第47話 二人のマスターウィザード
王女アルティナの要請による、"黒竜教団"残党の討伐任務――
【ニュードウルフ】のシロは、パートナーのエイル、その悪友ミリアム、そしてメイドのクリスティーヌの三人を背に乗せて、王都から北へと走っていました。
そして、たどりついたのは……高くそびえる、ひんやりとした空気のただよう大霊山、アストラ山のふもとです。
「あー、ここ前に来たことあるなあ」
エイルは山を見上げながら、のんきなことを言いました。
当時はけっこうな大冒険だったはずですが、彼女の記憶には、ほとんど残っていないようです。
ですが、ムリもないことかもしれません。アストラ山の登山道は、まわりをまっしろな岩肌と、これまたまっしろな霧がかこむ、景色を楽しませる気のない殺風景なものだったのですから。冒険に楽しさとおもしろさをもとめるエイルにとっては、"記憶する値打ちもないつまらない場所"というわけです。
「あたしは、そーゆーこと言えるあんたがうらやましいわよ。この山、王族がいっしょじゃないと入れないんでしょ?」
ミリアムはあきれ顔でためいきをつきました。
アストラ山は、王族の試練における最後の場所です。そこまでの試練を終えた王族と、その同行者以外の人間は、結界にはばまれて中に入れないのです。ちなみに今回の目的地のふもとは、そのかぎりではありません。
「そんな尊い場所を、隠れ家に選ぶなんて……」
かわいらしい顔立ちのクリスティーヌは、めずらしくけわしい表情になりました。まっすぐで清らかな心を持つメイドの彼女にとっては、悪者に聖地をけがされることが、だれよりもがまんならないのでしょう。
「とにかく、さっさとぶっつぶそう。どこにあるかは聞いてないの?」
エイルがたずねると、ミリアムは肩をすくめました。
「アジトは巧妙に隠してるみたいで、くわしい場所はわからないって」
「こういうときは、シロ様のハナの出番ですね」
『ワン!』
クリスティーヌに指名されて、シロはしっぽをぶんぶんとふり、うれしそうに鳴きました。
「あんたの直感の出番でもあるわよ」
「まかせろ」
三人を乗せたシロは、さっそくくんくんとにおいをたどり、アジト探しをはじめました。
そしてわずか数分後、『ワン!』とほえると、目的の場所へ向かって走り出しました。
そこは、ぱっと見たところ、ほかとなにも変わらない、まっしろな岩肌ですが……
「あの岩、たぶん動かせるやつだよ」
エイルは、岩肌にまじった、ひときわ大きな岩を指さしました。
なるほど、意識して見てみると、たしかに入口っぽく見えてきます。ちょうど、あれは岩戸といったところでしょうか。遠い東の国には、神さまが岩戸にかくれてしまったという言い伝えもあります。
「山肌をくりぬいた洞窟を、アジトにしてるってわけね」
ミリアムは、感心とも苦笑いともつかない、複雑な表情を浮かべました。
「神聖な山に、なんということを……!」
クリスティーヌは、ますます怒りがこみあげてきたようです。
「じゃあ、突撃するぞ」
エイルがそう言って、シロが駆け出そうと身をかがめると……
「ちょ、ちょっと待った! いきなり突入なんて、ムチャに決まってるでしょ!」
ミリアムが、あわてて止めました。
「なんで? さっさと終わらせたほうがいいじゃん」
エイルは口をとがらせました。
「たしかにそうだけど、なんのためにお姫さまが、マスターウィザードのあんたに任務を要請したと思ってんの!?」
「そりゃ、さっさとぶっつぶしてほしいからでしょ」
依頼主のアルティナ姫は、エイルの性格をよく知っています。この答えは案外、的を射ているかもしれません。
「うっ……」
ミリアムも、それがよくわかっていました。アルティナ姫よりもエイルとのつきあいが長いからこそ、ぐうの音も出ません。
「ミリアム様のおっしゃることも一理ありますが……エイル様ほどの強さがあれば、不意打ちの電撃作戦は、きわめて有効であると、私も思います」
クリスティーヌがそっと口をはさみました。姉妹に雇われている身だからか、だいぶエイル寄りの考えではありますけれど。
「決まりだね! じゃあいくぞ!」
今度こそ突撃しようと、エイルがはりきった、そのとき。
ヒューッ……
どこからともなく冷たい風が吹いて……
『ワウッ!?』
シロの四本の脚が、カチーンと凍りついてしまったのでした。地面にはりついてしまい、これでは動けません。
「えっ?」
これには、シロに乗っていた三人も目をぱちくりさせました。
