第44話 エミルとシロン、がんばる!
『こいつっ!』
まっさきに反応したのは、シロンでした。
高さ三メートル近く……シロと同じくらいまで大型化した【伐天改獣バンデットロス】を相手にしても、まったくひるみません。シロンはどちらかというとこわがりなほうですが、いざ腹を決めると、肝がすわるのです。
ドオーン!
シロンは《ライトウォール》を展開しながら、両手でバンデットロスの突撃を受け止めました。
ずずっと、体がわずかにうしろへ押されます。シロンは顔をしかめますが、こんなことでくじけたりはしません。すぐさま、反撃にうつりました。
『《ドラゴンビートパンチ》!』
シロンは深く腰を落とし、マナを集中した右のこぶしを、バンデットロスの脇腹にたたきこみました!
ズドンッ!
『ギアッ……!』
バンデットロスの二つの顔が、一瞬白目をむいてうめきます。
《ドラゴンビートパンチ》は、パンチを撃ちこんだときの衝撃が、相手の体内を突き抜ける魔法です。どんなに硬い相手でも、確実に大きなダメージを与えることができるのです。
「へえ、やるもんだねえ。"彼"が痛い目を見たっていうのも、わかるかな」
白いフードの人物は、あわてるようすもなく感心していました。ずいぶんな余裕です。
「エミル……あたしも……!」
ラナは、長杖をつきながら、よろよろと立ちあがりました。
「ラナは休んでて! マナがほとんど残ってないんでしょ?」
エミルはバンデットロスから視線を切らずに、ラナを止めました。
「……!」
ラナは、ぐっと歯をかみしめます。
エミルの言うとおり、大技の連発で、ラナにはもう魔法を使うためのマナが残っていません。マナは生命エネルギーそのもの。それが失われれば、体だってまともに動かせないのです。そんな状態では足手まといにしかならないことを、ラナはちゃんと理解していました。
なら、自分がいまできることは、エミルたちのじゃまにならないようにできるだけ離れて、少しでも体を休めること。ラナはそう判断しました。サフラも、そんなラナをはげますように、ほっぺたをすり寄せます。
『ギルルォッ!』
『くうっ!』
バンデットロスとシロンのぶつかり合いは続きます。
いくら頑丈でパワーもあるシロンでも、体格で大きく勝り、さらに邪悪なチカラで強くなったバンデットロスを、たったひとりで相手取るのは、さすがにキツいものがありました。
体のあちこちにツメで切られた傷ができ、うっすらと血もにじんでいます。
エミルもまた、必死に杖を振ってシロンに指示を送りますが、顔にはありありと疲れが浮かんでいました。マナの消耗よりも、長いあいだ集中を保ちつづけていることが、大きな負担なのです。
「あっはっはっは、どうしたのかな? 防戦一方じゃあ~りませんか?」
白いフードの人物は、黒い杖をにぎったまま高笑いをかましました。
その態度がまた、エミルとシロンの神経を逆なでします。
「あ、ああ……」
いっぽう、シオリは青ざめた顔で立ちつくしたまま、エミルたちのがんばりを、ただ見守ることしかできませんでした。
師匠であるロウランから、自衛のために戦いのすべは教わっていたものの、いきなり、これほど強力なワンダーとウィザードを相手にした大バトルとなると、頭がまっしろになってしまいます。恐怖で体もすくみ、一歩も動けません。
エミルたちの力になりたい。でも、どうすればいいのかわからない。
シオリがもんもんとしていると……ふと、ロウランの言葉を思い出しました。
――キミはまだ気が弱くて、思考が止まっちゃうことがあるのがタマにキズだね。でもそういうときは、パートナーたちの言葉に耳をかたむけるといい。ウィザードはなにを置いても、パートナーへの信頼が第一なんだ。これだけはおぼえておくんだよ。
シオリはハッとして、自分の左手の指輪を見やりました。
そして、答えをもとめるように、ぽつりとつぶやきます。
「精霊さま……私は、どうすればいいですか……?」
