第42話 トルトロス退治
王都から東の平原を進んでいたエミルたちは、小さな森の入口にたどりつきました。
街道は森の中まで伸びており、ふだんは商人や旅人が行き来する場所なのでしょう。
しかしいまは、とても不気味な気配に包まれています。その正体は……
ガサガサッ!
森の木陰から、なにかがぬっと飛び出してきました。
『グロオーッ!』
なにかは、グレイに乗ったエミルたちを見るなり、空気がびりびりとふるえるほど吠えたててきました。
体高二メートルほどのペールレッドの体に、いやらしい笑みを浮かべた二つの頭を持つ猛犬ワンダー、【トルトロス】。今回の討伐の相手です。
『ガル……』
グレイは一歩あとずさりました。目と鼻でおおまかに相手のチカラをはかり、悟ったのです。この敵は、さっき見た【バトルラビット】とはくらべものにならないほど手ごわい、と。
「グレイ……いったんもどって」
エミルはラナ、シオリとともに、とんと地面に降り立つと、グレイを指輪の中にもどしました。
「聞いてた以上の大物ね……」
ラナは長杖をかまえ、かたい表情で言いました。
『いやな空気が、ぷんぷんします……』
妖精シュガーは、エミルの首すじのかげに、ぴゅっとかくれました。
「いくよ、シロン!」
『オーライ!』
シロンはエミルの肩からぴょんと飛び出し、はりきって前に出ます。エミルも杖をかまえました。
すると……
『グヒィ……』
エミルの杖を見るや、トルトロスは口の端をニタァとつりあげました。
「うげっ……」
これにはラナも、シオリも、ドン引きです。
エミルは自分の杖を見つめながら言いました。
「なるほど……人の金品をあさったりしてるだけのことはあるね。見ただけで、この杖の価値に気づいたんだ」
「へ? その年季の入った杖、そんな値打ちものなの?」
ラナはきょとんと首をかしげました。
エミルの使う指揮用の杖は、旅の途中、シルヴィアの故郷であるダークエルフたちの森で授かったものです。なんでも、とある伝説のウィザードが使っていた杖なのだとか。おそらく、簡単には値がつけられないシロモノでしょう。
ちなみにラナの長杖は、王都の杖職人が作った市販品です。それでも、いい品であることに変わりはありません。
『グルォォッ!』
次の瞬間、トルトロスはよだれをだらだらとたらしながら、一直線にエミルへ跳びかかってきました!
「しまった!」
ラナは反応が遅れてしまいました。サフラはすでに呼び出してあるものの、《ライトウォール》の発動は間に合いそうもありません。
ですが……
ガシィッ!
『汚い手で、エミルにさわらないで!』
エミルの前に割って入った、純白のボブカットに白い肌、白いワンピース姿の、15歳くらいの人間の少女が、その突撃を両手で受け止めたのです。
この少女の正体は……
「そのコ……シロンなの!?」
ラナはおどろきの声をあげました。
そうです。じつはこの少女、人の姿に《進化変身》したシロンなのでした。その証拠に、シロンの特徴であるぷにっとした二本のツノと翼、しっぽもばっちり生えています。
『えへへっ、いつかのお姉ちゃんのマネだよ……それっ!』
ドスッ!
シロンは、受け止めたトルトロスのどてっ腹を、右のこぶしで力いっぱい殴りつけました。
『ギャンッ!?』
トルトロスは悲鳴をあげて、うしろへ大きくふっとばされます。
「なんてパワー……」
シオリも目を見はっていました。
ワンダーにはいろんな姿形のものがいますが、人型はとくにマナのあつかいにすぐれているとされます。そのマナを体じゅうにいきわたらせて肉体を強化することで、シロンはドラゴンの姿のときより、はるかに高いパワーを出せるのです。
とはいえシロン的には、チビドラゴンの姿のほうが楽で、しっくりくるそうで、本気で戦うときとエミルを抱っこしたいとき以外、人の姿に変身することはありません。
ちなみに、大きな【ホワイトドラゴン】への進化は、いまのシロンでは限界を超えてチカラを引き出すものなので、よっぽどのことがないと使いません。
『ぼーっとしてちゃダメだよ、ラナ。このままじゃ、私がエモノをひとりじめしちゃうよ?』
また、人の姿になると、ふだんの舌足らずなしゃべりが直るという、おまけもあります。中身は、シロンのままですけどね。
ラナはシロンのひとことでハッと我に返り、ふっとんだトルトロスを見すえました。
「……そうね。ここからがあたしたちの本領発揮よ、サフラ!」
サフラもはりきって、ラナの長杖の先端にぴょんと飛び乗ります。
「《ルミナスバレット》!」
ラナが唱えると、サフラの持つひまわりの花から、数発の光の球が発射されました。
ドン! ドン! ドォーン!
