第50話 加速する規格外
二本の剣で黒竜ザングのブレスを受け止めているエイルは、ひしひしと感じていました。目の前にあきらかな死が迫っているという、ひやりとして、ぞくりとする感覚を。
ブレスの熱で、やまぶき色の髪も、ペールオレンジのマントも、二本の剣も、じりじりと焦げて黒ずんでいきます。
この感覚には、これまでにも、おぼえがありました。マスターウィザードになってから……いえ、四年前に故郷の村を追放され、ひとりで放浪の旅を続けたときから……いえいえ、さらにさかのぼって、幼いころにエミルと村のまわりを冒険したときから……何度も、何度も、命の危機にさらされてきたのです。
けれど、そのたびに、まっさきに思い浮かぶのは、最愛のかわいい妹、エミルの顔です。自分が死んだら、エミルを守る者がいなくなる。そう思うたび、とてつもない力を発揮して、エイルは命の危機を脱し、きょうまで生き残ってこられたのです。
さらに、今回はそれだけではありません。うしろには、家族になったばかりのクリスティーヌもいます。それに……ダルベールの死の真相を知りたいという、新たに見つけた、どうしてもやらなければいけないことも。
それら大切な人たちへの思いをたきつけにして、エイルは心の炎を燃やし、ひやりとする死の感覚を吹き飛ばしたのです!
「はあああっ!」
戦いのさなかには、めったにあげることのない、エイルのさけび声。
バツ印を描くような剣のひらめきが、黒竜のブレスをみごとに斬り払いました!
ズバァーーーッ!
『グアッ!?』
これには、黒竜ザングも、ブレスを吐いたまま口を開きっぱなしにして、かたまってしまいます。それだけ、エイルはおどろくべきことをやってのけたのです。
そこへ、さらに――
ビュゴオオーーーッ!!!
氷の大精霊コキュートの圧縮された冷気が、黒竜の開いた口にたたきこまれました!
『グオオオッ!?』
黒竜はうめき、のたうちまわります。
いくら黒竜のウロコが最強の硬度を誇っていても、体の内部はそうはいきません。苦手な冷気を直接体内に注ぎこまれて、さぞや苦しんでいることでしょう。
エイルの荒ワザに面食らいながらも、わずかなスキを見のがさない。さすがは"絶対零度の氷星"の二つ名を持つだけある、クラウスの冷静な手際です。
エイルもまた、そのスキをのがさず、前へと駆け出します。狙うはただ一点――すべてのドラゴン共通の急所、あごの下の逆鱗です。
『グルルアッ!』
その狙いに気づいた黒竜ザングは、冷気に苦しみながらも、ツメをエイルに向けて振り下ろします――
ドガァン!
が、それは強烈な一撃によってはばまれました。
放ったのは、テルをアームドしたボウガンをかまえた、ミリアム。右手人差し指の指輪が赤く光り、彼女の撃った矢が、黒竜ザングの指とツメのあいだで《インパクト》によって炸裂したのです。これは、かなり効いたはずです。
さらに、クリスティーヌが、トゲつきグローブをかまえて飛びこみます。
「はーっ!」
両手のグローブから、無数のトゲが顔めがけて発射されました。黒竜のウロコにも、水晶のように硬い目玉にも、キズひとつつけられません。それでも、じゅうぶんな目くらましになりました。
ふたりが作ってくれたスキをつき、エイルは黒竜ザングのあごの下へすべりこみます。そのまま高く跳びあがって……
ザクッ!
右手の黄金の剣を、逆鱗へと突き立てたのです!
『ギャアアアアアッ!!!』
黒竜ザングは悲鳴をあげ、のたうちまわりました。
ビタンビタンと、しっぽが床や壁を打ちつけます。
すると、黒竜の体が、内側から光を放ちはじめ――
カッ――!
