第23話 事件発生
姉妹の家では、エイルとエミル、クリスティーヌの三人と、パートナーたちがせいぞろいして、晩ごはんの時間になりました。
食卓についているのは、三人のほかに、シロンとシュガー、シルヴィアです。
「……へえ、エミルも出かけてたんだ。しかも、ミリもいっしょなんてねえ」
エイルは骨つき肉をがぶりとかじりながら、意外そうに言いました。ミリというのは、ミリアムのことです。
「うん。すごくいい人だったよ。連絡先も教えてもらっちゃった」
「そっかー」
『おねえちゃん、あのおねーちゃんと、どんなかんけい?』
シロンも、はぐはぐと肉にかぶりつきながらたずねました。
「んー、前にいっしょに冒険してたことがあるんだよ」
『おともだちってこと?』
「たぶん、そーなんじゃないかなー」
エイルは気のない返事です。けれど、お姉ちゃんが人間関係にそこまで無関心とは思えません。きっと、それだけ自然体でつきあえる仲なんだろうと、エミルは受けとめました。
「そーいえば、私もむかしの知り合いに会ったよ。偶然だねー」
「それって、どんな人? わたし、気になるなあ」
エミルは、自分の知らないお姉ちゃんの話に興味津々で、身を乗り出しました。
となりに座るシルヴィアは、じとーっと半目になります。もしかしたら、またエミルに近づく悪い虫が増えるかもしれないと、警戒しているのです。
「ダルベールっていうんだけどね。くたびれた感じの、おっさんなんだ」
『お、おっさん……』
シュガーをはじめ、エミルたちもあっけにとられました。エイルの交友関係は、意外というか、広いというか……
「でもね、悪いやつじゃないよ。いっしょにいて、楽しかったし」
「そっか。わたしも会ってみたかったなあ」
くたびれたおっさん、というのはともかく。エイルにそこまで言わせる人は、なかなかいません。エミルは、ますます興味がわいてきました。
となりのシルヴィアは、むっとふきげんそうな顔になりましたけれど。
「また会えるよ。また会おうって約束したからね」
「そういえば、クリスティーヌさん、おるすばん、まかせちゃってごめんなさい」
エミルは、姉妹の希望でいっしょに食卓をかこんでいるクリスティーヌに、もうしわけなさそうに言いました。
すると今度は、シルヴィアがふふんととくいそうな顔になりましたけれど。
「いえ、それがメイドのおしごとですから」
クリスティーヌは、にっこりほほえんで返します。
たしかにそうなのですが、エミルは、彼女も家族の一員だと思っています。のけものにしたようで、後ろめたかったのです。
「そもそも、おるすばんなんていらないんじゃない?」
エイルがぼやくと、シュガーがむっとした様子で言いました。
『いえ! ロウランさんが、また勝手に入ってくるかもしれませんっ!』
シュガーが家族の一員となったきっかけの、前の冒険――そのとき、ロウランが何度も姉妹の家へしのびこんできたので、とくに気にしているのです。
シルヴィアはここぞとばかりに、ずいっとエミルに体をくっつけ、さらりと銀髪をゆらして、整った顔を近づけました。
『そうですよ! シュガーちゃんの言うとおり! 家を守るのも、重大な任務です! ね、エミル様?』
シルヴィアの気持ちはわかるものの、そこまでやきもちを焼かなくてもいいのに、とエミルは苦笑いを浮かべました。
エイルはコップになみなみ注がれたお茶を、ごくごくと飲み干しました。そして、ふいにぽつりと言います。
「……そーいえば、私がオトナになったら、いっしょにお酒飲もうって約束もしてたっけ」
「それって、ダルベールって人と?」
「そうだね。……オトナって、何歳からだっけ?」
「一般的に、このアストライト王国では12歳で一人前、15歳で成人というあつかいですね。けれどお酒は、20歳になってからというきまりです」
クリスティーヌが教えてくれました。
エイルもエミルも、12歳で一人前と認められると、親元を離れて旅に出ました。そして、いまは王都に住んでいるというわけです。……正確には、エイルは追放されたのですけれど。
「20歳かー、じゃあ、あと四年待たなきゃいけないのかー」
「正確には、あと三年と少しだけどね。お酒、飲んでみたいの?」
「よくお店で、おっさんたちがおいしそうに飲んでるからね。ちょっと気になってるかな」
『あ! シロンも、おとうさんがのんでるところをみて、おいしそうだなっておもってるよ! ……でも、エミルがのませてくれないの!』
おとうさんというのは、故郷にいるエイルとエミルの父親のことです。
「だって、ドラゴンはお酒に弱いんだもの。それに、シロンは人間換算でもまだお子さまじゃない」
『むー! シロンだってもう、いちにんまえのドラゴンだもん! おっきくだって、なれるし!』
『それは、エミルさんのチカラがあってのことじゃない。シロンひとりのチカラじゃないよ』
シュガーが、ちくりと言いました。
