第68話 白と黒のエルフ
ラナとミリアムの特訓がはじまって、しばらくして……
シルヴィアは、アノニマスに案内されて、コロシアムの地下へとやってきました。そこは長方形の広間で、どうやら訓練場のようです。
『ここなら、だれも見てないから、安心ね』
アノニマスは、まわりを見まわしながら、落ちついた声で言いました。
『あの……どうして、私だけこんなところに?』
シルヴィアは、おずおずとたずねます。
地下の訓練場は、古い建物のせいか、あかりこそついているものの、じめっとしていて、どこか気味が悪いのです。
『だって、地上でやったら、私たちの美しさにみとれて、団員たちがだ~れも訓練に身が入らなくなっちゃうもの』
アノニマスは、しれっとした顔で言ってのけました。自分の美しさに、絶対の自信があるようです。
実際、たしかにそのとおりなので、シルヴィアもぽっとほほを赤らめました。
『それに……これからやることは、ちょっと刺激が強いからね。人には、そうそう見せられないわ』
アノニマスがお茶目にウインクすると、淡いピンクの長髪がふわりとゆれます。少女のようにあどけない顔に、大人びたほほえみがのぞいて、シルヴィアはまた胸がきゅんとしました。
(どうして……? 私の心は、エミル様だけのものなのに……!)
同じエルフとはいえ、どうしてアノニマスに、こんなに心が高鳴るのでしょう。シルヴィアは、ふしぎでたまりませんでした。
そんな彼女の心の内を、アノニマスはまた見すかしたように言います。
『その感情は正しいものよ、シルヴィア。貴女が私に対して胸がきゅんとするのは、素直で、当然のことなの』
『ど……どういうこと、でしょうか?』
『これから、それを教えてあげる。貴女のためにもなることだから。さあ、かかってらっしゃい』
アノニマスは意味深に言うと、くいくいと手まねきをしました。
シルヴィアは、ふるふると頭を振って、ひとまずアノニマスへの感情を払いのけます。そして、いつもどおり、エミルへの想いで頭と胸をいっぱいにしました。
『では……まいります!』
全身の筋肉をむきっとふくらませ、床をトンッと蹴ります。銀色の髪をなびかせて、アノニマスへまっすぐ向かっていきました!
『はあーっ!』
気合一番、すらりと長い脚が弧をえがき、ダッシュからの右の回し蹴りが炸裂――
バシイッ!
……と、思いきや、アノニマスの左腕に、あっさりと受け止められてしまいました。
『えっ……』
シルヴィアは、思わず目を見はります。
さっき、お姫さま抱っこをされたときにも感じたことです。アノニマスはとくに鍛えているようには見えない、むっちりとやわらかそうな体つきなのに、その腕には、自分をはるかに上回る力が秘められています。いままた、それを思い知らされているのでした。
しかも、アノニマスはかまえらしいかまえも取らず、棒立ちのまま、左腕を上げただけ。それなのに、お手本どおりの型で放った自分の蹴りが、どうして受け止められてしまうのか、シルヴィアにはさっぱりわかりません。
『いい蹴りね。それに、ほどよく引きしまった体。うらやましいわ』
アノニマスは、受け止めた美しい右脚を、そっとなでました。
シルヴィアの胸は、またドキッとはね、顔もかあっと赤くなります。あわてて跳びすさり、アノニマスとの距離を取りました。
『今度は、カリンガにも食らわせた、あの炎のキックで来てちょうだい。ぜひ、間近で見てみたいわ』
あろうことか、アノニマスは技の注文までしてきます。
ふつうなら、なめられていると怒るところですが、シルヴィアの気持ちはちがっていました。
同じエルフだからでしょうか。アノニマスが、純粋に自分の魔法を見たがっているのが、わかるのです。あの注文は、けっして、こちらをあなどっての挑発なんかじゃありません。
シルヴィアは、ふしぎとこう思っていました。あの人に目にもの見せてやりたいわけじゃない。あの人の期待に応えたい、と。
そう思うと、胸の内から、怒り以上の力がわきあがります。右脚が、カリンガとの戦いのとき以上に激しくうずまく炎をまといました。
『みごとなオレンジ色の炎……銀色の髪に映えて、貴女にとてもよく似合っているわ』
アノニマスは、うっとりと感激しています。その表情には、かげりひとつありません。心から、シルヴィアのことを絶賛しているのです。
『光栄です! はあぁーっ!』
シルヴィアは、うれしさをバネにして、一気に突撃しました。力強く体をひねり、ぐるりと回転しながら、ハンマーのように燃えあがる脚をたたきつけます!
