第29話 黒竜退治にいこう!
「で、大物って?」
エイルがたずねると、ミリアムは即答しました。
「黒竜だよ」
『こくりゅー?』
シロンとシュガーは、声をそろえてこてんと首をかしげます。
ふたりを肩に乗せているエミルだけは、衝撃を受けて固まっていました。
「黒竜って……ほんとですか!?」
「目撃写真もある。まちがいないよ。若い個体だったけどね」
神妙な面持ちのミリアムと、青ざめたエミルの顔。それを見て、銀髪をさらりとゆらす美しいダークエルフ・シルヴィアは、ごくりと息をのみました。
『黒竜……それほどまでにおそろしい存在なのですか?』
彼女は森育ちの箱入り娘なので、外の世界のことにはうといのです。ドラゴンという種族についての知識は、あるのですけれど。
「あたしの中では、史上最強」
ミリアムはテーブルの上で指を組み、ニッと不敵に笑います。
黒竜……【ブラックドラゴン】と呼ばれるワンダーは、どんな武器や魔法も通さない無敵のウロコ、魔法金属さえ紙のように切り裂くツメとキバ、そして万物を一瞬で灰に変える息吹をそなえ、あらゆる伝承で最強の存在と語りつがれています。
『シロンのほうが、すごいけどね!』
ちなみに、シロンら【ホワイトドラゴン】とは、不倶戴天の敵……血に刻まれた、永遠のライバル関係ともされているのです。
「それでギルドの方々は、バタバタしているんですね……」
クリスティーヌは、まわりを見わたして言いました。
酒場のようなロビーに集まる団員たちは、だれもが装備を確かめたり、パートナーの調子を見たりと、準備に余念がありません。物々しい雰囲気です。
「そ。アイツらも黒竜の首を狙ってるからね」
「狙ってるって……その口ぶり、みんなで協力したりしないんですか?」
エミルは意外そうにたずねました。
黒竜は好戦的な性格で、人間もワンダーも見さかいなく襲いかかる、災害にひとしい危険な存在です。野放しにしておけば、人々のくらしや自然に大きな被害が出ることは、かんたんに想像できます。
エミルは、そんな相手にはみんなで力を合わせて立ち向かうべきだと考えています。ところがこのギルドの団員たちは、まるで早い者勝ちだと言わんばかりの空気で、エミルにはとても信じられないのです。
「妹ちゃんは、大人数のパーティーで、ワンダーと戦ったことある?」
「ええ、二回ほど……」
エミルは王都に来るまでの旅の中で、ときには居合わせたライバルたち、ときには心を通わせた仲間たちとともに、強大なワンダーに立ち向かったことを思い出しました。どちらもつらい戦いでしたが、いまとなってはいい思い出です。
「そのときの人数、どれくらいだったかおぼえてる?」
「多いときで、七人くらいでしたけど……」
「ギリギリの人数だね。ウチのギルド……ていうか、王都の暗黙ルールでは、パーティーを組むときは六人までって決まってるの」
「え?」
「むかしね、何十人もの大所帯で、一体のドラゴンを討伐したとき、そりゃもう数の暴力でやっつけたんだけど……あたり一帯の自然がメチャクチャになっちゃって、それにブチギレた土地の神さまの天罰で、パーティーの半数が死んじゃったんだって」
「う、うわあ……」
エミルたちは、顔を引きつらせました。
「……で、それ以来、二度と神さまを怒らせないように、大所帯でパーティーを組むことをひかえるようになったってワケ」
『くーかんまほうをつかえば、よかったのにね』
「何十人もの大人数の場合だと、今度は空間魔法のほうが耐えられないよ」
『そっかー……』
エミルにやんわりと提案を却下されて、シロンはしょんぼりしました。
「……まあ、というわけで、黒竜退治は早い者勝ちってこと。やられたらほかのパーティーに挑戦権が移って、倒せるまでそれをくりかえすって感じ」
ミリアムの解説を聞いて、エミルの胸には複雑な思いがうずを巻いていました。
理屈ではわかるのです。けれど、人々やワンダーのくらしに危機がせまっているというのに、名誉の奪い合いのような競争になってしまうのは、どうにもすっきりしないのです。
エミルのそんな思いを見すかしたのか、ミリアムはくすっとほほえんで言いました。
「……少なくとも、ウチのギルドの連中は、狩りというなりわいに誇りを持ってる。狩りの本質は自然との調和、つまり、そこに生きる命を守ることだからね。そりゃ名誉が欲しいって気持ちは、あたしもふくめてみんなあるけどさ、そのために大事なことをないがしろにしたりしないよ」
