第46話 お姫さまからの特命
時間は少しさかのぼって――エミルたちが【トルトロス】退治に出発して、すぐのこと。
「さーて、どこに行こうか、クリちゃん」
妹を見送って逆方向に歩き出したエイルは、ぐいーっと伸びをしながら言いました。
「ええ、どこまでもおともします」
クリスティーヌはにこやかにほほえみました……が、そのとき。
「……もしかして、いっしょに行きたいの?」
エイルが振り向かないまま、だれかに向かってそう言いました。すると、クリスティーヌは、うしろの建物のかげにふっと人の気配を感じて、ハッとします。
彼女もメイドのたしなみとして、まわりの気配を読む力には自信があります。それなのに、こうしてエイルが呼びかけるまで、すぐそばの気配にまったく気づけなかったのです。
「あらー、さすがエイル。やっぱ気づいてたか」
聞き覚えのある声とともに、建物のかげから現れたのは、エイルの悪友、ミリアムでした。
クリスティーヌは、ただただおどろくばかりです。徹底的に気配を消していたミリアムにも、その存在に気づいていたエイルにも。
「……で、私になんか用?」
「そういうところは察しが悪いのよね……あんたあての特命をあずかってきたのよ」
「とくめい?」
「特命だけに依頼主は匿名……じゃなかった、お姫さまからね」
「アルティナが?」
アルティナとは、このアストライト王国の第一王女……つまりお姫さまの名前で、すこし前に彼女の護衛任務を引き受けて以来、姉妹とは立場をこえた親友どうしです。
なにを隠そう、エイルが王国最高峰の称号を持ち、国の手足となって働く義務がありながら、自由にふるまえているのは、そのアルティナ姫の後ろ盾があってのことなのです。そのかわり、いざというときは、彼女からの要請を受けなければなりません。もっとも、エイルには最初から、友だちのたのみをことわるつもりなんて、ありませんが。
「"黒竜教団"残党のアジトがまた見つかったから、それをつぶしてこいってさ」
「コクリュウキョーダン……?」
「黒竜をあがめて、世界のほろびをとなえるあやしい教団……ですね」
クリスティーヌが、神妙な顔つきで解説しました。ようするに、悪の組織のひとつというわけです。
彼らは、あの黒竜に祈りをささげているだけあって、危険なワンダーの使い手が多いとされます。"巨獣狩りの剣星"であるエイルに白羽の矢が立つのも当然でした。
「でも、まだ残党がいたなんて……たしか一年前、マスターウィザードのクラウス様によって壊滅させられたと、新聞に書いてあったはずですが……」
クラウスというのは、エイルの前に史上最年少でマスターウィザードに選ばれた少年です。そして次の年……つまり今年、いきなりエイルに最年少記録を更新されてしまったため、いまひとつ影がうすくなりつつあるとささやかれていたり、いなかったり。
「たしかに、教団の頭は捕まったけど、生き残りが、あちこちでよからぬことをたくらんでるみたいなのよ。信心深いぶん、しぶといのね。"凶星の魔女"の事件中にも、なんかやらかしそうになってたみたいだし」
「ふーん?」
エイルはまったく興味なさげな返事をしていますが……"凶星の魔女"事件は、すこし前に姉妹が深く関わり、解決した事件でもあります。エイルはものおぼえが悪いので、くわしいことはすっかり忘れているのでした。エミルに関すること以外は。
「……まあ、よくわかんないけど、そいつらをぶっつぶせばいいんだよね? まかせろ」
エイルはマントをばさりとひるがえして、勇ましく引き受けました。
「……あの、ひとつよろしいでしょうか?」
クリスティーヌが、おずおずと手をあげました。
「なーに、クリちゃん」
「なぜ、エミル様にはお声がけなさらなかったのでしょうか? ラナ様のお話では、エミル様の同行を条件にされたのは、ミリアム様ということでしたが……」
たしかに、ミリアムは、さきほどエミルたちが出発するようすを、物かげにかくれて見ていたのです。まるで、エミルたちをエイルから遠ざけるよう仕向けたかのように。
エミルだって、エイルにはおよばなくとも、じゅうぶんな戦力になります。それはミリアムもよく知っているはずです。彼女を作戦からはずす理由が、クリスティーヌにはわからなかったのです。
