第72話 私が強くなりたい理由
「シロ! さがれっ!」
ただならぬ気配を感じて、エイルはとっさにドンから大きく距離を取り、シロに命じました。
シロもまた、ソウカクからひらりと身を引いて、エイルのかたわらに駆けもどります。
そのとき、大剣をにぎったドンの右手中指の指輪が、すさまじい光と電気を放ちはじめました。
観客席の団員たちは、そろって身を乗り出し、息をのみます。
「あれは……まさか、やるの!?」
ミリアムも、まったく同じ反応でした。
☆ ☆ ☆
地下訓練場でシルヴィアをしごいていたアノニマスも、さすがに手を止めました。淡いピンクの長い髪がふわりとゆれ、水色の瞳は、壁に映る映像にくぎづけです。
『そう、使うことにしたのね……』
その足もとでは、シルヴィアがボロぞうきんのようにぐったりと転がり、うつろな目で映像を見つめていました。ティアラは割れ、見事だった銀髪はほつれ、すらりと引きしまった身体もススと土ぼこりだらけで、なんとも痛々しいありさまです……
☆ ☆ ☆
「……アームド!」
ドンの声とともに、指輪から飛び出した光が、大剣と合体しました。
闘技場全体があまりにもまぶしい光につつまれ、だれも目を開けていられません。
やがて、光がやわらぐと……
「お……おおお……!」
団員たちから、感激の声がもれました。
ドンの大剣は、バチバチとイナズマを走らせる、神々しい大刀へと姿を変えていました。刀身のいたるところに、金色の装飾がきらめいています。
「あれが、ドンの相棒……【雷皇刀獣ハバキリ】!」
ミリアムも、ごくりとつばをのみこみ、緊張した面持ちでその名を口にしました。
『グルル……』
シロは脅威を感じたのか、低い声で威嚇します。エイルの両手の剣に宿る精霊たちも、カタカタとふるえているようでした。
「素直にほめてやるぜ、小娘。俺にコイツを抜かせるとこまで来るたあな!」
ドンは、ブンッ! と大刀の切っ先をエイルにつきつけます。
戦闘中もどこかのほほんとしているエイルの目が、すっと真剣な光を帯びました。それでもおびえの色が見えないのは、本能でわかっているからでしょう。
……いまの自分の実力が、あれに引けをとらないほどだということを。
次の瞬間、対峙する二人の姿は、ふっとかき消え……
ドガシャアァーーーン!!!
二本の剣と大刀がぶつかり、すさまじい稲光がはじけました。
「きゃーっ!」
ラナは思わず悲鳴をあげ、あわてておへそのあたりをおさえます。
観客席の団員たちも、ひっくり返ったり頭をおさえたりと、まるで間近でカミナリに打たれたような騒ぎです。
自然界最大の放電現象であるカミナリと同じ……いえ、それ以上のエネルギーを放つなんて、とほうもないチカラでした。
その後も、何度も何度も打ち合いが続き、そのたびに雷光が走るものですから、見物どころではありません。なんなら、避難をはじめる者まで出るしまつ。
シロとソウカクは、じっと主人たちの戦いを見守るばかり。二人の世界に手出しは無用と、本能で理解しているのでしょう……ただ、割って入るのがこわいだけかもしれませんけれど。
戦況は、パワーこそドンが上回っているものの、反応とスピードで勝るエイルのほうが、有利に立ち回っているようでした。互角の打ち合いに見えて、大刀をひらりひらりとかいくぐり、一撃、また一撃と、確実にダメージを与えています。
だからといって、エイルも無傷ではありませんでした。打ち合うたびにパワー負けして両腕はしびれ、衝撃と電撃が、じわじわとダメージをつみ重ねていきます。体格差を考えれば、消耗が大きいのは、むしろエイルのほうかもしれません。
二人の攻防はかれこれ数分続き、観戦者たちも稲光になれたころ。
「かああっ! 《天羽々斬》!」
刀身全体にカミナリを宿し、全力で振り下ろす――ドンの奥義が、炸裂しようとしていました。
エイルもそれに対抗するべく、二本の剣を合体させて、一本の黄金の大剣に変えます。そして、両手で力いっぱい横なぎに振り抜きました!
バチバチバチバチ!!!