まばゆい光が広間をつつみ、一行の視界をうばいました。
やがて、光が弱まり、視界が晴れると……
「……えっ!?」
ミリアムは、思わず声をあげました。
黒竜がいた場所には……黒竜の子どもと、もとの姿にもどったザングが倒れており、そのそばに、エイルが立っていたのです。
「バカな……分離した、だと……?」
クラウスも目をむいて、息をのみました。
常識では、深くトランスしてワンダーに体を乗っ取られた場合、かきまぜたたまごの白身と黄身のように、体も心も混ざり合っているので、浄化のチカラをもってしても、もとの姿にはもどせないとされています。できたとしても、ムリヤリ引きはがすことになるので、まず命は助からないはずです。
それなのに、ザングはもとの人間の姿にもどり、息をしているのです。ありえない光景に、クラウスは言葉もありませんでした。
「……よし、うまくいった」
エイルは満足げにそうつぶやくと、アームドを解いた二本の剣を腰におさめました。
「エイル、あんた……なにしたの?」
ミリアムは、反射的にたずねずにはいられませんでした。
「前の冒険でね、似たようなやつと戦ったんだよ。人間と悪魔が合体したやつ。そいつを倒したとき、とりつかれた人間のほうを死なせちゃって、エミルにすごくつらい思いをさせたから……今度はそうならないようにって、ずっと思ってたんだよね」
エイルにしては、めずらしく切なそうな顔で答えました。前の冒険で妹が背負うことになった、重い選択の真実を。
「思ってたって……思っただけで、できるようになるもんなの??」
ミリアムはとまどった様子で、わなわなとザングを指さしました。
エイルの規格外ぶりは何度も見てきましたが、さすがに常識ではありえないことをやってのけた今回は、そのなかでもとびぬけていると感じたのです。
クリスティーヌも、くりっとした瞳をまんまるにして、口もとに手をあてています。「あらまあ……」とおどろきをかくせないようです。
「ま、なんだっていいじゃん。これで、生け捕りにできるだろ、クラウス?」
エイルは、にっといつもどおりの笑顔で言いました。
「……」
クラウスは、納得がいかない様子でしたが、まあ結果がよければいいか、と現状を受け入れることにしました。さすがの切りかえの早さです。
そのとき。
ゴゴゴゴゴ……
地鳴りとともに、天井から白い土がパラパラと降ってきました。
一行は、すぐにさとります。どうやらさっきまでの大バトルの影響で、ついに洞窟がもちこたえられなくなり、くずれ落ちようとしているのだと。
「シロ!」
「シルバー!」
エイルは【ニュードウルフ】のシロを呼び出し、クラウスはその半分くらいの大きさの銀色のオオカミ【シルバーウルフ】を呼び出します。
エイル、ミリアム、クリスティーヌはすぐにシロの背に飛び乗り、クラウスはシルバーの背に乗ります。そのとき、シルバーの長いしっぽがするりとのびて、倒れたザングと黒竜の子どもをまきつけ、いっしょにはこびます。
シロとシルバーは、くずれはじめた通路を、風のように駆けぬけました。
そして一行は、崩壊する黒竜教団のアジトから、ぎりぎりで脱出したのです。
☆ ☆ ☆
ズズーン……
オオカミたちから降りた一行は、くずれ落ちた洞窟を、外からながめていました。
「団員たちも、できれば助けてやりたかったけどねー」
ミリアムは後ろ手を組みながら、残念そうにつぶやきました。
「どうせ、極刑をまぬがれない連中だ。見殺しにしても問題ない。こいつさえ連れ帰ればな」
クラウスは、シルバーのしっぽに巻かれたままのザングを見ながら、なんの感情もこめず言い捨てました。
たしかにそのとおりかもしれませんが、やっぱりエイルやミリアムにとっては、胸のもやもやが残る結果になりました。
それを見かねたのか、クラウスは言いました。
「……俺の氷はヤワじゃない。あの程度の崩落じゃビクともしない」
ミリアムとクリスティーヌは、ハッとしました。
これまで遭遇した団員たちはみなクラウスに凍らされ、さらに広間にかけつけた者たちも、ザングのおたけびで倒れたあと、コキュートの冷気の余波で凍ってしまいました。つまり、凍った団員たちは氷に守られて、崩落のなかでも無事だ、と言いたかったのでしょう。
……もっともエイルだけは、意味がわからなかったようですが。あとで、ふたりのどちらかが説明するでしょう、たぶん。
クラウスは、じっとエイルの目を見て、しぶしぶといった顔で言いました。
「一応、こいつを生け捕りにできた礼は言っておく」
「うん、どういたしまして」
エイルは素直にうなずきました。
ミリアムが言いました。
「事後処理は、そっちにまかせてもいいよね?」
「むしろ、お前らにはまかせられないだろ」
そのひとことに、エイルとミリアムはカチンときました。
そして、ぴたりと声をそろえます。
「「さっさと帰れ!」」
おのぞみどおり、クラウスはシルバーの背にまたがって、さっさと王都へ帰っていきましたとさ。
エイルはミリアムといっしょに、べーっと舌を出して、その背中を見送りました。
ひとしきり満足したあと、エイルはクリスティーヌに歩み寄ります。
「思ったより、たいへんなことになっちゃったね。つきあわせちゃってごめんね、クリちゃん」
エイルの謝罪に、クリスティーヌは目をぱちくりさせましたが……すぐに、にこやかなほほえみを返しました。
「いえ。問題ありません。わたしは、エイル様のメイドですから」
「んー……クリちゃんがいいと思ってるなら、いいよ」
「はい」
ミリアムが呼びかけます。
「おーい、あたしたちもそろそろ帰るよー」
「おーう」
エイルたちもシロの背にまたがって、王都への帰り道を走りだしました。
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