第33話 ひとまずは、一件落着……?
『なにこのコ!? シロンみたいにちっちゃくなっちゃった!』
シロンはおめめまんまる、おくちあんぐり、びっくり仰天です。
ついさっきまで命がけの死闘をくりひろげていた【ブラックドラゴン】の正体が、自分と同じチビドラゴンだったなんて。おどろくのも、むりはありません。
「このコも、《進化変身》させられてたんだ……」
エミルはそう推測しました。
"隷属の首輪"で人間のあやつり人形にされていたのなら、コマンドで命じられていてもおかしくはありません。
「変身がとけたせいかな、もぎとった翼も消えちゃったよ。売ればいいおカネになっただろうになー」
ミリアムは黒竜の翼が落ちていた地点を見つめて、残念そうに言いました。
そのひとことで、エミルははっと思い出します。思いがけない黒竜の変化に気をとられて、つい忘れてしまっていたのです。翼がもがれたままの小さな黒竜に、首すじにまだ痛々しいかみ傷が残るシロンのことを。
「そうだ……傷を治さなきゃ! レッディ!」
そして指輪から、オレンジ色の不死鳥【ソルフェニックス】のレッディを呼び出します。
「ドラゴンに妖精にウルフ、美人のダークエルフにくわえてフェニックスって……妹ちゃん、どんだけワンダーに愛されてんのよ……」
空へと舞いあがるレッディを見あげながら、ミリアムはぽかんと口をあけています。美人だなんて言われて、銀髪をさらりとゆらした長身の美少女は、抜群のプロポーションをもじもじとちぢこめていました。
離れた位置から、クリスティーヌとともに見守っていたラナも、同じようにあっけにとられた顔です。
『クエーッ!』
レッディは高らかに声をあげると、全身からやわらかな炎をふりまきました。
これは《再生の炎》。ワンダーの傷をほぼ全快させる、奇跡のチカラです。やさしい炎の光が、岩だらけの山あいをあたたかな橙色にそめていきます。
シロンの首すじのかみ傷や、全身のツメあとが、みるみるきれいに消えていきました。
『おー! いたいの、とんでった!』
【ブラックドラコ】のほうも、エイルとミリアムにもぎ取られた小さな翼が、もとの形によみがえっていきます。
「まったく、たいしたもんだわ……」
ミリアムは感心したようにつぶやきました。炎はミリアムとエイルにもふりそそぎ、戦いのあとの痛みや小さな傷を消してくれます。ふたりとも目立った大ケガはしていませんでしたが、再生の炎はワンダーとちがって人間にはいまひとつ効きが悪いので、それでもじゅうぶんでした。
「ありがとうね、レッディ!」
エミルはお礼を言うと、レッディを指輪の中にもどしました。
レッディはまだ生まれたばかりで、再生の炎を使うと、ひどくつかれてしまうのです。ですから、短い時間に何度もは使えません。
「……で、コイツ、どうする?」
エイルは、傷が治った【ブラックドラコ】……黒竜の子を、首をかしげて見下ろしました。
黒竜の子は傷こそ治ったものの、体力まではもどっていないようで、ぐっすりと眠りこんでいます。
「流れでつい生かしちゃったけど、ホント、どうしたものかしらねえ……」
ミリアムも、くせっ毛をわしわしとかきまわして、困ったようにうなりました。
『つれてかえっちゃえば、いいんじゃないの?』
シロンはのんきに言いましたが……
「甘いわね、白いおチビちゃん。子どもがいるってことは、親がいるってことよ。これがどういうことか、わからない?」
『わかんない!』
シロンの即答に、ミリアムはずっこけました。
「すみません、この子、天涯孤独の身の上だから……」
エミルはすかさずフォローを入れました。
「そ、そう……まあ、とにかく。ドラゴンは屈強な種族のせいか、なかなか子どもが生まれなくて、そのぶん子どもを大事にするのね。だから、いまごろたぶんこのコの親が、泡を食って探してるはず。そしたらあたしたちは、すぐに誘拐犯にされて、今度こそジ・エンドよ。成体の【ブラックドラゴン】の強さは、子どもの比じゃないんだから」
シロンはぞくっとしました。
いましがたこの黒竜の子に殺されかけただけに、親竜の恐ろしさがありありと想像できてしまうのです。
そこへ、ラナを連れてこちらにやってきたクリスティーヌが口を開きました。
「私も、聞いたことあります。むかし、【レッドドラゴン】の子どもをつかまえた若者たちの村が、親竜の報復を受けてほろびたという話を」
その話を聞いて、シロンはさらにぞくっとしました。
シルヴィアも、エミルのローブのすそをぎゅっとつかみます。
