第69話 魅力という武器
『すべての答えは……魅力よっ!』
アノニマスは、パチンとウインクを決めて、淡いピンクの長髪をふわりとなびかせました。そして、むっちりとやわらかそうな抜群のプロポーションを強調する、セクシーポーズを取ります。なにしろ長生きしているので、見る人が見ればセンスが古いと思われてしまうかもしれませんが……それでも、少女のような愛らしい顔と白い肌のまぶしさは、思わずため息が出るほどです。
『み、魅力……ですか??』
シルヴィアは、ぽかんとしてしまいました。
箱入り娘の彼女だって、その言葉くらいは知っています。ふだんエミルに感じている気持ちだって、きっとそれのはずです。
でも、それが戦いの強さとどう関係するのか、まったく想像がつきません。
またもそれを見すかしたように、アノニマスはずびしっと指をつきつけてきました。シルヴィアは、思わずぴくんと体がはねます。
『関係なら、大アリなのよ。たとえば、貴女のすばらしい蹴りの数々……それがまったく私に通じなかった理由がわかる?』
『そ、そんなの……純粋に、チカラの差が大きすぎたからでは?』
『ぶっぶー!』
アノニマスはほっぺをふくらませて、腕でバツ印を作りました。長命種にしては見た目どおり……と言うにしても、子どもっぽすぎる仕草です。
なんとも腹の立つ態度ですが、シルヴィアはふしぎとかわいいという気持ちしかわいてきませんでした。もしや、これも魅力とやらのせいなのでしょうか?
『たしかに、年齢や魔力、戦いの経験では、私のほうがはるかに上でしょう。けれど、体を動かす力では、貴女が思っているほど大きな差はないのよ』
『そ……そうなのですか?』
シルヴィアは、信じられないという顔です。
『では、ずばり聞くけど、貴女、私のことをどう思ってる?』
『ふえっ!?』
唐突な質問に、シルヴィアは思わず高い声をあげ、あわあわと目を泳がせました。まっかな顔でうつむいて、指をもじもじとからませます。
『えっと……その……たいへん、魅力的な方だなあ、と……』
『ありがとう。貴女も、とっても魅力的よ』
『ほえっ!? ど、ど、どうも……』
シルヴィアはすっとんきょうな声をあげ、長い耳の先までぽっと赤くなってしまいました。
『では、次の質問。そんな魅力的な私を傷つけることに、気がとがめたりしなかった?』
この質問には、シルヴィアはぱっと顔をあげて、うったえるように答えます。
『それは……たしかに最初はそう思いました。けれど、これは訓練という名の手合わせ、心をオニにして……あ』
シルヴィアは、そこで気がつきました。
アノニマスも、にっと口の端を上げます。
『そう、それが答えよ。貴女は、私を本気で攻撃したつもりかもしれない。けれど……当てるすんでのところでためらい、心にブレーキをかけてしまったの。おろしたてのシャツを汚したくない、買ったばかりのカップに飲み物を入れるのがもったいない……そういう、きれいなものにふれるのがしのびないという気持ちが、無意識のうちに働いてしまったのよ』
『あ……!』
言われてみれば、たしかにそのとおりです。シルヴィアは、さっきの戦いを思い返しました。戦っているあいだは、いつも一生懸命(エミルから教わったことです)なので、気づくひまもありませんでした。
『知ってるはずよね? 魔法の強さは、心や気持ちに大きく左右されるって。だから、貴女のすばらしいキックは当たる直前でぐんと威力が弱まり、私が軽くガードしただけで止められてしまったのよ』
アノニマスのずばりとした指摘に、シルヴィアはガーンとなりました。
……ですが、同時に、もうひとつの疑問がわいてきます。
『……私の攻撃が通用しなかった理屈はわかりました。ですが、私が貴女に一撃で沈められた理由は、なんなのですか?』
シルヴィアは、さっき強くなぐられた腹筋をさすりながらたずねました。
『だから、それも同じよ。私の魅力にあてられて、マナで体を強くするのがおろそかになって、防御力が落ちただけ。パンパンにふくらんだ風船の空気が、ぷしゅーっと抜けちゃった感じね』
『ええっ!? 攻撃を受けるときにも、影響を受けていたというのですか!?』
シルヴィアは、びっくり仰天です。
『相手が私にメロメロになるように、いつも心がけてるからね。私の姿を間近で見て、ドキッとしちゃったんじゃない?』
シルヴィアは、またも、はっとしました。
たしかに、アノニマスの言うとおりです。なぐられる直前、すぐ目の前にせまったアノニマスの愛らしくも美しい顔と、ただよう甘い香り、むっちりとやわらかそうな豊満なスタイルに、ほんの一瞬、胸が高鳴り、気がゆるんでしまったことを思い出したのです。
