第60話 逆転の召喚術
「《進化変身》!」
グレイを指輪に戻し、エミルが杖を振ると、シュガーの体は光につつまれ、むくむくと大きくなっていきます。
そして、姿かたちはそのままに、人間の女の子ほどの大きさの大妖精に変身したのです。本来の大妖精は、オトナの人間ほどの大きさなのですが……エミルのチカラで変身したいまのシュガーでは、これがせいいっぱいなのでした。
『いきますよっ!』
「うん!」
シュガーはすいっと飛びだし、《妖精の粉》で宙にういたエミルを、ぐいぐいとひっぱりはじめました。
バラの魔女ベルダンディーのイバラが容赦なく襲いかかりますが……シュガーはみごとな飛びっぷりで、ひらりひらりとかわしていきます。飛ぶことに、逃げることをくわえたら、妖精の右に出る存在はいないのです。
「よーし、反撃を……」
エミルははりきって杖をかまえますが……ふと、あることに気がつきます。
「……って、そういえばシュガーって、攻撃の魔法おぼえてないじゃない!」
『ああっ! そういえば、そうでしたっ!』
エミルはシュガーといっしょになって、ガーンとなってしまいます。
シュガーはお菓子の国出身のあまーいお砂糖の妖精で、争いを好まない性格のため、使えるのは人をしあわせな気分にする魔法と、仲間をたすける魔法だけ。相手を直接傷つけるような魔法は、まったく使えないのです。それは大妖精に変身したって、変わりません。
「そうだ……甘味のチカラで、戦う気をなくさせるんだ!」
それでもエミルは、ぱっとひらめきました。
前の冒険では、とてつもなく強いワンダーが相手でも、シュガーの甘味を作りだす魔法で、戦う気をそいだことがあったのです。
『め、名案ですっ! 《シュガーミスト》!』
シュガーはひょいひょいとイバラをかわしながら、両手からお砂糖を思わせる白い光の粒子を放ちます。
粒子は白い霧となって、ベルダンディーのまわりをふんわりとつつみこんでいきました。
「あら……これはなにかしら。なんだか甘くて、気持ちいい……」
ベルダンディーは、うっとりとした表情を浮かべました。
甘いものは、体のなかにしあわせな気分をふくらませてくれます。それをぐんと大きくして、戦う気力をなくしてしまおう、という狙いです。
「よし……効いてる!」
エミルは手ごたえを感じました。
相手をできるだけ傷つけたくないと考えているエミルは、最終的には戦意を奪うだけで勝つ、という戦い方を目標にしているのです。
そう……最終的には。
「気持ちよすぎて……天にものぼる心地だわァ~ッ!」
ベルダンディーは大きく背をそらすと、全身から無数のイバラを一気にのばしてきました!
『うきゃあああっ!』
シュガーは泣きさけびながら、エミルをひっぱってイバラをかわしまくります。
どうやら甘味作戦は、ベルダンディーにとって完全に逆効果だったようです。
「やっぱり、そう都合よくはいかないか……」
目標はまだまだ遠いと、エミルはがっくりうなだれました。
しかし、シュガーの得意技が通用しないとなると、いよいよ打つ手がありません。
イバラの攻撃とシュガーの回避でがまんくらべをしようにも、飛ぶための魔法の消耗を考えると、シュガーのほうが圧倒的に不利です。しかも相手は、養分を吸いとる能力まで持っているのですから。
『……いいえ、あります、打つ手なら!』
すると、シュガーが目つきをきりっとさせて言いました。
「……え?」
考えをめぐらせていたエミルは、思わずぽかんとします。
『思い出してください! 魔王との戦いを! エミルさんなら、できるはずですっ!』
「魔王との戦い……あ!」
エミルはハッと思い出しました。前の冒険――シュガーの故郷を救うための、魔王との最終決戦で使った技を。
そして、キッとベルダンディーを見すえて……杖をつきつけました!
「サモン! 《スパイラルジェット》!」
すると、右手小指の指輪から、うずまく水とともに、大きな体の水の精霊【プルンディーネ】のマリンが現れ……両手かららせん状の水流を発射したのです!
ザッパアーーーン!!!