「そういえば、シルヴィアはお酒って飲んだことある?」
長命種で、見た目よりずっと年上の彼女なら、どうなのでしょう。エミルはたずねてみました。
『いえ……故郷の森では、お酒はつくっていませんでしたし。でも……私もエミル様がオトナになられたら……いっしょに飲んでみたいです』
「そっか。じゃあ、約束ね」
エミルがにっこり笑って言うと、シルヴィアは顔をまっかにして、感激のあまり、豊かな胸にエミルをぎゅーっと抱き寄せました。
『シロンもやくそく! ぎゅー!』
『あ、じゃあ……わたしもっ!』
シロンとシュガーも、いっしょになってエミルに抱きつきました。
その光景を、エイルとクリスティーヌはほほえましく見守っています。
「……まあ、いっか。お楽しみはあとにとっておくのも、たまにはいいよね」
そっと目を細めてつぶやくエイルのまなざしは、どこか遠くを見ているようで、エミルは思わずドキッとしました。
自分とそっくりな顔をしているのに、どこかさびしげで憂いを帯びたその表情は、やっぱり自分より四年分オトナなんだなあと、エミルはしみじみ思うのでした。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで夜が明けて、エイルとエミルは、パートナーたちといっしょに、朝ごはん前のさんぽに出ていました。
クリスティーヌは、今回もおるすばんです。もちろんさそってはみたのですが、朝はごはんの支度のほかにも、いろいろといそがしいから、とことわられてしまったのです。
そういうわけで、彼女に対抗意識を燃やしっぱなしのシルヴィアは、上機嫌でエミルの左腕にぎゅっとしがみついています。
どよどよ……がやがや……
すると、なにやら南門のほうに向かって、人々がぞろぞろと集まっているのが気にかかりました。
「なにか、あったのかな?」
エミルのつぶやきにこたえるように、耳のいいシルヴィアとシュガーが、すっと意識をとぎすまして、人々の会話をひろいました。
『なんだか……人が死んでる、みたいです……』
シュガーのひとことで、姉妹にぴりっと緊張が走りました。
平和な王都で、人が死ぬ……これは、事件のにおいです。
エイルは無言で南へと駆け出し、エミルたちもあわててあとを追いかけます。
☆ ☆ ☆
「みなさん! 道をあけてほしいであります!」
警察官たちが、人ごみをかきわけているのが見えました。
そのとき、ちらりとのぞいた血まみれの死体の姿を――目のいいエイルは、見逃しませんでした。
「……!」
エイルは気がつくと、ダッと人波をぬって、死体のもとへ飛び出していました。
「お姉ちゃん!?」
あっというまのできごとで、エミルはぽかんとするばかりです。
「あ、ちょっと……」
警察官が止めようとするのもふり切って、エイルは死体の目の前までたどりつきました。
見下ろした先に倒れていたのは……よく知っている人でした。
「……ダルベール」
きのう、エミルに会わせると約束したばかりの、くたびれたおっさん――ダルベールだったのです。
エイルは、ぼうぜんと立ちつくしていました。
いま、胸の中でうずまいている気持ち……それは、エイル自身にもわかりません。
「すみません! 道をあけてください!」
つづいて、エミルたちも現場に追いつきました。
ざわっと、人々の視線が姉妹に集まります。隠ぺい魔法の効果が弱まり、有名人である姉妹の存在に、みんな気づいてしまったのです。
けれど……いまは、そんなことを気にしている余裕はありませんでした。
『っ……!』
シュガーは思わず目をおおい、シロンとシルヴィアも言葉をなくして、ぎゅっと口をむすんでいます。
「この人が……ダルベール、さん……」
エミルも、はっと息をのみました。
エミルにとっては、会ったことのない人です。けれど、ゆうべお姉ちゃんが話してくれた知り合いが、もうこの世にいないのだと思うと、胸がきゅうっとしめつけられました。
どうしていいかわからないまま、姉妹がただ見つめているあいだに、警察官たちがダルベールの遺体を運んでいきます。
そのとき……一羽の青い鳥が、ぱたぱたと姉妹のもとへ飛んできました。
「この子は……ロウランさんの、【トゥイート】?」
ロウランの頭の上で暮らしている、鳥型のワンダー【トゥイート】です。聞いた声をそっくり録音できるので、伝言役をつとめているのでした。
『……キミたち、緊急事態だ。すぐに、大樹の図書館まで来てくれ』
それは、姉妹にあてたロウランの声でした。
それも、ふだんのへらへらした調子とはちがう、ぴんとはりつめた声です。
「緊急事態……」
エミルは重々しくつぶやき、王都の中心にそびえる大樹を見つめました。
姉妹の新たな冒険の予感が、すぐそこまでせまっていました。
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