第38話 記憶
「そんなっ……でも、そんなの、新聞には載ってなかったじゃないですか!?」
エミルはムキになって声をあげます。お姉ちゃんがかかわった事件です。おだやかな気持ちではいられないのでしょう。
「"王国最高峰の存在、マスターウィザードが、王都襲撃事件の黒幕だった"……そんなことを公表したら、国民の信頼を大きく失うってことは、キミにもわかるだろう。そこで、当時序列四位だったウォルターの提案で、"当時三位"殿の存在を人々の記憶から消してやったんだ。その際には、キミもごぞんじの"記憶改変"の大魔法が使われたんだよ」
「記憶……改変……」
エミルは、以前の冒険――お姫さまと友だちになったときの事件で、その魔法の存在を知りました。
その人物が存在していたという事実が、すべての生きものの記憶から消えてなくなる、おそろしい禁断の魔法を。
そして、その魔法を維持するためには、その人物が存在していたというたしかな証を残しておかなければいけないという、小さいようで大きい制約があることを……
「しかし、そこに問題があった。もくろみどおり当時三位殿の存在は人々の記憶から消えたが、なにしろ緊急事態で魔法の準備が急ごしらえだったために、なにかのきっかけで記憶がよみがえる危険があったわけだ。そこで、欠けたマスターウィザードの枠を埋めるために、急きょエイルをマスターウィザードにむかえ入れることにしたんだ」
「え……そうだったんですか!?」
まさか、お姉ちゃんがマスターウィザードに認定された裏に、そんなわけがあったなんて。エミルはおどろきを隠し切れません。
「だって、そうでもなきゃ、あんな自由奔放な小娘、いくら功績があったって国のトップに食いこめるわけがない」
それはたしかにと、エミルは全力でぶんぶんとうなずきました。
エイルはよくてサル山の大将が関の山で、国のトップに立つなんてとても似合いっこないと、妹のエミルはいちばんよくわかっているからです。
「まあ、幸か不幸か、史上最年少マスターウィザードにして、ニューヒーロー登場というセンセーショナルなニュースを国民に提供できたおかげで、人々は、消えた当時三位殿のことなど思い出しもしなくなったのさ。都合の悪いウワサは、より大きなインパクトで上書きしてやるにかぎる」
「結果的に、狙いどおりの展開になったってことですね」
「……というわけで、マスターウィザードの中にまだ悪の組織の内通者がいるという可能性は、なくはないってことさ」
「……」
エミルは言葉を失ってしまいました。
このコアルームにまねかれてから、おどろきの事実をいくつもたたみかけられて、頭もまっしろになっているようすです。
「……さて、だいぶ話がそれてしまったけれど、私が言いたいのは、キミもスパイには気をつけなさい、ってことだよ。ひきつづき、クリスティーヌ嬢のようすをそれとなく見ておいてくれたまえ」
「は、はあ……」
エミルは力なく返事をしました。
ほんとうに、この短期間にいろんなことがありすぎて……
と、ふと思い出しました。
「あ! そうだ! わたしからも、ロウランさんに相談したいことが、ふたつあったんです」
「ああ、夕方にも私に会いに来てたみたいだね。言ってごらん」
「こちらを見てください」
そう言ってエミルは、カバンの中で眠っている黒竜の子を、ロウランに見せました。
「こ、こいつは、黒竜の子どもじゃないか! どこでそれを……」
今度はロウランがおどろく番でした。
エミルは、昼間の黒竜討伐の件について話しました。
「……黒竜が現れ、"巨獣狩りの剣星"に退治されたということは聞いていたが、まさか、こんな小さい子がその正体だったとは……」
ちなみに、黒竜討伐後の事後処理は、ミリアムがやってくれました。もちろん、黒竜の子のことは伏せたまま。
ロウランはまじまじと黒竜の子を見つめて考えこむと、やがて、エミルに顔を向けました。
「なかなかにやっかいなことだが、おかげでノワール・モンブランの犯行声明……ヤツらのたくらみについても、読めてきたぞ」
「どういうことですか?」
「ドン・モンブランは言っていた。近いうちに、王都でなにかやらかしてやるぞ(意訳)と。おそらく、その黒竜がそうなんだろう」
「それって、この子の親竜に、王都を襲うように仕向けるってことですか?」
エミルは、ミリアムが言っていた推測を口にしました。
「そうだろうね。まんまと策略にハメられたわけだ。黒竜を退治しようが保護しようが、どっちにしろ親竜の怒りの矛先は王都に向けられる。ほぼまちがいないだろう。でなけりゃ、隷属させた黒竜の子を放つなんて、するわけがない」
「……どうすればいいんでしょうか?」
「ヤツらの計画では、前者……黒竜が退治されることを想定していたはず。まさか"巨獣狩りの剣星"相手に黒竜が生かされたうえ、さらに"隷属の首輪"までもがはずされるなんて、想像すらしていないだろうからね。この子が生きてさえいれば、まだ手の打ちようがあるはずだ。お手柄だぞ、妹ちゃん」
