第40話 エイルの憂鬱
エイルからの突然の提案で、エミル、ラナ、シオリの同年代トリオは、いっしょに討伐依頼に挑むことになりました。
「……それで、ターゲットは、どんなワンダーなの?」
身支度を終えたエミルがたずねました。まだ眠気は残っていますが、コーヒーを飲んで、頭はしゃきっとしています。
「【トルトロス】よ。二つ首の野犬で、人のモノやワンダーのエモノを横取りする、悪いヤツ!」
ラナは、ぷんすかと顔から煙をふきながら、こたえました。
「トルトロス……戦闘能力の高い強敵ですね。とても、駆け出しのウィザードがかなう相手ではないと思うのですが……」
シオリは不安そうな顔で言いました。
「だいじょうぶよ。あたしとエミルは、そんじょそこらの駆け出しとはちがうから!」
ラナは、ふふーんと胸を張って言いました。
『きのうはこくりゅーにビビって、うごけなかったくせにー』
思ったことはなんでも口に出すシロンは、じとっとした半目でツッコみました。
「ち、ちがわい! きのうはビビったんじゃなくて、ためらいがあっただけ!」
ラナはむきになって反論しました。
「……ってことは、今回は確定で討伐なのね?」
「トルトロスは明確に被害を出してる。旅人や商人さんとか、そこに生息するワンダーたちとか……放ってはおけないよ」
ラナはうってかわって、ぎゅっとけわしい顔になりました。
ワンダーに両親を殺された彼女です。ワンダーが好きとはいえ、人を傷つける悪いワンダーだけは、やっぱりゆるせないのでしょう。
「わかった。そういうことなら、わたしも力を貸すよ」
「ありがと、エミル。とどめはあたしが刺すから、安心して」
エミルがワンダーを愛していて、できるなら殺したくないと思っていることは、ラナもわかっています。だからこその提案です。けっして、手柄をひとりじめしたいわけではありません。
「シオリさんは、いいの? ムリしてわたしたちについてこなくていいんだよ?」
流れで同行することになったシオリに、エミルは気持ちを確かめました。
ほんとうなら、これから記憶のぞきの魔法で、ゴブリンの頭の中を見てもらう予定だったのですが……はりきっているラナに、初任務はまた今度にしようだなんて、とても言えなかったのです。
「いえ。これもよい経験になると思いますので。それに……」
「それに?」
エミルがじっと見つめると、シオリは顔を赤くして目をそらしました。けっきょく、理由は話してくれませんでした。なんにしても、やる気はあるみたいです。ならエミルも、それ以上はたずねないことにしました。
「"大樹の図書館"のウィザードが来てくれるなら、心強いわ」
ラナにとっても突然の初対面でしたが、シオリのことを好意的に見ているようです。きのう、先入観でエミルに冷たい目を向けてしまった反省もあるのでしょう。
「それじゃ、行っておいで。こっちはこっちで、テキトーにやっておくからさ」
エイルはへらへらとした顔で、ひらひらと手を振りました。
「うん。行ってくるね。お姉ちゃん」
「エイルお姉さま! 今度はいっしょに冒険してくださいね!」
ラナが身を乗り出して言いました。
「ほいほい」と、エイルはこころよくこたえます。
クリスティーヌも、にこやかにエミルを見送りました。
「いってらっしゃいませ、エミル様」
「クリスティーヌさんも、お弁当、ありがとう」
エミルは、ちょっぴりぎこちないながらも、ほほえみを返しました。
ロウランの言葉は、いったん頭の片すみにしまっておくことにしたようです。そういう意味でも、ラナの誘いはありがたいものでした。目の前のことに一生懸命になれば、よけいなことを考えずにすみますから。
「それじゃ、いってきます!」
エミルは【グレイトウルフ】のグレイを呼び出すと、ラナとシオリといっしょにその背にまたがり、王都の外へ向けて走り出しました。
「……はあ」
妹の背中を見送ると、エイルはひとつためいきをつきました。
「どうされました?」
クリスティーヌが、心配そうにたずねます。ためいきなんて、エイルにしてはめずらしい……まだ短いつきあいの中でもそう思えるくらい、彼女の人となりはわかりやすいのです。
「いやね、いっしょに暮らすようになってから、エミルと別行動するの、はじめてだなー、って」
「おとといも、そうされてたじゃないですか」
「それは、ちょっとちがうじゃん。エミルは留守中にミリにさそわれて、私は散歩中に、たまたまダルベールと会って……」
ダルベールの名前を口に出したとたん、エイルはさらに表情をかげらせました。
「……なんだろ。やっぱりヘンだな、私。なんていうか、胸の中がどんよりする。くもりとか雨の日みたいにじめじめして、なんだか気持ち悪いや」
「エイル様……」
クリスティーヌの心配は、ますますつのります。
