第52話 みんなといっしょなら、こわくない!
「……それにしても、まずい話聞いちゃいましたね、ミリアムさん……」
大樹の図書館の外、見上げるほど大きな幹のそばで、ラナがげんなりした様子で言いました。
(ああ、そういえばラナとミリアムさんは、ノワール・モンブランの活動再開と犯行声明のこと、知らなかったんだっけ)
エミルは、あっと思い出しました。本来なら大っぴらにしてはいけない話なのですけれど、このふたりも、もう事件の関係者といっていいので、かまわないだろうと考えることにしました。
「黒竜の親を王都におびきよせるって、まあ、予想してたことではあるけどね」
ミリアムのほうは、ある程度は状況を受け入れているようでした。さすがに場数をふんでいるからでしょうか。
「進化変身させられてたとはいえ、黒竜の子ども相手でも苦しかったのに、親竜って、どれだけ強いのかしら……」
「伝承によると……かつて黒竜の逆鱗にふれたとある大きな国が、ひと晩のうちに滅ぼされた、といわれています……」
ラナとシオリは、不安で顔を青ざめさせました。
『だいじょーぶだよ! おねえちゃんがついてるもん!』
そんなふたりをはげまそうと、シロンがふん! と胸を張りました。
『そ……そうですよ! エイルさんは、わたしの故郷をおびやかした魔王だってやっつけちゃったんですからっ!』
シュガーもムキになって同調しました。
『シュガーちゃん、エミル様を忘れてはいけませんよ! エミル様という、私の……こほん、私たちの、救いの神さまもついてらっしゃるのですから!』
だまっていられないとばかりに、シルヴィアが勝手に指輪から飛び出してきて、さらに同調しました。銀髪をさらりとなびかせ、ひきしまった体と抜群のスタイルを見せつけるように、すっと胸を張ります。あまりに持ち上げられて、エミルは顔をまっかにしました。
そんなパートナーたちの姿を見て、ミリアムはぷっと吹き出し、笑顔になります。
「……そうね。相手がワンダーである以上、やりようはいくらでもあるわ。この王都にはエイルだけじゃなくて、同じくらいすごいウィザードだって、いっぱいいるんだから!」
ラナも同じように笑顔をとりもどします。
「……そうですね! あたしだって、がんばっちゃいます!」
そして、シオリも……
「……ア、アストライト王国は近年、ウィザードの育成に力を入れています……すべては、今回のような脅威に立ち向かうために……だ、だから……きっと、黒竜にだって、負けないはずです……!」
数時間前のトルトロスとの戦いで芽生えた勇気をふりしぼって、力強く言い切りました。
そんな、同い年のふたりを見て……エミルも、心の中にふくらんでいた不安が、吹き飛んでいくのを感じました。
そうだ、みんなでチカラを合わせれば、どんな危機にだって立ち向かえる。いままでだって、そうだったじゃない。
かわりに、そんな希望が、ふつふつとわきあがってきたのです。
「よーし! 私たちで、王都の平和を守るぞー!」
「おー!」
最後にエイルの元気な音頭で、この場はきれいにまとまりました。
そして、空がうっすらと夕焼け色にそまりはじめたので、きょうは解散となりました。
「エミルー! シオリー! また討伐、つきあってねー!」
ラナはぶんぶん手を振って、ミリアムといっしょに去っていきます。
いっぽう、シオリは……
「エ、エミル……さん」
「なあに?」
「あの……記憶のぞきの件……なんですけど」
エミルは、そういえば、とハッとしました。
トルトロスの討伐、バッテン・クロイツの残党との戦い、それに、黒竜教団の話……いろんなことが立てつづけに起こって、すっかり本来の目的を忘れてしまっていたのです。
ダルベールのパートナーだった…ゴブリンの記憶をのぞき見て、ダルベールを殺した犯人の手がかりを得る、ということを。
シオリは、エミルに顔を近づけて、ひそひそと耳打ちします。
「今夜、十時ごろにまたおむかえにあがります。ゆうべと同じ隠し部屋で、おこないますので」
「わ……わかった」
エミルは、緊張で息を飲みました。
ほんとうなら、いますぐにでもやってもらいたいのですけれど、記憶のぞきの魔法は消耗が大きいとロウランが言っていました。シオリも冒険で疲れているでしょうし、ムリにたのむわけにはいきません。
「それと、その……このことも、他言無用でおねがいします……」
「うん、だれにも言わないよ。お姉ちゃんにも」
エミルがきっぱりと言うと、シオリはほっと安心したような顔になり、すっと体をはなします。
「それでは……また、のちほど……」
そしてぺこり、と深いおじぎをすると、とたとたと図書館へ戻っていきました。
「また、新しい友だちができたみたいだね」
エイルがうれしそうに、妹の顔をのぞきこみました。
「うん。ものしりで、いい子だよ」
エミルもほほえみを返します。
……が、シルヴィアはやっぱり、しかめっ面をしていました。もとが美しいので、それさえ絵になってしまうのが、ずるいです。
『エミル様……』
「な、なに?」
シルヴィアのなめらかな褐色の肌とゆらめく銀髪から感じられる、メラメラとした怒気に、エミルは思わず気おされました。
『……なんでも、ありません!』