「あ、ありがとうございます……」
正直、まだ展開に頭がついていかず、ほめられ好きでも今回は素直によろこべないエミルなのでした。
「ひとまず、その子は私があずかろう。知人にたのんで隠してもらえば、親竜襲撃までの時間はかせげるはずだ」
「その人は、信頼できる人なんですか?」
さっきの、"全員を疑っている"発言からすれば、エミルがそう思うのもムリはありません。
「八割方、といったところかな。まあ状況が状況だ。ある程度のギャンブルはしょうがない。分は悪くない数字だし、だいじょうぶだろう」
楽観的に言いながら、どこかあやしい笑みをロウランが浮かべていたことを、エミルは見逃しませんでした。きっと、ふだんからけっこうなギャンブル好きなのでしょう。
「それで、もうひとつの用件も聞こうか?」
「ええ、実は……」
エミルは、殺されてしまったダルベールのパートナーを見つけ、その指輪をあずかっていることを話しました。そして、失われた事件当時の記憶を見て、犯人の手がかりをつかみたいと思っていることも。
「ああ、なるほど。じゃあ、シオリにやってもらうといい。あの子は、記憶のぞきの魔法が使えるからね」
「え、そうなんですか?」
エミルは、今夜何度目かわからないびっくりをしました。
「相手の記憶に干渉する魔法は、ご法度すれすれの魔法だ。使えても、隠してるウィザードは多いのさ。だから、フツーに探しても見つかりっこない」
「そ、そうだったんだ……」
たしかに、考えてみればそうかもしれません。"記憶改変"の魔法だって、その存在は禁断でヒミツとされており、エミルも以前の冒険で、はじめて存在を知ったのですから。なにしろ記憶のぞきは、クリスティーヌいわく、彼女のお姉さんが悪事に利用していたほどです。
「でも、すぐじゃなく、あした以降にしてもらいなよ。もう深夜だし、記憶のぞきはマナの消耗もそうだが、術者の心への負担も大きいからね」
「わかりました、そうします」
ロウランは、パンと手を打ち鳴らしました。
「さて、これで私の話はおしまい。いろいろと長くなってしまったが、この国の平和は、キミたち姉妹の肩にかかっている。私がいちばん言いたかったのは、それだけだよ」
「そんな……お姉ちゃんはともかく、わたしは……」
いきなり重い期待を背負わされて、エミルはおろおろととまどいました。
すると、大精霊ビブリアードが言いました。
『いいえ。なんだったら、エイルよりも貴女のほうが重要よ。ワンダーを浄化し、心を通わせられる、そのチカラが』
「わたしの……」
「どんな神のきまぐれか知らないが、キミたちは大きなチカラを授かったんだ。おぼえておくといい。――大きなチカラを持つ者は同時に、それをどう使うかという大きな責任を問われるということを」
ロウランは、これまででいちばん真剣な表情と声で、エミルにさとすように言いました。
「……はい」
エミルもまた、うまく働かない頭ながらも、真剣にこたえました。
たしかに、すごさを自覚こそできませんが……自分が特別なチカラの持ち主であるということは、エミルにもわかっています。とまどってはいるものの、それを困っている人々や、なによりワンダーたちのために使うことに、ためらいはないのです。
「じゃ、またなにかあったら、いつでも相談しておいで。ビブリアードの分身を通じて、私とも連絡がとれるからさ」
「へえ、それは便利ですね」
『私とも、いっぱいお話ししましょうね。分身と私は、意識を共有しているから』
「わたしも、大樹の大精霊さまがついてくれて、心強いです」
ビブリアードとエミルは、ほほえみ合いました。
すると、またシルヴィアの指輪が、ぎゅうっとしめつけてくる感覚がしました。
「帰りはまたシオリをたよってね。おつかれさまでした」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
エミルはロウランとビブリアードに見送られながら、コアルームをあとにしました。
☆ ☆ ☆
『……ほんとうにいい子だったわね、エミルちゃん』
「キミもそう思うかい?」
『人ぎらいの貴女が、気に入るだけのことはあったわ。まるで太陽のような、魂の輝きを感じた。見てるだけで、光合成できちゃいそう』
「魂の輝きについては、人の身である私にはわからないけど……ま、見てるだけで居心地のよさを感じるってのは、わかるかな」
『でも、あんな子に王国の命運を背負わせることになるなんて、気が引けちゃうわ』
「だからこそ、私たちが支えてあげようっていうのさ。王都の大樹にふさわしい、大きな支えになってあげようじゃないか」
ロウランは、だれにも見せたことがないような、やさしいほほえみを浮かべるのでした。
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