第63話 戦士の殿堂
時間はすこしさかのぼって……かわいい妹エミルと別行動になったエイルお姉ちゃんは、パートナーの剣の精霊エクシリアの案内で、王都中央区にある、古代の闘技場――コロシアムを思わせる建物の前まで来ていました。エミルからあずかったシルヴィアと、メイドのクリスティーヌも、いっしょです。
「ここに来るのも、ひさしぶりだなあ」
『このコロシアムこそ、ギルド"戦士の殿堂"……そのホームです』
のんきな主人をよそに、エクシリアはシルヴィアに建物を紹介しました。
『なんとも、おもむきのある建物ですね……エミル様にも、お見せしたいです』
シルヴィアはオレンジの瞳をきらめかせ、銀色の髪をさらりとゆらして、豊かな胸の前で両手を組み、うっとりしていました。
『ふふっ』
『な、なんですか?』
エクシリアがくすりと笑うので、シルヴィアがたずねました。
『ほんとうに、妹さんのことばかり考えているのですね、と思いまして』
エクシリアとシルヴィアは、姉妹それぞれのパートナー同士、顔見知りではありますが、エクシリアがめったに表に出てこないので、あまり話したことがないのです。
『ええ! 私はエミル様に、すべてをささげると誓いましたから!』
シルヴィアは、はずかしげもなく大きな胸を張り、満面の笑顔で言い切りました。褐色の肌がまぶしいったらありません。
その姿がほほえましいのか、彼女が対抗意識を燃やしているメイドのクリスティーヌは、うしろでくすくす笑っていました。
「……で、なんであたしとラナまでいっしょなわけ?」
すこし離れたところでは、エイルの悪友ミリアムと、その妹分ラナが肩を落としていました。
「え、いいでしょ。どうせヒマなんだろ?」
エイルはしれっと言いました。
エイルたちがシロに乗って道路を爆走していたところ、ミリアムとラナをたまたま見かけたので、ひったくりも同然にむりやり連れてきたのです。
「ヒマじゃないってば。犯罪組織とかキメラとか黒竜の対策とかで、大いそがしなんだっつーの。……まあ、任務はまだ受けてなかったけど」
ミリアムはじとっとした半目で、口をとがらせるのでした。
「でも、エイルお姉さまと行動をともにすることほど、有意義な訓練もないと思いますから、あたし的にはオッケーです」
ラナは対照的に、にこにこと笑っています。
「いつまでも、エミルに負けっぱなしじゃいられませんし!」
そして両手をにぎりしめ、ふん! と気合を入れました。
「やっぱり、妹ちゃんに同行させて、正解だったなあ」
ミリアムはうんうんとうなずきました。師匠ヅラが板についています。
『……』
すると、今度はシルヴィアがむっとした顔つきになり、エクシリアとミリアムをじろりと見やりました。
『ど、どうしました?』
『前々から思っていたのですが……どうしておふたりは、エミル様を"妹さん"や"妹ちゃん"などと呼ぶのですか? エミル様には、エミル様という尊きお名前があるというのに! 礼を失しているとは思わないのですか?』
シルヴィアは、ぷんすかとふくれっつらになりました。とても愛らしい姿ですが、絵にも描けない美しさとうたわれるダークエルフのイメージが、すこしそこなわれてしまいそうです。
シルヴィアがぷりぷりしているいっぽうで、同じ"エミル様"呼びのクリスティーヌは、シルヴィアの剣幕にもミリアムたちの呼び方にも口をはさまず、ただにこにこしていました。
ミリアムとエクシリアは、ぽかんとして顔を見合わせました。
「うーん、でも、妹ちゃんは気にしてなさそうだからなー」
『彼女とは出会ってしばらくたちますが、私も気にしたことはありませんねえ』
なんとものんきな返事に、シルヴィアはますますぷりぷりしました。
(かわいい……)
そんな彼女を見て、エクシリアはこっそりそう思い、ほんのりほっぺを染めました。
『……こほん。これは私の推測ですが……妹さんは、お姉さんのことをたいへん尊敬し、愛していらっしゃいますから、その妹であることに誇りを持っていらっしゃるように見受けられます。だからこの呼び方も、気に入っておられるのではないか、と思うのです』
『むぅ……』
シルヴィアは、つややかなくちびるをきゅっとむすんで、うなりました。
つねにエミルのことを考え、エミルを理解しようとしている彼女は、エクシリアの説明に不本意ながら、納得がいったのです。
「ねえ、そろそろ入ろうよー」
そんなシルヴィアたちをよそに、エイルはコロシアムの入口へと、ひとりでずかずかと歩いていきます。
議論もそこそこに、エクシリア、シルヴィア、クリスティーヌ、ミリアム、ラナも、奔放な彼女を追いかけました。
☆ ☆ ☆
カン! キン! ガキィーン!
