第57話 再訪、ハピネスワークス
「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」
エミルとパートナーたちは、ふたたび使用人派遣ギルド・ハピネスワークスのホームをおとずれていました。
たくさんのメイドと執事に出迎えられるのは、やっぱり慣れるものではありません。シルヴィアがいたら、きっとふきげんになっていたでしょう。そういう意味でも、きょう別行動になったのは正解だったかもしれません。
「エミル様、本日はどういったご用件でしょうか?」
受付のメイドさんが、にこやかにたずねます。
「あの……クリスティーヌさんのことを知りたいんですけど……」
そう……ここをおとずれた理由は、このギルドに所属していた、クリスティーヌの情報を調べるためです。契約のときに、最低限の個人情報は教えてもらったのですが……エミルが知りたいのは、もっと深いところ……彼女の生い立ちから、現在にいたるまでの、できるかぎりの経緯です。
もっと、ちゃんと、クリスティーヌのことを知ろう。ゆうべ、そう誓ったのですから。
「クリスティーヌが、なにかそそうでもいたしましたか?」
「い、いえ! そんなことはぜんぜんないです! むしろ、仲はとってもいいほうで! だ、だからこそ、彼女のこと、もっと知りたいなあって……」
エミルはあたふたしながら返しました。
受付のメイドさんはぷっと吹き出すと、すまなそうな苦笑いを浮かべます。
「もうしわけありません。団員の詳細な情報は、いかなる理由があっても明かすことはできません。どうかご了承ください」
「で、ですよね……」
エミルは、がっくりと肩を落としました。その肩に乗るシロンとシュガーも、しょんぼりです。
そのとき。
「あら? 貴女は……エミル様ではございませんか?」
うしろから、おだやかな声で呼びかけられました。
振り向くと、そこにはひとりのメイドが立っていました。どこかで見覚えのある顔です。
「あなたは……たしか、ベルダンディーさん?」
エミルは思い出しました。
前に、ロウランからこのギルドを紹介してもらったとき、ロウランの独断と偏見で開催されたオーディション。その最終選考に残った、ギルド最年長のセクシービューティーメイド、ベルダンディーです。
「またおこしいただけるなんて……今度こそ、私と契約するおつもりになられたのですか?」
ベルダンディーは、ふわりとしたベージュの髪をかきあげて、細められたインディゴの瞳で、熱っぽい視線を送ってきました。赤い口紅をひいた、ぷるんとしたくちびるが、つややかに光ります。
エミルは、そんな彼女にドキッとしましたが……ぶんぶんと首を振って、話を切り出しました。
「い、いえ。クリスティーヌさんのことを、もっと知りたいと思って……」
「あら残念。私には興味がおありではないのかしら?」
ベルダンディーはくちびるに指を当てて、わざとらしくしなをつくります。
「そ、そんな! 興味はありますよっ!」
エミルは一瞬ムキになって反論すると、すぐ、自分はなにを言っているんだと顔を赤くしました。こんなところをシルヴィアに見られたら、一発でカンカンに怒られること確定です。
ベルダンディーは、くすくす笑います。
「ふふふ、冗談ですよ。クリスのことについて、知りたいのですね?」
クリス……はじめて会った日に、クリスティーヌが話していました。親しい人からは、そう呼ばれていた、と。
「ベルダンディー様、あまりそのことは……」
団員の個人情報をもらされてはこまると、受付のメイドさんが止めようとします。
「それは理解しているわ。けれど、立場をわきまえなさいな。私は、メイド長に次ぐ権限を持っているのよ」
にこやかに笑うベルダンディーから、冷たい威圧感のようなものが放たれ、受付のメイドさんはびくっとして、口をつぐんでしまいました。
これには、エミルたちもぞくりと背すじが寒くなります。
「……ふふふ、冗談よ。とにかく、この件は私にあずからせてもらえるかしら?」
ベルダンディーは、まだにこやかに笑ってみせます。
ほんとうに冗談だったのかなあと、疑問に思わずにはいられないエミルたちなのでした。
「さあ、エミル様。こちらにいらして。貴女ののぞみ、このベルダンディーめがかなえてごらんにいれましょう」
ベルダンディーはうやうやしくおじぎをすると、ロビーの向こう側にあるドアへと歩いていきました。ついてくるように、という意味らしいです。
エミルとシロン、シュガーは顔を見合わせると……覚悟を決めて、彼女の背中を追いかけました。
☆ ☆ ☆
エミルたちはベルダンディーのあとについて、清潔で長い廊下を歩いていました。足音がコツコツとひびくなか、あちこちに置かれた花びんから、いい香りがふわりとただよってきます。でも、緊張のせいか、それを楽しむ余裕はありませんでした。
「ときにエミル様、どうしてそこまでクリスのことを知ろうとしてらっしゃるのですか?」
エミルたちはドキリとして、口ごもります。
「え、ええ……その……」
横目をちらりと向けたベルダンディーは、くすっとほほえみました。
「……いま王都で騒がれている、例の殺人事件の犯人が、彼女だと疑ってらっしゃるのですね?」
ギクッ!!!
