第36話 星の本棚
「この精霊が……ロウランさんのパートナー……」
はるかむかしから、この地にそびえる大樹に宿る大精霊……なるほど、マスターウィザードのパートナーにふさわしいワンダーといえます。
「このコを呼び出すには、莫大なマナが必要だからね。ふだんはここにいてもらって、私はコネクタリングを通じて、遠くからチカラを貸してもらってるのさ」
ロウランはとくいげに言いながら、右手にはまった指輪を見せつけました。
精霊や神さまといった、強大なチカラを持ち、ふだんは実体のないワンダーは、この世界に姿をあらわすために、それはもう多くのマナを必要とするのです。エイルの剣の精霊エクシリアも、シルヴィアを負かしたクリスティーヌのパートナーもそれにあたり、めったに表に出てきません。
【ビブリアード】は、品定めをするようなまなざしで、エミルを見下ろしました。じろじろとながめまわされて、エミルは緊張ぎみでした。
『……それにしてもロウラン、貴女がここに他人を連れてくるなんて、めずらしいわね。シオリについで、二人目よ』
「え?」
エミルはきょとんとしました。
ここまで案内してくれたあのシオリという少女は、いわばギルドの最大のヒミツともいえるこの部屋に入れるほどの存在なのでしょうか。しかも、自分までそのひとりに数えられていいのでしょうか。さまざまな思いが、頭の中をぐるぐるとよぎります。それに……
「……わたしと、シオリ……さんだけってことは、デックスさんはちがうんですか? 彼、副館長なんですよね?」
そうです。館長にもっとも近い立場のデックスが入ったことがないなんて、おかしいのです。
「アイツはちょっとワケありでね。使える人材だからそばに置いてるけど、100%信頼を置いてるわけじゃない。さすがにこの部屋には入れられないよ」
ワケあり……エミルは、デックスのこれまでの言動から、そのワケの中身をなんとなく察していました。
会議でガロウの動きを止めたカギの魔法……姉妹の家への不法侵入……つまり……
……でもそれは、いまふれるべきことじゃないと、そっとのみこみました。
「……どうして、わたしをここに?」
「ひとつは、お姫さまと同じだよ。キミには見せるべきだと思ったからだ」
エミルにアステールを見せてくれたお姫さまも、たしかに同じことを言っていました。
「それは、わたしが浄化のチカラを使えるから?」
「それだけなわけがないだろう。浄化のチカラ自体なら、使える人間はけっこういるんだ。だったら、その人たちにも見せてやらなきゃいけない」
「それはそうか」
「ドラゴンに妖精、ダークエルフにフェニックス……それだけ多様で高位なワンダーたちに好かれて、しかもここ最近、いつも大きな事件の中心にいる。私じゃなくたって、キミを特別視したくなるさ」
「……そうなの、かなあ……」
エミルは、ぴんときていないようでした。ただ、いつも目の前のことに一生懸命になっているだけなのですから。ワンダーが大好きなエミルにとって、ワンダーたちに好かれていると言われるのは、ちょっぴりうれしくもありましたけれど。
『それに、私自身が貴女に会いたいって思ったからよ。大樹を通じて貴女のことは見ていたけれど、こうして実際に向かいあってみると、やっぱりステキな子だって思っちゃったわ』
ビブリアードはほおをほんのり染めて、うっとりとした表情を浮かべました。
エミルは心なしか、シルヴィアの宿る右手薬指の指輪が、きゅっときつくなったように感じました。……見とれるほど美しいあのやきもち焼きなダークエルフのプリンセスは、いまぐっすり眠っているはずなのに。
『だから……貴女にも、これをあげちゃう』
ビブリアードは両手をふんわりと合わせてから、そっとひらきました。すると、その中から指輪があらわれ、ふよふよと宙を漂って、エミルの左手の人差し指にすぽりとはまりました。
「この、コネクタリングは……」
エミルは、勝手にはめられた指輪にとまどいました。
『私の分身が宿った指輪よ。貴女にも、私のチカラを使ってほしいの。きっと、役に立つわ』
「えっ、そんな……わたしが?」
エミルは、おそれ多い気持ちになりました。
ただ一度会って言葉を交わしただけで、何百年も生きている大樹の大精霊――分身とはいえ、それをあっさりパートナーにできてしまったのですから。それに、ロウランさんの大切なパートナーなのに……という思いもありました。
「私への気づかいは無用だよ。恵みや知識は、多くの人に分け与えられてこそ意味がある。……まあ、分身を与えられたのは、キミとシオリのふたりだけどね」
「シオリさんも、そうなんですか?」
『彼女とは、とても波長が合うの。もしかしたら、ロウラン以上にね』
「さすがにそれはやけちゃうなあ。まあ私も、彼女を次期館長として育ててるつもりだけどね」
シオリはそれほど期待をかけられているのかと、エミルはおどろきました。
「さて、これがキミを呼んだ理由のひとつ目。二つ目は……そうだな。キミへのレクチャーついでに、ビブリアードのチカラを見せてあげよう」
