第55話 笑顔をたやさずに
『……ウソだ! クリちゃんが、ひとごろしなんて……そんなわけないよ!』
『そうです! クリスティーヌさんは、やさしくて……ほっとする、とってもいい人ですっ!』
シロンとシュガーは、ムキになって反論しました。
けれどエミルは、それ以上に必死になってさけびます。
「……わたしだって、信じたくなかったよ! だけどあのワンダーと魔法、まちがいない! まちがえようがない! 雰囲気も、波長も、威力も……シルヴィアが練習試合でやられたのと、まったく同じだった!」
『……っ!』
シルヴィアは目をみはり、口をきゅっと引き結びました。
庭でおこなった練習試合……あの苦い記憶が、よみがえっているのでしょう。
そして、頭の奥深くに焼きついているからこそ……エミルの言っていることにまちがいはないと、思い知らされたのです。
『で、でも……そうですよ! 殺人犯は、同じ種族のワンダーを持っていただけかもしれません! ほら、あそこの大精霊さまの分身、エミルさんだってパートナーにしてるじゃないですか!』
シュガーは、シオリのそばにたたずむビブリアードを、ぴっと指さして言いました。そのまっしろな瞳には、涙がにじんでいます。
「……い、いえ……残念ですが、その可能性は、ないと思います」
すると、シオリが目を伏せて口をはさんできました。
『どうして、そんなことがいえるのっ!』
シロンは泣きながら抗議しました。
言いにくそうにしているシオリのかわりに、ビブリアードがこたえます。
『たとえ同じ種族のワンダーでも、マナの波長は指紋のように、一人ひとりちがうもの。ウィザードもワンダーも同じよ。まったくの同一なんて、ありえないのよ。私たち分身だって、本体から分かれた存在だけれど、もう少しずつ波長がちがってきているわ』
シュガーは、なおもすがるように言います。
『でも……それじゃ、見まちがいってことも……』
『あなたたちのパートナーの感覚が正しいかどうか……いちばんよくわかっているのは、あなたたちじゃないかしら?』
『……っ!』
シロンとシュガー、シルヴィアは、言葉につまりました。
エミルのウィザードとしての能力の高さ、感覚のするどさは、三人ともよく知っていることです。それが目当てでパートナーになったわけではありません。けれど、エミルにひかれた理由のひとつでもあるのですから。
だから……認めたくないけれど、理解できてしまったのです。エミルの言っていることが、まちがいのない事実だということを。
『ウソだよ……そんなの……クリちゃんが……わあああん!』
シロンが泣き出すと、つられるようにシュガーもめそめそと泣きはじめてしまいました。
いっぽうで、ナイトドレス姿のシルヴィアは、長くしなやかな腕で、エミルを抱き寄せる力をぎゅっと強めます。
"エミル様"と、同じ呼び方をする者として、クリスティーヌにはめらめらと対抗意識を燃やしていました。けれど……その反面、彼女の献身ぶりと能力の高さを尊敬してもいました。
うとましく思っていても、家族として認めはじめていたのに……それが裏切られたようで、胸の中にふつふつと怒りがわきあがってきたのです。
『ゆるせない……あの人……エミル様を泣かせるなんて!』
なにより、大好きなエミル様の思いをふみにじり、心まで傷つけた……そう思うと、シルヴィアの美しい顔は、オニのようにけわしくゆがみました。抜群のスタイルをほこる全身の筋肉と血管が、ぼこぼこと盛りあがっていきます。
いますぐにでも家に戻って、この燃えあがる気持ちをクリスティーヌにぶちまけてやらないと、気がすまないとばかりに――
きゅっ……
そのとき、筋肉でふくらんだシルヴィアの腕を、エミルの小さな手がつかみました。
『エミル様……』
「落ちついて……シルヴィア。シロンも、シュガーも」
エミルの声に、シロンとシュガーはぴたっと泣きやみました。
シルヴィアもいったん怒りをおさめ、筋肉もしゅるしゅるとちぢみ、表情もおだやかに戻ります。
「たしかに、記憶の中でダルベールさんを殺した犯人は、クリスティーヌさんだった……それは、まちがいない。でも……わたしには、やっぱり、信じられないんだ」
『どういうこと……でしょうか?』
「シロンも、シュガーも、さっき言ってたでしょう? シルヴィアも、わかるよね? クリスティーヌさんは、人殺しなんてするような人じゃないって」
『あ……』
三人は、ハッとしました。
同時に、思い浮かべるのです。クリスティーヌとすごした、短くも楽しく、しあわせだった日々を。
『たしかに……私だって、とても信じられません。ですが……エミル様の見たマナの波長は、同一のものだったのですよね? だったら……』