シルヴィアはほっぺをぷくっとふくらませて、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。
お友だちは選んでください、と言いたかったようですが、だれにでも愛されるエミルの魅力に、自分もひかれたひとりなので、口に出せなかったのです。なにより、エミルをしばりつけるようなことは、ぐっとこらえなければと思ったのでした。
もっとも、そんな彼女の想いも、エミルにはお見通しでした。
だからエミルは、くすっとほほえんで、つま先立ちで背のびをして、シルヴィアの顔を見上げ、なにかを小声でささやきます。
それを聞いた瞬間、シルヴィアはぼっと顔をまっかにして……そのまま、ぱたりと気を失って、倒れてしまいました。
「あのー……なにを言ったのですか?」
このふしぎな光景に、さすがのクリスティーヌも疑問を口にしました。
エミルはくるりと振り返ると、人さし指を口に当てて言います。
「なーいしょ!」
そして気絶したシルヴィアを指輪にもどし、みんなでわが家に帰りました……
☆ ☆ ☆
姉妹の家、晩ごはんの食卓。
エイル、エミル、クリスティーヌ、シロン、シュガーは、テーブルの上に山盛りになった料理を食べていました。
シルヴィアはまだ指輪の中です。エミルになにを言われたのかは、ふたりだけのヒミツですが、いまだに指輪の中でもだえて、動けないみたいです。
「ねえ、お姉ちゃん。ひとつ聞いてもいい?」
「んー? なあに?」
妹の質問に、エイルはコロッケをリスのようにほおばりながらこたえました。
「黒竜を人間と分離させたとき、どんな感じだったのかを教えてほしいの」
エミルが真剣な顔でたずねると、エイルはごくんと口の中のコロッケを飲みこみました。
話の内容に興味があるのか、シロンとシュガーも食事の手を止めます。
「……黒竜の翼を落としたときも、そうだったんだけど」
エイルはフォークを置いて、話をはじめました。
「前の冒険で……ものすごく硬い敵を斬ったときと同じ、無敵な感じがしたんだよ」
「あ……」
エミルとシュガーは思い出していました。
前の冒険で、エイルはとてつもなく硬い敵と戦いました。最初はまるで歯が立たなかったのですが……いつのまにか、その体を斬れるようになっていたのです。
「きょう、黒竜ザングと戦ったとき、エミルの顔が浮かんだ。これからもエミルを守るために、こんなところで死んでられない、って」
その言葉を聞いて、エミルは胸がきゅんと高鳴りました。だれよりも大好きなお姉ちゃんが、自分のことを想ってくれている……それがうれしくてたまらなかったのです。
「そうしたらさ、体の奥からチカラがわいてきて……無敵な感じになった。それで、ぜんぶうまくいった……そんな感じかな」
「ふーん……」
お姉ちゃんの話は、あいかわらずふわっとしていて、ほとんど感覚だけでできたような言葉です。ふつうに聞けば、わけがわからないでしょう。ですが、妹のエミルには、なんとなく通じてしまうのです。
そして考えのすえ、ひとつの答えにたどりつきました。
「やっぱり……お姉ちゃんにも、わたしの"浄化のチカラ"と同じ……なにか特別なチカラがそなわってるのかもしれないね」
「んー、そうかな?」
エイルはフォークをひょいと手にとってくわえながら、きょとんとします。
『シロンもそうおもう! だっておねえちゃん、ちっちゃいころから、めちゃくちゃつよかったもん! なにかを"もって"ないと、せつめーつかないよ!』
シロンも興奮して身を乗り出してきました。
忘れっぽいシロンも、このことだけはけっして忘れません。姉妹との出会いは、エミルとエイルが自分の命を助けてくれたことがはじまりだったのですから。
『わたしも……エミルさんの浄化のチカラが目立っていて、ついうっかりしてたんですけど……思い返してみれば、エイルさんの強さにも、特別なものを感じてたんです……それがなにかは、うまく言葉にできないんですけど……』
シュガーも、おずおずと小さく手をあげました。
「私が、特別なチカラをねえ……クリちゃんはどう思う?」
「え!? わ、わたし、ですか??」
ふいに話を振られて、クリスティーヌはあわてふためきました。
「そ、そうですね……エイル様とは、いっしょに暮らしはじめたばかりですが……言われてみれば、なにか特別なものがないと、説明のつかないすごさだとは、うすうす感じてはいます……」
「ふむふむ……」
エイルは腕を組んで、めずらしく考えこんでいました。考えているふりかもしれませんが。
「……だったら、うれしいな。私にも、エミルみたいな特別なチカラがあると思うと、さ。ますます、無敵の姉妹になっちゃうよ!」
そして、最愛の妹に向かって、ぱちんとウインクをするのです。
エミルは、またも胸の奥がきゅーんとはずみました。
大好きなお姉ちゃんと、無敵の姉妹……なんて心がおどる、すてきな響きなのでしょう。
「……ありがとう、お姉ちゃん。いろいろ教えてくれて。……さあ! きょうはたくさんがんばったから! いっぱいごはん食べよう!」
「『おー!』」
今度はエミルが音頭を取り、楽しい晩ごはんはつづきましたとさ……
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