それらは、地面に転がったままのトルトロスに、みごと全弾命中! 大きな痛手を負わせました。
「すごい威力!」
「《ルミナスバレット》は、光属性の基礎魔法のはずなのに……!」
エミルは目を丸くし、シオリは小声の早口でつぶやきました。
「わたしたちも負けてられないよ! 《エナジーバレット》!」
『うりゃりゃーっ!』
エミルが杖を振ると、シロンはひろげた両手から無数の光の球を発射しました。《ルミナスバレット》にも負けない、威力と速度です。
しかし!
『グルッ!』
光の球が当たるすんでのところで、トルトロスはすばやく起きあがり、ひらりと跳んでかわしてしまいました。
『んもう! 逃げないでよ!』
シロンはぷうっとほっぺをふくらませますが、それはムリというものです。
さらにトルトロスは、反撃にうつろうとしていました。二つの口から、大きく息を吸いこんでいます。
シオリはハッと気がついて、声をはりあげました。
「あれは……《ステレオハウル》! おふたりとも、気をつけて!」
その声に、エミルとラナは身がまえます。
『ルオオーーーン!』
そして、魔法が放たれました。
二つの口から同時に響く音波が、大きな空気の輪となって、エミルたちに襲いかかります!
「「《ライトウォール》!」」
エミルとラナは声を重ねました。
シロンは両手から、サフラはひまわりの花から、光のカベをつくり出して音波を防ごうとします!
ドオォーーーン!
「う……きゃあーっ!」
エミルたちとパートナーたちは、悲鳴をあげてふっとびました。
光のカベでは、音が伝える振動までは受け止めきれなかったのです。
エミルとシロンはすぐに体勢を立て直し、ラナとサフラも少し遅れて起きあがります。
いっぽうシオリは、地面にぺたんとしりもちをついたまま、すぐには動けない様子。コネクタリングの機能のひとつ――パートナーの加護で生身の防御力は上がっているものの、戦いそのものに慣れていないせいで、対応が遅れているようでした。
『グルオオッ!』
トルトロスは、追い打ちをかけようと跳びかかってきます。
『だから、させないって!』
ガキィーン!
シロンは、その身ひとつで突撃を受け止めました。
人の姿をしていても、白い肌の強度はドラゴンのときと同じ。そのうえ表皮にマナをめぐらせて、防御力をさらに高めているのです。
「そのまま引きつけてて、シロン!」
杖をかまえたラナが声をかけました。
長杖の先端では、サフラがひまわりの花にマナを集中させています。
【バトルラビット】を消し飛ばしかけた《オーバーサンライト》を撃つつもりのようです。たしかにあの威力なら、トルトロスもひとたまりもないことでしょう。それに、体は【バトルラビット】より丈夫そうなので、原型をとどめられるはずです。
『あーもう! 最近こればっかり!』
シロンは文句を言いながら、トルトロスの攻撃をさばいていました。
前回の冒険といい、黒竜との戦いといい、ここのところシロンは引き立て役ばっかりです。
けれど、そんなことでやる気がなえたりはしません。いまするべきことを一生懸命やる、それがエミルたち姉妹の合言葉なのですから。自分が目立つことにこだわって、いちばん大切なことを見失ったりはしないのです。
その働きのおかげで、シロンにぴったり張りつかれたトルトロスは、大技を放つスキもなく、攻めあぐねているようでした。
そして、ついにそのときが来ました。
「いいわよ、シロン! 離れて!」
『オーライ!』
ラナの合図で、シロンはトルトロスをおもいっきり蹴っ飛ばしました。
ただ離れるのではなく蹴っ飛ばしたのは、せめて足あとのひとつも残してやろうという、ささやかな抵抗でしょうか。
なにはともあれ、シロンとのあいだに距離が開いたトルトロスに向けて、ラナは両手で長杖をつきつけ、ねらいを定めます。
「《オーバーサンライト》!」
そして先端に立つサフラが、ひまわりから特大の光の球を放ちました!
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