第49話 闇を切り裂く光
ゴオオオオッ!
ザングが竜人化した姿をあらわにした瞬間、その全身からオーラと衝撃波がほとばしり、広間をゆるがしました。
天井から、パラパラと細かい白土が降ってきます。ここは、山肌をくりぬいて作られた洞窟。へたをすれば崩れて、みんな生き埋めになってしまうかもしれません。
けれど、クラウス、エイル、ミリアム、クリスティーヌの四人は、戦闘態勢のまま平然としていました。四人とも歴戦のつわもの、これくらいではびくともしないのです。
「おお……みなぎる……みなぎりますぞぉ……! これが、黒竜さまのおチカラ! このおチカラが我がものとなれば、おそれるものなどなにひとつッ……!」
浮かれきったザングがセリフを言い終わる前に、エイルのアームドした黄金の剣が、その黒い首にたたきこまれました。
ガギィン!
本来なら、スパッと首が飛んで、あっけなく終了……となるはずなのですが。
「ああ……"巨獣狩りの剣星"……なんと無粋な! せっかく、黒竜さまへささげる感謝の言葉をさえぎるとは!」
ザングは金色の瞳をギョロリと動かし、エイルに邪悪な笑みを向けるのでした。
エイルはただならぬ気配を感じたのか、クラウスたちのもとまで、ひらりと飛びすさります。
「効いてない……?」
ミリアムはおどろきの声をあげます。
黒竜のウロコは、全ドラゴンの中でいちばんの硬度を誇ります。ザングが同じ硬さを手に入れたとなると……黒竜とひとつになったというのは、見かけだけの話ではない……信じがたいことですが、どうやら事実のようです。
「なにが起きた!?」「侵入者か!?」
すると、さっきの震動に気づいたのか、教団員たちがぞくぞくと広間に集まってきました。目の前にはザング、うしろには団員たち。一行は、はさみ撃ちの形になってしまいます。
教団員一人一人は、一行にしてみればザコ同然です。けれど、エイルたちの存在に気づかれた以上、もっとわらわらと押しよせてくるでしょう。そのうえ、黒竜と一体化したザングも相手にしなければならないのですから、やっかいなことこの上ありません。
「ミリ! クリちゃん! うしろのやつら、まかせた!」
エイルは得意の即決即断で、一直線にザングへと向かっていきました。
「わかった!」「おまかせください!」
ミリアムとクリスティーヌもまた即決即断。くるりと反転して、押しよせる教団員たちを相手にします。ミリアムはボウガンから矢をつぎつぎと放ち、クリスティーヌはトゲつきのグローブで、団員たちをぽいぽいとはじきとばしていきます。
クラウスも指輪をかまえ、エイルとともにザングに挑む腹づもりのようです。
キン! キン! ガキィーン!
エイルは黄金と白銀の剣の二刀流で、猛獣のように攻めたてますが、ザングの両手にみごとにさばかれてしまいます。
ザングの両腕も黒竜の硬度を手に入れているうえ、視力まで上がっているらしく、見切りの力も大幅に増しているのです。
「来い……!」
"キャスト"では威力が足りないと判断したクラウスは、指輪からパートナーを召喚します。彼の体のまわりでうずを巻くすさまじい吹雪とともに、それは現れました。
全身に、するどい氷の結晶をまとった美しい女性型のワンダー……【氷晶妃精コキュート】。三メートル近い体を持つ、氷の大精霊です。
コキュートは両手をひろげ、ふうっと息を吐きました。
吐き出された息は、猛烈な吹雪となって、ぴったりと張りついているエイルもろとも、ザングに襲いかかります!
ヒュゴオオオーーーッ!
「うむあッ!?」
黒竜の頑丈な体を手に入れたザングも、さすがにこれにはたじろぎました。さっきは"キャスト"の氷を砕いたザングですが、大精霊が直接放つ冷気は、まるでケタちがいでした。
ドラゴンはトカゲから進化した生きものといわれるためか、冷気が共通の弱点なのです。それをものともしないのは、同じ氷の属性を持つドラゴンだけです。
「チャンス!」
同じく吹雪にあてられながらも、風の子元気の子のエイルは、にいっと笑います。そして、ひるんだザングに、ありったけの力をこめた一撃!
パキィーン!
