第30話 黒竜あらわる
姉妹たちは、ギルド"ベーオウルブス"の拠点の外で、ミリアムを待っていました。
なんでも、もうひとり同行させたい子がいる、とのことです。
「おまたせー!」
いきおいよくスイングドアを開けたミリアムのとなりにいたのは、エミルより少し背の低い女の子でした。
あかるいオレンジの短い髪を小さなサイドテールに結び、若草色のローブに身をつつんでいます。髪と同じ色の瞳はまんまるでかわいらしいのに、目つきだけはきりっとしていて、ひと目見た印象は、ひまわりのような女の子でした。
「この子はラナ。あたしがいまめんどう見てる子なんだ。後輩……弟子っていうか、妹分みたいなもんかな」
ミリアムが紹介すると、ラナは無言でぺこりと頭を下げました。
王国最高峰のマスターウィザード、エイルを前にして、すこし緊張しているようです。ほっぺたがほんのり赤くなっています。
「ん、よろしくね」
エイルが軽くあいさつすると、ラナはさらに顔をぼっと赤くしました。なんとも、わかりやすい反応です。
「わたしはエミル。よろしくね」
ところが、エミルがにこやかにあいさつした瞬間、ラナはじとっと半目になりました。
「……あなたが、ウワサの"雨あがりの聖女"?」
「そ……そうだけど?」
ラナのどこかトゲのある口調に、エミルは思わずたじろぎました。
ラナはそのまま、エミルの頭のてっぺんから、肩に乗るパートナーたち、つま先までを、じろじろと観察します。そして、ひととおり見終わると、ぷいっとそっぽを向いてしまったのです。
『なんですか、あの子。エミル様になんと失礼な……』
シルヴィアは美しい顔をしかめ、ぷるぷると肩をふるわせました。二の腕には、ぽこっと力こぶまで浮かんでいます。エミルは手をそっと出して、なだめました。
「ごめんねー、妹ちゃん。この子、根っからのエイルのファンでさ。たぶん、妹の君が気に入らないんだよ。エイルの妹ってだけで、ちやほやされてると思ってるのね」
ミリアムがフォローすると、かたわらのラナがキッと彼女をにらみつけます。よけいなことは言わないでください、と言わんばかりに。
『でもさー、そのコ、つれてってだいじょーぶなの? あいては、ブラックドラゴンなんだよ?』
シロンはいぶかしげな顔でたずねました。大好きなエミルにイヤな目を向けられて、イラッとしている様子です。
「だいじょうぶだよ。この子はそれなりにやる。保証するよ。それにこっちには、"巨獣狩りの剣星"さまもいるもんね。なにしろ、めったにない機会だ。師匠のあたしとしては、経験を積ませてやりたいんだよ」
ミリアムはそう言いますが、ラナは不服そうに横目で彼女を見ています。自分が低く見積もられているのが気に入らないのだと、だれの目にも伝わってきました。
エミルは、心配になってきました。
ミリアムの語るラナの実力を、うたがっているわけではありません。ラナが自分にギスギスした気持ちを向けていることが、このパーティーによくない形で作用するのでは、と思ったのです。
エイルやミリアムは気にしていないようですし、クリスティーヌはうしろでにこやかにほほえむばかり。はたから見れば、影響はなさそうなのですが……
――いやいや、わたしのほうがそういうことを気にしたら、よけいよくないよね。
エミルはそう思い直し、あらためて気を引きしめるのでした。
こうして一行は、黒竜退治へと出発するのです。
☆ ☆ ☆
黒竜の出現ポイントは、王都の西側にひろがる山岳地帯だそうです。
エイルたち五人を乗せた【ニュードウルフ】のシロは、そこをめざして疾走していました。ミリアムとラナが新たにくわわったものの、背の上はぎゅうぎゅうではありません。
「う、うひゃあっ!」
いちばんうしろでミリアムにしがみついているラナが、声をあげました。
巨大なオオカミの背に乗り、超高速で大地を駆けることに、慣れていないのでしょう。騎乗の魔法があるので振り落とされることはないのですが、そこは気分の問題なのです。
「おいおいラナー、こんなことでビビッてちゃ、黒竜を見たら、おしっこちびっちゃうぞ!」
ミリアムは振り向きながら、からかいまじりに言いました。
「た、高いのと速いのに慣れてないだけですっ!」
ラナは強がりぎみに言い返します。
シロの体高は、三メートル以上あります。ふつうの騎獣とくらべてもずいぶん大きいので、たしかに慣れは必要でしょう。
(エミル様は、一発で慣れましたのに)
エミルの指輪の中で、シルヴィアがとくいそうに心の声を響かせました。さっきラナがエミルにイヤな視線を向けたことを、まだ根に持っているようです。
(シロとは、わたしが生まれたときからいっしょだったもん。慣れてるのはあたりまえだよ)
エミルも心の中で、シルヴィアに語りかけました。
(エミル様は、平気なのですか? あの子に、あんなふうに見られて?)