「勝手な暴走をされちゃ困る。それじゃ、得られるもんも得られない」
すると、冷たい風の向こう側から、こつ、こつと足音をひびかせて、一人の少年が歩いてきました。
前髪を分けた、ライトブラウンの短い髪。どこかいらだちをにじませたクリアブルーの瞳。そして、瞳と同じ青色のコートに身を包んでいます。
「げ」
エイルは思わず、イヤそうな声をもらしました。
「あいつ……クラウスじゃない?」
ミリアムも、おどろきの声をあげます。
クラウス……一年前の黒竜教団壊滅の功績で、マスターウィザードに認定された、まさにその本人です。
クラウスもまた、エイルの顔を見るなり、あからさまに顔をしかめました。
「……アルティナ姫め。またよけいなことを……」
だれにも聞こえないほどの小さな声で、そうぼやきます。
クラウスは一人で行動することが多く、なにごとにもきびしい自分をつらぬくことで有名です。おバカで自由奔放なエイルとは、どうにも水が合いません。
「なんでもいいけど、この氷、とかせよ。シロは寒いの得意だけど、これじゃ走れないだろ」
エイルはパンパンとシロの毛並みをたたきながら、抗議しました。
「ならこの先、俺の指示に従うと誓え。そうすれば、解いてやる」
クラウスは、いっそう表情をけわしくして、言い返しました。
もちろん、奔放なエイルがそんな条件をのむわけもありません。ふたりのあいだに、見えない火花がバチバチと散り、無言のにらみ合いになってしまいました。
見かねたミリアムが、なだめるように口をはさみます。
「わかった、わかったから。エイルが突っ走らないよう、あたしが見張ってるから、シロの氷をとかしてあげてよ」
すると、クラウスははあっと大きなためいきをつき、指先をついっとふりました。次の瞬間、シロの脚をしばっていた氷が、パリンと砕けて消えました。
「ミリ、私はあいつの言うことなんて、聞かないよ」
エイルは、つーんとそっぽを向いて言いました。
ミリアムは、ぼそぼそっと耳打ちします。
「勝手なことさえしなければ、クラウスだって文句は言わないわよ。それに……あんたがなんかやらかして、えらい人を怒らせたりしたら、妹ちゃんにまで迷惑がかかっちゃうかもしれないでしょ?」
すると、エイルははっと目を見開き、
「……わかった。勝手なことは、しないよ」
すんなりとうなずきました。
(なるほど、妹ちゃんをダシにすれば、手綱をにぎれるわけかあ)
そう気づいたミリアムは、むふふと悪い笑みを浮かべました。今後も悪用する気まんまんのようです。
耳打ちが聞こえていた最後尾のクリスティーヌも、たははと力なく笑っています。
「……行くぞ、ついてこい」
クラウスはくるりと岩戸のほうを向き、言い放ちました。
その態度に、エイルとミリアムは当然カチンときますが、エミルに迷惑をかけたくないという一心で、がまん、がまんです。
エイルはシロを指輪にもどし、三人はクラウスのあとについて、自分たちの足で乗りこむことになりました。
隠ぺい魔法も、しっかりかけてあります。ここは敵の隠れ家。どこに見張りの目があるか、わかりません。エイルはともかく、ミリアムもクリスティーヌも、そしてクラウスも、こういうことにかけては、その道のプロなのです。
クラウスを加えた四人は、足音を殺して、岩戸の前までたどりつきました。
「……で、どうやって中に入るつもり?」
ミリアムが、クラウスの背中に問いかけます。
「考えるまでもない」
クラウスがそう答えたとたん、目の前の岩戸がゴゴゴ……と横に動き……中から、黒いフードをかぶった人物が二人、出てきました。
二人は、入口の前に立つ一行を見るなり、
「な、なんだ、おま……」
カチーン!
……言い終わる前に、ひゅうっと走った冷気に、頭のてっぺんからつま先まで、一瞬にして氷づけにされてしまいました。
「……向こうから、開けてくれるのを待てばいい」
クラウスは、白い息を吐きながら、すずしい顔で言い捨てました。いちいち説明する性格ではないので口にはしませんが、どうやら、教団員が定期的に外へ出てくる時間を、ちゃんと調べてあったようです。
「……結局、力ワザかよ……」
ミリアムは、ひきつった笑みを浮かべながら、小声でツッコミを入れました。
さて、なにはともあれ、突入作戦のはじまりです。
お読みいただき、ありがとうございました。
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