第31話 若き黒竜との戦い
「あれが……黒竜……!」
エミルは、ごくりと息をのみました。
【ブラックドラゴン】は、漆黒の翼をひろげ、みるみるこちらに近づいてきます。早く、早く動かなければ。
なのに、体が動いてくれません。黒竜の全身から放たれる威圧感に、すっかりすくんでしまっているのです。
それは、ラナはもちろん、クリスティーヌも、ミリアムまでも同じでした。
パートナーのシロンとシュガーも、頭までまっしろになってしまっている様子。シルヴィアも、自慢の長い脚を生まれたての小鹿のようにふるわせ、涙目でおびえきっていました。
このままでは、なにもできないまま、ただ全滅を待つばかりです。
しかし――そんな中でも、ただひとり、平常心をたもっている者がいました。
もちろん、我らがマスターウィザード……"巨獣狩りの剣星"、エイルです。
エイルは腰の二本の剣を引き抜くと、剣の精霊たちと合体させ、黄金と白銀に輝く剣を手に、地面を蹴って跳びあがりました。そして、空中の黒竜めがけて、斬りかかります!
ガキィーーーン!!!
「きゃあっ!?」
衝撃音とともに突風がまきおこり、エミルたちは悲鳴をあげました。
けれど、そのおかげで、動けなかったみんなも、はっと我に返ることができたのです。
「……ったく、先越されちゃったね!」
ミリアムは苦笑いを浮かべ、アームドを発動。【ガンバルチャー】のテルが変身したボウガンを、右腕に装着します。
同じく、メイドのクリスティーヌも、【クマロン】が変身したトゲトゲグローブを両手にはめました。
「シュガー! シルヴィア! いったん指輪にもどって! いくよ、シロン!」
『オーライ!』
エミルは、指揮するパートナーをシロン一体にしぼることにしました。シュガーはこくりとうなずき、シルヴィアは美しい顔をくもらせて、指輪の中へともどっていきます。
そしてエミルは、ふところから杖を取り出し、身がまえました。
しかし……
「あっ、あ……」
ラナだけは、引きつった顔で、かたまったままです。
まるで、なにをすればいいのかわからない、といった様子でした。
「!」
見かねたエミルが、ざっとラナの前に立ち、かばうように杖をかまえます。
そして、エイルが黒竜から飛びのき、岩壁ぞいの高台にひらりと着地したのを見はからって、いっせいに攻撃を開始しました。
ミリアムの矢、クリスティーヌの無数のトゲ、そして、エミルが杖を振るのに合わせて吐かれたシロンの火炎が、上空の黒竜めがけてゴウッと放たれます!
……が!
「やっぱ、効かないか!」
ミリアムはくやしげに歯をくいしばります。
黒竜のウロコは、ただでさえ硬いドラゴンのウロコの中でも、最高の硬さをほこるのです。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともせず、先ほどのエイルの一撃ですら、キズひとつついてはいません。
『ガアアッ!』
攻撃されたことに怒ったのか、黒竜は咆哮とともに、一行のもとへ急降下してきました。
「退避ーっ!」
ミリアムの必死の合図で、まず彼女とクリスティーヌが、左右に散開します。
エミルとシロンも、その場から離れようとするのですが……
「……!」
案の定、ラナはふるえたまま、動く気配がありません。
エミルはきりっと目を細め、とっさに判断しました。
「《スイッチ》! シルヴィア!」
エミルが唱えると、シロンの姿が光の粒子となって消え、かわりに、銀髪をなびかせた【ダークエルフプリンセス】シルヴィアが現れます。
《スイッチ》は、コマンド技術のひとつ。いま指揮しているパートナーを、指輪の中にひかえているパートナーと瞬時に入れかえる、高度な技です。
指輪を通じてエミルの意図を察したシルヴィアは、愛の力でおそれを振りはらい、しなやかに引きしまった両腕でラナとエミルをかかえあげると、すらりと長い美脚で地を蹴って、すばやくその場から跳びのきました。
急降下した黒竜のキバが、うなりをあげて空を切ります。黒竜は地面すれすれで翼をばさりとひろげ、ふたたび宙にとどまりました。まさに間一髪。あとほんの少し判断がおくれていたら、致命的な一撃を受けていたことでしょう。
「ありがとう、シルヴィア!」
『光栄です、エミル様! それより……』
シルヴィアは、右腕のエミルにはうるわしい笑顔でこたえるものの、左腕にかかえるラナには、整った眉をひそめ、うとましげな視線を向けます。
ミリアムは、ラナのことを「それなりにやる」と言っていました。ですが、いまの状況は、どう見ても足手まといではありませんか。
ミリアムのことは尊敬しているものの、やっぱり、自由奔放なエイルお義姉さまのご友人。なにを考えていらっしゃるのか、さっぱりわかりません。
ですが、いまはそんなことを考えている余裕がないことも、シルヴィアはちゃんとわかっていました。
シルヴィアがふたりを下ろすと、エミルはクリスティーヌに声をあげます。
「クリスティーヌさん! ラナをおねがい!」
「かしこまりました!」
