第4話 お姉ちゃんとごあいさつ
「エミル、やっほー」
エミルたちがハピネスワークスの拠点を出ると、いきなり別行動をしていた姉のエイルと出くわしました。
かたわらには、彼女のパートナーである白い大オオカミ【ニュードウルフ】のシロも、おとなしくおすわりしています。王都の道は広くて長いので、ワンダーに乗っての移動がよく使われているのです。
「お姉ちゃん、どうして?」
思ったよりも早い再会に、エミルは思わずおどろきの声をあげました。
「こっちのほうでエミルのにおいがしたからさ、見に来た」
「どんな嗅覚をしてるんだい……」
ロウランはめずらしく、引いたような苦笑いを浮かべました。ふだんはひょうひょうとしている彼女でも、エイルの奇想天外ぶりにはかなわないようです。
「お花のおねーちゃんもいっしょだったんだ」
「うちの図書館でばったりとね。家事の手伝いを探していると聞いて、つきそいを買って出たんだよ」
「ふーん」
心の底から興味のなさそうな返事です。
エイルは、エミルのうしろに立つメイドのクリスティーヌへ、ちらりと目をやりました。
「そのメイドさんが、ごはん作ってくれるの? 人間みたいだけど」
もともとは、家事ができるワンダーを探すという話だったので、ちょっと意外だったようです。エイルは目をぱちぱちさせています。
「うん、まあ……ロウランさんにのせられて、人間のメイドさんをやとうことにしたの」
「おいおい、のせられたとはごあいさつだなあ。私はただ、助言しただけだよ?」
『ノリノリで、オーディションなんて開催してたじゃないですか……』
シュガーは、あきれ顔でツッコミを入れました。
クリスティーヌは、エイルの顔を見つめてほほをぽっと染めると、ぺこりと頭を下げます。
「あ……"巨獣狩りの剣星"、エイル様ですよね? 私、きょうからおふたりのメイドをつとめさせていただく、クリスティーヌともうします。どうぞ、よろしくおねがいいたします」
「……」
すると、エイルはずいっと彼女に近づき、じーっと顔を見つめます。
「ど……どうしました? 私の顔に、なにか……」
クリスティーヌがおずおずとたずねると、エイルはパッと顔を離しました。
「……ううん。なんにも。かわいい顔と声だね。よろしくね」
「え、ええ……ありがとうございます……」
このやりとりを見て、エミルとパートナーたちは、そろって首をこてんとかしげました。
だって、エイルが妹以外の人の見た目や声をほめるなんて、ほんとうにめったにないことなのです。けれど、きっと好意的に思っているということなのでしょう。
エイルは、さっそく質問をはじめます。
「お料理、できるんだよね? どんなのが作れる? 得意料理は?」
「は、はい。家庭料理から宮廷料理まで、ひととおり。とくに得意なのは、おこわやマロングラッセ、モンブランなど、栗を使ったものでしょうか」
『お菓子作り、得意なんですね! わたしもなんです!』
お菓子の国出身の妖精シュガーが、白い瞳をキラキラさせて、ぴょこんと身を乗り出しました。
このふたりは仲良くなれそうだと、エミルはほっと安心します。
「肉料理は?」
「それも得意分野です」
「たくさん作れる?」
「中規模パーティーのビュッフェでしたら、一人ですべて準備できる程度には……」
「よし採用! 永久雇用でよろしくね!」
「は、はい……」
がしっと両手をにぎってくるエイルの勢いにたじたじになりながら、クリスティーヌは引きつった笑みを浮かべるのでした。
「もう……お姉ちゃんってば」
『でもこれで、まいにちのごはんがたのしみー!』
シロンは頭の中でビュッフェのごちそうをふくらませて、よだれをたらしています。
いくらなんでも、ふだんの家ごはんで、そんな豪華な料理は作らないでしょう……というか、それでは本末転倒です。
「まあ、うまく話がまとまってよかったよ。キミたちのQOLの向上は、ひいては私……いや、この国のためになるからね」
