第34話 深夜の密会
「うわあ~! かわいい~!」
「【ヒマワリス】のサフラっていうの。ちっちゃいけど、シロンに負けないくらい、すごいパワーを秘めてるんだから」
『からだはシロンのほうがおっきいんだから、まけないよ!』
王都に戻ってきたエミルとシロンは、ラナのてのひらにちょこんと乗ったリス型ワンダーと、たわむれていました。もう、彼女とはすっかり友だちです。
最初はラナをこころよく思っていなかったシルヴィアも、いまはすっかり打ち解けたようすで、サフラのほっぺを指先でちょんちょんとつついています。
シルヴィアの故郷は、おひさまのめぐみをたっぷり受けた森でした。手に大きなひまわりを持つサフラに、親近感がわいたのかもしれません。
そこへ、師匠であり、世話役でもあるミリアムが、まじめな表情で話しかけます。
「それで、ラナ。あんたが本当はワンダーを殺したくないってことははっきりした。これからどうする? ベーオウルブスをやめたいっていうなら、あたしから団長に……」
「いえ……ギルドはつづけます」
ラナは同じくまじめな表情で、きっぱりと言いました。
「へえ、どうして?」
ミリアムが冷たく目を伏せてさらに問うと、ラナはふりしぼるように言葉をつむぎます。
「ワンダーを殺したくないって気持ちは本物でした。けれど、パパやママを殺したような、凶暴なワンダーを見すごせないっていう気持ちも、本物なんです。あたしのいちばんの気持ちは……あたしみたいな思いをする人を出したくないってことなんです」
ラナは、ちらりとエミルの顔を見ます。
「エミルも、ワンダーを殺したくない側の人間なんですけど……いざとなれば、大切なものを守るために、そうすることをためらわないっていう強さも持ってます。あたしもそれを見習って、あたしの道を進もうって思ったんです。だから……やめません!」
弟子であり、妹分でもある少女の真剣なまなざしを見て、ミリアムは満足そうにふっと口もとをゆるめました。
「……わかった。そういうことなら、ひきつづきあたしが、ビシバシ面倒見てあげる。でも、覚悟しろよ。こっからは、マジできびしくいくからな」
「はいっ! のぞむところです!」
ラナは笑顔で、びしっと背筋を伸ばしました。
「……いい感じでまとまって、よかったね」
エミルは、やわらかくほほえみました。
シロンとシュガーもにこにこ笑顔です。シルヴィアも、銀色の髪をきらりと光らせて、女神さまのように美しく笑っています。
そして、ラナのてのひらの上の相棒、サフラも。
「……それで妹ちゃん。あたしが投げておいてなんだけど、黒竜の件はまかせても平気なんだね?」
ミリアムは、クリスティーヌに抱かれてすやすや眠る黒竜の子を見て、たずねました。
「はい。ロウランさんなら、きっといい知恵を貸してくれると思うから」
「あー、あの御仁かー……あたし、ニガテなんだよなー……」
ミリアムはげんなりとした様子で言いました。本気で苦手にしているのが、はっきり伝わってきます。
……口には出しませんが、エミルだって、ちょっぴりロウランが苦手ではあるのです。
「ま、たしかにあの人にまかせときゃ安心だね。っていうか、これって丸投げじゃないの?」
ミリアムは、にやりといじわるっぽい顔をして、エミルと目線を合わせました。
「わたし、お姉ちゃんの妹ですから」
エミルは悪びれないふうで、ちろりと舌を出しました。
ロウランには、何度も家に不法侵入された借りがあります。だから、彼女にめんどうごとを押しつけるのも、苦にならなくなっているのでしょう。それに実際、エミルの知り合いでいちばんたよりになるオトナは、彼女なのですから。
「万が一親が襲ってきても、責任もって私がやっつけちゃうから、平気だよ」
エイルは自信まんまんな顔で言いました。
「おーおー、たのもしいねえ、"巨獣狩りの剣星"さま。じゃ、あたしたちは帰るよ。また会おうね、妹ちゃん」
「エミル、シロン、またね。今度は仕事じゃなくて、ゆっくり話しましょう」
「うん、ラナも元気でね」
エミルたちは、去っていくミリアムとラナを、手をふって見送りました。
そして、その足でふたたび"大樹の図書館"へと向かいました。
☆ ☆ ☆
……が。
「ロウランさん、いまはいそがしいんだって」
エミルたちみんなは、しょんぼりと肩を落としました。
ロウランもマスターウィザードで、王国の知恵袋みたいなところもあります。そもそも、ヒマなときなんてめったにないことでしょう。
「ムリもありませんね。盗賊団に殺人と、この短いあいだに事件つづきですし……」
クリスティーヌがぽつりとつぶやくと、エイルはどこかせつなげに目を細めます。きっと、ダルベールのことを思い出してしまったのでしょう。
エミルは、クリスティーヌに抱かれた黒竜の子を見つめながら、なにか考えこみました。