「ああッ……!」
みごと命中。ベルダンディーはのけぞり、悲鳴をあげました。
魔法を出し終えたマリンは、そのまま光の粒子となって、指輪にもどっていきます。
見守っていたメイドや執事たちが、どよめきました。
「まさか、あれは!」
「"サモン"か!」
サモン――"召喚"を意味する言葉で、ウィザードの技術のひとつです。
パートナーを指揮する"コマンド"と、指輪から出さずに魔法を発動させる"キャスト"の、いいとこどりをしたような技で、魔法を放つときだけパートナーを呼び出し、終わるとすぐ指輪にもどす、というものです。
出の速さと威力を両立できるぶん、ウィザードの消耗は大きく、呼んではもどすというムチャなあつかいを、快く引き受けてくれるパートナーとの絆の強さも必要になります。けれど、瞬間的な火力においては、アームドやトランスよりもはるかに上なのです。
さらに、マナの受け渡しがほんの一瞬ですむため、ほかのパートナーをコマンドしている最中でも、チカラの分散や絆の糸の混線が起こりにくい、というよい点もあります。
エミルは、前の冒険の戦いでこのサモンを使いこなし、魔王を追いつめました。当時のエミルは必死で、ちょっぴり忘れかけていたのですが、彼女を尊敬するシュガーは、はっきりとおぼえていたのです。
これなら、攻撃と回避を両立できる。勝ちの目が見えてきた――
なんて思ったのは、ほんの一瞬のこと。
「なんなの、いまのぉ……気持ちいいシャワーだったわぁ……」
ベルダンディーは、またうっとりとしていました。水もしたたるいい女とは、このことでしょうか。
マリンの水流は、《ドラゴンブラスター》や《フェンリルストライク》ほどの威力はありません。しかも、ベルダンディーは植物の精霊と合体しているため、水の魔法は効きめがいまひとつ。思ったほどダメージを与えられていないのです。
「くっ……せめて、シロンかグレイが……シルヴィアがいてくれたら……!」
エミルは歯を食いしばります。
シロンとグレイは養分を吸いつくされて動けず、ふたりに負けない威力の魔法が使えるシルヴィアは、いま手もとにはいません。
あらためて、彼女がそばにいてくれることの大切さ、ありがたさが身にしみました。すらりとした長身にみごとなスタイル、さらさらの銀髪をなびかせ、つややかな褐色の肌を輝かせて、『エミル様!』と満開の笑顔を向けてくれる美しいシルヴィアの姿が、まぶたの裏にありありと浮かんでくるほどです。
『エミルさん! まだです! ふたりはまだ、戦えますっ!』
すると、シュガーが飛び回りながら、うったえるように叫びました。
「まだ戦えるって……ふたりはもう、へなへななんだよ?」
エミルは苦しげに反論します。
『いいえ! できます! わたしたちにはまだ、たよれる仲間がいるじゃないですかっ!』
「たよれる仲間……そうか!」
シュガーの言葉で、エミルはふたたび思い出しました。
そして今度は、親指の指輪を光らせます。
「サモン! 《復活の炎》!」
うずまく炎とともに召喚されたのは、生まれてまもない、燃えさかる不死鳥【ソルフェニックス】のレッディ。
『クエーッ!』
レッディはかん高い声をあげると、全身からオレンジ色の炎をふわりとひろげました。
放たれた炎は、エミルとシュガーの体をやさしくつつみこみます。
すると……体じゅうから、元気がむくむくとわいてきました。
「よし……これなら!」
エミルはぐっとこぶしをにぎりしめます。
レッディは、いまのところ二種類の炎を使うことができます。
ひとつは傷をいやすための《再生の炎》、もうひとつは……
ぽんっ!
『シロン、ふっかーつ!』
失った体力を回復させるための、《復活の炎》です。
指輪の中のシロンにも、炎のぬくもりがとどいたのでしょう。養分をとりもどしてふっくらつやつやになったシロンが、元気いっぱいに飛び出してきました。
かわりに役目を終えたレッディは、エミルの指輪の中にもどっていきます。
シロンとシュガーのまっしろコンビ、ここに復活です。
「さあ……ここからがほんとうの、反撃開始だよ!」
エミルとパートナーたちは、ベルダンディーをまっすぐ見すえます。はじまりから奇妙な展開つづきだった決闘は、いよいよ大詰めをむかえようとしていました。
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