第53話 記憶のぞきの魔法
夕ごはんとお風呂をすませた姉妹とシロン、シュガーは、寝室のベッドの上でごろごろしていました。窓の外はすっかり夜になり、しんと静まりかえっています。
シルヴィアは、まだ指輪から出てきません。いつもなら、すらりとした長身に引きしまった抜群のプロポーションをつつんだ刺激的な寝間着姿で、エミルに添い寝をせがむのに、どうしたというのでしょう。その理由を知っているのは、パートナーであるエミルただひとりです。
「お姉ちゃん、このあとわたし、ちょっと出かけてくるね」
エミルは、眠気で半目になっているエイルに告げました。
他言無用という約束なので、シオリと会うことも、大樹の図書館の隠し部屋のこともナイショです、が。
「うん、わかった。いってらっしゃい」
エイルの返事は、あっさりしたものでした。
しっかり者でかわいい妹のこと、なにも言わなくても信頼しているのでしょう。エミルもそれがわかっているので、おどろいたりはしません。
「そういうわけだからシロン、シュガー、まだ寝ちゃダメだよ」
『むにゃむにゃ……はっ! わ、わかってるよ!』
くいしんぼうのうえ寝ぼすけのシロンは、案の定、うとうとしかけていました。シュガーのほうはしっかり起きていて、『はーい』と元気なお返事をしてくれます。
クリスティーヌは、別の部屋で寝ることになっています。この家はもともと姉妹ふたりが住むための家なので、しかたありません。
だからこそ……いまなら、話せることがあります。
「……お姉ちゃん。クリスティーヌさんのこと、どう思ってる?」
「ん? どうって……いい子だと思ってるよ。きょうも手伝ってくれたし、ごはんはおいしいし、家もきれいにしてくれるし……ずっと家族でいてほしいな」
エイルはぼんやり天井を見上げながら、にっこり笑って言い切りました。
エミルは、ふっと表情をくもらせました。
エミルだって、クリスティーヌのことを、同じように思っています。けれど、ゆうべの密会でロウランから言われた"スパイ疑惑"のことが、頭から離れてくれません。彼女が100%潔白だという確信が、どうしても得られないのです。
こんなモヤモヤした気持ちをかかえたまま、あの人と暮らしていいのか……エミルは、胸がしめつけられるようでした。
「……エミルは、そう思ってないの?」
妹の暗い顔を見かねて、エイルがたずねました。
エミルは、ムキになって言い返します。
「そ……そんなことないよ! わたしだって、クリスティーヌさんのことっ……!」
気がつくと、その青い瞳には、涙が浮かんでいました。
『エミル……ないてるの?』
いちばん身近な相棒であるシロンが、心配そうにたずねます。
「ちがっ、これはっ……」
エミルは必死になって目をこすりますが、逆に、ぽろぽろと涙があふれてきてしまいます。
もう、自分でもどうしていいのか、わかりません。
「……」
すると、エイルはむくりと身を起こし、泣きじゃくる妹をぎゅっと抱きしめました。ぽかぽかとあたたかい腕が、エミルの背中をやさしくつつみます。
「おねえ……ちゃん……?」
「エミルが、クリちゃんのことでどうして泣いてるかはわからない。でも、泣くってことは、それだけクリちゃんのことが好きだからだよね?」
「あ……」
エミルは、ハッとしました。
そうです。ここまでモヤモヤした気持ちになるのも、クリスティーヌのことを好きだと思っているからです。彼女とはつきあいこそ短いですが、大事なのはすごした時間の長さではない、ということを、エミルはよくわかっていました。
そうだ、なにも迷うことなんかない。クリスティーヌさんがスパイかどうかなんて、関係ない。ただいっしょにいたいなら、いっしょにいればいいだけなんだから。
エミルは、すっとエイルから体を離して、にっこり笑いました。
「……ありがとう、お姉ちゃん。おかげで、すっきりした」
エイルも、笑顔を返します。
「ん。よかった」
妹が笑顔をとりもどしてくれて、心の底からほっとしているようです。
そして、ふっきれたエミルは、ローブとベレー帽を身につけ、パートナーたちを指輪にもどして……
「それじゃ、いってきます。今度は、お姉ちゃんをすっきりさせてあげるね」
「うん、いってらっしゃい」
エイルにあいさつをして、部屋を出ていきました。
お姉ちゃんが知りたがっている、ダルベール殺人事件の真実を明かしてみせると、さりげなく約束しながら……
☆ ☆ ☆
「あら、エミル様、こんな時間におでかけですか?」
玄関に向かうと、パジャマ姿のクリスティーヌに声をかけられて、エミルは思わずびくっとしました。
「あ……うん。ちょっと、用事があって……」
エミルは、おずおずと振り返りながら言いました。
クリスティーヌをうたがわないと決めた矢先なのに、ものすごくうしろめたそうな反応です。
「夜ふけに出歩くのは、危険ですよ。殺人犯がうろついているかもしれませんし。わたしも、お供いたしましょうか?」
ダルベールを殺した犯人は、まだ捕まっていません。心配するのは当然です。申し出はありがたいのですが、エミルとしては、ついてきてもらうわけにはいきません。
「ううん。だいじょうぶ。わたしには、たよれる相棒たちがついてるからね」
そう言って、五本の指すべてに指輪がはまった右手を、ぱっとかざしました。
クリスティーヌは心配そうな目でじっと見つめていましたが、しばらくすると、ふっと観念したように、
「……わかりました。くれぐれもお気をつけて、いってらっしゃいませ」
そう言って、ふかぶかとおじぎをしました。やわらかな笑顔を浮かべたままで。
その姿を見て、エミルはあらためて思いました。こんなにやさしい人が、悪の組織のスパイなわけがない、と。
「……はい! いってきます!」
エミルはとびきりの笑顔で手を振り、家の外へと出ていきました。
☆ ☆ ☆