(そりゃあ、いい気分じゃないよ。でもね、いまはそんなこと考えてる場合じゃない)
(そう……ですね。相手は、かつてない強敵なのですものね……)
(相手が強敵かどうかは関係ないの。冒険はどんなときでも命がけなんだから、いがみあいとか、よけいな気持ちに心をとらわれちゃいけない。シルヴィアにだって、おぼえはあるでしょ?)
シルヴィアは、ギクリとしました。
彼女もかつて、戦いのさなかによけいな感情を持ちこみ、自分どころかエミルまで絶体絶命のピンチにさらしてしまったことがあるのです。
(……もうしわけありません。わかりました。私も、エミル様をお守りすることだけを考えます)
(そうだね。シルヴィアは、それでいい。たよりにしてるからね)
(はいっ!)
おのおの、心の中でいろいろと折り合いをつけながら、一行は目的地へとたどりつきました。
「……よし、あたしたちが一番乗りみたいだね」
シロの背から降りたミリアムは、あたりを見まわしながら言いました。
草木の少ない、岩場の多い山岳地帯です。激しい戦いのあとは見あたらず、人の気配もありません。
「黒竜も……まだこのあたりには、見あたりませんね……」
エミルも緊張しながら、まわりを警戒します。
エイルもクリスティーヌも、同じように景色を見わたしていた、そのときでした。
『グルルル……』
『うううう……!』
シロとシロンが、キバをむきだしにして、うなりはじめたのです。
しかも、ふたりの金色の瞳は、まるでケモノのようにするどい光を放っていました。長くいっしょにいるエミルでさえ、こんな顔は見たことがありません。
ですが、だからこそ気がつくのです。ふたりがそんな形相になってしまうほど、おそろしいものの存在を感じ取ったのだということに。
「……!」
ひと呼吸おくれて、エミルたちにもすさまじい悪寒が走りました。
全身から汗がふき出して、止まりません。体が勝手にふるえはじめます。こんな感覚もまた、エミルには生まれてはじめてのものでした。
到着後、指輪から出してもらっていたシルヴィアも、自分の体をぎゅっと抱きしめています。銀髪の下のととのった顔は恐怖にゆがみ、褐色の肌は汗でびしょぬれ、白い歯はカチカチと鳴り、すらりと引きしまった長い脚は、がくがくと揺れていました。
ただひとり、エイルだけが平然とその場に立っています。彼女はキッと、上空を見すえていました。
そこには――
バサッ、バサッ、バサッ……
すべてを飲みこんでしまいそうな、漆黒の体を持つ竜が、大きな翼をはためかせ、金色の瞳でこちらをにらんでいたのです。
あれこそが、【ブラックドラゴン】――史上最強の呼び声高く、"ワンダー"という親しみやすい名前の範疇におさまらない……まさに、モンスターと呼ぶにふさわしい存在です。
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