第61話 すべてを出し切れ、まっしろコンビ!
「《ドラゴンフレイム》!」
エミルが杖を振ると、シロンは口からすさまじい火炎を吐き出しました。
「ギャアアアアッ!!!」
火炎を浴びたベルダンディーは、またもセクシービューティーらしからぬ、おそろしい悲鳴をあげます。
やっぱり、相手は植物。火による攻撃は効果バツグンのようです。
そして、これは"サモン"による魔法発動。火炎を吐き終えたシロンは、すうっと指輪の中へ戻っていきます。
「《ドラゴンブレイズ》!」
間髪入れず、エミルはふたたびサモン発動。指輪からシロンが飛び出し、今度は吐き出された火炎がぎゅうっと一点に集まって、ぐるぐると回転しながらまっすぐ伸びていきます。
直撃。悲鳴。大ダメージ。ベルダンディーの体は、炭になってしまいそうなほどまっくろにすすけました。
観戦しているメイドと執事も、心配そうな顔で見守っています。
エミルとシュガーも、「だいじょうぶかな……」と思いかけましたが、その気持ちはすぐにふりはらいました。なぜなら、この決闘のあいだ、何度もそう思ってしまったばかりに、そのたびに痛い目を見てきたからです。決着がつくまで、心をオニにするしかありません。
「もう一発おねがい! 《ファイアボール》!」
エミルは杖を振り、みたびサモン発動。何度も出し入れされて、シロンもごきげんななめです。けれど、そのいらだちをこめるように、口から火の玉をぼうんと発射しました!
火の玉は、ベルダンディーの頭めがけてぐんぐん飛んでいきます。直撃すれば、さすがに戦闘不能に追いこめるはずです。
しかし!
バシッ!
火の玉は、ベルダンディーの体から伸びたイバラにたたき消されてしまいました。
「やっぱり、まだ……!」
エミルはぎゅっと歯をくいしばります。あんなにボロボロになってまで動けるなんて、なんというしぶとさなのでしょう。これが、トランスの効果なのでしょうか。人間とワンダーがひとつになって、打たれ強さが増しているのでしょうか。
「ケヒヒヒ……アーッヒャッヒャッヒャ!」
ベルダンディーは、もはや正気とは思えない奇声をあげながら、無数のイバラをシュガーとエミルめがけて伸ばしてきます!
『うひゃっ……!』
シュガーはエミルをひっぱって飛び、なんとかイバラをかわします。
しかし……息があがり、そのスピードも落ちてきていました。シュガーのマナが残り少ないのか、サモンの連発でエミルのマナが減ってきたのか……どちらにせよ、限界が近づきはじめていました。
そして、それを見のがさないのが、さすがベテランのベルダンディーです。
黒ずんだ体から藍色のオーラがふきだし、赤いレオタードが青く変わっていきます。まわりでは、青いバラの花びらがうずを巻きはじめました。
「あの魔法は!」
「出すのか!? ベルダンディー様、最大の必殺魔法を!」
観戦しているメイドと執事たちも、目をみはります。
エミルとシュガーは空中で動きを止め、身がまえました。
直感したのです。あの魔法はよけられないことを。正面から受けて立つしか、生き残る方法がないことを。なにしろ、あのすさまじいうずが起こす風圧の前では、まともに空を飛ぶこともできず、床に降りても、足をふんばるのがせいいっぱいなのですから。
ベルダンディーは両手を突き出し、高笑いとともにそれを放ちます!
「《ノーブルローズ・サイクロン》!」
しなやかな両手から、青いバラの巨大竜巻が、シュガーとエミルめがけてまっすぐ向かってきます。
絶体絶命のピンチだというのに、ふたりは思わず見とれてしまいました。なんて美しい魔法なんだろう、と。
けれど、気をゆるめたりはしません。エミルは杖をかまえ、シュガーは両手を突きだし――ありったけのチカラをぶつけました!
「《シュガーミスト》! 《ドラゴンブラスター》!」
指輪からシロンも現れての、コマンドとサモンの合わせ技です。
シュガーの甘い霧がふくらませるしあわせな気分で、シロンのチカラがぐんぐん強まります。口から吐き出された極大光線が、青バラの竜巻とぶつかり合いました!
