第28話 お姉さん
「それでクリちゃん、心当たりってなに?」
王都に戻ってきたエイルたちは、期待のまなざしをクリスティーヌに向けました。やっぱりシルヴィアだけは、いぶかしげに顔をしかめていますけれど。
クリスティーヌは照れくさそうにもじもじとすると、ゆっくりと口を開きます。
「私の……姉です」
『ええっ!? クリちゃん、おねえちゃんがいたんだ? びっくり!』
シロンはおくちをあんぐりです。姉妹もシュガーもおどろいていました。
『ぐっ……同じ妹という立場で、エミル様と並ぼうというつもりですか?』
シルヴィアはあいかわらず、クリスティーヌに対抗意識をめらめらと燃やしていました。ぎゅうっとこぶしをにぎりしめると、引きしまってすらりとした二の腕に、しなやかな力こぶがぽっこりと浮かびます。
「ええ。ですが……すこし、問題もありまして……」
クリスティーヌは、バツが悪そうに目をそらしました。
「もんだい?」
エイルが、こてんと首をかしげます。
「姉は……その……裏の世界の住人なんです」
『裏の世界……わたしと同じ、異空間に住んでるってことですか?』
シュガーがたずねました。
シュガーの故郷は、こことはちがう空間にある、妖精の世界なのです。
「ちがうよ、シュガー。裏の世界の住人っていうのは、その……警察の目から逃げてる……犯罪者、ってことだよ」
エミルはクリスティーヌの手前、きまり悪そうに言いました。本人の前で家族を悪く言うのは、事実とはいえ気が引けるのです。
『えっ!? じゃあクリスティーヌさんのお姉さんって、悪い人なんですか?』
『マスターウィザードであるエイルお義姉さまとは、雲泥の差ですね!』
シルヴィアは、ここぞとばかりに、バツグンのスタイルをほこるように胸をぐいっとそらして、責めたてました。
「シルヴィア、言いすぎだよ」
案の定、エミルにしかられて、しゅんとしてしまいますけれど。
クリスティーヌは、苦笑いを浮かべます。
「いいんですよ。ほんとうのことですから。姉のことは尊敬してますし、大好きですけど、ね」
「ふーん、そうなんだ。なんだか、私も会ってみたくなってきちゃったなあ」
同じ"妹に尊敬されている姉"として、エイルも興味を持ったようです。
「それで、そのお姉さんが、わたしたちに手がかりをくれそうなの?」
エミルが話をもどしました。
「はい……姉は、相手の記憶をのぞき見る魔法の使い手なんです。もっとも、それを利用して、悪さをはたらいていたんですけどね……」
クリスティーヌは、ほおをぽりぽりとかきました。
お姉さんを尊敬してはいますが、しょうがない人だとも思っているようです。
「はたらいていたってことは、いまはちがうってこと?」
エミルが首をかしげて、たずねました。
「ええ。とっくに足を洗っていますが、まだ指名手配中なので、逃げ隠れしているというわけです」
「じゃあいいじゃん。そのお姉ちゃんに、ゴブリンの記憶をのぞいてもらおうよ。決まり!」
エイルは、ぽんと手をたたいて言いました。
「うーん、そううまくいくかなあ?」
エミルは腕を組んで考えこみます。
「では、姉に協力をお願いする、ということでよろしいですね?」
クリスティーヌが確認すると、シュガーがおずおずと口を出しました。
『でも……警察から逃げ隠れしてる人なんですよね。どうやって会うんですか?』
「……実はここだけの話、姉とはヒミツの連絡手段があるんです。それを使えば、連絡がとれます」
『おお! なんか、スパイっぽい!』
「スパイ……?」
わくわくした顔のシロンの言葉に、エミルはふと胸さわぎをおぼえました。
王都の中に、ノワール・モンブランのスパイが潜んでいるかもしれない、という話を思い出したのです。そう考えると、裏の住人に助けをもとめるのは、かなりまずいのでは……と思いました。
「……待って。お姉さんに協力を求めるのは、最後の手段にしよう」
「エミル?」
エイルをはじめ、シロンとシュガーも、ふしぎそうにエミルを見つめます。
「……やっぱり、その……裏の世界の人の手を借りるっていうのは、よくないよ。記憶を見る方法なら、ほかを探そう。ロウランさんなら、知ってるかもしれないし」
『たしかに、エミル様のおっしゃるとおりです!』
シルヴィアは、銀色の髪をさらりとゆらして、うんうんとうなずきました。
「……そうだね。エミルが言うなら、私も賛成」
さっきまで乗り気だったエイルも、あっさり同調します。
「……というわけで、クリスティーヌさん。教えてもらったのに、もうしわけないけど、お姉さんの力は、いまは借りられない。ムリに聞き出しておいて、ごめんね」
エミルは、深々と頭を下げました。
「い、いえ! 私としては、いちばん手っ取り早い方法を提案しただけで……正義感の強いエミル様なら、そう言うんじゃないかと思っていましたし……」
クリスティーヌは、あわてて両手をぶんぶんと振りました。
『じゃあけっきょく、はなしはふりだしってこと?』
シロンは、しょぼんと残念そう。"ワル"なお姉さんに、本気で興味があったようです。そういうお年頃なのでしょうか。
エミルは少し考えたあと、エイルに提案しました。
「お姉ちゃん、その指輪、わたしに"契約譲渡"してくれる?」
エミルは、エイルのパンツのポケットを指さします。この中にはダルベールのパートナーだったゴブリンが入っている指輪がしまわれていました。
どうやら、ゴブリンがエイルに助けをもとめた時点で、新しいパートナー契約が結ばれていたようで、王都についてすぐ、エイルが指輪の中に入れてあげたのです。
