第59話 おそろしきベルダンディー
「ギャアアアアッ!!!」
まるでバケモノのような悲鳴をあげ、ベルダンディーは光線に飲みこまれました。
そのあまりの声と光景に、エミルとシュガー、観戦していたメイドと執事たちは、そろって顔をひきつらせます。
光線がやむと、もくもくと立ちのぼるけむりの中に、黒コゲになったベルダンディーの姿が見えました。体はがくがくとけいれんしています。
ワンダーがとりついて、ある程度は丈夫になっているとはいえ……生身の人間であることに変わりはありません。本来なら、死んでしまってもおかしくないはずですが……
「フ……フフフフ……アーッハッハッハッ!」
ベルダンディーが突然、高笑いをはじめ、エミルたちはまたびくっとしました。
『あ、あの人……だいじょうぶ?』
シロンは空中で、思ったままのことを口にしました。
あらゆる意味でだいじょうぶではないのですが、なんと答えるのが正解なのでしょうか。
黒コゲのベルダンディーは、まるでゾンビのように、よたよたとエミルにせまってきます。歩くたびに衣装がぽろぽろとくずれ、大事なところがちらりと見えてしまいそうです。それでも、ぷるんとした赤いくちびるだけは、なぜかつやつやと光っています。
「うっ……」
そのおぞましい……いえ、おそろしい姿に、エミルは思わずたじろぎました。
豹変する相手には慣れているつもりでしたが、ここまで執念深い相手ははじめてです。
『させない!』
シロンはエミルを守ろうと、びゅーんと急降下しました。
そのとき!
ビュビューッ! ビシィッ!
『うわっ!』
ベルダンディーがおもむろに右手をかざし、シロンをイバラでぐるぐる巻きにからめとってしまったのです。
なんという反応の速さ。まるで、最初からこれが狙いだったと言わんばかりです。
『でも、これはもう……』
効かないよ、と言いかけて、またイバラを引きちぎろうとしたシロンは、ふと違和感をおぼえました。
なんだか、全身から力がすうっと抜けていくような感じがしたのです。
「しまった!」
エミルがあせった声をあげました。
はたして、シロンの違和感は気のせいではありませんでした。
シロンの全身からあふれたマナの光が、イバラをつたって、ベルダンディーの体へ流れこんでいったのです。まるで、シロンの栄養をストローでごくごくと吸い取っているかのように……
いえ……実際、そのとおりでした。シロンの体は色つやを失ってしおれていき、いっぽう、ボロボロだったベルダンディーのキズはみるみるふさがり、衣装ももとどおりになっていきます。
そして……
「んふっ……ごちそうさま」
ベルダンディーはぺろりと舌なめずり。すっかり回復したどころか、さっき以上に肌つやがよくなっているように見えます。ふわりとしたベージュの髪も、きらきらです。
シロンのほうは、進化変身がとけ、もとのチビドラゴンにもどってしまっていました。さらに、すっかりへなへなになって、気まで失っています。
「シロン!」
エミルがさけび、シュガーは口をおおいます。ごらんのとおり、形勢は一気にひっくり返ってしまいました。
「さぁ~てと……メインディッシュといきましょうかぁ」
ベルダンディーは色っぽくくちびるに指先をそえると、こんどはエミルにむかってイバラを伸ばしてきます!
「グレイ!」
エミルは【グレイトウルフ】のグレイを呼び出し、その背にひらりと飛び乗りました。グレイが大きく飛びのき、間一髪、イバラをかわします。
「まったく! 血祭りにあげるんじゃなかったの?」
エミルはベルダンディーを挑発します。
「んふ……そうねぇ、忘れてたわッ!」
ベルダンディーは、しつこくイバラを伸ばしてきました。
『ガルッ!』
エミルとシュガーを乗せたグレイは、すばやい身のこなしで、広間をびゅんびゅんと走りまわります。イバラは、ひらりひらりとかわしていきました。そのあいまに、床にころがっているシロンを、そっと指輪にもどしてあげることも忘れません。
「突撃して!」
いまこそ攻めるときだと、エミルは杖をつきつけました。グレイは一気にベルダンディーへむかって駆けだします。シュガーは振り落とされないよう、必死にエミルのローブをつかんでいます。
ザクッ!