時刻は夜の10時ちょっと前。エミルが家を出て、少し歩いたところで、
「エミルさん、こんばんは」
街灯の下から、声がかかりました。ぽつんと立っていたのは、シオリです。
「こんばんは、シオリ」
エミルは笑顔であいさつします。
「エミルさん、こんなに夜おそいのに、やけに元気ですね」
ふっきれて気分がはずんでいるのを、シオリに見ぬかれてしまったようです。
「わたし、"雨あがりの聖女"だもん。いつもおひさまみたいな笑顔でいなくっちゃ」
エミルは、冗談まじりに返しました。
「それじゃ、行きましょうか」
シオリは指輪から【ブックマ】を呼び出しました。杖をひと振りし、ブックマが本をぱらりと開くと、緑の光がうずを巻いて、ふたりと一匹をつつみこみます。瞬間移動の魔法――《ブックマークリープ》で、あっというまに大樹の図書館の裏側へ移動しました。
☆ ☆ ☆
「うわあ……」
大樹の裏側の隠し通路を抜け、ゆうべも訪れたシオリの隠し部屋に入ったエミルは、思わず声をあげました。
中央にあった読書用の机が、すみにどけられています。そして床には、白いチョークで大きな魔法陣が描かれていたのです。
「お、おどろかせちゃってごめんなさい……わたしの記憶のぞきはまだ不完全で、こういった準備をしておかないと、うまく働かないんです……」
魔法陣は、ウィザードとパートナーのマナをこめて描くことで、魔法のはたらきを助けてくれます。書きこみが多いほど、効きめも強くなるのです。
「ううん、むしろこっちの用事のために、そこまでしてくれて、ありがとう」
エミルがにっこり笑って返すと、シオリはぽっと顔を赤くしました。
そして、はずかしそうに目をそらし、ぼそっとつぶやきます。
「……やっぱり、エミルさんは、いいです」
「え?」
エミルは、ぽかんとしました。
「……実は、昼間の討伐に同行したのは……わたし自身の目で、エミルさんのことを見極めたかったからなんです……あ、上から目線みたいになっちゃって、ごめんなさい……」
「いや、それはいいんだけど……見極めたかった、っていうのは?」
シオリは、すっとエミルのほうに向き直ります。
「エミルさんも、ごぞんじですよね。生きものの記憶に関する魔法は、禁止すれすれのものであるということを」
「……うん」
「それに、わたし自身……どんな魔法が使えるかを、ほかの人に話してはいけないと、館長から言われているんです。いつも、こう言いつけられていました。もし、そうしなければいけないときが来たら、その相手が信じるに足る人かどうか、自分の目で見極めることだよ……って。だから……エミルさんのことを知りたくて、未経験の討伐依頼にも同行することにしたんです……命がけの戦いの中なら、その人の本質が見えるって、本に書いてあったから……」
「なるほど……つまりわたしは、みごとシオリのおめがねにかなった、ってことでいいのかな?」
「はい……ワンダーを思う気持ち、なにがあってもあきらめない強さ……この人になら、わたしのすべてを打ち明けていいと思ったんです。とくに後者は、記憶のぞきをするときに、かかせない力ですから……」
「どういうこと?」
「ほかの生きものの記憶をのぞき見るということは、ひとつの頭の中に、ふたり分の記憶が一度に流れこむということ……頭の働きがおいつかなかったり、心が弱かったりすると、情報量に耐えきれず、パンクしてしまうことがあるんです……」
エミルは、ぞくっとしました。
頭と心がパンクするとどうなるのか……聞いてみたい気もしましたが、どうせゆかいなことにはならないでしょうし、こわいので、やめておきました。
それに、よくないこととは思いつつも、頭の働きがおいつかない人がダメなら、お姉ちゃんの頭はきっと記憶のぞきに耐えられないだろうな、とエミルは、こっそり思ってしまいました。
「記憶のぞきがヒミツなのも、あぶないってことも、よくわかったよ。わたしは、覚悟ができてる。ここに来る前からね」
エミルは、頼もしくきりっとしたほほえみを浮かべて、きっぱりと言い切りました。
その顔を見たシオリは、熱のこもったまなざしを向けます。
「……わかりました。それでは、はじめましょう。……あ、その前に、指輪はぜんぶはずしておいてください」
「どうして?」
エミルは、たずねずにはいられませんでした。
パートナーとの絆の証であるコネクタリングをすべてはずすのは、この世界では、丸腰どころか丸ハダカで放り出されるようなものです。魔法という武器と、加護という防具を、いっぺんに失ってしまうのですから。
「指輪をつけたままですと、パートナーたちも記憶のぞきの影響を受けます。彼らにも大きな負担がかかることがあるので、はずしておくことをおすすめします」
シオリの説明に、エミルは、それならしかたないと納得しました。
とくに、頭は悪くないものの言動の幼いシロンには、どんな悪影響が出るかわかったものではありません。
エミルは言われたとおり、右手の指輪すべてと、左手のシュガーとビブリアードの分身の指輪をはずし、すみにどけられた机の上に置きました。
「……ほんとうに、はずしてくれたんですね」
シオリは、ちょっと意外そうな顔で言いました。
「わたしだって、きょうの冒険でシオリのこと、ちょっとは理解したからね」
エミルは、いたずらっぽいほほえみで返します。
シオリは信じられる子だ――それが、エミルが彼女に下した評価でした。
シオリはくすっと笑うと、ローブから杖を取り出します。
「では、あらためまして……魔法陣の中心に立ってください」
「うん」
エミルは軽やかにすたすたと、魔法陣の中心に向かって歩いていきました。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、 ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




