない、か……」
「……うん。なんとなくそんな勇気が持てないっていうか……そうしたほうが早いっていうのはわかるんだけどね……」
エミルはカップを置いて、しゅんとしてしまいました。
かたわらのシロンとシュガーが、はげまそうと、ぴたりとよりそってきます。
その様子を見て、ミスリオは目を伏せ、しばらく考えたあと……
「……わかった、少し時間をくれ。さっそく調べよう。アザレア」
「はい。かしこまりました」
アザレアは、うれしそうにほほえむと、主人に銀色のタブレットを手渡すのでした。
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