第71話 本気VS本気
『きゃあーっ!』
地下訓練場では、エイルの活躍に見とれていたシルヴィアが、アノニマスの強力な水の魔法を受けて、ふっとばされていました。
長い銀髪をふわりとなびかせ、すらりとした手足とみごとなプロポーションが宙にくるくると舞うさまは、こんなときでも思わずため息が出るほどの美しさです。魅力を鍛える特訓の成果が出はじめているのでしょうか。
『気持ちはわかるけど、いけないわよ、シルヴィア! 貴女が、見とれさせる側にならないと!』
アノニマスは、淡いピンクの髪をゆらしながら、笑顔で火の玉や風の刃をつぎつぎに撃ちこみます。ふんわりと甘い香りをただよわせながらの、軽やかな身のこなしです。
ふたりの訓練は、じょじょに熱をおびてきていました。
☆ ☆ ☆
「小娘……てめえ、目上のモンにゲンコツくれるたあ、礼儀がなってねえなあ!?」
ドンは頭をおさえながら、ぐるりと振り向き、ギロリとエイルをにらみつけます。
「知らないよ、そんなの!」
エイルはいたずらっぽく笑って返しました。礼儀はもちろん、反省の色なんてひとつもありません。
けれど、ドンもまた、うれしそうにニヤリと笑って……
「ああ! よくやってくれたぜ!」
足もとがめりこむほどに踏みこんで、エイルに突撃してきました!
ブオンッ! ブオォンッ!
大剣を両手でにぎって、ひと振り、ふた振り。
今度は、エイルがかわす番です。さっきより威力を増した剣撃を、うしろへ跳びながら、ひらりひらりとかわしていきます。
「得意のアームドはどうした!? とっとと本気を出したらどうだ!?」
ドンは剣を振りながら挑発しました。あれだけ豪快に動き回っているのに、まったく息も言葉も乱れていないのは、さすがです。
「言ったでしょ、私は私だって。私はいつだって、魔法は使いたいときに使うんだよ」
エイルは大振りのスキをついて、《風刃》を発射!
「むん!」
しかし、ドンはなんと、それを胸筋で受け止めてしまいました。
観戦している団員たちも、ぎょっとするような光景です。
「いいぜ、そっちがその気なら!」
ドンは、地面に大剣を突き立てました。
すると、大地を割りながら、衝撃波がエイルに向かって伸びてきたのです!
「やっと使うか、魔法……」
ミリアムも息をのみました。
衝撃波は幅が広く、軽く動いたくらいではよけられそうもありません。
エイルは高く跳んで、衝撃波を飛び越えました。パートナーたちの加護と、神さまたちの祝福、そして生まれつきの身体能力によるその跳躍は、飛び散る岩のカケラさえよせつけません。
しかし、それこそがドンの狙いです。ドンは大剣を逆手で振りぬき、跳びあがって、無防備なエイルめがけて巨大な《風刃》を発射しました!
これはかわせない、と思いきや。なんとエイルは、空中でくるりと身をひねって、見事にかわしてしまいます。回転しながら、おかえしの《風刃》を放ちました。
ドンはそれも胸筋で受け止め、エイルはしゅたっと着地します。
「なんて攻防なの……」
エイルを尊敬しているラナも、ついていけないとばかりに、顔を引きつらせました。団員たちに訓練を中断させてまで見学させるのは、闘技場全体を使わなければせますぎるほど、スケールの大きな戦いだからなのだと、よくわかりました。
「あのメイドちゃんも、よく平然としてられるなあ……」
ミリアムは、審判をつとめるクリスティーヌを見下ろしながら、あきれ笑いを浮かべています。……そもそも、この決闘に審判って必要なのか? というツッコミを、胸の中にしまいこんで。
その後数分、二人の戦いは続きました。
おたがいに決め手に欠けるものの、若さの力か、わずかにエイルが優勢といったところです。
それとは対照的に、同じころ、地下訓練場では、シルヴィアが一方的にアノニマスにボコボコにされていました。もはや特訓というより、いじめに見えるほどです。
「ハア……ハア……」
ここに来て、ついにドンが息切れをはじめました。
対して、エイルはちょっと汗をかいている程度です。
「いい加減、アームド使いやがれ!」
「いらないよ。そっちが先に使えば?」
「ぬかせ! ガキに先に抜かせるほど、まだまだ落ちぶれちゃいねえさ!」
ドンは大剣をビシッとつきつけてきました。
「……」
エイルはその姿に、なにか思うところがあったのか、じっと考えるような顔になります。ほんとうに考えているかは、わかりませんけれど。
そして、ついに……
「エクス! レイ!」
右手の中指と人差し指の指輪を光らせ、剣の精霊たちにチカラを求めました。
金と銀の光が、左右の剣と合体し……黄金と白銀の剣を形作ります。
「エイルお姉さま……」
「いよいよ、あいつもマジになったか……」
ラナとミリアム、団員たちも目を見張りました。
「やっと、出しやがったな……」
ドンは大剣を肩でかつぐと、満足げにニッと笑います。
「そっちが使わないなら、そのままでいいよ。一気に終わらせてやるから」
エイルが冷たく目を細めた、次の瞬間――
その姿は、一瞬にして消えてしまいました。
「なっ……!」
観客席の団員たちが、彼女の姿を探そうとしたときには、
ガキィーン!
