第32話 隷属の首輪
「……隷属の首輪!」
エミルは、その名を叫びました。
"隷属の首輪"……それは人間がワンダーをあやつり人形にするために作られたおそろしいアイテムです。
エミルはこれまでの冒険で、それを何度も目にしてきました。黒竜の首輪は、色や細かいデザインこそちがいますが、感じとれるイヤなマナの気配が同じだったことから、エミルはそうだと直感したのです。
「隷属……じゃあ、あの黒竜は、人間にムリヤリあやつられてるってこと!?」
ミリアムも状況をのみこめたようで、あわててエミルにたずねました。
「たぶんそう! だとしたら、やっつけるわけにはいかない……!」
エミルには、四年前に心に誓った信念があります。
それは、奪う必要のない命を奪わず、奪われる必要のない命を、奪わせないことです。
あの【ブラックドラゴン】が、ただ人間にあやつられているだけの存在なら、たとえ危険なワンダーだろうと、自分の意思ではない以上、討伐するわけにはいかないのです。
「でもさ、妹ちゃん。そうは言うけど、そいつはちょっとムリな相談だよ。まず、首輪をどうはずしたらいいかわからないし、倒しちゃダメって言っても、手加減できるような相手じゃない。なにより、あやつられていようがいまいが、黒竜はあたしたちの生活をおびやかす敵なんだから、生かしておく理由もない」
ミリアムは、きびしい顔と口調で言いました。
たしかに、彼女の言うことはもっともです。
けれど、それでも、エミルは。
「首輪は、わたしとシルヴィアではずせます! 倒さず動きを止めることも、いまのお姉ちゃんならできます! なにより……たとえ生かしておけない存在でも、自由を奪われたままにしておくのは、かわいそうだもの!」
そう、きっぱりと反論しました。
となりで見守っていたシルヴィアは、銀髪をさらりとゆらし、褐色のほほをぽっと染めて感激しています。
黒竜と対峙しているエイルも、誇らしそうに笑っていました。
ミリアムはバツが悪そうに、くせっ毛の髪をわしゃわしゃとかきました。
「……ああもう、君はやっぱり、エイルの妹だよ。メチャクチャなムチャ振りして、それを押し通そうとするところがさ!」
口では文句を言っていますが、その声はどこかうれしそうに上ずっていました。
「いいよ。そういうことなら、やってやろうじゃん! エイル!」
「まかせろ!」
ガキィン!
黒竜のツメをはじきながら、エイルは元気いっぱいこたえました。
エイルが黒竜をくぎづけにしているスキに、ミリアムはボウガンをかまえます。
「手っ取り早く無力化するなら……いちばんもろい部分、翼を落とす! 殺しさえしなきゃ、多少傷つけても問題ないよね?」
「……はい! かわいそうだけど……ある程度のケガなら、わたしが治せます!」
エミルのパートナーの一体、【ソルフェニックス】のレッディのチカラであれば、ワンダーの傷をほぼ全快させることができますからね。
「そんなことまでできるんだ。すっご……あたしは左を狙う! エイルは右ね!」
「わかった! ……でもちょっと、"ため"がいるよ」
エイルは黒竜から跳びのきながら返しました。
「そうね、あたしも。……妹ちゃん! 言い出しっぺなんだから、そのあいだアイツを引きつけて! 十秒ちょっとあればいい!」
「わかりました! 《スイッチ》! シロン!」
エミルはふたたび、シルヴィアからシロンへ、パートナーを瞬時に入れかえました。
そして、強い祈りをこめて、杖を振ります。
「いくよ! 《進化変身》!」
すると、シロンの体がまばゆい光につつまれ――その姿は、しだいに、金色の瞳をもつ大きな白竜へと変わっていきました。あの黒竜にも、引けをとらないサイズです。
進化変身は、コマンド技術のひとつ。パートナーの体にウィザードのマナをあふれるほど注ぎ、進化した姿に変身させる大技です。パートナーがそれに耐えられる体と、いまの姿のままではもてあますほどの強いパワーを、もともと持っていなければできません。
「わーお! ホンットおどろきばっかだ、妹ちゃん!」
ミリアムもびっくり仰天です。
『ガオッ!?』
黒竜はぐりんと首をめぐらせ、シロンに目を向けました。
体の奥に、本能に深く刻みつけられた、永遠の天敵――【ホワイトドラゴン】が突然、目の前にあらわれたのです。
黒竜はわき目もふらず、一直線にシロンへと飛びかかっていきました!