「そう……まちがいなんかじゃない。わたしがたよりにしてるシルヴィアが、負かされた魔法だよ。忘れるはずなんかない」
シルヴィアは、エミルの言葉に胸をきゅんとさせ、褐色のほおをほんのり染めます。けれど……いまはそんな場合じゃないと、必死に思いをおさえこんで、話に耳をかたむけました。
「でも……それ以上に、わたしはクリスティーヌさんが人殺しだってことが、信じられない。これにはなにか理由が……まだわたしたちの知らないヒミツがあるんだって、思わずにはいられないの」
パートナーたちは、はっと息をのみました。
エミルの感覚のするどさを、三人は知っています。その彼女が言うのです。クリスティーヌが犯人だとは信じられない、と。
それがただのねがいごとではないことも、わかってしまいます。だってそれは……自分たち自身も、これまでに感じてきたことなのですから。
「……だから、たしかめよう。もっとクリスティーヌさんのことを知ろう。どうするかは……それからでも遅く……いや、時間はかけられないけど、それから決めよう」
泣きはらした目で、むりに笑顔を作るエミルに、三人も強くうなずきました。
そして、あらためて思うのです。彼女のパートナーになって、ほんとうによかったと。これからも、彼女をささえていこうと。
「……で、でしたら……わたしからもひとつ、提案が……あります」
なりゆきを見守っていたシオリが、おずおずと、ふるえながら手をあげました。
「提案?」
「こ、このことを……いったん、館長にあずけるんです」
するとエミルは、一瞬顔をひきつらせ、思わず大声を出してしまいます。
「そ、それはダメだよ! ロウランさんは、クリスティーヌさんをいちばん疑ってた人だよ!? そんな人に相談なんてしたら、一発でクリスティーヌさんは消されちゃう!」
「そんなこと……ありません!」
いままでにない、シオリのうったえるようなさけびに、エミルたちはびっくりして、おしだまりました。
「た、たしかにロウランさまは、悪人には容赦のない人だけど……ちゃんと良心を持った方です! わたしからおねがいすれば……事情をくんでくださるはずです!」
エミルたちは、ハッとしました。
エミルがクリスティーヌを信じ、パートナーたちがエミルを信じているように、シオリもまた、ロウランのことを心から信じ、尊敬しているのでしょう。それは、自分たちの想像ではとてもおしはかれないほどに。
エミルは、ふっと肩の力をぬいてほほえみます。
「……わかった。この件は、シオリと……ロウランさんにあずけることにするよ。わたしも……シオリのことを信じる」
シオリは、ぱあっと笑顔の花を咲かせて、
「……はいっ!」
元気よくこたえました。
『……では、私たちはどうしましょう?』
シルヴィアは、つり目がちの瞳をきりっとさせてたずねます。
「わたしたちは、いつもどおりにふるまおう。ここで起きたことはまだ、お姉ちゃんにも、だれにも言わないこと」
『うん!』『わかりましたっ!』
シロンとシュガーは、はりきってうなずきました。
シュガーはともかく、シロンには不安が残りますが……それはだれも口にしません。
『いつもどおりにふるまう、ですか……できるでしょうか?』
シルヴィアは不安そうに、こてんと首をかしげます。またいつ、胸の中の怒りがはじけてしまうか、わかりませんから。
「シルヴィアならできるでしょ。いつもクリスティーヌさんに、バチバチした視線を向けてるじゃない。怒ってたって、いつもと変わらないよ」
エミルがからかうように言うと、シルヴィアは顔をぽっと赤くして言い返します。
『わ……私、そんなこと……! もうっ! エミル様のいじわるっ!』
「あははっ! シロンとシュガーも、クリスティーヌさんのこと信じてるっていうなら、その感覚に心をまかせれば、だいじょうぶだから。肩ひじはらずにいこう!」
『はーい!』
こうして、とりあえずの方針は、かたまったようです。
「"雨あがりの聖女"……どんなにつらいときでも、希望の光をたやさない……」
エミルの姿を、シオリはあこがれにも似たまなざしで見つめていました。
そんなシオリを見て、ビブリアードもくすっとほほえみます。
『ええ、ステキね。それなら、その光を消さないためにも、私たちは私たちのやり方で、力になりましょう。ロウランも、そう言っていたわ』
「……はい!」
やがて、二度目の深夜の密会が終わり……エミルははずしていた指輪をはめなおし、パートナーたちを指輪にもどすと、屋外へ出てブックマの瞬間移動で、自宅へと送りとどけられたのでした。
夜が明けたその先に待つのは、光か闇か……それは、彼女たちしだいなのです。
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