第58話 あでやかなる赤きバラ
「ルールは、先にまいったと言うか、気を失ったほうが負け……ということで、よろしいですね?」
ベルダンディーは、うっとりとした表情で、ねっとりとした声でたずねました。
「はい! よろしいです!」
エミルは彼女の向かい側で杖をかまえ、元気いっぱいに返します。
「では……はじめましょうか」
ベルダンディーは、右手の指輪を前にかざしました。
いっそう細められたインディゴの瞳から、刺すような威圧感が放たれます。
これまでの冒険で、何度も浴びてきたものです。エミルだって、いまさらこれくらいでひるんだりはしません。
あざやかな血のような赤い光とともに、ベルダンディーのパートナーが姿を現しました。
燃えるように赤い髪と緑色の肌をした、女性型のワンダー……赤いバラの精、【バララウネ】です。
「トランス!」
ベルダンディーは、さらに右手を高くかかげて叫びます。
すると、バララウネは緑色の光となって、ベルダンディーと合体しました。
ベルダンディーのメイド服が花びらのようにはじけ飛び、光のイバラがくるくると体に巻きついていきます。
やがて、パァンと光がはじけて消えると……なんと、ベルダンディーは、あでやかな赤いレオタードに、トゲトゲしたイバラを編みこんだような手袋とブーツを身につけた……たとえるなら、バラの魔女のような姿に変わっていたではないですか。
「わっ……」
エミルはぼっと顔を赤くして、思わず声をもらしました。オトナの色気に、すっかりあてられてしまったようです。
シロンはそういうことがわからないのか、びっくりしているだけのようすで、シュガーは恥ずかしいのか、両手で目をおおっていました。
きっと、この場にシルヴィアがいれば、やきもちをやいてぷんすかしていたでしょう。さらさらの銀髪をなびかせた長身の美少女が、きりりと整った褐色の顔を風船のようにふくらませている……その姿を思い浮かべて、エミルはぷっと笑いました。
そんなふうに心がなごむいっぽうで、不安と心細さもこみあげてきます。右手の薬指が、すうすうと軽く感じられるのです。なぜなら……そのシルヴィアが、いまはそばにいないからです。
ウィザードは、指輪を通じて加護という名のチカラをパートナーからもらっており、絆の強さとパートナーの能力に応じて、身体能力や丈夫さが高まります。
エミルが大好きで、ダークエルフとして高い魔法技術を持つシルヴィアの指輪がないということは、そのぶんいまのエミルの体は弱くなってしまっているということ。こうして決闘の場に立つことで、あらためて実感していました。
けれど、後悔はありません。シルヴィアがしばらく別行動をとるのは、彼女自身が今後のことを考えて決めたことです。エミルも、その気持ちをうれしく思っています。なにより……
そんなエミルをはげますように、肩の上から声が聞こえてきます。
『へんしんなんてすごいけど、シロンのほうがすごいもんね!』
『わ、わたしだって、おっきくなれますからっ!』
シルヴィアだけではありません。エミルには、こんなにたのもしいパートナーたちが、ついているのですから。
「いくよ、シロン!」
『オーライ!』
エミルが杖を振ります。
シロンは右肩からいきおいよく飛び立つと、空中で少女の姿に進化変身し、バラの魔女と化したベルダンディーに飛びかかっていきます。
「はっ!」
ベルダンディーはバッと上空に飛びあがり、シロンの突撃をひらりとかわしました。どうやら精霊と合体したおかげで、宙に浮いていられるようです。
「ふっ!」
そして、空中から右腕を振ると、無数のイバラがエミルに向かって伸びていきます!