「そう。このコを王都に連れ帰ったら、同じことが起きる。真の【ブラックドラゴン】が相手なら、マスターウィザードが束になってもやばいかもね。とにかく、大惨事は避けられない」
ミリアムは神妙な顔つきで言いました。
『で、では……ここで命を奪うのが正しいというのですか? せっかく、エミル様がお助けになったのに……』
シルヴィアは、オレンジの瞳をうるませてうったえました。
ミリアムは、さらにがしがしと頭をかきむしります。
「……いや、もうこのコとカチ合っちゃった時点で詰んでるわよ。殺したら殺したで、親竜がカタキ討ちに来るだろうし……ここは王都から近いから、連れて帰らなくても、犯人は王都の人間だってアタリをつけられちゃうわ。ホンットやってくれたわよ、黒竜を隷属させた犯人は!」
「よくわかんないけど、じゃあ連れて帰ってオッケーってことだよね」
エイルはしれっと言いました。
「……まあ、とどのつまりは、そういうこと!」
ミリアムがやけくそぎみに言うと、エイルはほっと表情をゆるめました。
「よかったー、このコ、なんかシロンに似てるから、殺すのはイヤだったんだよね!」
『なにいってるの、おねえちゃん! こんなコ、シロンとはぜんぜんにてない!』
「いやいや、似てるって。ちっこいところとか、ちっちゃいところとかさ!」
『それ、どっちもおんなじじゃん! てゆーか、シロンはちっちゃくない!』
エイルとシロンがそんなほほえましい言い合いをしているあいだに、ミリアムはエミルに言いました。
「そういうわけだから、このコの面倒は妹ちゃんが見ること。言い出しっぺなんだから、とーぜんよね?」
「はい……そのつもりです。いちおう保護のしかたについても、考えてますから」
エミルはきりっと表情を引きしめ、黒竜の子をそっと抱きあげました。
『これにて一件落着……その前に、ミリアムさんにはお聞きしたいことがあります』
シルヴィアが、ぎろりと目をつりあげてミリアムをにらみました。長い脚をすっくとのばした立ち姿は、にらんでいてもほれぼれするほど美しく、見た目だけなら迫力満点です。
「わかってるよ。ラナを連れてきた理由でしょ?」
『ええ。彼女のせいで、エミル様は危険な目にあったのですから。お答えしだいでは、お義姉さまのご友人であっても、ゆるしません』
シルヴィアは、ぎゅっとこぶしをにぎりしめます。しなやかで引きしまった腕に、ぽこっと力こぶが盛りあがり、ぴきっと血管まで浮かびました。
その剣幕におされたわけでは、まったくないのですが、ミリアムは困り笑いを浮かべました。
「それについては、ホントにゴメン。でもね、この子の今後のためにも、必要なことだったのよ」
ラナはうつむいて、目をそらしたままです。
シルヴィアがまたけわしい顔になりますが、エミルがそっとなだめました。すると、ミリアムは気をとりなおしたように続けます。
「ラナの名誉のために言っておくけどね、才能はほんとうにあるの。けどまあ、ちょっとした問題があってね……」
「……いいです、ミリアムさん。ここからは、あたしが自分で話します」
ラナはミリアムの話をさえぎって、エミルに向き直りました。
姉の七光りだけだと思っていたエミルに、あれだけの差を見せつけられたのです。自分だって負けていられない。そんな思いからでしょう。
「……あたしの両親は、ワンダーに襲われて殺された。だから、ワンダーを殺す側になろうと思って、12歳になってすぐ、ベーオウルブスに入った」
エミルとシロンは、はっと息をのみました。
ラナの表情と声から伝わってくる、ワンダーへの強い憎しみ……それは、ふだんからワンダーとなかよく暮らしているふたりが、いままでに感じたことのないものでした。
「ギルドに入ってからは、エイルお姉さまのご友人であるミリアムさんのもとで、訓練に明け暮れたわ」
「エイルお姉さま……」
エミルは小さくくりかえしながら、ラナのエイルへの尊敬の強さを感じとりました。
エイルは"巨獣狩りの剣星"なんて二つ名がつくほどワンダーを狩っているので、ワンダーを殺したい彼女にとっては、なるほど、あこがれの的にふさわしかったのでしょう。
「でも……ミリアムさんは、"才能がある"と言ってくれるのに、一度も実戦に出してくれなかった。あたしはもう、ギルドのほかの団員にも負けないくらい強いのに、いつでも、どんなワンダーだって殺してみせるのに……どうしてなのかもわからなくて、ずっとモヤモヤした気持ちをかかえてた」
ラナの独白をだまって聞いているミリアムは、遠い目をしています。
