第51話 三つの組織
「おーい、エミルー!」
王都にもどってきたエイルたちは、中央区で、妹のエミルと再会しました。エミルのそばには、いっしょに冒険に出かけたラナとシオリの姿もあります。
「あ、お姉ちゃん……それに、クリスティーヌさんに、ミリアムさんも……」
エミルはあいさつを返しますが、その表情はどこか浮かないものでした。
「どうしたの?」
エイルがたずねます。
ラナも同じような顔をしているので、ラナの師匠であるミリアムも、まじめな顔つきになりました。
「実は……」
エミルは、【トルトロス】の討伐依頼で起きたことのすべてを、みんなに説明しました。
「……バッテン・クロイツの残党ですってぇ!?」
ミリアムは、思わず大声をあげて目を丸くしました。
それもそのはず、バッテン・クロイツは、悪友エイルがマスターウィザードに認定されるきっかけになった組織の名前なのです。
ミリアムはハッと我に返って、ラナにたずねました。
「……で、そいつはどうしたのよ?」
「とりあえず……その男は、ターゲットのトルトロスといっしょに、うちのギルドに引き渡しました。それで……エミルが、"百科量覧の知星"ロウラン様に相談したほうがいいって、言い出して……いまから、大樹の図書館に行くところだったんです」
「なるほどね……」
ミリアムは腕を組んで、考えこむようなしぐさをしました。いい判断だと感じたようです。なにしろ自分たちも、ロウランに相談しようと中央区をおとずれたのですから。ちなみに、言い出したのはクリスティーヌです。
『そーゆーおねえちゃんたちは、どうしたの? なんだかボロボロだし、クリちゃんとミリおねーちゃんもいっしょなんて……』
エミルの右肩に乗っているシロンが、ことんと首をかしげてたずねました。
よく見ると、三人とも体や服が汚れています。とくにエイルは、髪とマントがチリチリに焦げてしまっていました。デタラメに強いはずの彼女がここまでボロボロになるなんて、よっぽど激しい戦いがあったのでしょう。
「うーん、こっちもいろいろあってね……」
ミリアムは、黒竜教団の残党のアジトで起きたことを説明しました。
「黒竜教団……まだ残党がいたなんて……」
エミルとラナは、ぽかんと口をあけました。それなりに有名な組織なので、ふたりももちろん知っているのです。
「二体目の黒竜に、ワンダーを自分の体にとりつかせる"トランス"、さらに、それをムリヤリ解いてしまったエイルさん……見たかったような、その場にいなくてよかったような……」
なんでも知りたがりのシオリは、もんもんとしていました。
「お姉ちゃん……その話、ホントなの? ワンダーがとりついた人間を、無事にひきはがせたって……」
とくに話に食いついたのは、エミルでした。
エミルは前の冒険で、悪魔がとりついた人間を救うことができず、いまも心に引きずっています。いつもならスッと信じられるお姉ちゃんの話なのに、今回ばかりはすぐに信じられない様子でした。
「ほんとうです、エミル様。わたしも、ミリアム様も、たしかにこの目で見ました」
クリスティーヌが言いました。ミリアムもしずかにうなずきます。
『エミル……』『エミルさん……』
両肩のシロンとシュガーが、心配そうにエミルの顔を見つめます。
ふたりも、よくわかっているのです。前の冒険で、エミルがどれだけ心に深い傷を負ったか。そのきっかけとなった浄化の魔法をかけたのは、このふたりなのですから。
エミルは、そんな心やさしいパートナーたちを心配させまいと、ふわりとやわらかくほほえみました。
「……だいじょうぶ。わたし、うれしいんだ。お姉ちゃんが、わたしのこと気にかけてくれてたことが」
「あたりまえだよ。だって私、お姉ちゃんだよ? エミルにはいつだって、笑っててほしいもん」
エイルは、ふだんの彼女からは想像もつかないような、やさしいほほえみを浮かべました。あまりにめずらしい表情に、ミリアムとラナ、シオリは目をぱちくり。びっくり仰天です。
「……やれやれ。それじゃ、いっしょに大樹の図書館に報告にいきましょう」
ミリアムは肩をすくめながら、話を戻しました。
エミルたちはうなずき、一行は大樹の図書館へと向かいます。
☆ ☆ ☆
「……なるほどね……」
館長室のソファーで一行の話を聞いたロウランは、うんざりしたような顔で考えこみました。頭の上の青い鳥【トゥイート】も、心配そうに首をかしげています。
ノワール・モンブランのことでただでさえいそがしいのに、そのうえバッテン・クロイツや黒竜教団の残党まで動き出したのですから、頭を抱えたくなるのもムリはありません。
クリスティーヌは姉妹がすわるソファーの、副館長デックスはロウランがすわるソファーのうしろに立って、しずかに話を聞いていました。
「このタイミングで三つの組織が同時に動き出すなんて、偶然とは思えない。そのうえ、また黒竜がかかわってくるとなると……連中が手を組んでいる、という可能性も考えるべきだろうね」
ずしりと重いロウランの言葉に、一行は息をのみました。ですが……たしかに、その可能性はあると、エミルとシオリも考えていたのです。
"隷属の首輪"で黒竜をあやつっていたのがノワール・モンブランと確定したわけではありません。けれど、黒竜を神のようにあがめる教団がそんなことをするとは、とても思えません。少なくとも、別の勢力のしわざであることはまちがいないのです。