「んー、妹ちゃんには、ラナのこと見てもらいたかったってのもあるけど……個人的に、この任務にはかかわってほしくないって思ったんだよね」
「どうして?」
エイルがこてんと首をかしげました。
「今回は、確実に人間同士の戦いになるからだよ。エイルだって、あの子にそんなことさせたくないでしょ? お姫さまも、同じ意見だってさ」
アルティナも、エミルのことはよくわかっているのです。ワンダーを愛し、血なまぐさい争いを好まない、やさしい子だということを。もちろん、実の姉のエイルが知らないはずもありません。
「うーん、そうだね。私も、エミルにそんなことはさせたくないかな。前の冒険のこと、まだちょっと引きずってるみたいだし」
前の冒険でエミルは、本意ではなかったとはいえ……そうするしかなかったとはいえ……人間相手にあまりにも重い選択をしてしまいました。深く傷ついた12歳の少女の心は、そう簡単には癒えないでしょう。
エイルも、そのときの妹の涙を思い出すと、たしかにあの子を人間との戦いにはかかわらせたくない、と思いました。
「人間同士の戦いになるなら、ミリアム様も専門外なのではありませんか?」
クリスティーヌは疑問を口にしました。ミリアムは狩人。野生のワンダー相手が専門なのです。
「あたしだってそう思うよ。けど、妹ちゃんを作戦からはずすなら、数少ない友だちのあたしが、エイルのお目付け役をやらざるをえないからねー……まったく」
ミリアムはじとーっと半目になり、いかにも不服そうに言いました。その視線を向けられているかんじんのエイルは、けろっとした顔をしています。
「そうでしたか。失礼しました」
クリスティーヌは、深々と頭を下げました。
「あやまらなくてもいいよ。あなたにも来てもらおうと思ってたし」
「え?」
顔をあげたクリスティーヌは、ぽかんとしました。
「お姫さまが、メイドさんもついてくるようにって。なんでかは知らないけど」
思いがけない指名に、クリスティーヌは息をのみました。ふしぎではありますが、命令であれば逆らうわけにもいかないのが、メイド道というものです。
「……かしこまりました。微力ではありますが、お手伝いさせていただきます」
クリスティーヌは、スカートのすそをつまんで、あらためてうやうやしくおじぎをしました。
「あれ? アルティナって、クリちゃんのこと知ってたっけ?」
今度は、エイルのほうがきょとんとします。
「え? あんた聞いてないの? お姫さま、妹ちゃんとしょっちゅう手紙のやりとりしてるみたいよ」
「へー、そうなんだ」
エイルはものおぼえは悪いですが、食べものとエミルに関する記憶ならずばぬけています。その彼女が知らなかったということは、ほんとうに聞いていないということなのです。
「……ま、そういうわけだから、さっそく行くわよ。目指すは、王都の北!」
ミリアムは、北の方角にびしっと指をつきつけました。
「そこに、黒竜教団残党のアジトがあるのですね」
クリスティーヌもむんっと気合を入れて、両手をぎゅっとにぎりしめました。特命、アジト……という言葉の響きに、内心わくわくしている様子です。
「そうよ。あろうことか、おそれおおいことに、"アストラ山"のふもとにね」
ミリアムはいまいましそうに顔をしかめました。
エイルがむむっと考えこむように、つぶやきます。
「アストラ山……」
そこは、"凶星の魔女"事件のとき、冒険の最終目的地にもなった神聖な大霊山です。そのときの大きな試練は、姉妹にとってかけがえのない思い出に……なっているはず、なのですが。
「……って、どこだっけ?」
エイルは案の定、すっかり忘れているのでした。
ミリアムもクリスティーヌもがくっとずっこけましたが、いまさら教えなおす気力も残っていないようです。
なにはともあれ、エイルとミリアム、クリスティーヌは、黒竜教団の残党をやっつけるべく、アストラ山のふもとをめざすことになったのでした。
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