ズガシャアアアアアン!!!!!
「きゃあっ!」
「うわーっ!」
すさまじい衝撃に、メイドと執事たちもふっとばされます。
訓練場の頑丈なカベと床にも、ぴしぴしと亀裂が走っていきます。
二つの魔法の激しいぶつかり合いは、やがて終わり……もうもうと土けむりが立ちこめました。
けむりが晴れた試合場の上では……
「ハア……ハア……ハア……」
黒コゲのベルダンディーが、肩で息をしていました。
ベージュの髪は乱れに乱れ、汗だくでメイクもはげ落ちています。ギルドいちのセクシービューティーの色っぽさも、いまはすっかりなりをひそめていました。
ぎょろりとむかれたインディゴの瞳の先には……
「う……く……」
爆風にあおられたエミルが、床にはいつくばっていました。
ベレー帽がぬげて、姉のエイルとおそろいの、頭のてっぺんの浮き毛がぴょこんと顔を出しています。
その近くには、もとの小さな妖精に戻ったシュガーと、シロンも倒れていました。ふたりともボロボロで、チカラを使い果たし、さすがにもう起きあがる気力は残っていないみたいです。
「ふぅー……勝負あったようですね、エミル様」
たくさんの養分を吸収し、おもいきりチカラを吐き出して満足したのか、ベルダンディーはもとのたおやかな雰囲気に戻っていました。
「ま……まだ……!」
エミルは右手の杖をにぎりしめ、ぐぐっと体を起こしました。
それに応えるように、シロンとシュガーも起きあがろうとします。
その姿に、観戦していたメイドも執事も、ベルダンディーまでもがおどろきました。
ベルダンディーはちらりとまわりを見まわし、エミルたちにたずねます。
「だれの目から見ても、勝敗はあきらかだと思いますが……なぜ、おあきらめにならないのですか?」
なんとか立ちあがったエミルは、ごしっと顔をぬぐうと、きっぱりと答えました。
「なにがあっても、もう……あきらめないって、決めたから!」
シロンとシュガーも、弱々しく羽ばたいて、エミルのとなりに浮かびます。
ベルダンディーは、ハッと目をみはりました。
エミルの言葉は、とてもまっすぐで、ありふれたものに聞こえます。もっと言えば、月並みと言ってもいいでしょう。
それでも、ボロボロの体で立ちあがり、絶望的な状況のなかでも、その目から光は消えていません。まわりのメイドと執事も感じていることでしょう。エミルの言葉が口先だけではない、本気の覚悟がこめられているということを。
エミルがあきらめないと誓ったのは、エイルが故郷を追放された、とある事件がきっかけでした。けれど、いま彼女を突き動かしているのは、クリスティーヌへの思いです。
彼女のことをもっと知りたい、無実を信じたい、ほんとうの家族になりたい――
そのために、すこしでも手がかりを得るために――こんな、本来はする必要のない決闘でも、全力でぶつかるのです。
そしてなにより……自分自身の夢をかなえるために、どんな戦いにも背を向けない。背を向けている場合じゃない。そんな思いが、エミルをしっかりと支えていました。
エミルはふるえる手で杖をつきつけ、叫びます。
「《ファイアボール》……!」
シロンは残ったチカラをふりしぼって、口から火の玉を発射しました。
それは、さっきまでとはくらべものにならないほど、弱々しく、遅い火球でした。まさに、最後っ屁といった感じです。
しかし――ベルダンディーは、だらりと力をぬいたまま、よけようともせず、火の玉をその身に受けました。
ボカン!
火の玉は、メイクがくずれてもなお美しい顔に直撃し、ぽんとはじけます。
ベルダンディーの体は、そのままぐらりとかたむき……どさりと、床の上にあおむけに倒れました。
それと同時に、トランスが解けたのでしょう。舞い散る青いバラの花びらとともに、衣装もふだんのメイド服すがたに戻りました。パートナーの【バララウネ】も、指輪の中に戻ったようです。
それはつまり、彼女が気を失った……エミルの勝利をしめす証でした。
試合場のまわりから、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響きます。
「え……」
エミルたちは、ぽかんとしていました。
勝ったという実感なんてとてもわかない、あまりにもあっけない決着に……
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