第64話 再炎・火星のカリンガ
ギルド・戦士の殿堂のホームであるコロシアム。その闘技場の中央で、エイルとカリンガは向かい合っていました。
ふだん訓練に使っている場所を占領するなんて、飛び入りのよそ者には、とてもできることではありません。けれど、エイルはマスターウィザード。その資格があるのです。
いつもなら訓練にはげんでいる団員たちも、みんな手を止めて、いつのまにか観客席のほうに移動していました。
ムリもありません。王国で知らない者のいない"巨獣狩りの剣星"と、王都をふるえあがらせた"凶星の魔女"の元部下の決闘なんて、おカネが取れるほどの顔合わせでしょう。とても訓練どころではありません。
『う……』
シルヴィアはまわりを見わたして、緊張でぎゅっと肩をすくめていました。
ダークエルフはとてもめずらしく、そのうえ息をのむほど美しいので、よけいに注目を集めてしまうのです。
舞台で大勢の視線を浴びた経験は、エミルにはあります。けれど、パートナーのシルヴィアにとっては、これがはじめてのことでした。
「へへっ……楽しくなってきやがったぜ。大観衆の前で、オマエをたたきつぶせるんだからなァ!」
カリンガは身の丈ほどもある大剣を右手一本でにぎり、エイルにぴたりとつきつけました。
エイルのほうは腰に両手をあてたまま、平然としています。
その態度に、カリンガはカチンときました。
「そーやって余裕ぶってんのも……いまのうちだぜッ!」
カリンガは大剣にうずまく炎をまとわせ、一直線に突っこんできました。
指輪からパートナーを出さずに魔法を使う"キャスト"で、大剣に炎のチカラを与えたのです。
それでも、エイルはのんきな立ち姿をくずさず、ぼーっとしているばかり。
跳びあがったカリンガの大剣が、やまぶき色の頭めがけて振り下ろされようとしたとき……
ドガッ!
「ぐっ!?」
カリンガの脇腹に、シルヴィアの鍛えられた長い脚の飛び蹴りがつきささり、ふっとばしました。
『私のことを、忘れないでください!』
シルヴィアは華麗に着地を決め、むっとくちびるをとがらせます。
観客席から、わっと歓声があがりました。
「やるね、ダークエルフちゃん」
同じく観客席に移動していたミリアムが、感心したように言いました。
「ええ、さすがシルヴィア様です」
となりに座るクリスティーヌも、すなおな感想を口にします。シルヴィア本人が聞けば、上から目線でものを言うなと、ふきげんになりそうですけれど。
対抗意識を燃やしているのはシルヴィアだけ。クリスティーヌのほうは、シルヴィアのことをまっすぐに好ましく思っているのです。
「でも、だいじょうぶかな……エイルお姉さまがいくらすごくても、シルヴィアはもともとエミルのパートナーだし、うまく連携がとれないと、あぶないかも……」
ラナは冷静に、状況を見きわめていました。
師匠のミリアムは、よしよし、ちゃんと見てるな、とばかりに、誇らしげな顔になります。
「チッ……ダークエルフ……アンタにも、どでかい恩があるが、決闘となりゃ容赦はしねえぞ!」
カリンガは脇腹をおさえながら、よろりと立ちあがりました。
カリンガは、"凶星の魔女"事件のとき、魔女との契約でかけられた死の呪いをエミルとシルヴィアに解いてもらい、さらに主である魔女まで救ってもらったことに、大きな恩を感じているのです。
けれど、口にしたとおり、恩で戦意がにぶるような性格でもありませんでした。
そして、ふたたび燃えさかる大剣をかまえ、今度はシルヴィアめがけて襲いかかります!
「眼中に入れてなくて悪かったな! のぞみどおり、アンタからつぶしてやるぜ!」
カリンガは容赦なく大剣を振るいますが、シルヴィアは踊るような軽やかな身のこなしでかわします。
『はあーっ!』
そして、気合のこもった声をあげながら、カリンガのこめかみめがけて回し蹴りを放ちました。
ガシィッ!
しかし、その一撃は、カリンガのたくましい左腕にがっしりと受け止められてしまいました。
「さすが、フィジカルにすぐれるダークエルフ、いい蹴りだ。……けどなッ!」
カリンガはそのまま、シルヴィアの右脚をむんずとつかむと、スタイル抜群の体を地面へ力まかせにたたきつけました!
