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ワンダフルリング! エイルとエミルのふしぎな冒険 黒竜事件  作者: 稲葉トキオ


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第26話 気持ちの行き先

「おつかれさまです。エイル様、エミル様」


 大樹の図書館を出て、シロの背に乗って家に帰ると、玄関でクリスティーヌが、ふかぶかとおじぎをして姉妹を出迎えてくれました。


「クリスティーヌさん、ごめんね。軽いおさんぽのはずが、ちょっと長引いちゃって……」


 エミルはもうしわけなさそうに言いました。せっかく作ってもらった朝ごはんも、すっかり冷めてしまっているでしょう。クリスティーヌには、ほんとうに悪いことをしてしまったと思っているのです。


「いえ、これもメイドのおしごとですから。それに、殺人事件があったのなら……ダルベールさんが被害者なのでしたら、むりもありません」


『え? クリちゃん、どうしてじけんのことしってるの??』


 シロンは目をまんまるにしました。


「さっきから、外でそのようなお話をする声が聞こえたものですから」


『そう……ですよね。それはもう、さわぎになりますよね……』


 シュガーはしゅんとして、こくりとうなずきました。


 姉妹が図書館から帰ってくる途中でも、町中はダルベールの殺人事件の話題でもちきりでした。おそらく、王都じゅうに知れわたっているのでしょう。うわさがひろがるのは、いつだって思いのほか早いものなのです。


「さあ、みなさま、おつかれでしょう。どうぞおあがりになって、朝ごはんをめしあがってくださいませ」


 クリスティーヌはやさしくほほえみ、手まねきをします。


 その様子にすっかり気がぬけた姉妹とパートナーたちは、苦笑いを見せあいながら、家の中へとあがっていくのでした。



 ☆ ☆ ☆



 ちょっとおそめの、朝ごはんの食卓にて。


「それにしても、ノワール・モンブランの犯行声明に、スパイかあ。どうしようか、お姉ちゃん?」


「そういうのは、エミルたち考える人にまかせるよ。私は、悪いやつが来たらやっつけるだけだ」


 エイルはがつがつとサンドイッチを食べながらこたえました。


 そんなエイルの姿に、どこかいつもとちがうような気がして、エミルはおそるおそるたずねました。


「お姉ちゃん……ダルベールさんのことは、どうするの?」


 緊急会議では、ダルベールの死について議題にはあげられたものの、なぜ殺されたのかも、だれがやったのかも、はっきりしたことはなにもわかりませんでした。


 ただ……彼がノワール・モンブランを調べていた、ということしか。


 エイルは、ごくんとサンドイッチを飲みこんでこたえます。


「どうもこうも、ないよ。犯人さがしも、考える人たちにまかせる」


『おねえちゃんは……それでいいの? かたきをうってやろうとか、おもわないの?』


 サンドイッチを両手で持ったシロンが、いつものように、思ったままのことをぽんと口にしました。人には聞きにくいことをたずねるとき、そんなシロンの性格がほんとうに助かると、エミルはいつも思っています。


 するとエイルは、遠い目で天井を見上げました。


「カタキ……しかえしかあ。私がいつも、エミルを苦しめたやつらにやってるみたいに、かあ……」


「お姉ちゃん……」


 エミルは、せつなげな表情で姉の顔を見つめます。


 エミルを心から大切に思っているエイルは、かわいい妹を悲しませる相手を、これまでけっして許してきませんでした。


 そんな気持ちを、妹以外の人にも、はたして持つことができるのか……エミルとシロンが気になっているのは、そこでした。


「うーん、そうだね。あんまり、そういう気はわいてこないんだよなあ。エミルとシロンがキズつけられたら、カッとなるのになあ。ダルベールは私にとって、そこまで大事な人じゃなかったってことなのかなあ。……いや、もちろんエミルたちのほうが、ずっと大事なんだけどね」


『そういうこと、言っちゃっていいんですか……?』


 シュガーはこまったように笑いました。


 エイルは天井から顔をおろして、ゆうべのような、憂いをおびた表情になります。


「……でもね。あいつの死体を見たとき……生まれてはじめて、頭がまっしろになった」


『それって、いつものことじゃ……むぐっ』


 よけいなことを言いかけたシロンの口を、エミルがさっとふさぎました。


「それはきっと……ダルベールさんが、お姉ちゃんにとって、ちゃんと大切な人だったってことだよ。わたしたち家族とはちがう、もっとべつの、ね」


 妹のひとことに、エイルは納得したように、はっとします。


「……そっか。そうだったんだ」


 そして、満面の笑みで言いました。


「……ありがとうね、エミル。やっぱり、エミルがいてくれて、よかった」


 その言葉に、エミルもうれしくなって、ふにゃりと笑います。


 エイルはイスからぱっと立ち上がり、はりきってこぶしを突き上げました。


「よーし! そうと決まれば、行くぞ、エミル、シロン、シュガー、シル、クリちゃん!」


『え……行くって、お義姉さま……どこへ?』


 びっくりして、サンドイッチをのどにつまらせかけた姿さえ愛らしいシルヴィアが、おずおずとたずねました。


「ちょっとね、気になることがあるんだ。これを見てよ」


 そう言うとエイルは、一枚の紙きれを、テーブルの上にぱさりと置きました。


 紙には、きたない字で、たったひとこと、こう書かれていました。


 "俺の相棒をたのむ"


