第39話 エミルの苦悩
「シオリさーん」
コアルームから戻ってきたエミルは、隠し部屋で読書に集中しているシオリに呼びかけました。
シオリは声に気づくと、ぱたんと本を閉じて顔をあげます。
「……あ、エミルさん。お話、終わりました?」
「うん。それで、帰りの瞬間移動をおねがいできる?」
「おまかせください……あ」
シオリは、エミルの左手人差し指に新しくはまった指輪……大樹の大精霊【ビブリアード】の分身が宿る指輪に、目を向けました。
「エミルさんも、授かったんですね、精霊さまの分身」
「う、うん。シオリさんも、持ってるんだよね?」
「……はい。おそろい、ですね」
ちいさな声でつぶやいたシオリの顔は、ほんの少しはにかんで、笑っているように見えました。
「……あ、すみません。お帰りですよね。お手数ですが、一度外に出ましょう。《ブックマークリープ》は、屋外でないと使えませんから」
「うん、よろしくおねがいします」
エミルとシオリは隠し通路を通って、大樹の外へと出ました。夜の空気がひんやりと、眠気の残る頭をすっとさましてくれます。
シオリが指輪から【ブックマ】くんを呼び出し、杖をひと振り。ブックマくんが本をぱらりと開くと、緑の光がうずを巻いて……次の瞬間、ふたりと一匹は、姉妹の家の前に立っていました。
☆ ☆ ☆
「……おつかれさまでした、エミルさん」
「こちらこそ、おつかれさま、シオリさん」
とはいえ、エミルよりもシオリのほうが、ずっと疲れているように見えました。瞬間移動の魔法は便利な反面、それだけ多くのマナを使うようです。……まあ、エミルも心のほうは、かなりくたくたなのですけれど……
「あ、そうだ。シオリさん、記憶のぞきの魔法が使えるって、ほんとう?」
「え? あ、はい。使えます、けど……」
「見てもらいたい記憶があるんだ。あした……日付の上ではきょうだけど……また会ってもらえるかな?」
「えっ……」
シオリはハッと目を見張り、ほほをほんのり赤くそめました。
「あ……ごめんなさい。イヤだった?」
エミルはその反応を、よっぽどやりたくなかったのかな、と思ったようです。
「い……いえ、そんなことは……」
シオリはふるふると首を横に振ってから、おずおずと顔をあげます。
「……わ、わかりました。あした、もう一度うかがいます……」
「そのときは、【ビブリアード】の分身を通じて知らせてね。分身同士でも、連絡はできるんでしょ?」
「あ……そうですね。試したことは、ないですけれど……」
「あはは……そりゃそうだよね。分身を授かったの、わたしとシオリさんしかいないもんねえ」
エミルはバツが悪そうに、苦笑いしました。
「……そうですね」
シオリも、くすっと小さく笑います。
「それじゃ、またあした。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
エミルはシオリに手を振り、家の中へと入っていきました。
「……」
シオリはそのうしろ姿が見えなくなるまで見送ると、ぎゅっと胸をおさえるのでした。
☆ ☆ ☆
いっぽう、そのころ。
光のとどかない暗い部屋に、低い声がひびきます。
「……親の黒竜の様子はどうだ?」
「おとなしいものです」
「子どもが討伐されたはずじゃなかったのか?」
「報告では、子を討ったのは、あの"巨獣狩りの剣星"らしい」
「なら、なぜ動かない。我が子が殺され、怒り狂うはずだろう」
「"巨獣狩り"が動けば、おのずと"雨あがりの聖女"も動く……浄化によって"隷属の首輪"が破壊された、と考えるしかないのでは?」
「……バカな。黒竜を生け捕りにしたというのか? あの剣星が?」
「この際、理由や過程はどうでもいい。ただ目の前の結果だけを受け入れるほかあるまい。現段階では計画に遅れは出ても、支障はない。黒竜の子が王都にかくまわれたことを親竜が知れば、どのみちこちらの狙いどおりになる」
「では、その旨を、あの者に伝えておこう。祭りの新たな日取りもな……」
どことも知れない場所で、あやしい会議がおこなわれていたのでした……
☆ ☆ ☆
次の日の朝、姉妹の家のダイニングで。
「おはよう、エミル!」
「おはよ……お姉ちゃん」
エミルは寝ぼけまなこをこすりながら、エイルにあいさつしました。
ゆうべは0時前に起きて、そのあとロウランから長くてやっかいな話を聞かされたため、ほとんど眠れていないのです。
さらに……家に帰って寝室に入るなり、やきもち焼きのシルヴィアにビブリアードの分身の指輪のことを問いつめられて、彼女のごきげんを直すのに必死だったのです。
ですが、そのかいあって、いま右腕にしがみついているシルヴィアは、銀髪をさらさらとゆらし、抜群のプロポーションをぴったり寄せて、しあわせいっぱいのにっこにこ顔。褐色のお肌をつやつやキラキラさせていました。
『おはよー!』『おはようございますっ』
パートナーのシロンとシュガーは、元気いっぱい。密会のあいだも指輪の中でぐっすり眠っていたので、ふたりともけろっとしています。
