第65話 愛と情熱のコロシアム
「よーし、がんばれ、シル!」
『はあーっ!』
腕組みをといて右手をバッとひろげたエイルの声援に合わせ、シルヴィアは両手に火の玉を作り出しました。銀髪をなびかせ、すらりと長い腕をしならせる、優雅で大げさなフォームで、カリンガに向かって投げつけました。
《ファイアボール》……シロンも得意とする、火の属性の基本的な魔法です。
バシッ! バシッ!
しかし、火の玉はカリンガに命中したそばから、はじけて消えてしまいました。
当然です。【サラマンドリル】とトランスした彼女の体は、それ以上の火力を持つ炎のオーラにつつまれているのですから。
「どおしたどしたァ!? そんな弱っちい炎じゃ、俺を熱くさせらんないぜ!」
するとカリンガは、左手に大きな火の玉を作り出します。シルヴィアのそれとは、くらべものにならない強さが感じられます。
「見てな! 《ファイアボール》ってのは……こうやるんだッ!」
そして、豪快なフォームで投げつけてきました。
ボカァーン!
『うああっ!?』
この豪速球はよけられず、シルヴィアは直撃を受けて、またふっとばされました。ほれぼれするほど引きしまった長身が地面をころがり、褐色の美しい肌がさらに黒ずんで、輝きも失われていきます。
『ま……まだです……』
シルヴィアは、筋肉がぽこぽこにふくらんだ両腕を地面につっぱり、ふらふらと、また起きあがります。
誇り高いダークエルフにあるまじき、そのみっともなく見える姿に、カリンガは大剣を地面に突き刺し、はあっとためいきをこぼしました。
「……アンタ、やる気があるのは認めるけど、チカラがともなわないんじゃしょうがねえだろ。悪いことは言わねえ。さっさと巨獣狩りに替わんな」
カリンガは、ちらりとエイルに視線を送りました。
エイルはまた腕組みにもどり、ただ戦いを見守るばかり。完全にシルヴィアひとりにまかせる腹づもりのようです。
カリンガはいら立ちまぎれに歯をギリッと食いしばり、ガッと大剣をつかみました。
「……いいぜ。アンタがそういうつもりなら……そのススだらけの体、もっとまっくろに焦がしてやるよッ!」
そして、全身からいっそう強い炎をふき出しながら、腰だめに剣をかまえます。
カリンガが斬りかかろうと、地面を強く踏みこんだ、その瞬間――
ガキィン!
シルヴィアのするどい蹴りが炸裂し、カリンガはとっさに大剣でガードします。
なんという踏みこみの速さでしょうか。カリンガも観客席の全員も、目を見張ります。
『エミル様のためにーっ!』
つり目がちの瞳をメラメラと燃やし、エミル本人が聞いたらまっかになりそうな叫びをあげながら、シルヴィアは何度も何度も蹴りを放ちます。紺色の衣装のすそをひるがえし、しなやかな脚がうなるたび、銀髪が光のすじをえがきます。
「うっ、コイツっ……!」
カリンガは、それを大剣でさばくのがせいいっぱい。防戦一方です。
そこへ、ひときわ重い蹴りがガードをはじき、カリンガは体勢をくずしてしまいました。
そのスキを見のがさず、シルヴィアは……
『はあああーーーっ!』
すらりと長い右脚を高々と振りあげ、だいだい色の炎をまとわせて、かかと落としの要領でカリンガに振り下ろしました!
「くっ!」
ドガアーーーン!!!
しかし、大振りすぎたのでしょう。かかとはカリンガをかすめて、地面をえぐっただけ。土けむりがもうもうと舞いあがるなか、カリンガは飛びすさり、間一髪でよけていたのです。
『エミル様ーっ!』
負けじとシルヴィアは、また愛しい人の名前を叫び、逃げたカリンガに追い打ちをかけます。
燃えさかる右脚をカリンガは大剣の腹で受け止めますが、衝撃でふっとび、コロシアムのカベにドカンと激突しました。
「いつつ……」
カリンガは顔をしかめ、背中をさすります。
シルヴィアは、さっき地面にたたきつけられた背中の痛みを返してやったとばかりに、ふんっと鼻を鳴らすと、左手をかざしました。
そこに魔法で作られた弓があらわれ、右手で矢をつがえます。矢じりは、ハートの形をしていました。やっぱり、エミルへの愛のあらわれでしょうか。長身をぴんとのばして弓を引きしぼる姿は、まるで絵画から抜け出した狩猟の女神のようです。
ハートの矢じりに、オレンジの光が集まっていきます。これは……
「あれって、ミリアムさんの……」
「《マキシマムスナイプ》!?」
ラナとミリアムは、息をのみました。
ミリアムが黒竜との戦いで披露した、マナを集中させての必殺の狙撃魔法……それをシルヴィアは、見よう見まねで実践しようとしているようです。
カベぎわでよろめいていたカリンガも、その光景に気づくと、まずいと体勢をととのえようとします。
しかし、時すでに遅し。カリンガが地面をけって飛び出そうとした、その瞬間――
『この一矢……エミル様におささげしますっ!』
オレンジの光をまとったハートの矢が、放たれたのです。
カリンガは、とっさに剣で受け止めようとかまえます。
ドオオーーーン……!