「うわっ!」
エミルはさっと横っ飛びして、イバラをかわしました。12歳ながらも、だてに場数は踏んでいません。この程度の攻撃、見切るのはわけないことなのです。
『こいつっ!』
エミルを狙われて怒ったシロンは、背中の翼をばさりとひろげて飛びあがり、ベルダンディーに追撃をしかけます。
「ふふん」
ベルダンディーは左手をシロンに向け、イバラを放ちました。
無数のイバラは、あっというまにシロンの体にからみつき、その身動きを封じて……
『だあっ!』
……しまうことは、できませんでした。
さすがは、少女の姿をしていてもドラゴンです。自慢の怪力で、イバラをぶちぶちっと引きちぎってしまったのです。
「なっ……!」
これには、ベルダンディーも面食らいます。オトナの余裕が、ここにきてはじめてくずされました。
そのスキを見逃すことなく、シロンのマナのこもった右のこぶしが、ベルダンディーのやわらかそうなおなかに、ドスッと突きささりました!
「あっ……!」
ベルダンディーは短くうめき、肺にたまった空気をいっきに吐き出します。
衝撃が体のおくまで突き抜ける《ドラゴンビートパンチ》は、ワンダーをとりつかせているとはいえ、生身の人間が耐えられるものではありません。しかも、エミルを狙われたしかえしとばかりに、シロンは手かげんなしで振り抜いたのですから、ダメージは絶大でしょう。
ベルダンディーの体はぐらりとよろめき、つるりとした硬い床の上へ、どさりと落ちました。
『勝った……んでしょうか?』
シュガーが声をもらしました。
ベルダンディーは床の上で倒れ、動く気配がありません。
宙に浮かぶシロンも、倒れた彼女を見下ろし、勝ったと思ってえっへんと胸を張ります。
しかし……エミルだけは、まだ終わっていないと感じていました。
なにしろ、エミルは庭での練習試合で、クリスティーヌに負けた経験があります。そのクリスティーヌよりも先輩にあたる、ベテランメイドのベルダンディーが、この程度で終わるわけがありません。
次の瞬間、その予感をうらづけるように……
ブオオオオオッ!!!
バラの花吹雪とともに、ベルダンディーの体が激しいオーラを放ちはじめました!
『ひゃあ!』
宙のシロンも、思わず腕で顔をかばいます。
倒れていたベルダンディーは、ゆらりと起きあがり……赤くぎらつく目で、エミルをにらみつけ、言いました。
「いい……いいわよぉ……貴女。あげがいがあるわぁ……血祭りに!」
エミルとシュガーは、びくっとしました。
なんという殺気でしょう。さっきまでのしとやかな彼女とは、まるで別人です。
そのとき、どこからか声があがりました。
「ああ! 出てしまったわ!」
「ベルダンディー様の、"サディスティックモード"が!」
気がつくと、まわりにはほかのメイドや執事が集まり、決闘のようすを見守っていました。
みんなそろっておののいており、いまのベルダンディーがそれだけ危険な状態であることを、ものがたっています。
『エミルさん、こわいですっ!』
シュガーはさっと、エミルの首すじにかくれてしまいました。
「だいじょうぶ。ちょっとハイになってるだけだよ。"トランス"は自分の体にパートナーをとりつかせる……そのせいで、パートナーと意識がまぜこぜになっちゃってるんだね」
エミルは落ち着いて説明しました。冷や汗をかいているものの、みんなの中ではいちばん平然としています。
旅や冒険の中で、似たように人が変わってしまう相手と、何度も戦ってきたからでしょうか。
「シロン!」
エミルは杖を振り上げ、ベルダンディーの真上にいるシロンに呼びかけます。
彼女の変わりっぷりにびっくりしてかたまっていたシロンは、ハッと我にかえり、左手にマナを集めはじめます。
「たっぷり……かわいがってあげるわあぁ!」
そして、ペロリと舌なめずりをしたベルダンディーが、エミルめがけて駆け出そうとした、その瞬間!
「『《ドラゴンブラスター》!』」
シロンの左手から放たれた虹色の極大光線が、上空から彼女めがけて、まっすぐ降り注ぎました!
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