「これは、ダルベールさんの字……?」


 エミルは紙きれを見つめて、ぽつりとつぶやきました。


『こんなの、いつもらったんですか?』


 シュガーは、とうぜんの疑問を口にします。ゆうべの晩ごはんのときも、こんなメッセージの話はまったく出なかったのですから。


「いやね、けさ起きたら、ダルベールからもらったおカネ入りの封筒がぽわっと光っててさ、中を見てみたら、あったんだよ。そのときは、意味がわかんなかったんだけどね」


「けさ、ぽわっと……それって、もしかして!」


 エミルは、はっと気がつきました。


『エミル様、なにかおわかりになったのですか?』


 シルヴィアが、宝石のようにととのった美しい顔を、ずいっと近づけます。


 エミルはそれを気にせず、紙きれにぐっと目をこらしました。


「……やっぱり! これ、"ウィルインク"で書いてある!」


『ウィルインクー?』


 パートナーたちは、きょとんとして声をそろえました。


「本で読んだことがあるの。遺書を残すために使われる魔法のアイテムで、書き手の命がつきると同時に、文字が現れるって!」


「なるほど……それでか」


 エイルは納得したようでした。アイテムのことは、よくわかっていなさそうですけれど。


『でも、こんなことを言ったらなんですけど……それなら、もっといっぱい書くことがあったような気がします……』


 シュガーがおずおずと言いました。


 たしかにそうです。こんな大げさなしかけをしておいて、残したのがひとことだけなんて、ちょっぴりおそまつです。


「ウィルインクを使うのは、おもに貴族とかおカネ持ちの人たちだから……ふところがさびしそうなダルベールさんは、たくさんは買えなかったんじゃないかな……」


『あ、ああ……』


 シュガーは、ひきつり笑いを浮かべて、こくこくとうなずきました。


 そこまで話したところで、エミルはふと思い出したように声をあげます。


「相棒……そうだ、ダルベールさんのパートナーって、どうなったのかな?」


 たしかに、ダルベールが亡くなってから、彼のパートナーのゆくえには、だれもふれていませんでした。


 エイルがこたえます。


「死体を見たとき、指輪ははまったままだったよ」


「じゃあ指輪は、警察の人がいっしょに回収したってことか……」


『それが、どうかしたの?』


 シロンはこてんと首をかしげました。


「彼のパートナーなら、ダルベールさんが死んだときの状況を知ってるってことだよ。なんで、もっと早く気づかなかったんだろう……」


 パートナーたちも、そろってそわそわと身を乗り出します。


「ですが、そのような調査でしたら、警察のほうで進めてくださるのではないでしょうか?」


 クリスティーヌが、やんわりと指摘しました。


 エミルは、ぴんときたようにつづけます。


「ううん……待って。たしかウィザードが死んだ時点で、ワンダーとのパートナー契約も消えるはずだから、そもそも、コネクタリングに入れておくこともできなくなるの。なのに、現場にはダルベールさん以外の痕跡はなかった……つまり、彼のパートナーはまだ生きていて、ゆくえをくらませてるってことだよ! "相棒をたのむ"っていうのは、パートナーを保護してほしいってこと!」


 話しているうちに、エミルの声は、だんだんとはずんできました。


『えーっ!』


 シロンとシュガーは、声を重ねておどろきます。


「ダルベールさんのパートナーって、どんなワンダーなの? きのうは、話にあがらなかったけど」


「筋肉ムキムキの、おっきなゴブリンだよ」


「ゴ……ゴブリン??」


 エミルは、ぽかんとしました。


 ワンダーにくわしいエミルの知識では、ゴブリンといえば、人間の子どもくらいの大きさのはずです。それが筋肉ムキムキで大きいなんて、とても信じられませんでした。


「とにかく、そのゴブリンをさがし出すことが、ダルベールさんの死のナゾを解き明かす、近道になりそうですね」


 クリスティーヌは、はりきった様子で言いました。どこかわくわくしているようにも見えます。


「……ってなわけで、ダルベールのパートナーをさがしにいこうってこと! シロのハナなら、追っかけられるはず! カタキとか、そういうのはわかんないけど……やっぱり私、なんでダルベールが殺されたのか、理由を知りたい!」


 そんな決意をこめたエイルのかけ声に、シロンはノリノリで『おー!』とお返事しました。


 エミルとシュガー、それに、きょとんとしたお顔までもが麗しいシルヴィアは、目をぱちくりさせるばかり。けれどエミルは、うれしくもありました。


 村を追放されてからの四年間、エイルがどんな経験をしてきたのか、くわしくは知りません。けれど、大切な人を失ったのは、きっとこれがはじめてのはずです。


 それでも、いつもと変わらないあかるさで、みんなを引っぱっていくお姉ちゃんの姿に、エミルも、そしてシルヴィアも、あらためて尊敬を深めていました。


 こうして、姉妹のきょうの冒険は、ダルベールのパートナーだった【パワードゴブリン】さがしに決まったのです。



お読みいただき、ありがとうございました。

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