矢が命中し、大爆発が起こりました。まるで、夕焼けが地上におりてきたような光です。
『ふぅー……』
シルヴィアは息をつきました。左手の弓がはじけて消えると同時に、その場に両ひざをついてしまいます。いまの一撃で、マナは残っていても、気力をすっかり使い果たしたようです。
観客席の団員たちは、これで勝負ありかとざわめきます。
しかし、ただひとり……いえ、三人だけは、勝負がまだ終わっていないと確信していました。エイルとミリアム、クリスティーヌ……いえいえ、ここはつわものぞろいの戦士の殿堂。もっといるかもしれません。
「うらあァァッ!!!」
はたして、その確信は大当たりでした。
カリンガはおたけびとともに、立ちこめる煙をふきとばすほど激しい炎のオーラをふき出し、立ちあがってきたのです。
『うそ……』
シルヴィアは、美しい顔を絶望で引きつらせました。
必殺の一撃が通じなかったからではありません。あの矢には、エミルへの愛情が、ありったけこめられていたのです。それでも倒せなかったということは、自分のエミルへの愛は、その程度のものだったのか……そんな受け入れがたい結果に、胸をえぐられたのです。オレンジの瞳から、ひとしずくの涙が流れました。
「そう落胆するこたあねえさ。効いたぜ、アンタの一撃。その礼がわりだ。今度は俺の熱い思いを受け取りなッ!」
カリンガは感心したように笑うと、両手を高くかかげました。そこに、まっかな炎の球体がみるみるふくらんでいきます。まるで、小さな太陽のようです。
「《ラースオブマーズ》!」
カリンガは炎の球体を、思いっきり投げつけました!
せまる炎を前に、シルヴィアはひざをついたまま、うなだれて動きません。なんの抵抗もしめさず、完全に戦意を失ってしまっています。
『エミル様……もうしわけありません……』
口をついたのは、愛する人への謝罪のひとこと。この炎も、自分への罰として受け入れるつもりなのでしょう。
絶世の美貌が、火星の怒りによって消し飛ばされようとしていた、その瞬間――
シュパアッ……
燃えさかる球体は、あっというまにかき消えてしまいました。
「なっ……!」
カリンガはびっくり仰天。それは、観客たちも同じでした。
シルヴィアも、目を丸くしてかたまっています。目の前には……
『エミル……様……』
「いやいや、エミルじゃないよ。私、私」
最愛の人とうりふたつの顔をした、お姉さんのエイルが立っていました。にいっとした笑顔で、自分を指さしています。
どうやら、エイルが二本の剣を振るって、炎の球を斬り払った……と考えるしかないようです。あまりの速さに、だれの目にも見えなかったのです。
「へ……へへ……そうこなくっちゃあ。ようやく、オマエがやる気になったってこったな!」
大技をやぶられても、カリンガは引きつった笑みを浮かべたまま、すばやく状況をのみこんで、大剣をかまえなおしました。
エイルは無言でカリンガを見つめています。その目に、怒りの色はありません。
エイルにとって、妹のパートナーであるシルヴィアも家族同然です。けれど、これは決闘。その結果に怒るのはおかどちがいだということを、ちゃんとわかっているのです。
「こっちも、いい感じに体があったまってきた……さあ、はじめようぜ! 本気の本気の、熱っちい戦いをよォ!」
ぎらぎらと目を輝かせた笑顔で、カリンガは一気に突撃してきました。
それに対して、エイルは落ち着きはらったまま、ただ……
パアン!
黄金の剣をにぎった右手を、軽く振っただけでした。
「……!」
カリンガは白目をむいて、前のめりに地面へ倒れこみました。全身をつつんでいた炎のオーラも、ろうそくの火のように、ふっと消えてしまいます。
エイルはぶんぶんと剣を振ると、パートナーとの合体を解いて、腰の鞘におさめるのでした。
観客席の団員たちも、ラナも、クリスティーヌも、そして……さっきまで涙ぐんでいたシルヴィアまでも、あっけにとられて口をぽかんと開けています。
「お……おおおおおっ!!!」
そして、一拍遅れて、コロシアムじゅうに大歓声が響きわたります。
決闘は決着。カリンガのエイルへのリベンジは、残念ながら果たされませんでした。
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