第56話 それぞれのやるべきこと
翌朝。
「『いっただっきまーす!』」
姉妹とパートナーたちは、クリスティーヌの作った朝ごはんを食べていました。
とくにエミル、シロン、シュガーの三人は、わき目もふらずにがっついています。すこしでも、ゆうべのことを考えないようにしているのです。
シルヴィアは、いつも以上にするどい目つきで、クリスティーヌをじろりとにらんでいました。あまりにあからさまな反応ですが、シルヴィアはもともと彼女に対抗意識を燃やしていましたし、まあ……あやしまれることはないでしょう。
「どしたの、四人とも。なんかヘンだよ?」
……と思いきや、エイルがなにげなくツッコんできました。
エミルは、不安も疑いも顔にはちっとも出さず、
「……ううん。ちょっと、やる気になってるだけ!」
おひさまみたいな笑顔で、きっぱりと言い切りました。
エイルもうれしそうなほほえみを返し、それ以上はたずねてきません。
クリスティーヌも、そんなエミルたちをふしぎがるようすはなく、やわらかくほほえんでいます。
……やっぱり、信じられません。この人がほんとうに、ダルベールを殺しただなんて。
そして、あらためて思います。このことはまだ、エイルには話せない、と。
☆ ☆ ☆
朝ごはんのあと、エミルは身支度をととのえ、シロンとシュガーを肩にのせて、ひとりで出かけようとしていました。
「あれ? きょうも私といっしょに行かない感じ?」
エイルがたずねました。きのうもエミルとは別行動だったので、きょうこそいっしょにおでかけしたかったようです。
「うん……ごめんね。ちょっと、ひとりで調べたいことがあるから」
エミルはもうしわけなさそうにこたえました。
エイルはすこしだけ残念そうな顔をしましたが、すぐに苦笑いを浮かべます。
「……わかった。エミルの時間は、エミルだけのものだもんね」
そのひとことには、妹への理解と信頼、そしてほんのすこしのさみしさがにじんでいました。それがわかるからこそ、エミルの胸は、ちくりと痛みます。
「いってらっしゃいませ、エミル様」
クリスティーヌも、ぺこりとおじぎをして見送ります。
「うん、いってきます。さあ行くよ、シルヴィア……」
しかし、エミルが呼びかけても、シルヴィアはついて来ませんでした。
「どうしたの?」
シルヴィアは、銀髪をさらりとかきあげ、オレンジの瞳をきりっと光らせて、なにかを決意したような、りりしい顔つきで宣言します。
『……もうしわけありません、エミル様。きょうは私……お義姉さまといっしょにいようと思います』
『ええっ!?』
シロンとシュガーは、びっくり仰天。
エミルのことが大好きすぎて、いつもそばにいたがっているシルヴィアが、そんなことを言うなんて。ふたりにとっては、これまででいちばんのおどろきだったかもしれません。
「……どうしてか、聞いてもいい?」
エミルもふたりほどではないにしろおどろいていましたが、冷静にたずねてみました。
シルヴィアは眉間にしわを寄せ、すらりと長い指をぎゅうっとにぎりしめながらこたえます。
『……この数日で、私は自分の力不足を、イヤというほど思い知りました。今後もエミル様を確実にお守りできるようになるために……最強のウィザードであるお義姉さまのもとで、自分を鍛え直したいと思ったのです』
そして、つややかなくちびるを動かし、エミルにだけ聞こえるテレパシーで続けます。
(……それに、私なりに、クリスティーヌさんのことを観察してみようと思いまして)
エミルは考えこみました。
たしかに、それは必要なことだと思います。でも……こちらが彼女を探っていることに気づかれてしまうのは、まずいです。それに……シルヴィアがカッとなって、クリスティーヌを攻撃してしまうかもしれません。いいことより、あぶないことのほうが多そうな気がします。
(ご安心ください。ぜったいにムチャはしないとお約束いたします。私がいちばんイヤなのは……エミル様を困らせたり、悲しませたりすることなのですから……)
そのひとことを聞いて、エミルは腹を決めました。
テレパシーでの会話だけに、彼女の覚悟の強さが、はっきりと伝わってきたからです。いまのシルヴィアなら、信じてもいいと思えたのです。
エミルも、テレパシーでこたえました。
(……わかった。がんばってね。わたしに心細い思いをさせるぶん、ちゃんと強くなってないと、ゆるさないから)
シルヴィアは隠ぺい魔法にくわえ、多種多様な魔法が使えます。遠くの音も景色もしっかりとらえ、いざというときは力もたのもしい……そんな彼女がそばにいないのは、いまのエミルにとって、片腕をもがれたようなものなのです。
