第70話 最強VS最強
「う~……」
コロシアムの観客席では、ボロボロのラナがくやしそうにうなっていました。オレンジ色のサイドテールもほつれて、まるでしおれたひまわりのようです。
「いつまでもぶーたれなさんなって。ありゃ相手との相性が悪すぎた」
となりでは、師匠のミリアムがはげましてくれています。彼女もあちこち傷だらけで、くせっ毛ぎみの金髪のツインテールも乱れてはいますが、わりと平然としています。
ふたりは、ドンの用意した訓練相手と決闘し、ついさっきそれを終えたところです。結果、ミリアムはなんとか勝ったものの、ラナのほうは負けてしまった、というわけです。
「そもそも、訓練って聞いてたのに、なんで決闘させられるわけ!?」
「それが、この戦士の殿堂……っていうか、ドンのやりかたなんだよ。"実戦に勝る鍛錬なし"ってね。もちろん、基礎訓練をおろそかにしてるわけじゃないけど、ウィザードの戦いに必要な精神を、実戦と同じ状況で鍛えようって考えさ。正直、あたしもその考えには賛成」
「それはわかってますけど……」
「自分より格上の相手は、大きな成長の糧になるよ。エミルだって、そんな相手たちと戦って強くなったんだろうからね。いい経験させてもらったって思おうよ」
「……」
ラナは、それでも釈然としない様子でした。
命がけの戦場を経験したとはいえ、まだまだ12歳の子ども。年長者のそういったもっともらしい言葉は、なかなか飲みこみづらいのでしょう。
「……あ、ほら、そろそろはじまるよ」
ミリアムは、闘技場の中心を指さしました。
気がつくと、団員たちはまた観客席に集まっています。
それもそのはず、これからはじまるのは、マスターウィザード"巨獣狩りの剣星"、エイル・スターリングと、元マスターウィザードで"戦士の殿堂"団長のドンの、手合わせという名の決闘なのですから。だれもが見逃せない、注目の一戦です。カリンガとの突発的な決闘とはちがい、今回は正式な"見取り稽古"として、団員たちの見学が許されているかたちです。
もっとも、その理由はそれだけではないのですが……
「このマッチアップ、フツーならおカネ取れるよね。もったいないなあ」
おカネ好きのミリアムは、苦笑いしてためいきをつきました。
そして、入場口からエイルとドンが現れると、大歓声が巻き起こりました。ほんとうに一大興行のような空気ができあがっています。
ふたりのうしろには、クリスティーヌの姿もありました。観客席ではなく、闘技場の中へ入っていきます。
エイルとドンが闘技場の中心で向かい合うと、クリスティーヌはそのあいだに立ちました。どうやら、審判をつとめるようです。これはドンが彼女に用意した訓練で、その目的のひとつは、戦いのさなかの見極めの力をやしなうためだとか。
「さーて、俺は年寄りだが多くは語らねえ。覚悟はできてんだろうな?」
ドンは背中の大剣を引き抜いて、エイルに向かってつきつけました。
「その覚悟っていうの、よくわかんないけどさ、私はいつだって、私だよ!」
エイルはまたよくわからないことを言いながら、腰に差した二本の剣をすらりと引き抜きます。
☆ ☆ ☆
いっぽう、地下の訓練場では。
『……あ、そろそろ、ドンとエイルの訓練……決闘がはじまるみたいよ』
シルヴィアと特訓中のアノニマスが、淡いピンクの長髪をさらりとゆらし、長い耳をウサギのようにぴくっとさせて言いました。
『……そ、そうなのですか? お義姉さまと、元マスターウィザードの方の戦い、ぜひ拝見したいところなのですが……』
シルヴィアは、長い銀髪を乱し、抜群のプロポーションも土ぼこりまみれで、息を荒げながら残念そうに言いました。
尊敬するお義姉さまの戦いを見届けたい、という思いだけではありません。修行のいっかんとして観戦したい気持ちもあるのです。けれど、アノニマスから受ける秘密特訓に手ごたえを感じはじめたところなので、こちらの手を止めるわけにもいきません。
『なら、観戦しながら特訓を続ければいいわ』
アノニマスはほほえむと、パチンと指を鳴らしました。
すると、訓練場のカベに、地上の闘技場の様子が映し出されたではありませんか。
『こ、これは……』
シルヴィアは、おくちをあんぐりとあけました。
『古くさい建物に見えても、このコロシアムは改修のついでに最新の技術が詰めこまれているの。闘技場のようすは、建物のどこにいても見られるようになっているのよ。これ、私のアイデアなんだけどね』
アノニマスは、水色の瞳でぱちっとウインクを送り、またシルヴィアをきゅんとさせました。
エイルお義姉さまの戦いを見ながら、こんなにすてきな方の特訓を受けられるなんて、これ以上しあわせなことはありません……エミルとのふれあいの次くらいに。
『さあ、特訓再開よ、シルヴィア。映像に意識を割きながらの戦い、これもきっと、いい修行になるはず!』
『はいっ!』
シルヴィアは、褐色の肌にはりついた汗を振り払って、アノニマスとの特訓を再開するのでした。
☆ ☆ ☆
ガキィーン!