複数の勢力が黒竜にかかわっている……偶然では考えられないその事実が、ロウランの説に説得力を持たせていました。
「最近、あちこちに現れてるキメラも、関係あるんでしょうか?」
ミリアムがたずねました。エミルとミリアムは、いっしょにオオカミキメラを目撃しているのです。
「キメラを作ってるのは、おもにバッテン・クロイツだ。これもタイミングがかぶっている以上、とても無関係とは私も思えない」
キメラとは、ワンダーをムリヤリひとつにした合成生物のこと。ワンダーの違法改造を得意とするバッテン・クロイツのお家芸と言っていいでしょう。
「ノワール・モンブランは、この前まで活動を休止していた。いっぽう、バッテン・クロイツと黒竜教団は壊滅までしている。後者の二つは頭を失って、まとまった組織としては動けない以上……ノワール・モンブランが中心となって、残党たちを取りこんだ、という形がいちばんありえそうだ」
その言葉に、エミルはひとつ思いついたことがありました。
「そういえば……ノワール・モンブランについて、ずっと気になってたことがあるんです。ズットータム山で、野生のワンダーたちを捕まえようとしていたことです」
彼らの真の目的は、山のヌシである【キングクリズリー】を捕らえることだったのですが、そこまではっきりとはエミルたちは知りません。
「彼らの目的が、黒竜を使って王都をおそうつもりなら、それとはどうしてもつながらないと思ってたんです」
「そうだね。まるで関係がない……けど、考えられることが、ひとつある」
ロウランの思いつきに、全員の注目が集まりました。
「ごぞんじの通り、バッテン・クロイツはワンダーの違法改造を得意としている。だが、それにはカネと材料が必要だ。組織が壊滅した残党どもには、不足しているものだろう。そこで、ノワール・モンブランが捕らえた野生のワンダーを、バッテン・クロイツに回せばどうなる? ワンダーは材料にもなるし、売ればカネにもなる。つまり、その両方を満たせるわけだ。ついでに連中に恩も売れる、一石三鳥ってわけさ。悪くない悪知恵だねえ」
バッテン・クロイツのやり口をよく知るエミルとシロンは、ハッとしました。
「た……たしかに……ズットータム山のヌシは、たいへんめずらしくて、強いワンダーだと、本にも書いてありました……」
シオリがおずおずと口をそえます。
「ああ、そういえばあいつ、めちゃくちゃ強かったなあ」
エイルが思い出したように言いました。【キングクリズリー】のパワーは、怪力自慢の彼女ですら押されるほどでしたから。
エミルも、ロウランの推理には、なるほど、と納得しました。三つの組織が協力している……その説が、ますますほんとうらしく思えてきます。
ロウランはソファーからゆっくりと立ちあがり、ぐいっと伸びをします。
「まあ、とにかく……この件も私があずかっておこう。まったく、キミたちときたら、次から次へと問題を持ってくるんだから……」
「それは、その……ごめんなさい。ほかに、たよれる大人のヒトを知らなくって……」
エミルは、もうしわけなさそうにぺこりと頭を下げました。たしかに、ここ数日は彼女に問題を丸投げしてばかりでしたから。
するとロウランは、にいっと上機嫌な顔に早変わりします。
「ほう、私をたよれるオトナと思ってくれてるのは、光栄だよ。……さっきのは冗談さ。これからも自分たちじゃどうにもならない問題は、遠慮なく振ってくれていい。たよれるオトナとしての責任を、果たしてあげようじゃないか」
エミルはその言葉に、すこしだけ救われたような気持ちになりました。
「はい……ありがとうございます」
「じゃ、話が終わったなら、帰った帰った。おかげでこっちは、めちゃくちゃいそがしいんだからね!」
ロウランは苦笑いしながら、しっしと一行を追い払うしぐさをしました。
「あ……シオリはもうしばらく、妹ちゃんといっしょにいなよ。まだ用があるんでしょ?」
「は……はい、館長」
シオリはあわてたようすで、ぴょこんとおじぎをしました。
こうしてエイルたち一行は、またまた館長室をあとにしたのです。
そして、彼女たちを見とどけたあと、ロウランはゆっくりと部屋の奥へ歩きながら、言いました。
「……ところで、デックス」
さっきまでロウランがすわっていたソファーのうしろでは、デックスがひっそりと立っていました。
「なんスか? 館長」
「キミ、さっきはひとことも話さなかったね。お調子者のくせに、めずらしい」
「お、お調子者って……オレはどこにでもいる、フツーの好青年ッスよ?」
「どうだか。さっきもまた、あのメイドちゃんをガン見してたくせに」
さっきまで、クリスティーヌは姉妹のすわるソファーのうしろに立っていました。ちょうど、デックスの真正面でした。
「ガ、ガン見なんてしてないッスよ!?」
デックスは顔を赤くして、あたふたと否定しました。
「ふーん、どうだか」
ロウランはまったく信用していない様子で、くるりと振り向きます。
その表情は、これまでにないほどの真剣さをはらんでいました……
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