「ねえエミル、ゆうべはどこに行ってたの?」
ぎくり。
エミルの背すじが、ぴくりとはねました。
エイルは一度寝たら自分で目を覚ますまでぜったい起きないくせに、こういうことはやたらと目ざといのです。
「……ごめん、言えない」
エミルは正直に答えました。ロウランから他言無用と言われているので、しかたがありません。
大好きなお姉ちゃんに隠しごとをしなくちゃいけないというもうしわけなさで、エミルは表情をくもらせました。
それを察したのか、エイルはやまぶき色の瞳をやさしく細めて、笑って答えます。
「いいよ。言えないなら。前にも言ったよね。私はなにがあったって、ずっとエミルの味方だからね」
そんな、愛にあふれたお姉ちゃんの言葉に、エミルは胸がいっぱいになりました。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
そこへ、クリスティーヌがエミルの朝ごはんを運んできました。
「おはようございます、エミル様」
砂糖のように甘い声と、いつもどおりのやさしい笑顔。
それなのに、エミルはドキッとしました。
クリスティーヌがノワール・モンブランのスパイかもしれない……そんなロウランの言葉が、頭から離れなかったのです。もちろん、信じてなんかいませんが。
「お、おはよう……クリスティーヌさん」
つい、声も態度もぎこちなくなってしまいます。
――こんなことでは、こっちが疑ってるのがバレる……っていやいや! なに考えてるんだわたしは! クリスティーヌさんがスパイだなんて、あるわけない!
などと考えながら、エミルはぶんぶん首を振りました。いつのまにか、眠気もすっかりふっとんでしまいました。
「どうしました?」
クリスティーヌは、栗色の瞳をぱちくりさせて、かわいらしくきょとんと首をかしげます。
「な、なんでもないよ!」
エミルはあきらかになんでもあるふうで、必死に否定しました。
シロンもシュガーもエイルも、頭の上に「?」を浮かべます。
そんなこんなで、エミルが味のしないトーストをかじっていると、
チリンチリーン!
玄関から、呼び鈴の音が響きました。
「は、はいはーい!」
エミルは、とまどいをごまかすように、わざとらしく元気な声をあげて玄関へ向かいます。
ドアを開けると、そこにいたのは……
「エミル! ひと狩りいくわよ!」
「お、おはようございます、エミルさん……」
なんと、きのう友だちになったばかりのラナと、つい数時間前に別れたばかりのシオリのふたりでした。
胸をはって仁王立ちするラナの、オレンジ色のサイドテールがぴょこんとゆれます。そのうしろで、シオリはぺこりと頭を下げ、大きな丸メガネをそっとずりあげました。
「ふ、ふたりとも、どうして?」
エミルはびっくりしてたずねます。
「だから、ひと狩りいくのに、誘いに来たの!」
「わ、わたしは、ゆうべの約束を果たしに……」
「お、おちついて。とりあえず、ふたりとも家に入って?」
いちばんおちついていないのはエミルなのですが、ひとまずふたりを家の中へ招き入れました。
☆ ☆ ☆
ダイニングに通されると、ラナは待ちきれないように身を乗り出しました。
「……それで、やっとミリアムさん抜きで実戦に出る許可がもらえたんだけどね、エミルが同行するのが条件だって言うのよ」
「ええ~……」
そんな声しか出てきません。どうして、自分がついていかなくてはいけないのでしょうか。いえ、理由はわかります。ラナより自分のほうが経験豊富ですし、いざとなれば回復の魔法だって使えます。ラナとは気心も知れていますし、たしかに付き添い役としては、いちばんの適任なのでしょう。ギルドの外の人間なので、団員たちに迷惑もかかりません。
でも、なんだか面倒ごとを押しつけられたような気がして、ちょっぴりイヤなのです。さらに、いまはどっと疲れているのです。
「私は……なるべく早いほうがいいと思って……やっぱり、ご迷惑でしたか……?」
シオリは、もうしわけなさそうにうつむきます。
「そ、そんなことないよ。それより、シオリさんこそ、ゆうべ眠れてないのに、朝早く来てもらって……ごめんね」
エミルは両手をぱたぱた振って、あわててフォローしました。朝いちばんに押しかけて来たことにはおどろいたものの、その気づかいはうれしいですし、助かります。
「いえ、私、もともと眠る時間、短いですから……」
「あ、そうなの、うらやましいな」
エミルがそう言うと、シオリはうれしそうに目をふせました。
「また新しい友だちが増えたんだ。うれしいなー」
エイルはもぐもぐと朝ごはんをほおばりながら、ただ様子を見守っていましたが、
「ねえ、だったら三人で、狩りに行けばいいんじゃない?」
唐突に、三人をおどろかせる提案をしたのです。
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