みごと、寒さで弱って硬さの落ちたザングの右腕に、ヒビを入れることに成功しました。
「ぎゃああっ! 私の、黒竜さまの腕がああァッ!」
ふつうの人間であれば、腕にヒビが入るなんてことはありません。その激痛は、想像もつかないほどなのでしょう。
けれどエイルは手をゆるめません。くるりと回転しながら、右手の黄金の剣で、ふたたび首を刈り取ろうとします。今度は、ちゃんと斬れるはず……
ところが。
「あああああああッ!!!」
ゴオオオオッ!
ザングが大声とともに全身からオーラを噴き出し、エイルはたまらず飛びのきました。
「許しません……あなたたち……許しませんぞおォォォ!!!」
どうやら斬るより先に、相手の堪忍袋の緒のほうが切れてしまったようです。
ザングの体は、オーラとともに、ムクムクと大きくふくらんでいきました。
それは広間の天井に届くほど……高さ七メートルくらいにまでなります。
そして、その姿は……
『グルル……』
――完全に、黒竜と化してしまっていました。ザングの面影は、ちぢれた長い髪の毛と、左目のモノクルだけです。
『グルオオオオオッ!!!』
黒竜と化したザングの、おたけび。
それは広間、いえ隠れ家全体、いえいえ山全体にひびきわたるほどのいきおいでした。ミリアムたちが相手にしていた教団員は、その圧に耐えられなかったのか、バタバタと倒れていきます。
「な、なによ、あれ……!」
異変に気づいたミリアムが振り向くと、そこには、どこかいびつな黒竜の姿が。クリスティーヌも、「あらまあ……」とびっくり仰天です。
「"トランス"……そのなれの果てへと堕ちたか……!」
クラウスは、いまいましそうに言い捨てました。
"トランス"とは、ウィザードの技術のひとつ。みずからの体にワンダーをとりつかせ、パワーアップするスタイルのことです。アームドよりお手軽で、より大きなチカラを得ることができます。
ですが、そのかわり体への負担が大きく、長いあいだ、あるいは深くとりつかせつづけていると、後遺症が残ったり、精神に異常が起きたりします。さらには、ワンダーに体を乗っ取られてしまうこともある、諸刃の剣のような技なのです。
今回、ザングに起こったのは、いちばんおそろしい、体を乗っ取られるパターン。黒竜の強大すぎるチカラに耐えきれず、その体をうばわれてしまったのです。
いまのあの黒竜は、ザングの意思でも黒竜の意思でもない、ただ闘争本能だけで動きつづける、暴走ワンダー……いえ、モンスターです。
「できれば生け捕りにしたかったが……これで加減はいらなくなったな」
クラウスもまた、全身からオーラを解き放ち、コキュートに強い冷気を放たせました。その威力は、広間全体を銀世界に変えてしまうほどです。
『グルアアアッ!』
黒竜と化したザングは寒さにあえぎますが、負けじと口の中に漆黒の火炎をためはじめます。ドラゴンの得意技、火炎のブレスです。
「あれ……やばくない?」
ミリアムは表情を引きつらせ、体がこわばりました。
それはクラウスも、クリスティーヌも同じです。
黒竜のブレスは、そこらのドラゴンとは格がちがいます。ものによっては、まわりの時空すらゆがませることもあるとか。経験豊富な三人は、その脅威を見ただけで感じ取ったのです。
氷の大精霊コキュートの冷気でも、おそらく打ち消しきれない業火……それが一行に向かって、放たれました!
「!」
そこに、エイルが先頭に立ちはだかり、二本の剣でブレスを切り払おうとします!
「なっ……バカか、お前!」
クラウスが必死の形相で叫びます。ミリアムも声をあげようと思っていましたが、先を越されて、口をあんぐりと開けるばかりです。
エイルとつきあいの長いミリアムは、彼女がドラゴンのブレスを切り払う場面を、何度も見ています。しかし、黒竜の、それも人の肉体とマナを得て強まったブレスは、完全に未知の領域。まともに受ければ、ただではすまないはずです。
実際、ブレスを受けているエイルのやまぶき色の髪が、ペールオレンジのマントが、チリチリと焦げていきます。二本の剣の美しい刀身も、黒ずみはじめていました。
「エイル様……」
メイドのクリスティーヌは、かたずをのんで、主人のエイルを見守ります。
はたして、エイルの運命やいかに……?
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