すると、薬指――大精霊【ビブリアード】の分身の宿る指輪の宝石が、緑色にチカチカと光りはじめました。
『はあ……はあ……!』
そのあいだにも、バンデットロスと戦いを続けるシロンは、すっかり息があがっていました。全身が傷だらけで、服もボロボロです。
対するバンデットロスは、まったくの無傷……いえ、正確には、シロンがダメージを与えたそばから、回復してしまうのです。これも、邪悪なチカラのせいでしょう。みずからが滅びるまで戦い続けるだけの怪物に、変わりはててしまっているようでした。
「やっぱり、"剣星"のお姉さんがいないと、こんなもんかあ。三等星だの聖女だのもてはやされても、イコール戦いが強いってわけじゃないもんねえ」
白いフードの人物は、またしてもエミルたちをあざ笑います。しかし、くやしいことに、その評価は的中していました。
ウィザードの等級は、戦いの強さだけで決まるものではありません。王国への貢献度や、魔法技術の高さも、大きく関わっています。なので、等級の高さが、そのまま強さの順番になるわけではないのです。
エミルが、わずか12歳でそれだけの評価を得ることができたのも、王国の危機を救う機会にめぐまれていたからこそ。なにより、無敵のエイルお姉ちゃんがいっしょだったからこそ。言ってしまえば、運がよかっただけなのです。
エミルだって、それはじゅうぶんにわかっています。わかっているから、少しでもお姉ちゃんに追いつこうと、努力を重ねてきたのです。そう、だからこそ……こんなところで負けていられないし、あきらめるわけにはいかないのです。
「シロン……まだ、いけるよね?」
エミルは汗だくの顔に、不敵な笑みを浮かべました。
『もっちろん! エミルこそ、マナと集中、切らしたりしないでよ!』
シロンも同じように笑みを浮かべ、まっすぐバンデットロスを見すえます。
幼いころからずっといっしょの、実の姉妹のようなふたり。その絆の強さが、そのまま意志の強さにつながるのです。
「ぷはっ! なんともほほえましい……いや、うすら笑いが出る陳腐ななれ合いだなあ! そーゆー頭お花畑なヤツらをプチッとつぶすのってえ、サイッコーに快感なんだよねえ!」
白いフードの人物は腹をかかえて、のけぞって大笑いしました。けれど……そのはしゃぎぶりは、これまでとはどこかちがって見えます。まるで……
「……まるで、わたしたちのことがうらやましいみたい」
エミルは、わざと聞こえるように、ぼそっとつぶやきました。
「はあ!? バカ言うんじゃないよ!? そんななかよし絆ごっこが、うらやましいワケないだろお!?」
白いフードの人物は、さっきまでとは一転、声を荒らげました。そう、図星を指されたみたいに。
『ぷぷっ。私、知ってるよ。アンタみたいなヤツ、"インキャ"とか"ぼっち"とかっていうんだ!』
シロンはここぞとばかりに、人さし指をつきつけて、からかい返してやりました。
すると、白いフードの人物の堪忍袋の緒が、プチッと切れる音がしました。
「お、お、お……お前らあ! もう許さん! 殺してやる! バンデットロス!」
『グルゥ!』
白いフードの人物がいきおいよく黒い杖を振ると、バンデットロスの体がさらに邪悪なオーラに包まれていきます。まるで、彼の怒りと憎しみが形になったみたいに。
そして――シロンとエミルにとどめを刺そうと、一直線に襲いかかってきました!
けれど、ふたりにあせりも恐怖もありません。むしろ、狙いどおりと言わんばかりの、余裕の表情です。
『すごいパワーとスピードだけど、こわくないよ!』
「そんな、直線的な攻撃じゃあね!」
エミルは杖をつきつけ、シロンは深く腰を落とします。
「『《ドラゴンビートパンチ》!』」
ドゴォッ!
ひねりを加えた右こぶしが、カウンターの要領で、突っこんできたバンデットロスの胴体に突き刺さりました!
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