ロウランは博士帽を直しながら、したり顔で意味深に言いました。
「いろいろ、ありがとうございました」
エミルはぺこりと頭を下げます。
「いいって。私も楽しかったしね。それじゃ、またね」
ロウランはへらへら笑いながら、ひらひらと手を振って帰っていきました。
「よーし! もうすぐお昼だし、クリス……なんとかちゃんの歓迎会をやろう!」
エイルは空に向かってビシッと指をつきつけ、まぶしい笑顔で宣言しました。
「クリスティーヌさんだよ。これから家族になるんだから、ちゃんと名前で呼ばなきゃダメだよ」
エミルは、お姉ちゃんの失礼をたしなめます。
「私は、クリスでかまいません。ハピネスワークスの先輩がたからも、そう呼ばれていましたし……」
エミルの言葉に、クリスティーヌはすこしドキッとしながら、そう提案しました。すると……
『それはダメっ!』
シロンが両手で大きな×印を作って、きっぱり却下しました。
「ど、どうしてですか?」
クリスティーヌは、わけがわからないとばかりにたじろぎます。むりもありません。
『シロンたちがクリスってよぶのは、あのコだけってきめてるの!』
「あのコ……?」
新参者のクリスティーヌからすれば、ちんぷんかんぷんです。
「ごめんなさい。わたしたちの友だちに、クリスってコがすでにいて……そのコと呼び方がかぶるのが、イヤみたいなんです」
エミルは、わかりやすく説明してあげました。
「そうだったのですか……。そうとは知らず、差し出がましいことを言ってしまい、もうしわけありません」
クリスティーヌは、ふかぶかと頭を下げました。
「い、いえ! 知らなかったんだから、しょうがないですよ!」
エミルはあわててフォローを入れます。
主従関係……やっぱりやりにくいなと、あらためて思いました。早く慣れたいというか、もっと気やすい関係になれたらいいなあと、考えずにはいられません。
「じゃあ、別の呼び方を考えようよ。歳はいくつ?」
エイルは、からっとした様子で提案しました。
「はい、16歳です」
「私と同じか。じゃあ、クリちゃんで。クリ料理が得意な、クリちゃん」
「ク……クリちゃん??」
クリスティーヌは、目をまんまるにしました。
思っていたよりずいぶん軽い響きになってしまったので、混乱しているのでしょう。
『いいねー! よろしく、クリちゃん!』
シロンもノリノリです。
「え? その……あの……」
クリスティーヌは言葉につまり、ほほを赤らめて、もじもじと指をからめました。
「ごめんなさい。うちの姉と、この子が。イヤだったら、イヤって言っていいですからね」
エミルは、またフォローを入れました。
「い、いえ……ご主人様の決めたことですので……」
クリスティーヌは、メイドの矜持で、なんとかのみこむことにしたようです。
「そう……ですか。じゃあ、わたしはクリスティーヌさんって呼びますね」
『わ、わたしもそうしますっ!』
エミルとシュガーは、相手の名前を縮めて呼ぶことがあまりないので、すんなりそう決まりました。
「光栄でございます。エミル様、シュガー様」
クリスティーヌは、にっこりとほほえみました。ほんとうにうれしそうです。
『あ、あの……エミルさんはともかく、わたしまで様づけは……』
「いえ、ご主人様のパートナーであれば、お立場は同じです。シュガー様も、私のご主人様ですよ」
『えっ……でも……』
「ここは、クリスティーヌさんの好きにさせてあげよう」
エミルは、シュガーの言葉をさえぎって、こっそりささやきました。むりに直させようとせず、自然に接するのがいちばんだと考えたのです。
「よーし! それじゃ、クリちゃんの歓迎会に、いっくぞー!」
『おー!』
エイルとシロンは先頭に立って、意気揚々と町へくりだしていきます。
エミル、シュガー、クリスティーヌの三人は、苦笑いを浮かべながら、そのあとをついていくのでした。
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