『あっ……!』
シルヴィアは短くうめき、肺の中の空気を吐き出します。
背中を強く打ち、長い銀髪もすっかり乱れて、痛手は見た目以上に深そうです。すぐには起きあがれそうにありません。
そして、とどめとばかりに、カリンガは大剣で追撃を加えます!
ガキィーン!
ですが、その追撃は、ひとっ跳びで割りこんできたエイルが、抜き放った剣ではばみました。
カリンガは一瞬面食らいますが……
「へえ……そうこなくっちゃな!」
うれしそうな笑みを浮かべて飛びすさり、エイルたちと距離を取りました。
「シル、だいじょうぶ?」
『えほっ、けほっ……だ、だいじょうぶ……です……』
シルヴィアはエイルに手を引かれて、せきこみながらも、なんとか立ちあがりました。
「いまはつい助けちゃったけど、もうやらないよ。これは、シルの修行なんだからね」
エイルのひとことに、シルヴィアはハッとしました。
たしかに、彼女の言うとおりです。自分は心のどこかで、エイルの助けをアテにしていたのかもしれません。その気のゆるみが、このズキズキとする背中の痛みを生んだのでしょう。
「エミルのために、強くなりたいんだろ? 私も同じ気持ちだよ、がんばれ」
そう言って、エイルはシルヴィアの背中をばしっとたたきます。
『いたっ……』
さっき強く打ちつけたところなので、シルヴィアは思わず声をもらしましたが、同時に思い出すことができました。
いつもそばにいたいほど大好きなエミルと別行動をとり、そのお姉さんのエイルについていくと決めたのは、すべて彼女のため。どんな困難からもエミルを守れる、強い自分に成長するためだったのです。
そう気持ちをあらためると、シルヴィアは胸もとのだいだい色のブローチを光らせました。光は、シルヴィアの全身をつつみこんでいきます。
光が弱まると、その装いは、さっきまでとすっかり変わっていました。
エミルとおそろいだったベレー帽は、銀色のティアラに。体には、踊り子を思わせる紺色のセクシーなレオタードドレスをまとい、引きしまった長い脚が、いっそうまぶしく目を引きます。
この衣装は、まさにシルヴィアの覚悟のあらわれでした。紺色なのは、愛するエミルが身につけているローブやベレー帽と、同じ色だからです。
「へへッ……本気になったってワケかい」
カリンガも、にんまりと舌なめずりをします。
シルヴィアは地面を力強く蹴って、一気に距離を詰めました。
『はああーーーっ!』
そして、しなやかな脚をムチのように振るい、何度も蹴りを加えるのです!
「ぐっ……!」
その一撃一撃は速く重く、カリンガのガードをもつらぬくほどでした。
さすがはワンダー……ダークエルフ。指輪の加護で強くなった人間の身体能力すら、軽々と超えています。
「なら、俺も本気だ! トランス! 【サラマンドリル】!」
カリンガは指輪のなかの、炎の毛皮をまとった大ザル【サラマンドリル】を光の粒子に変え、自分の体にとりつかせました。筋肉質だった体はさらにふくれあがり、全身に赤い紋様が浮かびあがります。
「ラアアッ!」
ぐんとチカラを増したカリンガが大剣を振るうと、すさまじい爆炎が巻きおこりました。
ドオォーン!
『きゃああーっ!』
シルヴィアはまともに爆炎を浴び、ふっとばされて、地面をごろごろと転がります。美しい銀髪も、せっかくととのえた衣装も、あちこち焦げて黒ずんでしまいました。
「……」
エイルは腕を組んで、ただ戦いを見守っていました。
戦いのなかで、エイルもようやく思い出してきたようです。トランスしたカリンガは、エイルなら一刀で斬り伏せられる程度の相手。前に戦ったときも、実際にそうして勝ちました。けれど、シルヴィアにとっては、まだまだ手ごわい相手でしょう。
『うぐっ……』
地面に倒れたシルヴィアは、ゆらりと起きあがります。エミルのためを思えば、これくらいなんてことはないのです。
けれど、まだまだ足りません。あの炎に打ち勝つためにも、もっともっと、エミル様への愛を燃やさなければ!
シルヴィアはオレンジの瞳をメラメラと輝かせ、カリンガをにらみつけました。
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