第54話 犯人の正体
エミルが魔法陣の中心に立つと同時に、机の上に置いていた指輪のうち三つがぽうっと光りはじめ、中からシロン、シュガー、そしてシルヴィアがいっせいに飛び出してきました。
これには、エミルもシオリもびっくりです。
とくにシオリは、ウィザードが呼んでもいないのにパートナーが勝手に指輪から出てくるなんて、はじめて見たので、目を丸くしています。
「三人とも……どうしたの?」
『もうしわけありません、エミル様……私、なんだか胸さわぎがして……差し出がましいようですが、どうしてもおそばにいたくって……』
夜もふけているので、シルヴィアはシースルーのナイトドレス姿です。月の光をとかしたような銀髪をさらりとゆらし、すらりと長い手足と抜群のプロポーションをうすい生地につつんだまま、豊かな胸の前でぎゅっと両手を組みました。オレンジのつり目をうるませて、心配そうに言います。
『シロンも……そんなかんじ! なんかきになって、たまらなかったの!』
『わたしも……おんなじですっ』
シロンとシュガーも、うつむきかげんで言いました。
エミルは、そんな三人の気持ちがうれしくって、思わず笑顔をこぼしました。
おどろいていたシオリもまた、うらやましそうな笑みを浮かべます。
「……ほんとうに、パートナーに好かれてらっしゃるんですね」
「……よく言われる!」
ふたりは笑い合い、パートナーたちの見学を認めることにしました。あくまで様子を見ているだけなら、問題ありませんから。
「では、例の指輪を、魔法陣の中心に置いてください」
エミルは、ポケットの中からダルベールのパートナーだった【ゴブリン】の指輪を取り出し、足もとの魔法陣の中心にそっと置きました。
その様子を、パートナーたちがかたずをのんで見守っています。
シオリはそれを見届けると、指輪から【ビブリアード】の分身を呼び出しました。
その美しい姿を見たとたん、シルヴィアはむうっと顔をしかめます。シルヴィアだって、つややかな髪に、なめらかな褐色の肌、しなやかな長身と、美しさでは引けをとらないのですが、それはそれ、これはこれ。エミルもまた、その分身を授けられたのですから、おもしろくないのも無理はありません。
「……いきます!」
シオリが声をあげると、ビブリアードの全身と魔法陣が緑色に光りはじめました。まっしろなシロンとシュガーの体にも緑の光がうつって、ふたりともほんのり緑色に染まっています。
魔法陣の中心にいるエミルも、なんともいえない浮遊感にふわふわとつつまれますが……それだけで、とくになにかが変わったわけではありません。
「す……すみません。この魔法、まだ使い慣れてないので……発動完了まで、すこし時間がかかるんです……」
杖をかまえて、必死な表情を浮かべているシオリが、もうしわけなさそうに言いました。
「いいよ、気にしないで。そこまで急いでるわけじゃないから。そっちのペースでがんばって」
エミルはそう言って、シオリをはげましました。
シルヴィアは腕を組み、ぐっと胸をはって、ふふんとしたり顔です。精霊といっても、たいしたことないんですね! とでも言いたげです。
「……それにしても、記憶をのぞくのって、言葉にするのは簡単に思えるけど、実際はすごくむずかしいんだね」
ひまをもてあますように、エミルは思ったことをつぶやきました。
「……そうですね。その人の記憶や思い出は、その人だけのものですから。それを他人がのぞき見るなんて、いわば道理に反すること。考えてみれば、むずかしくって、あたりまえなんですよ」
シオリは、真剣な顔つきで疑問に答えます。
その答えに、エミルは妙に納得しました。旅の中で、他人の記憶を見たことも、自分の記憶を見られたこともあります。どちらもしかたなくそうなったのですが、気分のいいものではありませんでした。それを自分から進んでおこなえる魔法が、禁止スレスレのあつかいを受けるのも、むずかしいといわれるのも、よくわかります。
それがあつかえるのは……よほど記憶にくわしいものしりな人か、あるいは、他人の記憶に土足で踏みこんでも平気な顔ができる、ひどく無神経な人のどちらかなのでしょう。シオリはもちろん……
「シオリは……記憶にくわしいんだね。冒険中も、本で読んだ知識がすっと出てきたし。それに、瞬間移動の魔法は、行きたい場所をはっきり思いうかべられないと成功しない、ってわたしも本で読んだことがあるよ。それも、記憶力のたまものだよね」
エミルは、また思ったことを口にしました。
シオリはハッと目をみはると、照れくさそうにほほえみます。
「……ええ。わたし、たったひとつ、記憶することだけは自信があるんです。一度見たものは本の内容でも景色でも、ぬけ落ちなくおぼえられて、けっして忘れません」
「すごい特技だね」
エミルの素直なほめ言葉に、またシオリはぽっと顔を赤くします。
「ロウラン様……館長は、"特質"って呼んでいますけど」
「とくしつ?」
「どんな魔法を得意とするのかをあらわす、ウィザード一人ひとりがもつ、ただひとつの特性のようなものです。エミルさんの"浄化"も、特質のひとつです」
「……そうなんだ」
「わたしの特質は"記憶"……だから記憶に関する魔法はひととおり習得でき、同じ魔法を使うほかのウィザードより、練度も高くなるんです。この特質を理解することは、優秀なウィザードになるための条件だと、館長は言っていました」