「今回、やっとはじめての討伐に参加させてもらえて……それも、超大物の黒竜退治で、エイルお姉さまといっしょの任務……おまけに、姉の七光りで調子に乗ってるあんたの鼻をあかしてやれる、一石三鳥の大チャンスだって思った。けど……」
そしてラナはうつむき……こぶしをふるわせ、まんまるな目に涙をにじませて、ぽろりとこぼしました。
「……黒竜と向かいあったとき、やっとわかった。あんたは七光りなんかじゃない、ホンモノの聖女だってこと。そして……ミリアムさんがあたしを実戦に出さなかった理由も……それは……」
ラナが言いかけたとき、エミルは彼女の手を、そっとやさしくにぎりました。
「それは、あなたが……ワンダーを殺したいと思ってる反面……ワンダーのことが、ほんとうは大好きだから、だよね」
そのやさしくつつみこむような笑顔と、すべてを見透かすような青い瞳に見つめられて、ラナははっと目を見はりました。
「ラナが動けなかったのは、黒竜が怖かっただけじゃない。殺したいと思ってたはずのワンダーを、殺したくないって気持ちで板ばさみになってたから、でしょ?」
その言葉を聞いて、うしろで見守っていたミリアムは、ふっとほほえみました。
また、エミルに感心しているのでしょう。初対面からまもないのに、ラナの心の内を見ぬいた、そのするどい観察力に。
ラナは、涙をぽろぽろ流しながら、言いました。
「……そうよ……あたしはワンダーが好き。殺したくなんてない。でも……殺したいと思わなきゃ、パパとママが死んでから、ずっと耐えられなかった……」
エミルは、そんな彼女の肩に、そっと手を置きました。
「……うん。わかってた。だってミリアムさん、ラナには才能があるって言ってたもんね。ウィザードの才能は、ワンダーとどれだけ深い絆を結べるか。わたし、そう信じてるから」
ミリアムは、エミルが尊敬する大好きな姉、エイルの友人です。それなら、その感性は自分たちと近いものにちがいない、とエミルは信じていました。
「……エミル……ごめん……冷たくして……迷惑かけて……あなたたちの魔法……すごかった……」
ラナは、泣き笑いの顔で、エミルのことをすなおにほめました。
「だいじょうぶ、気にしてないよ。ありがとう。今度はラナの魔法、見せてね」
エミルもまた、やさしい笑顔で返します。
"雨あがりの聖女"……その二つ名の由来は、この、あたたかな笑顔なのかもしれない……ラナは、そう思わずにはいられませんでした。
「シロンの頭、なでる? 気持ちがおちつくよ」
エミルは眠る黒竜の子をそっとクリスティーヌにあずけ、かわりにシロンをだっこしてさしだします。
シロンのほうも、さあ、おなでなさい! と言わんばかりの、とくいげな顔です。
「……うん」
ラナは、涙のあとが残る顔で、そっとシロンの白い頭をなでました。
すべすべとなめらかな白い肌の感触は、エミルの言うとおり、とても心地よく、心がほっとゆるむものでした。
シロンも、気持ちよさそうに目を細めます。
シルヴィアは、その様子をながめながら、やわらかくほほえみました。銀髪がさらりとゆれ、褐色の肌に映えるその笑顔は、ため息が出るほどの美しさです。ラナをゆるし、自分からはもうなにも言うことはない、とでもいうように。
クリスティーヌも、満面の笑みでこの光景を見守っていました。
すこし離れたところでは、エイルとミリアムが話していました。
「……でもさ、いきなり黒竜退治やらせるなんて、ムチャだったんじゃないの?」
「あんたにしては、めずらしくまともな意見ね……」
ミリアムは目をまるくしました。妹と再会を果たして、エイルの中でなにかが変わったのかと思いました。
「……そうね。かなりの荒療治だったのは認める。あの子を妹ちゃんと会わせたかったし、でかい経験も積ませられる、ハイリスクハイリターンな賭けだったわ」
「ふーん、よくわからないけど、うまくいったんだから、よかったね」
「っていうか、あんたにムチャとか言われたくないんだけど。むかし言ってたよね、妹ちゃんを冒険に連れ出して、最初に行ったのがクマのすみかのハチミツ取りだなんて。とても4歳の女の子を連れていく場所じゃないでしょうが」
「あはははは」
「笑いごとか! ……ったく、妹ちゃんの苦労がしのばれるよ……」
雨降って地固まる……ラナとのわだかまりもとけ、一行は笑顔につつまれて、黒竜退治は幕を閉じたのでした。
それがさらなる騒動の引き金になることも、いまは心の片すみに置いて――
お読みいただき、ありがとうございました。
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