第37話 スパイのナゾ
「……さて、キミを呼び出した三つ目の理由……いちばんの本題に移ろうか」
大樹の核があわく光る地下のコアルームで、ロウランはいっそう真剣な顔になりました。エミルも、その迫力に息をのみます。
「会議のときも話題にあがったと思うが、王都内にノワール・モンブランのスパイがいる。それも、かなり深いところにね」
エミルは思い出しました。ロウランのアドレスに直接送られてきた、ノワール・モンブランの犯行声明の動画……そんなことができるのは、よっぽど王都の内部にくわしい人間だけだ、ということを。
「それは、《星の本棚》で探せないんですか?」
「ムリだね。《星の本棚》はあくまで本を探すのを目的とした魔法で、人を探すものじゃないからさ。"だんだんダンジョンズ"の件も、キミくらいの歳の子なら読んでると踏んだから、わかったことだ」
「ですよね……」
エミルはちょっぴりがっかりして、肩を落としました。やっぱりものごとは、そう都合よくはいかないものです。
「でも、何人か疑わしい人間にあたりはつけてある。あの場では言わなかったけどね」
「警戒されないためですね。あとは、なにも気づいてないふりして、油断させるため」
「ほんとにおりこうさんだねえ、妹ちゃん」
「えへへ……」
エミルは照れ笑いを浮かべました。ほめられるのは、大好きなのです。
「ちなみにそのひとりは、キミのとこのメイドのクリスティーヌ君なんだけど」
ブーーーッ!
いきなりのことに、エミルはぎょっとして、思わずむせました。
ごほごほとせきこみ、息をととのえながら、ロウランに問い返します。
「ク、ク、ク、クリスティーヌさんが!? そんな、まさか!?」
ロウランは腕組みして、あたりをうろうろしながら言いました。
「さて問題です。そもそも、キミにメイドを雇うようにすすめたのは、だれでしょう?」
「……ロウランさん」
「ピンポンピンポン大正解~! では第二問、私が、だれがキミのメイドにふさわしいか、オーディションを開催した理由は?」
「……クリスティーヌさんを、わたしが選ぶように仕向けるため?」
「ピンポンピンポンまたまた大正解~!」
笑顔で両手をぱちぱちたたくロウランとは対照的に、エミルはさあっと青ざめて、がくぜんとしていました。
クリスティーヌが、悪の組織のスパイ??
とても信じられません。たしかに、彼女とすごしたのはまだたった数日ですが、同じ食卓をかこみ、思いがけず命がけの冒険を何度もともにして、彼女の人となりはわかったつもりでいました。
それに……
「……そんなわけ、ないじゃないですか! だったらズットータム山のとき、わたしたちに協力して、ワンダーたちを助けるなんてしなかったはずです! 相手は、自分たちの正体をかくすために、手下まで爆発させるような連中なんですよ?」
そうです。ノワール・モンブランは、正体を知られないためなら手下さえ切り捨てるという、徹底ぶりでした。そこまでするぐらいなら、姉妹を背後から不意打ちしてしまうほうが、よっぽど都合がいいはずです。
「そうだね。スキを突いてキミたちを消すほうが合理的だ。しかし、キミのお姉さんの目が光っているなかで、はたしてそれができるかな?」
「うっ……」
エミルはたしかにそのとおりだと思い、言葉に詰まりました。
直感と本能の野生児エイルの目と鼻とカンをかいくぐるのは、簡単ではないでしょう。それは、妹のエミルがいちばんよく知っています。
「……じゃあ、教えてください。クリスティーヌさんがあやしいと思う根拠は、なんですか?」
エミルはまゆをひそめて、ロウランをにらみました。信じたいのです。ワンダーを助けるために動き、シロンやシュガーにも好かれているクリスティーヌのことを。
「妹ちゃん、すっかりあの子のこと気に入ったみたいだねえ。最初は、人間を……使用人に雇うことに、あんまりのり気じゃなかったのに」
「使用人としてあつかうのは、いまも好きじゃありません。でも、クリスティーヌさんは、もうわたしたちの家族だから!」
その声とまなざしは、泣き出しそうなほど、まっすぐでした。
それにこたえるように、ロウランも、うってかわって真剣な表情になります。
「根拠ならもちろんある。彼女には六つ上のお姉さんがいるんだが、知っているかな?」
「……知ってます。お姉さんがいることは、本人から聞きましたから。年齢は、はじめて知りましたけど」
「へえ、そこまで聞き出したんだあ」
「人聞きの悪いこと言わないでください。クリスティーヌさんが、話してくれたんです」
「じゃあ、その姉の職業については?」
「……」
エミルは口をつぐみました。
クリスティーヌのお姉さんが、足を洗った裏の世界の住人だということも聞きましたが、それをかんたんに口に出すのは、気がとがめたのです。