クリスティーヌは即答し、まるで忍者のような身のこなしでエミルたちのもとまで駆けつけると、シルヴィアからラナを受けとって、さらに黒竜から離れます。
「あ……」
連れ去られる直前、ラナはエミルと目が合いました。
エミルは、やわらかなほほえみを浮かべています。こちらを責めているようには、まったく見えません。
ラナは思いました。どうして、あの子はあんな顔ができるのだろう、と。
この戦いにおもむく前まで、ラナはエミルに嫉妬していました。自分と同い年なのに、"雨あがりの聖女"なんてもてはやされて、しかも、あこがれのエイルの妹なのですから。
出発前、王都ではじめて顔を合わせたとき、その気持ちをはっきり態度に出して、冷たく当たりました。いまだって、こうして情けない姿をさらしているというのに、どうしてエミルは、自分にあんなにやさしい顔ができるのか、わからないのです。
そして同時に、思い知らされたのです。どんなに冷たい態度をとられても、どんなに危険な状況でも、あんな顔ができるエミルの心の広さに、自分はとてもかなわないのだ、ということを。
ラナはくやし涙を流しながら、クリスティーヌにかかえられ、戦場を離れていきました。
「……やれやれ、戦力が減っちゃったねえ」
ミリアムは、ごしっと顔のあせをぬぐって言いました。
「なに言ってんの。最初から、私たちふたりだけでやる気だったくせに」
高台のエイルは、きょろきょろと首をふって、散開した一行をさがす黒竜を見下ろしながら言いました。
「なーんだ、やっぱバレてたか」
ミリアムは、まったく悪びれずに、にかっと笑います。
エミルにも、ミリアムの考えがわかったようですが、かたわらのシルヴィアは、銀髪をさらりとゆらして、ちんぷんかんぷんといった様子で小首をかしげていました。
「不幸中のさいわいというか、情報どおり、あの黒竜はまだ若い。人間でいえば、十代なかばってところかな。あたしたちだけで、じゅうぶん相手にできるレベルだよ。一番乗りできて、よかった~」
ずいぶんと余裕のあるミリアムの言葉を聞いて、エミルは思いました。
たしかに、最初は黒竜の威圧感がすさまじく思えました。けれど、よくよく考えてみれば、それは黒竜の恐ろしさを伝承で聞いていたからこその、思いこみによるところも大きかったのかもしれません。
実際に襲撃をかわしてみると、これまでに戦った強大なワンダーたちとくらべて、そこまでの差は感じられないのです。もしかしたらあの威圧感は黒竜が生来持つものではなく、魔法によるものだったのかも……まあ、強敵であることに変わりはないのですけれど……
「つっても、あのウロコ、めちゃくちゃ硬いけどね。斬れると思ったんだけどなあ。"あのとき"みたいな調子、出ないや」
エイルは右手の黄金の剣を見つめながら、くやしそうに言いました。
"あのとき"というのは、前の冒険で、とてつもなく硬い相手を苦もなく斬ったときのことです。
ところがどういうわけか、いまは、そのときほどの斬れ味が出ていないようで、苦心している様子でした。
『ガアアッ!』
そんなやりとりをしている間に、黒竜がエイルめがけて、ふたたび襲いかかってきました。
どうやら、金銀ピカピカの剣が目ざわりで、ねらわれているようです。
「おっと!」
エイルはあわてずさわがず、黒竜の一撃を二本の剣で受け止めました。受け止めた衝撃で火花がちり、足もとの岩がミシミシとひび割れます。
「あいっかわらずすごいパワーだね。十メートルは軽く超えるドラゴンを受け止めるなんて……」
ミリアムがあきれ半分、感心半分につぶやいた、そのときです。
「どわーっ!」
ドガァーン!
エイルはふっとばされ、うしろの岩壁へ、ハデにたたきつけられてしまいました。
「……やっぱムチャか」
ミリアムは、あっさり前言撤回するのでした。
『……あら?』
すると、シルヴィアが黒竜を見上げ、なにかに気づいたように、小さく声をもらしました。
「どうしたの、シルヴィア?」
エミルがたずねると、シルヴィアは、ほっそりとしたきれいな指で黒竜をさしました。
『エミル様、あのドラゴンの首をよくごらんください。黒いウロコにとけこんで見づらいかと思いますが……なにやら、首輪がはめられているのです』
シルヴィアは、長い耳のとおり聴覚にすぐれていますが、森で育ったおかげで、目もバツグンにいいのです。宝石のようにきらめく、つり目がちのオレンジの瞳は、ダテではありません。
「えっ……?」
エミルははっとして、目をこらしてみました。
すると――シルヴィアの言うとおり、黒竜の首に、黒光りする輪がはまっていたのです。
ワンダーの中には、そばにいるシルヴィアのように、服やアクセサリーを身につけているものもたしかにいます。けれど、黒竜の首輪は、ひと目見ただけで、ちぐはぐな……あとから無理やりつけられたものだとわかるのです。
「あれは、まさか……」
これまでの冒険で、何度も見たおぼえのあるその形――
エミルは、おどろきに目を見開くのでした……
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