契約譲渡とは、ワンダーとのパートナー契約を、ほかのウィザードにゆずりわたすことです。それには、ワンダー本人と、ふたりのウィザードの合意が必要ですが……
「うん、いいよ」
エイルはあっさりとうなずくと、ポケットをまさぐって、元【パワードゴブリン】であるゴブリンの入った指輪を渡しました。ゴブリン自身も、ダルベールを殺した犯人がわかるまでは、姉妹のどちらにも力を貸すつもりでしょうから、エミルのパートナーになっても、いやがりはしないはずです。
『エミルさん、どうして契約譲渡を?』
シュガーがふしぎそうにたずねました。
『きまってるよ。おねえちゃんがもってたら、おっことしちゃうかもしれないもん!』
シロンがとくいげに答えました。
幼いころ、姉妹が故郷の村で暮らしていたとき、エイルは落とし物の常習犯でしたから。
「たしかに、それもあるけど……」
エミルは苦笑いをうかべて、少し言いよどみました。
みんなはその様子にひっかかりをおぼえましたが……エミルのことだから、きっとなにか考えがあるのでしょう。信じて、だまって見守ることにしました。
「じゃあ、ゴブリンのことはエミルにまかせるとして……次はやっぱり、お花のおねーちゃんのところに行く?」
エイルは頭の後ろで手を組んで、うーんと首をひねりました。
そこで、エミルが提案します。
「……ねえ、お姉ちゃん。ミリアムさんに会ってみない?」
「ミリに?」
「うん。いっしょに冒険したことがあるんなら、ミリアムさんも、ダルベールさんとは知り合いだったんじゃないかな、って」
「まあね。三人で旅してたこともあるよ」
「それなら、話をしたほうがいいんじゃないかなーって思って……」
「そうだね。会ってみようか」
『私も、ミリアムさんから、狙撃の技術をもっと教わりたいと思っていたんです!』
シルヴィアも、思いのほか食いついていました。
独占欲の強い彼女にとって、エミルと"お近づき"になろうとする存在は、ごく一部をのぞいてすべて敵です。けれどミリアムは、エイルの友人だけあって、エミルを"妹"として見ているのが伝わってくるので、敵にはあたらないのです。
「決まりだね。住所も聞いてあるから、さっそく行ってみよう!」
「『おー!』」
今回はめずらしくエミルが号令をかけ、一行はミリアムのもとへ向かって歩き出しました。
☆ ☆ ☆
王都中央区にある、最大規模の狩猟ギルド・"ベーオウルブス"……その拠点こそが、ミリアムのすみかでした。姉妹が以前【デュラハンター】の賞金を受け取ったギルドとは、別のものです。
なるほど、狩人のギルドというだけあって、技術も文化も発展した王都の中にありながら、荒々しい空気がただよっています。田舎育ちの姉妹にとっては、どこかなつかしい空間でもありますが……
そんなわけで、姉妹はスイングドアを押しあけて中へ。エミルはものおじせず、受付に話を通しました。
マスターウィザードであるエイルの名前を出すまでもなく、あっさりと通され、姉妹は、まるで酒場のようなにぎわいのロビーの一角で、ミリアムと顔を合わせます。
「いきなり会いに来てくれるとはうれしいね、妹ちゃん」
「ええ、まあ……」
エミルがバツの悪そうな顔をすると、ミリアムはちらりととなりのエイルの顔を見て、すべてを察したように話を切り出しました。
「……ダルベールのことは聞いた。あたしもショックだったよ。やったヤツは、ぜったいにゆるさない」
ミリアムはテーブルの上で、ぐっとこぶしをにぎりしめます。
その燃えるような怒りに、エミルとパートナーたちは息をのむばかりでした。
「じゃあミリも、事件の調査に協力する?」
「いや……それは警察とかにまかせたほうがいいでしょ。あたし、狩人だし。もちろん、犯人がわかって、指名手配でもされれば、全力で狩りに行くけど」
するどく光るミリアムの視線に、エミルたちは思わず背すじをのばしました。
エミルはちらりとクリスティーヌをうかがいましたが、彼女は表情ひとつ変えず、静かにたたずんでいます。
「……にしてもエイル、あんたがメイドをやとうなんてねえ……」
ミリアムは一転、からかうような半目でクリスティーヌを見つめました。
「私じゃなくって、エミルの発案だよ」
「いい判断だよ、妹ちゃん。こいつってば、生活能力ゼロだから。あたしと旅をしてたときだってねえ……」
それから数分ほど、ミリアムによる当時のグチがつづきました。エイルはどこ吹く風で、ふわあとあくびをしています。
「それにしても、クリスティーヌだっけ。あなた……けっこうできるね」
ミリアムは、今度は品定めをするように、すっと目を細めました。
さすがは狩人といったところでしょうか。ひと目で、クリスティーヌがただものではないと見ぬいたようです。
「おほめいただき、光栄です」
クリスティーヌは気にするふうもなく、にっこりとほほえみを返しました。
「まあ、いいや。それより、またちょうどいいときに来たよね、あんたたち」
「どういうことですか?」
エミルが首をかしげます。
「ついさっき、大物討伐の依頼が来たんだよ。エイル、あんたの力も借りたい」
そう語るミリアムの目は、ひときわ真剣な光をやどしていました。
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次回の更新時間はいつもとはちがう、夜の0時ごろを予定しています。
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