第35話 大樹の図書館
ふわりとしたふしぎな浮遊感とともに、エミルとシオリは瞬間移動を終えました。
夜の闇の中、うっすらと見える足もとには、きれいに刈りそろえられた芝生。ふと見上げると……
「ここは……大樹の図書館?」
それは、何度もおとずれたことのある、見おぼえのある大樹でした。ギルド・"大樹の図書館"の拠点であり、王国一の大図書館でもある、あの木です。
わたしの知ってる場所なら、なにも瞬間移動の魔法なんて使わなくても……と、一瞬思いました。けれど、王都は広いのです。姉妹の家からここまでは、歩くと数時間はかかる距離でした(ふだんはたいへん足の速いシロの背に乗って移動するので、気づきにくいのですが)。なら、やっぱり便利なものだと思い直すエミルなのでした。
「正確には、その裏側です」
シオリはパートナーの【ブックマ】を指輪にもどし、そう言い足しました。
たしかに、木そのものには見おぼえがありますが、まわりの景色はまさに裏道といった感じで、新鮮に映ります。
「こちらにどうぞ」
シオリは大樹に歩み寄り、こんこんと木の幹をノックしました。
すると……なんということでしょう。
シオリがたたいた箇所を中心に、木に大きな穴がぽっかりとひろがったではありませんか。
「わあ」
エミルは思わず声をもらします。深夜なので、おさえた声で。
シオリはとくに反応することもなく、すたすたと穴の中へ入っていきました。
エミルもあわてて、そのあとを追いかけます。
エミルが穴に入った瞬間、それを確かめたかのように、穴はしゅっとふさがりました。
☆ ☆ ☆
「うす暗いので、注意してくださいね」
前を歩く案内役のシオリが、振り返らずに言いました。
穴の中は、木をくりぬいたような、細長い通路になっています。さながら、非常用の隠し通路といったところでしょうか。あかりはありませんが、かろうじて足もとは見えます。これも、魔法によるものなのでしょう。
大樹の図書館は、王国一の蔵書量を誇っていますし、守りたいヒミツもさぞやたくさんあることでしょう。こんな通路も、たしかに必要なのかもしれません。
エミルがシオリのあとをついて歩くこと、数分ほど。
目の前に、かざりけのない丸いドアが一枚、ありました。
シオリは、またこんこんとドアをノックします。
「館長。エミルさんをお連れしました」
「どうぞー」
ドアの先から、聞きおぼえのある女性の軽い声が返ってきました。
シオリがゆっくりとドアを開くと、その奥にいたのは……
「やあ来たね。妹ちゃん。ようこそ、私の隠し部屋へ」
安楽イスにふんぞり返って、冒険物語の本を読んでいるロウランの姿でした。
「えーと、おまねきいただき、ありがとうございます……って言うべきなのかな?」
エミルはまだ状況がいまひとつ飲みこめず、とまどいがちに言いました。
「シオリ、ありがとうね。用事が終わるまで、ここで待っててくれるかな」
「はい、館長」
シオリはぺこりと一礼すると、近くの机に座り、読みかけの本をひらきました。
エミルは、その様子をぼんやりと眺めています。
「あの子はシオリ。私の秘蔵っ子さ。この隠し部屋に住んでるんだよ」
「秘蔵っ子? この部屋に住んでる??」
ナゾがまたひとつ増えて、エミルはこてんと首をかしげました。
「まあその話は、いずれ本人から聞くといいさ。あの子も、キミには興味を持ってるみたいだから。でなきゃ、積極的に協力なんてしなかったろう。……さあ、おいで」
ロウランはイスからぴょんと飛び起きて、本をふところにしまうと、すたすたと隠し部屋の奥へ歩いていきます。
「え? ここで話をするんじゃないんですか?」
「ここはシオリの部屋だからね。キミとおはなしする場所は、べつに用意してある。いいから、だまってついておいで」
「……はい」
眠気のせいもあって、なにがなんだかやっぱりわかりませんが……エミルはとりあえず、言われるがままロウランについていくことにしました。
☆ ☆ ☆
ロウランとエミルは、さっきの通路と同じく、木をくりぬいたような空間を歩いていました。