ロウランが右手をかざすと、中指の指輪が強い光を放ち、ロウランのまわりに光のうずが巻き起こります。
「わっ……」
その勢いで強い風がふきあれ、エミルはとっさに身がまえました。
「ごらんあれ! これが私の大魔法! 《星の本棚》!」
すると……なんということでしょう。
光につつまれたロウランの周囲に、無数の本がふわりと浮かび上がったではないですか。
絵本に図鑑、辞書から教科書にいたるまで……おまけに、ファイルやただの紙束まであります。とにかく、多種多様な本……いえ、書物が、まるで夜空いっぱいの星のように、きらきらとあらわれたのです。
「すごい……」
エミルは、ただひとこと声をもらしました。そうとしか言いようのない光景でしたから。
「そうだろう、すごいもんだろう。この魔法は、この場にいながらにして、アストライト王国全土に実在するすべての書物を見ることができる。複数の紙がまとまってさえいれば、ファイルだってね」
「すべての書物を!? それは……ほんとにすごい……!」
読書が好きなエミルにとっては、まさに夢のような魔法でした。
これこそがロウランに与えられた二つ名、"百科量覧の知星"の由来なのだということも、ようやく理解できました。
「さらにその効果は、作られてさえいれば、まだ店に並んでいない本にも有効だ。そのデモンストレーションとして、キミがいま愛読している"だんだんダンジョンズ"の、来月発売予定の最新刊の内容を、ちらりと教えてあげよう……」
「それはダメ!」
エミルは大声でぴしゃりとさえぎりました。
読む前のおはなしの展開を先に知らされるのは、読書好きとして、ぜったいにイヤなのです。
「……って、あれ? どうしてわたしが、"だんだんダンジョンズ"を愛読してるって、知ってるんですか?」
「そりゃ不法侵入したときにチラッと……ってのはウソだ。キミたちの私室には、立ち入ってないからね。……それが、この魔法のもうひとつのすごいところだ」
「もうひとつの?」
「対象の書物の現在地と、その持ち主を知ることができる。ある程度の制限はつくけどね」
「……!」
エミルは思わず息をのみ、目を見開きました。
たしかにそれは、とんでもなくすごくて、そのうえ便利な能力です。さらに、これで前の冒険のとき、なぜロウランが事件に関わる人物の個人情報をあれほどくわしく知っていたのか、その理由にも合点がいきます。
「……どうやら、キミが抱えていた疑問にも答えられたみたいだね。前の冒険のとき、いつか教えてあげるって約束しただろう? だから、この機会にそうすることにしたんだ」
エミルは思い出しました。たしかに前の冒険の終わりごろ、そう約束してもらったことを。ただ、そのあとに起きたことで頭がいっぱいで、ふり返る余裕がなかったのです。
「でも、これって……ほかの人は知ってるんですか?」
「知っているのはシオリとデックス、それに一部のマスターウィザードだけだ。ちなみに、キミのお姉さんはその中に含まれていないよ」
「そ、そうですか……」
エミルの頭の中には、エイルお姉ちゃんのお気楽な笑顔が浮かんでいました。
「あ、キミもこの件は他言無用でたのむよ。あまり大勢に知られるとめんどうだ。ドロボーとかプライバシーとかで、法的にもうったえられかねないからね」
ロウランは、しーっと人差し指を立てました。
「は、はあ……わかりました」
この感じだと、マスターウィザードの中でとくに秩序を重んじるウォルターには話してないんだな、とエミルは察しました。
「……ところでこの魔法、もしかしたらわたしにも使えるようになるんですか?」
エミルは、期待をひめたまなざしでたずねました。
いつでもどこでも、好きな本が自由に読めるなんて、ぜひとも使ってみたいと思ったのです。
「残念ながら、分身のビブリアードにそれだけのチカラはないよ。もちろん、キミと分身が成長すれば、可能性はあるが……やめたほうがいい」
「どうしてですか?」
「キミもウィザードなら知ってるはずだ。強い魔法には、それだけ大きな代償が必要になるってことを」
エミルはハッとしました。
ワンダーに魔法を使ってもらうときも、ウィザードである自分のマナを分け与え、消費します。それが、魔法のいちばん基本的な代償です。
ですが……むかしむかし、ウィザードという存在があたりまえになる前は、より強いチカラを引き出すために、より大きな代償を払っていたと、歴史の本で読んだことがありました。そう、たとえば髪の毛や指など、自分の体の一部……
「王国じゅうのすべての書物をのぞき見て、さらにはその所在地まで知ることができる。まさに反則級といっていい魔法だ。私のマナをすべて使っても、とても足りるもんじゃない。だから私は……」
ロウランは、その大きな代償の内容を、エミルにそっとささやきかけました。
それを聞いたエミルは、今夜いちばんのおどろきを味わったのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、 ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