衝突――二つのすさまじいエネルギーが、まばゆくスパークします。衝撃波は闘技場全体にひろがり、ついにコロシアムが崩壊しはじめました。
「わあああっ!?」
観戦者たちは、あわてふためきます。
ミリアムは、ラナをかばうように、ぎゅっと抱きしめました。
審判のクリスティーヌも、メイド服のスカートをおさえ、身をかがめて必死にこらえています。爆心地のどまんなかにいながら、その程度ですんでいるのは、ある意味いちばんすごいことかもしれません。
☆ ☆ ☆
『ちょ、ちょっとやりすぎよ、ドワイト!』
頑丈なはずの地下訓練場まで、ミシミシと崩落の危機にさらされました。もう特訓どころではありません。アノニマスは、ズタボロのシルヴィアをやわらかな胸に抱きよせ、天井から降るガレキからかばいます。
☆ ☆ ☆
「負けるな、エクス! うぅ……りゃああっ!」
エイルはめずらしく吠え、パートナーに呼びかけて、剣にありったけのチカラをこめました。
そして!
ッキイィーーーン……!
大刀もろとも、ドンを吹き飛ばすことに成功したのです!
ドサッ……ガラァン……
無敵のドンがあおむけに倒れ、手からこぼれた大刀が地面に転がると、コロシアムはしんと静まり返りました。
やがて……
「……お、おおおおお!!!」
ソウカクの震動にも負けない大歓声が、闘技場にとどろきわたります。
「すごい……エイルお姉さま、ほんっとーにすごいですっ!」
ラナは、ミリアムにしがみついたまま、ぴょんぴょんと飛びあがってよろこびました。
☆ ☆ ☆
『……さすがです……お義姉さま……!』
シルヴィアは、アノニマスの豊かな胸にうずもれたまま、ぐしゃぐしゃの顔をうっとりとゆるませ、感激していました。涙と血とススでよごれていても、長いまつげにふちどられたオレンジの瞳は、きらきらとうるんでいます。
『……』
アノニマスのほうは、どこか切なげな表情で、遠い目をしていました。花のような甘い香りだけが、ふわりとただよいます……
☆ ☆ ☆
「エイル様……なんという……」
審判のクリスティーヌは、胸に手を当てたまま、言葉を失っていました。
自分は、こんなにすごい主人につかえているのだと、誇らしく思っているのかもしれません。
「……ククク……ガーッハッハッハ!」
すると、倒れたままのドンが、目をおおって豪快に笑い飛ばしました。
いったいどうしたのだろうと、エイルとクリスティーヌは顔を見合わせます。
「まさか、ここまで成長してるたぁな。三年前、ここに訓練に来たとき……いや、二ヶ月前、王都に現れたバケモノを倒したときより、格段に強くなってやがる!」
そうなつかしむように言うと、ドンは背筋の力でむくっと跳ね起きました。
「……どうやら、見つけたみてえだな。お前が強さを求める、理由ってヤツが!」
そして、誇らしげな笑みを浮かべます。
エイルは、黄金の大剣をにぎった右手……その小指にはまった、エミルからあずかったシルヴィアの指輪を見つめながら、こたえました。
「そうだね……そうだよ。私がここに訓練に来ようって思ったのは、じいちゃんに会うためなんだ。いまの私じゃダメな気がするから、じいちゃんにまた鍛えてもらおうとしたんだ」
「それは、ウワサの"雨あがりの聖女"……お前の妹を守るためか?」
「うん。最初はそう思った。でも、最近は、ちがうかな」
「どうちがう?」
「エミルはもう、私が守ってあげないといけないほど弱くない。でも私が強くなりたい理由は、やっぱりエミルなんだ」
「……お前の言うことは、昔からよくわからねえ。つまり、なんだ?」
「エミルは私よりもずっとすごい。それは小さいころからわかってた。けど、そんなエミルにも、できないことはたくさんある。私は……そのできないことをするため、エミルのとなりにいるために、強くなりたいんだ」
「お前が強くなって、妹はどう変わるってんだ?」
「エミルが夢をかなえる、大きな助けになる。エミルの夢、すっごく大きいから。ひとりでかなえるのは、むずかしい。そう、私はエミルの夢をかなえる助けがしたいんだ。私は――」
エイルの最後のひとことは、ドンと、クリスティーヌと、パートナーたちだけが聞くこととなりました。
「……なるほど、お前の考えは、よくわかった。いま、はじめてな」
ドンは目を伏せて、クックとおかしそうに笑いました。
そして、取り落とした大刀をふたたび手にすると、胸の前でかまえます。
「……なら、お前に教えてやる。お前らの未来を切り拓くための、ウィザードの境地ってヤツを……な!」
すると、大刀がふたたびバチバチとひらめきはじめました。
気がつくと、あたりは白い光につつまれ――エイルは、その光に飲みこまれていくのでした。
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