エミルたちは、心臓がとびはねる思いでした。
完全に図星を突かれたので、ムリもありませんが……
「ふふふ……エミル様は、たいへんわかりやすくていらっしゃいますね」
エミルたちは、むむむとうなります。さて、どう返事すればいいのでしょうか。
考えたすえの、エミルの回答は……
「……はい」
正直に答えることでした。
相手はギルド最年長のメイド。観察力はピカイチでしょう。そんな相手をごまかすのはムリだと判断したのです。なにしろ、エミルたちは根が正直すぎますし。
ベルダンディーは、またくすくす笑います。
「ご安心ください。どこにももらしたりはしませんから」
エミルは、さっきからの口ぶりにピンときて、たずねかえしました。
「あの……まるでベルダンディーさんも、クリスティーヌさんのこと疑ってるみたいですね」
ベルダンディーはなにも返さないまま、目的の部屋のドアを開きました。
エミルも、それ以上は踏みこまないことにして、招かれるまま部屋の中へ入ります。
そこは、広間でした。けれど、お屋敷のようなおもむきのロビーとはちがい、ツルッとした壁と床にかこまれた、なにもない殺風景な長方形の空間です。
ふいに、エミルの頭にひらめきが走りました。これはまるで……
「ここは……闘技場か、訓練場……ですか?」
ベルダンディーは、ほほえみを浮かべてうなずきます。
「さすが、雨あがりの聖女さまですね。ご名答でございます」
床をよく見ると、白い線で長方形の試合場が引かれていました。これは、決闘をおこなう際に使われる仕切りです。
わざわざこんな部屋に通されたということは、目的はひとつしかありません。
ベルダンディーは、まんなかに描かれた円の上に立って、向かい側へ来るようにと、エミルを手まねきします。
「私と決闘いたしましょう、エミル様。貴女が勝てば、のぞむままの答えをさしあげます」
エミルは、もうひとつ思い出しました。
村を旅立って、その先で何度となく、さまざまな理由で、多くのウィザードに決闘を挑まれたことを。
姉のエイルと再会し、王都で暮らすようになってからは事件続きで奔走していたため、忘れかけていたのです――ウィザードという生きものは、基本、好戦的であるということを。
決闘と聞いて、右肩のシロンは気合じゅうぶんで、ふんすと鼻息を荒くし、左肩のシュガーはおびえて、ぎゅっとローブをつかみます。
そして、同じくウィザードであるエミルの答えも、決まっていました。
故郷を出たときから……いえ、エイルと離ればなれになってから、誓ったのです。目の前のどんな困難からも、けっして逃げないことを!
「わかりました! その決闘……受けて立ちます!」
エミルは不敵で、とびきりステキな笑みを浮かべ……ふところから杖を取り出しました!
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