でも……お姉ちゃんのそばにいれば、これまでにない強さを手に入れられるかもしれない。そう信じられるからこそ、こころよく送り出すことにしたのでした。
『……はい!』
シルヴィアは、なめらかな褐色の肌をきらめかせ、花がひらくような美しい笑顔を浮かべました。
『隠ぺい魔法は、わたしがかけますから、ご安心ください!』
『ええ、私のぶんまでよろしくおねがいね、シュガーちゃん』
シュガーのちいさなこぶしと、シルヴィアのしなやかな指先が、ちょんとふれあいます。
妖精は、かくれんぼの名人でもあります。シュガーはシルヴィアの手ほどきで、ほかの人にもかけられる隠ぺい魔法を習っていたのです。
『ま、シルヴィアがいなくたってへーきだよ。シロンのほうがつよいもんね!』
シロンはふん! と胸を張りました。
『そう言っていられるのも、いまのうちですよ!』
シルヴィアもむん! と、豊かな胸を張り返します。
「じゃあお姉ちゃん、シルヴィアをよろしくね」
エミルは、右手薬指の指輪……シルヴィアのコネクタリングをはずして、エイルに手渡しました。
「うん、あずからせてもらうね」
エイルがこころよく指輪を受け取ったのを見届けると、エミルとシロンとシュガーは、家の外へと出かけていきました。
「……さてと、きょうはどうしようか? なにか、希望とかある?」
エイルは、シルヴィアの指輪を右手の小指にはめながら言いました。
ダルベールの件は、全面的にエミルにまかせることにしています。なのでエイルは、それ以外になにか役立てることをしたいと思っているのですが、残念ながら、それを考えられる頭を持っていないのです。
『私は、自分を鍛えたいです。冒険でも、訓練でも!』
シルヴィアは、すっと通った鼻筋からふんすと息をはき、気合じゅうぶんに身を乗り出しました。
「うーん、訓練、訓練かあ……そういえば王都に来たばっかのとき、やらされたことがあったなあ」
エイルは首をひねりながら、ぼんやりした記憶をたどります。
エイルが訓練を受けたことがあるなんて、と、シルヴィアとクリスティーヌはちょっぴりおどろきました。
「そうだねえ……ひさびさに"じいちゃん"の顔も見たくなったし、きょうはそこに行こうか。これから、悪いやつらとはもっといっぱい戦うことになりそうだから、人間相手に練習しておくのもいいよね」
『そこ……とはいったい、どこですか、お義姉さま?』
シルヴィアは、きらめく銀髪をゆらして、きょとんと首をかしげます。
「……どこだっけ?」
あいかわらずのおとぼけぶりに、シルヴィアとクリスティーヌは、そろってずるっとずっこけました。
『……ああ、もう!』
すると、凛としていながら、いらだちのにじむ女性の声が響き、エイルの右手中指の指輪から、金色の光とともに、パートナーが飛び出してきました。
現れたのは、マントのような長い金髪、蒼い瞳、白と青の二色づかいのドレスの上に、黄金の軽鎧をまとった、人間でいえば17歳くらいの美少女でした。
彼女こそ、【聖王剣精エクシリア】……エイルのパートナーである、剣の精霊です。
『エクシリアさん……』
シルヴィアは、ほっとしたような顔になりました。
エイルのことは、愛するエミルのお姉さんとして尊敬していますが、正直、話が通じないのがこまりものだと思っていたので、しっかり者の彼女が表に出てきてくれたことに、胸をなでおろしたのです。
「めずらしいね、エクス。ふだんは疲れるからって、自分から出たがらないのに」
エイルは目をぱちくりさせます。
エクシリアやビブリアードのような高位の精霊は、この世界に実体化するだけで莫大なマナを消耗します。そのため、ウィザードが呼び出さないかぎり、めったなことでは指輪から出てこないのです。
『私が出ていないと、話がうまく進まないからでしょう! 指輪の中じゃ、ご主人さまである貴女としか、話ができないんですから!』
エクシリアは前かがみになって、がみがみとエイルにまくしたてました。
クリスティーヌはエクシリアとは初対面ですが、このやりとりを見ただけで、ふたりの関係がどんなものか、すっかりのみこめたようでした。
『……まったく! 道案内と説明は、私がいたします。いいですね?』
エクシリアは、びしっと人さし指を立てました。
「あのー……やっぱり、わたしもいっしょに行くんでしょうか?」
クリスティーヌは、おずおずと手をあげました。
「あたりまえだろ。家族なんだから」
エイルはしれっと言ってのけました。
こうしてシルヴィアたちは、かつてエイルが訓練を受けたという"じいちゃん"のいる"そこ"へと向かうことになったのでした……
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