今度は、地下へ地下へとつづくらせん階段です。降りるたびに、ホタルのようなふよふよとした光の球体が、ふしぎとあたりを照らしていきます。
エミルは、気になることがいっぱいありましたが、"だまってついてこい"と言われた以上、口をはさみませんでした。エミルは、まじめな女の子なのです。
「……着いた。ここだ」
最下層にたどりつくと、そこにはまた一枚のドアがありました。
ただし今度のドアは、表面に魔法陣が描かれています。まるで、その先の部屋を封印しているみたいに。
ロウランがそっと手を触れると、魔法陣はふっと消えていきました。これがきっと、カギが開く合図なんだろうなと、エミルは理解しました。
ドアが開かれ、中へ通されます。
エミルは、緊張でうまく足が動きません。
感じるのです。この封じられた部屋が放つ、ただならぬ雰囲気を。おいそれと立ち入ってはならないと、体がうったえているようでした。
それでもエミルは意を決して、部屋の中へ足を踏み入れました。
すると――
「……!」
エミルは、声にならない声をもらしました。
床、壁、天井……部屋のすべてが、無数にからまった木の根でできています。そして中央には、これまた木の根でできた巨大な柱が一本、そびえていました。その中心には、大きな黄色い光る球体がからみついています。
「……これが、"大樹の図書館"の心臓部……この大樹のコアルームだ」
「コアルーム……あの柱にからまってる球体は、この木の核ってことですね」
エミルは、教えられずともそう直感していました。
なぜなら、あの光る球体からは、はかりしれない生命の輝きを感じるものですから。
けれどエミルは、前に同じものを見たおぼえがありました。それは……
「……王宮で見た"アステール"の結晶と、同じものに感じられたかい?」
ロウランが、エミルの心を見透かしたように言いました。
アステール――はるか昔、このアストライト王国の大地に落下し、この国の名前の由来にもなった、ふしぎなチカラと莫大な生命力を秘めた隕石のことです。
そのチカラたるや、死の大地と呼ばれていたこの地を、命あふれる自然豊かな大地に生まれ変わらせたといわれるほどです。
エミルは、前の冒険で友だちになったこの国のお姫さまから、そのアステールを見せてもらったことがあるのです。そのときと似た感動を、こんなところでまた味わうことになるなんて、思ってもみませんでした。
「この大樹は、アステールの落下地点にいちばん近く、もっとも強い生命力を宿していた木だ。だから、アステールの影響を強く受けて、同質の生命エネルギーを持つようになったといわれているんだよ」
「へえ……」
気のない返事に聞こえますが、エミルはおバカな姉エイルとちがって、ちゃんと話を聞いていました。ただ、大樹の核が放つ輝きに目をうばわれて、言葉を返すところまで頭が回らないだけです。
「そのせいか、大樹自体も丈夫になっちゃったみたいでね。火がつこうが雷が落ちようがびくともしなかった。だからむかしの人は考えた。この大樹の中に図書館を作ろう、この国の知識を、ずっと先の未来まで残すために……ってね」
「そのために、そんな大樹をくりぬこうなんて、とんでもないこと考えますね」
エミルは、くすっと苦笑いしました。
そのときです。
『ふふっ。残念でした。くりぬいたわけじゃない。私が作りかえたのよ』
どこからともなく、おっとりとした女性の声が響いてきました。
当然、ロウランのものではありません。少女のような見た目の彼女にしては、声がオトナっぽすぎますもの。
「だれ!?」
エミルは身がまえて、まわりをきょろきょろ見回します。
すると、大樹の核の前に、緑色の光の粒子がふわふわと集まっていきました。
それは人の形になり、たいへん美しい女性の姿へと変わっていきます。
「精霊……?」
エミルはその姿に目を見張り、思いついた正体を口にしました。
「紹介しよう。彼女はこの大樹の大精霊【ビブリアード】。……私のパートナーだ」
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