エイルの剣撃が、ドンの巨体をふっとばしていたのです。
「ぐっ……!」
ドンは足をふんばって、地面をずざざっとすべりながら、体勢を立て直しました。
しかし、そこにエイルの二刀流による追撃です。今度は胴体に、きれいに直撃しました。
「がはっ……!」
どれだけ頑丈な体をしているのか、斬り傷こそついていないものの……その衝撃が体をつらぬき、ドンにしっかりダメージを与えていました。
エイルは、さらに追い打ちをかけようとしますが……
「なめんじゃ……ねえッ!」
ドンの左こぶしがせまり、エイルはあきらめて飛びすさります。
ドンは《風刃》を放とうと、腰をひねりますが……
シャキーン!
まわりを、光の剣が無数に集まってできたオリにおおわれ、動きを封じられてしまいました。
これはエクシリアの魔法、《護封結界》。相手の体を封じることで自分の身を守る聖剣魔法です。
「うっとうしい! 出てこい、ソウカク!」
ドンの大きな右手人差し指の指輪が輝いたかと思うと、結界は音を立てて砕け散りました。
あらわれたのは、ドンの三倍ほどの高さがある、巨大な白いイノシシ。【アヴァランチボア】という種族のワンダーです。ソウカクという名を与えられ、その名のとおり、ツノのように長く太い二本のキバが特徴です。
巨大なソウカクがすぐそばに呼び出されたことで、結界は許容量の限界を超え、耐えきれずに壊れてしまったというわけでした。
「このギルドって、アームドとトランスしか使わないんじゃなかったんですか!?」
ラナはおどろきながら、ミリアムに疑問をぶつけます。
「あくまでも"基本的には"だよ。逆に言えば、ワンダーと共闘するってことは、それだけドンも大マジってこと!」
ミリアムは興奮ぎみの笑みを浮かべながらこたえました。
「行け! 《雪崩込み》だ!」
ドンが命令すると、ソウカクはその巨体でエイルに突進してきました。四本の脚が地を蹴るたび、重たい音とともにコロシアムがぐらぐらと振動します。
☆ ☆ ☆
『きゃあっ!』
その振動に、地下訓練場のシルヴィアも、思わずしゃがんでちぢこまってしまいます。顔じゅうぐしゃぐしゃで、体もボロボロ。なんともみすぼらしくて、かわいそうに見えます。
『落ちついて。こんな揺れで、このコロシアムは壊れたりしないわ。さ、立って』
アノニマスは、むちっとやわらかそうな手をさしのべて、シルヴィアをひょいっと助け起こしました。そのやさしさに、シルヴィアの胸がまたきゅんと高鳴ったことは、言うまでもありません。
☆ ☆ ☆
「シロ!」
相手がパートナーを呼んだのならばと、エイルも長年の相棒、【ニュードウルフ】のシロを呼び出します。
シロはエイルを背中に乗せると、イノシシよりはるかに軽やかな動きで、ソウカクの突進をかわしました。
「そのオオカミも、また一段とデカくなったもんだ!」
ドンもソウカクに負けじと、大剣をにぎって突っこんできます。
まともに受ければ、シロの巨体でもまっぷたつになりかねません。
さらに、反転したソウカクも背後から迫ってきます。さすが鍛えられているだけあって、イノシシとは思えない小回りのよさです。
「あいつはまかせた!」
『ワンッ!』
ソウカクをシロにまかせたエイルは、白い毛皮を蹴って、正面のドンめがけて飛び出しました!
ガキィン! ドガァン!
黄金と白銀の剣と大剣、シロのツメとソウカクのキバとがぶつかり合い、闘技場はさらなる衝撃に包まれます。
審判のクリスティーヌも、その余波をなんとかよけたりこらえたりしています。これこそが、自分へ向けられた訓練のほんとうのねらい――戦いのさなかでも、冷静に自分の安全を見極める力をきたえることなのだと、ようやく気づいたようです。
エイルの突撃で、わずかに体を押しこまれたドンは、にんまりと口角を上げて、つぶやきます。
「そろそろ……かもな……」
そのひとことを聞いた瞬間、エイルは本能で、かつてない寒気に襲われるのでした。
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