そして、メイドとしてこの家にお仕えすると決めた以上、なんとかしなければ、と思ったのでしょう。こんな提案をしました。
「じつはお弁当、エイル様のぶんも作ってあるんです。きょうはそれを持って、どこか好きな場所におでかけしてはいかがですか?」
エイルはくるりとふりむくと、うっすらとほほえみました。
「……いいね、ありがとう」
口もとは笑っていますが、やっぱりヘンです。いつものエイルなら、お弁当と聞くと、ぱあっと顔をかがやかせるのに、反応が薄すぎます。
古い友人を失い、最愛の妹が自分の手をはなれていくような気がして、それが知らず知らずのうちに、エイルの心をすり減らしているのかもしれません。
あの自由奔放と名高い"巨獣狩りの剣星"も、やはり人の子なのですね……クリスティーヌは、心の中でほっとするような、親しみのような気持ちをおぼえました。
「クリちゃんも、ついておいでよ。いま、ひとりぼっちだとさみしいんだ」
「……はい、おともさせていただきます」
「あー、でも、また山のときみたいに事件に巻きこまれるかもしれないなあ」
「そうならないように、祈るしかありませんね」
こうしてエイルとクリスティーヌも、王都の外をめざして、エミルたちとは逆の方向へ歩き出しました。
☆ ☆ ☆
エミルたち三人を乗せたグレイは、王都の東側の平原を、街道ぞいにぐんぐんと駆けぬけていました。シルヴィアは指輪の中、シロンとシュガーはエミルの両肩の上です。
グレイは、これまでは子ども二人を乗せて走るのがせいぜいでしたが、数々の冒険を経て成長したことで、体もすこし大きくなって定員が子ども三人となり、パワーもスピードもぐんと上がったのです。いまではシロにはまだかなわなくとも、そこそこ近づいてきたようです。おとといは成人と変わらない大きさのミリアムを乗せて、へばりながらも爆走できていましたし。
「シオリさん、だいじょうぶ?」
「は、はい、平気です!」
最後尾に乗るシオリは、真ん中のラナの体にぎゅっとしがみつきながらこたえました。
騎乗の魔法は三人乗りでもしっかり働いていて、揺れも疲れもほとんど感じないようです。
「そろそろ、目的のポイントに……」
ラナがそう言いかけた、そのときでした。
ザッ!
『ガルッ!?』
目の前に突然、なにかが飛び出してきて、グレイが土ぼこりを巻きあげて急ブレーキをかけたのです。
それは、一羽の大きなウサギ型ワンダーでした。目つきはぎらぎらとしていて、見るからにケンカっぱやそうな雰囲気です。
「あれは……【バトルラビット】……」
まっさきに声をあげたのは、物知りなシオリでした。
ワンダー好きのエミルと、狩猟ギルドに籍を置くラナも知っています。
バトルラビットは、その名のとおり、バトル大好きなウサギ。これと決めた強そうな相手を見つけると、だれかれかまわず戦いをいどむ、まあまあ迷惑なワンダーとして有名です。
どうやら、三人か、あるいはグレイかを"強いヤツ"と見定めて、飛び出してきたようです。オオカミの足に追いつくとは、さすがウサギといったところでしょうか。
「バトルラビットは足が速いから、簡単には逃げられないよ。どうする?」
エミルはラナとシオリにたずねます。
いちおう、このパーティーのリーダーは言い出しっぺのラナということになっているので、どうするかを決めるのは彼女なのです。
するとラナは、不敵に笑ってこたえました。
「それはもう、おのぞみどおり、戦って追っ払うしかないでしょ! ここは、あたしにまかせなさい!」
そう言うとグレイの背中から飛びおりて、ひとりでバトルラビットと向かい合いました。
「手出しは無用よ! きのうみっともないとこさらしたぶん、今度こそあたしのホントのチカラ、見せてやるから!」
ラナは、背負っていた杖を両手でかまえました。
エミルの使う指揮棒くらいの小さな"ワンド"とはちがい、絵本に出てくる魔法使いやおじいさんの賢者が持っているような、自分の背たけほどもある"スタッフ"タイプです。
「さあおいで、サフラ!」
そして、指輪から【ヒマワリス】のサフラを呼び出し、スタッフの先っぽに、ちょこんと乗せました。
「エミルさん、わたしたちは……」
「手を出すなって言われたから、ここはラナのお手並み拝見といこう」
シオリとエミルは、グレイの背に乗ったまま、戦いを見守ることにしました。もちろん、ラナがあぶなくなったら、いつでも助けに入るつもりで、そっと身がまえています。
さて、ラナのチカラとはいかほどのものか。はたして、バトルラビットをしりぞけられるのでしょうか?
お読みいただき、ありがとうございました。
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