クリスティーヌが開始の合図を出すより早く、エイルとドンは剣をぶつけあいました。
ふたりとも、まだアームドを使っていません。にもかかわらず、すさまじい衝撃がビリビリと、観客席にまで伝わってきました。
「どうした!? こんなモンじゃねえだろう!?」
ドンはいったん剣を引き、今度は横なぎに振ってきました。右腕一本で、身の丈にせまるほどの、幅広でぶあつい大剣をあつかうなんて、とんでもない筋力です。
エイルはひらりと飛びすさってかわし、右の剣を振りました。すると、真空の刃がひゅんっと飛び出します。パートナーを指輪から出さずに魔法を放つ"キャスト"、シロの《風刃》です。
「ぬん!」
ドンはとっさに右手の剣を胸の前に引き寄せて、真空の刃を受け止めました。
風刃は、パチンと弾けて消えてしまいます。
しかし、そんなのねらいどおりとばかりに、エイルはドンの左側へ踏みこんで……
ドガァッ!
「ぐっ!?」
左の剣が、ドンの脇腹にきれいに入りました。大きな体が、ぐらりとかたむきます。
「すごい……!」
さっきまでふきげんだったラナも、それを忘れて興奮しています。
ですが……今度は、剣を振り抜いたエイルのほうがスキを見せてしまい……
「ふっ!」
ゴチーン!
ドンの左手のゲンコツを、モロに受けてしまいました。
「いってーーーっ!!!」
エイルは頭をおさえ、目から火花を散らしながら、涙目で悲鳴をあげました。チャームポイントの浮き毛も、すっかりぺしゃんこです。
☆ ☆ ☆
めりっ!
『んむーーーっ!!!』
そのころ、地下のシルヴィアも、映像のエイルがゲンコツをもらったのに気を取られて、アノニマスのパンチで、すっと通った美しい鼻をぺしゃんこにされていました。こんな顔、とてもエミルには見せられないでしょう。
『あとできれいに治してあげるわ。さあさあ、ひるまずおいでなさい!』
こぶしについたシルヴィアの血をぺろりとなめとりながら、にっこりと手まねきするアノニマス。シルヴィアは、たらたらと鼻血を流しながら、ぐすっと涙目になるのでした。
☆ ☆ ☆
「こんにゃろ!」
エイルはゲンコツをくらった怒りのあまり、ブンブンと二本の剣をめちゃくちゃに振り回します。
しかし当然というべきか、どれもドンにかわされてしまいます。大きな体のご老人なのに、なんと軽やかな動きなのでしょう。まるで、風にゆれるヤナギの枝のようです。
「フン、やっぱガキだな。ちったあ成長したと思ったが、とんだ期待ハズレだ」
ドンはあきれたように鼻で笑うと、エイルの空振りのスキをついて、大剣を振るいました。
「あぶない!」
ラナは思わず目をおおいました。間近で審判をつとめるクリスティーヌも、口をおおっています。
この角度と振りの速さ――まともに受ければ、エイルの胴体はまっぷたつです。ドンは、完全に殺す気で打ちこんでいます。
どう見ても、よけるのは不可能な体勢……観客席の団員たちも、かたずをのみました。
……が!
にやり。
大剣が脇腹にふれるぎりぎりの瞬間、エイルは不敵でステキなほほえみを浮かべると――
たんっ!
横なぎに振るわれたドンの大剣の腹に、左手の剣ごと手をつき、それを足がかりに、ひらりと跳びあがったのです!
「!?」
ドンをふくめた、この場の全員――横目でちらちらと映像を見ていた、地下のエルフふたりも、目を見張りました。
跳んだエイルは、そのままくるくると縦回転して……
ゴッチーン!
さっきのしかえしとばかりに、ドンのハゲた頭に、剣の柄をにぎったままのゲンコツをたたきこんだのです!
「ぎっ……!?」
ドンは目から火花を散らして白目をむきかけ、歯をぐっとかみしめて、小さくうめきました。
衝撃と痛みで、思わず大剣を取り落としそうになります。髪の毛の有無のぶん、エイルよりダメージが大きそうです。
エイルはドンの背後にしゅたっと着地すると、ビシッと指をつきつけました。
「どうだじいちゃん! ざまあみろ!」
まるで子どものケンカのような宣言に、観客席には、興奮と笑いがうずまくのでした。
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