「その反応は、やっぱり聞いてるってことだね」
しかし、顔に出てしまっていたので、意味はありませんでした。エミルは、ウソをつくのも隠しごとも、苦手なのです。
「そう。クリスティーヌ君の姉は元犯罪者……それも、ノワール・モンブランに所属していた、ね」
「な、なんですって……!」
エミルはおどろきました。お姉さんが組織に所属していたことにも、すでにそこまで調べあげていたロウランにも。
そして、それが事実だとするなら、ゴブリンの記憶を見るためにお姉さんの協力を得ることを最後の手段としたことが、結果的に正しい判断だった、ということにもなります。
「《星の本棚》で、警察の資料をのぞいて知ったことだ。まちがいはない。まあ、もう組織とは完全に手を切っているらしいから、姉のほうは放置してはいるが……妹のほうはわからない、ってことだ」
「じゃあ、クリスティーヌさんがスパイだって、まだ決まったわけじゃないんですね」
「そうだ。だからキミのもとにおいて、スパイかどうかを見きわめてもらいたかったというわけだよ」
「これもまた、どうしてわたしだったんですか? やっぱり、わたしを特別あつかいしてるから?」
「もちろんキミの感性もアテにしてたが、これはエイルのほうがおもな理由かな。あの子は、そういうことにハナが利くだろう?」
エイルは人によくだまされますが、あぶない相手を見ぬく力は、ばつぐんなのです。
「たしかに……でもお姉ちゃんは、クリスティーヌさんになにもあやしいところは感じてないみたいですよ」
「それはなによりだ」
ロウランがあっさり言うので、エミルはあっけにとられました。
「え? クリスティーヌさんのこと、うたがってるんですよね?」
「言ったろう? 何人かにあたりをつけてるって。なにも、疑ってるのは彼女だけじゃない」
ロウランはぴたりと足を止め、エミルをじっと見すえて言いました。
「……いや、この際だから、はっきり言おう。私はキミたち姉妹とシオリ以外、王都のすべての人間を疑っている」
「え……えええっ!?」
突然の爆弾発言に、エミルは思わずのけぞりました。
いや、思い返してみれば、たしかに会議のとき、全員あやしいと思っていると言っていましたけれど……
「そ、それって、マスターウィザードの人たちも……ってことですか?」
「もちろんだよ」
「それは王様の見る目がないって認めるものだとか、言ってたじゃないですか!?」
「私はそうじゃないってことだよ。あの場で連中を納得させるために言っただけだ。王様の見る目とか、正直どうでもいい。私は、私自身が見聞きしたことしか、信じないタチなんでね」
しれっと王様を否定するロウランに、エミルは目をぱちくりさせました。不敬罪で首が飛びかねない発言ですよ。
「で、でもさすがにそれは、ありえないんじゃ……」
極星魔法つかいといえば、このアストライト王国最高峰のウィザード、いわば王様に次ぐ、この国の頂点に立つ存在なのです。そんな人たちが悪の組織とつながっているなんて、とても考えられません。
「ありえなくなんてないんだよ。前例があるからね」
「前例って、そんな話、聞いたことないですよ?」
ロウランは、しばらく考えこむそぶりを見せると……やがて、決心したように重い口を開きました。
「……これは"大樹の図書館"ではなく、この国そのもののヒミツになるが……キミには、話しておいたほうがよさそうだ。なにしろ、無関係じゃないんだから」
「えっ……どういうこと、ですか……?」
エミルの返事を待たず、ロウランは勝手に、国のいちばん大きなヒミツを話しはじめます。
「いまから二ヶ月ほど前、キミのお姉さんがマスターウィザードに認定されるきっかけになった事件はおぼえているね?」
「はい……当時の新聞は、何度も読み返しましたから」
マスターウィザードに選ばれるための条件のひとつに、"王国存亡の危機を救った中心人物である"ことがあげられます。
二ヶ月ほど前、"バッテン・クロイツ"という悪の組織のボス"プロフェッサー"が、災害級の巨大ワンダーを引きつれて王都を大混乱におとしいれた、おそろしい事件がありました。
それを解決したのが、エミルの姉、エイル・スターリング。彼女はたったひとりで巨大ワンダーを打ち倒し、多くの命を救ったことから、わずか16歳ながら史上最年少マスターウィザードとして認定された、というわけなのです。
「その事件の黒幕だった"プロフェッサー"の正体が……当時の序列三位のマスターウィザードだったんだ」
「……え?」
《星の本棚》の代償を聞いたときよりも、さらに大きなおどろきの事実に、エミルは目を丸くするのでした。
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