コロシアムの中では、たくさんのウィザードが武器を打ち合っていました。ウィザードがパートナーと魔法を使うのがあたりまえのこの時代において、なんとも古風な雰囲気です。まるで、タイムスリップでもしたかのような錯覚をおぼえました。エイル以外は。
『まさに、戦士の殿堂の名にふさわしい光景ですね……』
シルヴィアは、目をみはって感心していました。ダークエルフの血に刻まれた記憶が、どこかなつかしい気持ちを呼びさましてくれるのでしょうか。
「あたしもウワサには聞いてたけど、見るのははじめて……なんていうか、すごいなぁ……」
ラナもミリアムのうしろに半分隠れながら、同じような顔をしています。
クリスティーヌも、わくわくしたような顔で訓練に見入っていました。
しかし……シルヴィアは、ひとつおかしなことに気がつきました。
『あら? ウィザードの訓練のはずなのに……ワンダーの姿が見当たりませんねえ……』
そうです。打ち合っているのは、あくまで人間同士。魔法を使うために必要なはずの、パートナーの姿がどこにもないのです。
「あー、戦士の殿堂は、全員アームドかトランスの使い手だから、基本ワンダーを外に出して戦わせたりしないんだよ。たしか、"おのれの身ひとつで道をひらくべし"……ってスローガンだったかな」
ミリアムが思い出しながら解説しました。
『なるほど……』
シルヴィアは、すらりとした指先でぷるんとしたくちびるにそっとふれながら、うなずきました。
『……もしかしてシルヴィアさん、自分も妹さんの武器になりたい、なんて思ってるんじゃありません?』
エクシリアは、まじめな彼女にはめずらしく、からかいぎみにたずねました。同じ女性の姿のワンダーとして、先輩風を吹かせたいのでしょうか。
『ええ……実はつねづね、私も考えていたんです。そうすれば、エミル様と戦闘中、いつでも密着していられますからね』
本気の声でしれっと答えるシルヴィアに、エクシリアとミリアムはわずかに表情を引きつらせました。
『でも……エミル様はきっとなにを身につけてもお似合いになりますから、かえって選べませんし、なにより……エミル様には、その指揮のもと私が戦う姿を目に焼きつけていただきたいという思いもありますので……ずっと保留にしていたんですよ』
『な、なるほど……』
エクシリアは理解も納得もできますが、なんともいえない複雑な気持ちが胸にうずまいていました。
クリスティーヌは、にこにこと見守っています。
「ん……そこにいるのは、"巨獣狩りの剣星"じゃねえか?」
すると、こちらを呼ぶ声が聞こえました。
いかつい感じがしますが、女性の声です。
見ると、そこには、赤い髪に赤褐色の肌、左目に眼帯をつけた筋肉質の女性が立っていました。のこった黄色い右目をぎらつかせ、ギザギザの白い歯をむき出しにしています。
「ひさしぶりだな。またずいぶんご活躍のようじゃねえか」
女性はエイルをにらみつけ、ふくみのある口調で言いました。エイルたちは隠ぺい魔法で存在感を消しているはずなのですが、それをあっさり見やぶるあたり、ただものではありません。
「お、おまえは……!」
エイルはおどろきました。どうやら知り合いのようですが……
「……だれだ!?」
ズコーッ!
……案の定、すっかり忘れているようで、女性もミリアムたちも全員ずっこけるのでした。
「わ、忘れてんじゃねえ! 俺だよ! "火星のカリンガ"だッ! "凶星の魔女"サマの事件のとき、熱いバトルをくりひろげただろうがッ!」
「そうだっけ??」
なおもすっとぼけるエイルに、女性――カリンガは、がっくりとうなだれました。
「エクシリア様、ほんとうにあの方、お知り合いなのでしょうか?」
『ええ。いちおう、言っていることはほんとうです』
クリスティーヌがたずねると、エクシリアはけわしい顔でうなずきました。
すこし前に姉妹がかかわった、"凶星の魔女"にまつわる事件……火星のカリンガは、その魔女の最強の刺客として、エイルたちの前に立ちはだかったのです。
事件が解決したあとに捕まり、裁きの結果、王都のギルドで更生を受けることになったと聞いてはいたのですが……
『……まさか、この戦士の殿堂で会うことになるとは』
エクシリアはあきれたようにためいきをつきました。エイルとカリンガ、どっちに対してなのかは、わかりません。
立ち直ったカリンガは、エイルに指をびしっとつきつけました。
「……まあいい。だったら思い知らせてやるぜ。俺がここで、どれだけ強くなったのかをな! 勝負しろ、剣星!」
それは、決闘の申し込み。はたして、エイルの返答は……
「え~、やだよ、めんどくさい!」
ズコーッ!
またしても一同、ずっこけました。
「て、て、テメー! ふざけんな! 俺に負けるのがこわいのかー!」
カリンガはこぶしをわなわなとふるわせて、子どもみたいにわめき散らしました。
見かねたミリアムが、エイルの耳もとでひそひそとささやきました。
「ねえ、相手してやったら? そもそもここには、訓練しに来たんでしょ?」
すると、エイルはぴんと来たように返事をしました。
「おお、そうだね。そういえば、そうだった。それじゃ……」
そして、お人形のように整った顔をきょとんとさせているシルヴィアを、ちらりと見て、言いました。
「いいよ。相手してやる」
「ホ、ホントか!?」
カリンガはうってかわって、ぱあっと顔を輝かせました。
そしてエイルは、すっとシルヴィアに手をさしだし、にっと笑顔を向けました。
「おいで、シル。さっそくいい修行相手が見つかったぞ」
シルヴィアは一瞬きょとんとしましたが、すぐにその意図を理解して、
『……はい、お義姉さま!』
すらりとのびた長い腕で、ぎゅっと、エイルの手をにぎりました。
エミルのものより大きめの手ですが、さすが姉妹、おなじぬくもりが伝わってきて、シルヴィアのほおにぽっと赤みがさしました。引き締まった体に抜群のプロポーションをそなえた長身が、気合でぴんとのびます。
こうして……シルヴィアの修行の一環として、カリンガとエイルの再戦が組まれることになったのです。
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