「ああッ!」
脇腹にグレイのするどいツメが食いこみ、ベルダンディーは色っぽい悲鳴をあげました。赤い花びらとともに、しぶきがぱあっと舞います。
「もう一度!」
着地したグレイは、エミルの指示でくるりと向きを変え、もう一撃をおみまいします!
ザシュッ!
「ギャアアアッ!」
さっき光線をあびたときに負けないほどの、ひどい悲鳴。こんどは豊かな胸もとに深々と入り、大きなダメージを与えました。
「次で決めるよ!」
『ガルッ!』
グレイはエミルたちを乗せたまま、全身からすさまじい量のオーラをふき出し、大きな光のオオカミへと姿を変えました。
《フェンリルストライク》……エイルとシロも得意とする、必殺の魔法です。
光のオオカミと化したグレイは、ベルダンディーをかみちぎらんばかりのいきおいで、おそいかかりました!
ズガシャアァーッ!!!
「ギャアーーーーーッ!!!」
グレイの巨大化したキバにかみつかれたベルダンディーは、赤い花びらを噴水のようにまき散らしながら、この世の終わりのような悲鳴をあげました。
ちょっとやりすぎのような気がしなくもありませんが、これならさすがに倒れるはず。エミルは勝利を確信しかけました。が……
「いけません!」
「エミル様! すぐにお逃げを!」
観戦していたメイドと執事たちが、声をはりあげます。
「え……」
どういうことだろう……と首をかしげたエミルは、ハッとしました。
なんだか、体から力が抜けていくような……
「! グレイ、離れてっ!」
気づいたときには、もう手おくれでした。
グレイの体をつつむオーラが弱まり、パンッと風船がはじけるような音とともに、もとのグレイトウルフの姿にもどってしまったのです。
『ガ……』
グレイも弱々しい声をもらします。
そう、イバラにつかまらなかったのに、ベルダンディーに養分を吸われているのです。
どうやら、養分を吸い取るのはイバラだけではなく、ベルダンディーの体にふれつづけていれば、それだけで発動してしまうようです。さらにグレイと密着していたエミル、そのエミルにしがみついていたシュガーの養分も、わずかばかり吸われてしまったようでした。
『エミルさんっ!』
シュガーは小さな体で、エミルをぐいっとひっぱりあげ、グレイの背からむりやりはなしました。エミルの体が、ふわりと宙に浮きます。ウィザードに飛行能力を与える妖精の魔法、《妖精の粉》です。
「グレイっ!」
おかげで、エミルはなんとか助かりましたが、グレイは使い古したモップのようにしおしおになってしまいました。やがて、ベルダンディーに食いこませていたキバもツメもぽろりとはずれ、どしゃっと床にたおれこんでしまいます。
「ぷうっ……白いコにくらべたら、たいした味じゃないわね……」
こうしてベルダンディーは、またもとどおり、ぴかぴかに回復してしまったのです。
『エミルさん、どうしましょう!?』
エミルとともに宙に浮いているシュガーは、おろおろと声をあげます。
「シロンのパンチやブラスターは効いた……ずっとふれていなければ、吸い取られないはず! まだ、なんとかなるよ!」
攻撃力にすぐれたパートナー二体がたおれても、エミルはあきらめていませんでした。
そんなエミルの姿に、シュガーは胸が熱くなりました。
前の冒険のときだって、そうでした。どんな状況におちいってもけっしてあきらめないエミルの姿に、シュガーは何度も救われてきたのです。だからこそ、故郷の妖精の世界を離れ、エミルのパートナーになることを選んだのでした。
いまこそ、その思いに応えるときだと、シュガーはきりっと覚悟を決めました。
『エミルさん……つぎはわたしに、まかせてくださいっ!』
小さな妖精からの思いがけない申し出に、エミルはちょっぴりおどろきました。
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