『どうしたの?』
肩の上のシロンがたずねます。シルヴィアは、考えごとをするエミルの横顔に、ぽーっと見とれているようでした。
「……お姉ちゃん。きょうのところはもう帰ろう。わたし、疲れちゃった」
『シロンも、おなかぺこぺこ~!』
『わたしも、いろいろあってへとへとです~……』
シロンとシュガーは、そろってエミルの両肩で、ぐて~っと体を伏せました。シルヴィアは、まだまだ元気そう。すらりと長い手足に、引きしまった抜群のプロポーション。さすが、日ごろから鍛えているだけのことはあります。
「ん、エミルが言うならそうしよう。もうそろそろ、日も暮れるしねえ」
「そうですね。もうお子さまは、おうちに帰る時間です」
黒竜の子を抱くクリスティーヌも、姉妹にうなずいて、やさしくほほえみました。
気がつくと、空はすっかりオレンジ色に染まっています。
こうして一行は、夕焼けの道を、自分たちの家へと帰っていきました。
☆ ☆ ☆
……みんなが寝静まった、深夜0時ちょっと前。
エミルは、自分に抱きついて眠るシルヴィアの腕を、そっとほどきました。ナイトドレス姿の彼女は、しあわせそうな寝顔で、すーすーと寝息を立てています。銀色の髪がシーツの上にさらりとひろがって、まるで絵本のお姫さまのよう……実際、ダークエルフのお姫さまなのですけれど。
エミルはパジャマを脱いで、ふだんのローブに着替えました。
そして、ベッドで眠るシロンとシュガー、そしてシルヴィアを指輪の中に収納し、クッションの上で眠りつづけている黒竜の子を、カバンにそっと入れます。
「……いってきます、お姉ちゃん」
身支度を終えたエミルは、同じベッドの上で爆睡しているエイルに小さくあいさつすると、こっそりと家を出ました。
「……おむかえにあがりました、エミルさん」
家を出てすぐの街灯の下に、ひとりの少女が立っていました。
さらりとした、透きとおるような薄紫色のロングヘア。大きな丸メガネの奥には、やわらかなマゼンタ色のつぶらな瞳がのぞいています。深緑色のベレー帽とローブを身につけた、女の子でした。背たけも顔つきも、エミルと同い年くらいに見えます。
――けさの会議が終わったあと、ロウランがエミルに手渡した一枚の紙きれ。中には、こう書かれていました。
"キミだけに話しておきたいことがある。むかえの者をよこすから、深夜0時にひとりで家を出ろ。この件はキミのお姉さんふくめ、他言無用でよろしく"
……それは、ロウランとの密会の約束。夜にはどうせ会えるとわかっていたからこそ、エミルは夕方、早めに引き返すことにしたのです。
ロウランがどうして自分だけにこんな話を持ちかけたのかは、わかりません。けれど、エミルにもロウランに話したいことがありますし、黒竜のこともあります。ことわる理由はありませんでした。
「こんばんは。あなた……"大樹の図書館"の人ですよね?」
エミルは女の子にたずねました。
女の子のローブの左胸には、"大樹の図書館"の紋章が刺繍されています。
「はい。私はシオリともうします。館長・ロウランさまのご命令で、あなたをお連れするよう、もうしつけられました」
女の子――シオリは、ひかえめでやわらかい声でこたえました。
「よろしく、シオリさん。それで、わたしはどこに行けばいいのかな?」
エミルは初対面の彼女にも、にこやかにたずねます。シオリの雰囲気はとてもおだやかで、警戒する必要はまったくないと感じたからです。
「あ……おまかせください」
シオリは、左手の指輪からワンダーを召喚しました。
まるでテディベアのようにふわふわした見た目の、本を抱えた紫色のクマ型ワンダーです。
「こ、このコは【ブックマ】くんといいます。ブックマくんの魔法で、あなたを約束の場所まで瞬間移動させるのが、私の役目です」
「瞬間移動の魔法……すごい、そんなのが使えるんだ!」
エミルが向けたあこがれのまなざしに、シオリはほおをぽっと赤く染めました。
瞬間移動の魔法とは、文字どおり、人やものをちがう場所へ一瞬で送りとどける、たいへん便利な魔法です。これをあつかえるワンダーとウィザードの組み合わせは、かなりめずらしいとされています。
シオリはすぐに、ふるふると首をふって我に返り、ふところから取り出した杖をかまえました。
「で、では、準備はよろしいですね?」
「うん。いつでもいいよ」
エミルがうなずくと、ふたりのまわりに緑色の光がくるくるとうずを巻きます。
「《ブックマークリープ》!」
シオリが杖を振り、ブックマが本をぱらりと開いた、その瞬間――ふたりと一匹の姿は、またたくまにその場から消えたのです!
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