その言葉には、一本の強い芯が通っていて……エミルはハッとしました。
同時に、そんな人たちに納得できない思いを向けていた自分が、きゅうにはずかしくなったのです。
「……ごめんなさい。ここの人たちのことを、甘く見てました」
エミルは、ミリアムに深く頭を下げました。
「正直だね、妹ちゃんは。べつに、気にしなくていいよ。……あたしじゃなきゃ、怒ってたかもだけど」
ミリアムはいたずらっぽく、ニシシっと笑いました。
「……ま、ちょっと話は横道にそれちゃったけどさ、エイル、妹ちゃん、メイドさん。あたしと組んで、黒竜退治してくれないかな?」
「まかせろ」
エイルは即答しました。
『ちょ、ちょっと……相手はすごく強いドラゴンなんですよね? そんなあっさり……』
シュガーはあわてふためきました。
シュガーも、エイルの超人的な強さは知っています。けれど、なにしろ今回の相手は、史上最強のワンダー(ミリアム談)なのです。おくびょうなシュガーは、もっと慎重に考えたほうがいいのでは、と思ったのですが……
『だいじょうぶだよ、シュガー。いったでしょ? ブラックドラゴンより、シロンのほうが、すごいから!』
シロンはエイルに続けとばかりに、えへんと胸を張りました。
でも正直、こんなチビドラゴンに言われても、まったく説得力がありません。
『ちなみに、お義姉さまは、ドラゴンを退治したことは、おありなのでしょうか……?』
同じく、ドラゴンへの恐れを抱いているシルヴィアが、おずおずとたずねました。
「ドラゴンは何体か倒してるけど、黒いのはおぼえがないなあ」
エイルがこたえると、シルヴィアは一気に不安になり、オレンジの瞳をゆらしました。ぎゅっと、エミルのローブのすそをつかみます。
そんな不安そうなふたりに、エミルはほほえんで声をかけました。
「だいじょうぶだよ。シュガー、シルヴィア。わたしたちのお姉ちゃんは"巨獣狩りの剣星"、何色だろうと、ドラゴンなんかに負けないよ!」
それは姉への全幅の信頼にあふれた、自信に満ちた言葉でした。
シュガーとシルヴィアも思い出します。これまで、なんども強大な相手を斬り伏せてきた、エイルの勇姿を。
『エミルー! ドラゴンなんかはひどいよー!』
チビとはいえ同じドラゴンのシロンが、ぷんすかと抗議しました。
「あははっ、ごめんごめん!」
「そうだぞ、妹ちゃーん。さっきの口ぶりじゃ、まるであたしを戦力に数えてないみたいじゃーん」
ミリアムが、にんまりといじわるく言います。
「私も、およばずながら、お力添えしますっ!」
メイドのクリスティーヌも、はりきって両手をぐっとにぎりました。
これにて、めでたく意見は一致。
ミリアムは、ガタッと立ちあがって、音頭を取りました。
「よーし、決まり! あたしたちで黒竜やっつけて、歴史に名を刻むぞー!」
「『おー!』」
みんなでこぶしを突きあげた直後、エミルはひとつ思い出します。
「そうだ、ミリアムさん。今回の討伐、日帰りできそうですか?」
「場所は、シロの足なら遠くないし、戦いが長引いても、日をまたぐことはないと思うよ。もっとも、生きて帰れさえすれば、だけど」
「そ、そうですか……」
エミルは苦笑いを浮かべました。
「妹ちゃん、なんか用事でもあるの? まさか、カレシとデートの約束してるとか?」
ミリアムは、またまたエミルをからかいます。
「彼氏はいますけど、デートの約束はしてません」
エミルは動じることもなく、きっぱりと返しました。
「あ……そ、そうなの……ふーん……」
まさか、ほんとうに彼氏がいるとは思わなかったのか、ミリアムはガーンとなった様子でした。クリスティーヌも、ちょっとおどろいているようです。
そのため、だれも気づけませんでした。エミルが、質問の答えをはぐらかしたことに。
いっぽう、独占欲の強いはずのシルヴィアも、思いのほか平然としています。なぜならその"彼氏"こそ、エミルと"お近づき"になろうとする存在の中で、ごく数少ない例外……"敵"と認識していない者なのですから。
なにはともあれ、"巨獣狩りの剣星"とゆかいな仲間たちは、大きな試練、黒竜退治に挑むことになったのでした。
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