「なるほど……」
エミルは、またひとつ、胸にすとんと落ちた思いでした。
同時に、ずっとひっかかっていた疑問にも、答えが出たような気がしたのです。
それはもちろん――エイルの持つ、"無敵な感じ"になれるチカラ。その正体こそが、エイルの特質なのだとしたら――
フオッ……
そのとき――エミルの頭の中に、なにもない道がひろがっていくのを感じました。
未体験のふしぎな感覚ですが……これこそが、記憶のぞきの魔法が発動した合図なのでしょう。
「はじまりました……できるだけ、なにも考えないでください。よけいなノイズは、記憶の視聴に悪影響が出ます……!」
シオリの助言どおり、エミルはいったん考えることをやめました。
すると、なにもない道のむこうで、ひろがる景色がはっきりと色づいていきます。
事件現場とされる、夜の王都、南門の近くの光景が――
☆ ☆ ☆
「……!」
エミルの目の前には、黒いフードをかぶった人物が立っていました。
うしろからは、こちらに指示を出す男性の声が聞こえます。
すぐにわかりました。ここは【パワードゴブリン】の記憶の中。事件当時の彼が見ていたもの、聞いていたものを、そっくりそのまま、エミルも共有しているのだということが。
黒いフードの人物の姿が、ズシン、ズシンという上下の揺れとともに、大きくなっていきます。ゴブリンが、あの人物に向かって突進しているのでしょう。
ゴブリンは、丸太のように太い右腕を、フードの人物めがけて力いっぱい振り下ろしました。
ブオンッ!
しかし、フードの人物は、ひらりと軽やかにかわします。
うしろの声……ダルベールの指示にこたえて、ゴブリンは左腕で二撃目をくりだしました。
ブンッ!
けれど、それもかわされ、フードの人物はとびのいて、いったん距離をとります。
そして、反撃に出ようというのでしょうか。右手の指輪をかまえ、パートナーを呼び出しました。
顔はフードにかくれ、右手も黒い手袋でおおわれているので、そこから犯人の特徴をつかむことはできそうにありません。
カッ――!
まばゆい光とともに、フードの人物のパートナーが現れ――
「……あれ?」
エミルは、その光に、そして現れたパートナーのシルエットに、見おぼえがあるような気がしました。
つい最近、どこかで見たような……いえ、間近で肌に感じたことすらあるような――
エミルの胸が、どくん、どくんと早鐘を打ちはじめます。視界にうっすらとかすみがかかっていきました。おそらくこれが、シオリの言っていたノイズによる悪影響なのでしょう。
けれど、エミルは自分でもわかっていました。記憶がぼやけていく本当の理由は、頭が思い出すことをこばんでいるからだと。心が、信じたくないと叫んでいるからだと。
そして――シルエットの全身がさらなる光を放つと同時に――目の前に赤いしぶきがひろがり、うしろで短いうめき声が聞こえました。
それを最後に――あたりがだんだん暗くなって――なにも見えなくなったのです。
☆ ☆ ☆
エミルがその場にぺたんとひざをつくと、魔法陣の光がすうっと消えていきます。
『エミル様……!』
『エミル!』
『エミルさんっ!』
魔法陣の光が消えたのに気づくやいなや、シルヴィアが銀髪をなびかせ、シロンが、シュガーが、心配のあまりいっせいに駆け寄りました。
「……」
シルヴィアは、しなやかな長身をかがめてエミルをそっと抱き寄せました。のぞきこんだエミルの青い瞳は、どこかうつろで、光を失っています。
そして……ほほを、ひとすじのしずくがつたいました。
『エミル、様……?』
いとしいエミルのこぼした涙に、シルヴィアのつり目もうるみます。
シロンとシュガーも、かなしそうに顔をくもらせました。
杖を下ろしたシオリも、同じ気持ちで、はらはらとなりゆきを見守っています。
「……!」
気がつくと……エミルは、シルヴィアのナイトドレスのやわらかな胸に、顔をうずめていました。
『エ……エミル様?』
ふだんなら、うれしくてたまらない場面なのですが……シルヴィアは、それよりもエミルのようすが気にかかってしかたがありませんでした。だって……ふるえる体を通じて、その深い悲しみが、ひしひしと伝わってきたのですから。
『ねえ、どうしたの? はんにん、わかったの!?』
シロンもとまどいのあまり、せきたてるようにつめ寄ります。
シルヴィアが、すこしでもなぐさめようと、そっと背中をさすると……エミルは、ゆっくりと口をひらきました。
「……だった」
『え……?』
シルヴィアは、おどろきに目を見ひらきます。
顔をうずめたままの、消え入りそうな小声でも、エルフの彼女の長い耳は、エミルの言葉をはっきりひろったからです。
そしてエミルは……涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、シルヴィアにうったえるように、はっきりと声をふりしぼりました。
「……クリスティーヌさんだった! あの光、あのシルエット、まちがいない……! ロウランさんの言ってたこと、正しかった……!」
それは、あまりにも信じがたい、衝撃的な事実。
シロンとシュガーのまっしろな顔が、あっというまに、まっさおに変わっていきました……
お読みいただき、ありがとうございました。
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