攻撃が効かなかったのも、大ダメージを受けたのも、ぜんぶアノニマスの魅力にくらくらになってしまったせい……言葉にすると信じがたい話ですが、シルヴィアは、ようやくすべてがふに落ちて、がっくりとうなだれます。
『どうしたの? そんなにしょんぼりして?』
アノニマスは腰に手をあてて、あきれたようにシルヴィアを見下ろしました。
『いえ……なんだか、自分が情けなくって……』
『情けなくなんかないわよ。貴女、ほんとうにすばらしかった』
『そうではありません。私は、エミル様を愛しています。なのに、エミル様以外の方に胸を高鳴らせてしまうなんて……私は、エミル様のパートナー失格です……』
シルヴィアは、引きしまった褐色のふとももに、ぽろぽろと涙を落としました。
見かねたアノニマスはしゃがみこみ、白い指でそっと涙をぬぐってあげます。
『や……やめてください……私には、エミル様が……』
シルヴィアは瞳をうるませ、困りまゆを浮かべたまま、ぷいっと顔をそむけました。
そんな彼女のやわらかなほっぺを、アノニマスは指でぷにっと押して、こちらに向かせます。
『がっかりすることなんてないわ。それは、それだけ貴女が素直な感性を持っているということなのだから』
『素直な、感性……?』
シルヴィアは、つり目がちな瞳をまんまるく見開きました。
『好きなものは好き、きらいなものはきらいと、はっきり表に出せるってことよ』
『そ、そうでしょうか……?』
シルヴィアには自覚がないようですが、たしかに彼女は、エミルへの好意も、エミルに"お近づき"になろうとする者たちへの敵意も、まったく隠そうとはしていません。アノニマスの言葉は、まさに的中していました。
『私のこと、魅力的だと思ってくれてうれしいわ。長いこと生きて、いろんなところを旅してきたけれど、ダークエルフの友だちができたのは、これがはじめてよ』
シルヴィアは、目をぱちくりさせました。
『と、友だち……ですか??』
なにしろついさっき会ったばかりで、そのうえ一方的に負かされたのです。きゅうにそんなことを言われて、とまどうのも当然でしょう。
『友だちになるのに、時間は関係ない……これ、人生の先輩からのありがたい言葉よ』
『は、はあ……』
どうやら、こちらの返事を聞く気はないようです。けれど、シルヴィアも悪い気はまったくしませんでしたし、愛するエミルが似たようなことを言っていたのも思い出しましたし……というわけで、ふたりはいまから友だちになりました。
アノニマスは、ほどよく筋肉のついたシルヴィアの肩を両手でがっしりとつかみ、宣言します。
『……とにかく! 貴女はこれから、魅力という武器を身につけるの。これは、生まれながらに人間をはるかに超えた美しさを持つ、私たちエルフだけに与えられたチカラ! 使いこなせれば、ほかのだれにもまねできない強さを得られるわ!』
『で、でも……私に、できるでしょうか……?』
自信なさそうに目をそらすシルヴィアに、アノニマスはかわいい美人顔をずいっと鼻先まで近づけてきました。
『できるに決まってるじゃない! 貴女が私にメロメロになってくれたように、私ももう、貴女にメロメロなんだから!』
『え、えええっ!?』
突然の告白に、シルヴィアはあわてふためくばかりです。
『決めた! 私たちはいまから親友で、師匠と弟子! 姉と妹! 貴女のことを、"雨あがりの聖女"のパートナーにふさわしい、世界最強超絶美女のダークエルフに鍛えあげてみせるわ!』
ひとりで勝手にメラメラと燃えあがるアノニマスの言葉の中で、シルヴィアには、ひとつだけ、はっきりと思い浮かんだ姿がありました。
それはもちろん、最愛の人、エミルの笑顔です。
そもそも、この戦士の殿堂までやってきたのも、エミルの力になれる強さを身につけたいから。そう、すべてはエミルのため。それこそが、シルヴィアが故郷の森を出て、エミルのパートナーになった、たったひとつの理由なのですから。
その答えが、魅力という要素にあるのなら……と、シルヴィアは、オレンジの瞳に強い光をともし、覚悟を口にしました。
『……アノニマスさん! どうか、私をビシバシ鍛えてください! そして、魅力というものを、教えてください!』
アノニマスは、満面の笑顔でこたえます。
『……ええ、まかせて! シルヴィア!』
こうして、ここにふしぎなエルフの友情関係にして、師弟関係が誕生したのでした。
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