『うひゃあ! 来たあ!』
白竜に進化したシロンは、あわてふためきます。大きくなっても、舌足らずな言葉づかいが直るだけで、中身はほとんど変わらないのです。
「おねがい、飛んで! 逃げて! ふたりの攻撃の準備が、終わるまで!」
エミルが杖を振って指揮をとると、シロンは空へと舞いあがり、黒竜の攻撃をすんでのところでひらりとかわしました。
黒竜は、なおもシロンに迫ります。
いくら同じ大きさになっても、戦いのチカラでは、シロンは黒竜にとてもかないません。だから、注意を引きつけつつ、逃げて逃げて逃げ回るしかないのです。
エミルもまた、地上から杖で必死に指示を送ります。わずかでも集中が切れれば、大事な相棒の命にかかわるので、いつも以上に意識をとぎすませます。
そのあいだ、エイルとミリアムは、じっとチカラをためていました。
両手でにぎった大剣に、右手にかまえたボウガンに、空気がビリビリとふるえるほどの強い光が集まっていきます。
そして、長い長い十秒が、ようやくすぎようとしたとき。
ガブリ!
『ぎゃーっ!』
シロンはとうとう黒竜に追いつかれ、首筋にかみつかれて、悲鳴をあげました。
「シロン!」
エミルは、はっと目を見ひらき、悲鳴のような声でさけびました。
このままでは、かわいい相棒の首がちぎれてしまいます!
『お姉ちゃん! たすけてー!』
シロンは必死のあまり、泣きわめきながらエイルに助けをもとめました。
小さいころから、何度同じ叫びをあげたでしょうか。そして、そのたび……
「まかせろ!」
エイルお姉ちゃんは、いつだってその声にこたえてくれるのです。
「《マキシマムスナイプ》!」
ミリアムが叫び――
エイルがふりおろした黄金の大剣から、ミリアムのボウガンから、二発の閃光が放たれます!
ドン! ドォン!
閃光は黒竜の二枚の翼の付け根にズドンと直撃。すさまじい衝撃とともに、翼を根もとからもぎとりました。
『ガアッ……!』
背中を走るはげしい痛みに、黒竜は短くうめくと、その口をシロンの首筋からはなし、地上へドスンと落ちました。
「ふたりのほうが、よっぽどすごいよ……」
エミルは苦笑いをうかべながら、ほっとためいきをもらしました。
『ぷしゅ〜……』
シロンも同じように気がゆるんだのか、空気がぬけた風船のように体がしぼみ、もとのチビドラゴンにもどって、エミルの手もとへと落っこちてきました。
「おつかれ」
『こんかいは、ホントにしぬかとおもったよ〜……』
シロンは首筋から血をにじませながら、へろへろの声でつぶやきました。
エミルは、そんな相棒をねぎらい、手早く手当てをしてやると、落ちた黒竜を見すえました。
黒竜は、見るからに弱っていました。翼をもがれた影響は、思いのほか大きいみたいです。
ミリアムも、じっと黒竜をながめて確かめます。
「……狙いどおり、行動不能にできたみたいだね。じゃ、妹ちゃん。あとは君の仕事だよ」
「まかせてください!」
それは、姉エイルを思わせるたのもしい返事。
エミルはもう一度シルヴィアを呼び出して、すばやく、慎重に、黒竜のもとへと駆け寄りました。
浄化の魔法はシロンとも使えますが、隷属の首輪のような強い呪いを打ち破るには、パートナーの中でいちばん魔法技術の高い、シルヴィアのほうが向いているのです。
『グルル……』
黒竜はエミルたちの姿を見つけると、うなり声をあげて、おどすようににらみつけます。
シロンとシルヴィアは思わず身がまえましたが……エミルの心に、おそれはまったくありませんでした。
それは、黒竜にもう戦う力がないからでもありますが、それ以上に、エミルの心が"この子を呪いから解き放ってあげたい"という思いでいっぱいだったからです。
「シルヴィア、準備はいい? だいじょうぶ、わたしも、お姉ちゃんも、ついてるから」
『は……はい! おまかせください!』
シルヴィアは、抜群のスタイルの背すじをぴしっと伸ばしました。彼女もまた、恐怖以上の感情……エミルへの愛情で、心を満たされていたのです。
エミルは杖をかまえ、シルヴィアは両手を組み、祈りをささげます。
ふたりの体が、オレンジ色のあたたかな光につつまれていきました。
『グ……』
それを見た黒竜は、おだやかな気持ちになってきたのか、するどかった目つきがやわらぎ、そっと目を細めます。
そして、シルヴィアは長いまつげの下の、美しいオレンジの瞳をきりりとかがやかせると、両手を黒竜の首輪にかざしました!
「『《ソール・ディスペル》!』」
ピシッ……
すると、黒い隷属の首輪が、音を立てて砕け散り、あとかたもなく消えていきました。
そして……
『……あ!』
なんと、黒竜の姿が、みるみる縮んでいったのです。
そう、まるで……ついさっきのシロンのように。
やがて、巨大だった【ブラックドラゴン】は……シロンと同じような黒いチビドラゴン、【ブラックドラコ】へと"退化変身"したのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、 ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