ドガアァーーーン!!!
衝撃音とともに、爆炎がはじけました。ところが……
アノニマスは、これまたシルヴィアの蹴りを、両腕を十字に組んだだけで受け止めてしまったのです。
『そんっ、な……』
シルヴィアは、絶望の表情を浮かべました。
こんなにも、とどかない壁を感じたのは、はじめてです。
『ほんとうに……ほんとうにすてきよ、シルヴィア……ほれぼれしちゃう』
アノニマスは、ほほを赤らめ、水色の瞳をきらきらとかがやかせて、うっとりしています。
『だけど……それだけに、ほんとうに惜しいわ』
そして、うってかわって、さびしげな、残念そうな顔になりました。
シルヴィアも、思わず悲しげな顔になります。アノニマスが"惜しい"と言う理由を、知りたい。そう思ったのです。
まさに、それを教えてあげるとばかりに……
『じゃあ……そろそろ、私のチカラも見せるわね』
アノニマスは、左腕でシルヴィアの脚を受け止めたまま、ぐっと右のこぶしをにぎって……
メリッ!
シルヴィアの割れた腹筋に、めりこませました。
『げっ……!』
おなかを突き抜けるすさまじい痛みと衝撃に、シルヴィアは息をつまらせ、目をむきます。せっかくの美しい顔が、見るもおそろしい形相になってしまいました。こんな顔、とても愛しのエミル様にはお見せできません。
その勢いで、受け止められていた脚もはなれ、シルヴィアの体は、後方のカベへたたきつけられました。カベにはくぼみができてしまい、こぶしの威力をものがたっています。
『あ……がはっ……!』
シルヴィアは涙を流しながら、はげしくせきこみます。頭の中まで真っ白になってしまったようで、どうしてこうなったのか、さっぱりわかりません。
アノニマスは、シルヴィアの腹筋にめりこませた右のこぶしを、ぺろりとなめると、つかつかと彼女のもとへ歩み寄りました。
『自分のほうが筋肉があるのに、どうして攻撃が通じず、これほどの痛手を負わされるのか……わかっていないようね』
さげすむようなセリフですが、アノニマスの声は、とてもおだやかで、やさしいものでした。
『えほっ、げほっ、うえっ……』
シルヴィアは、えずくばかりで、こたえることもできません。おそらくは、もう戦えないほどのダメージでしょう。たった一撃、もらっただけなのに。
見かねたアノニマスは、そっとしゃがんで、シルヴィアの頭をなでました。それから……
『痛いの、痛いの、飛んでいけ~』
おまじないとともに、彼女の痛めた腹筋を、やさしくさすったのです。
そんなもの、効くわけがない。だれもがそう思うでしょうが……
『あれ……痛く……ない……?』
なんということでしょう。シルヴィアの痛みが、すうっと消えてしまいました。息もできないほどの苦しさも、もう感じません。
『回復魔法よ。ホワイトエルフのものは、効くでしょう?』
ホワイトエルフとは、ダークエルフに対して、白い肌をした、一般的な"エルフ"をさす呼び名です。
ダークエルフの肌が黒いのは、全身に太陽のマナの恵みを受けているあかし。そうして体の内に取りこんだマナによって、肉体を強くする魔法を得意としています。いっぽう、ホワイトエルフは、マナを体の外へ放つ魔法を得意とする、といわれているのです。
シルヴィアも、いちおう回復魔法を使えますが……これほどのダメージをいちどきに治すことはできません。ホワイトエルフの技量に、ただただ感心するばかりでした。
『もっと腕をあげれば、自分の傷くらいなら、貴女にもできるようになるはずよ』
アノニマスになめらかなほほをなでられ、シルヴィアは、またぽっと赤くなりました。
アノニマスは、ゆっくりと立ちあがり、にっこりとほほえみかけます。
『さて、そろそろ答え合わせをしましょうか。なぜ私と貴女に、これほどまでにチカラの差があらわれてしまうのか、をね』
シルヴィアは、ぺたんと女の子すわりをして、かわいらしくきょとんとしながら、アノニマスの答えを待つのでした……
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