第22話 約束
時間は少しさかのぼり――いっぽう、旧友ダルベールとともに行動しているエイルはというと。
「着いたぜ。ここだ」
そこは、見わたすかぎりぬかるんだ、湿地帯でした。足もとはぐちゃぐちゃで、むわっとしめった空気がただよっています。
見ると、あちこちに、人をかたどったようなドロがうようよとうごめいています。どれもだいたい、二メートルほどの高さがあります。
『【マッドマン】の群れですね』
エイルの指輪の中から、剣の精霊エクシリアが言いました。
【マッドマン】……その名のとおり、豊富なマナによってドロに命が宿った、ドロ人間です。動きはのろいものの、生きものを見ると、みずからの体に取りこもうと襲いかかってくる習性があります。
「このあたり、ほっとくとアイツらが増えまくって、人間や野生のワンダーに被害が出て、いろいろと面倒だからよ。定期的に数を減らしてやらなきゃなんねえ。今回は"必要な討伐"だぜ」
「つまり、あいつらをやっつけろってことだね。まかせろ」
エイルはすらりと剣をぬいて、とくいげに言いました。
しかしダルベールは、あわててエイルを止めます。
「ちょ、待った待った。だから、それじゃ俺の立つ瀬がねえって言ってるだろ? さっきの【ストーンザウルス】のときに、お前の成長は見せてもらった。だったら、今度は俺の成長を見せる番だろうが」
「べつに、興味ないけど」
「おいっ! ……ったく、お前はほんっと変わらねえなあ、そういうマイペースなとこ! とにかく、お前は何もしないで見てろ。いいな!」
そう言い捨てると、ダルベールはマッドマンの群れに向かって歩いていきました。
『いいんですか?』
「本人がいいなら、私はいいよ」
『正直、助かりますよ。私、どろんこなんて斬りたくないですし』
エクシリアは、エイルの剣と合体して戦います。ですから、マッドマンを斬ると、全身でドロの感触を味わうことになるのです。それはもう、最悪の気分でしょう。
『ドロ〜』
マッドマンたちが、いっせいにダルベールのほうをふり向きます。
「へへっ、さあ、出てこい、相棒!」
ダルベールは大げさに右手をかかげて、指輪からパートナーを呼び出しました。
ズズーン! という重い音とともに、現れたのは、緑色の肌をした、筋肉もりもりの大男でした。大きさはマッドマンよりひとまわり上の、三メートル半ほど。
【パワードゴブリン】という、小鬼が進化した姿のワンダーです。
「おー、前に見たときより、ムキムキになってるなあ」
エイルも思わず感心していました。
「よーし、行けっ!」
『ゴオオーッ!』
ダルベールの命令とともに、パワードゴブリンはマッドマンの群れへと駆け出しました。
グシャ! ベシャ!
なんと、見た目どおりのパワーです。こぶしをひと振りするだけで、マッドマンはバラバラにくだけ散っていきます。
数で勝るマッドマンたちも、負けじと反撃しますが……鍛え抜かれたパワードゴブリンの体には、キズひとつつけられません。
このまま楽勝かと思われましたが……
べちゃ! べちゃべちゃ!
マッドマンのドロがゴブリンの全身にべったりとくっつき、だんだん動きがにぶっていきます。重みとうっとうしさで、つかれるのも早まっているようです。
「くっ……!」
ダルベールは歯をくいしばります。まるで、予想外だと言わんばかりに。
ふだんなら、マッドマンは二十数体も狩ればすむところですが、今回は三十、四十……それ以上と、いつもよりずっと多いのです。さらに、どんどん増えているようにも見えます。
このままでは、相手を全滅させるより先に、こちらが力尽きてしまう……そんな考えがよぎった、そのときでした。
シャキィーン!
やまぶき色と、黄金と、白銀の風が舞いあがり、マッドマンたちが次々と両断されていったのです。
「お前……」
もちろん、エイルのしわざでした。手こずるダルベールを見るに見かねて、助けに入ったのです。
『ああもう! あとでちゃんと洗ってくださいよ!』
エイルの右手の剣と合体しているエクシリアが、悲鳴をあげました。刀身が、ドロまみれでふにゃりとしおれています。
「一瞬ですませるから、ちょっとがまんしろよ」
エイルは不敵に笑うと、もうひとっ走り。
ひらり、ひらりとマッドマンたちのあいだをぬけ、剣がきらめくたびに、ドロのかたまりがどさりどさりとくずれ落ちていきます。
五十体近くいたマッドマンを、あっというまに斬り捨ててしまいました。
ダルベールとパワードゴブリンは、ぽかんとその光景をながめていました。
「……はい、これでおしまい」
エイルはひと息つくと、パートナーたちを指輪にもどします。
「ったく、だまって見てろって言ったのに……」
ダルベールは苦笑いしながら、頭をかきます。
「だって、一人だったらやられてただろ?」
「こっ……こっから本気出すところだったんだよっ!」『ゴオッ!』
ダルベールとパワードゴブリンは、どう見ても強がっていますが、エイルにとってはどうでもいいことでした。
「ま、まあ……礼は言っとく。……ありがとよ」
「どういたしまして」
エイルは剣を腰におさめて、にかっと笑いました。
そして、用事を終えたダルベールがパワードゴブリンを指輪にもどすと、二人はエイルが呼び出したシロの背に乗って、王都へ帰りついたのです。
☆ ☆ ☆
「ほらよ、お前の取り分だ」
王都に着き、建築ギルドと狩猟ギルドから報酬を受け取ると、ダルベールはその一部を別の封筒に分けて、エイルにさしだしました。
「だから、いらないって」
「いいから、とっとけ! マスターウィザードになった祝いもかねてな!」
エイルが断っても、ダルベールが強引に封筒をおしつけてくるので、しぶしぶ受け取ることにしました。最近おカネのことでエミルに注意を受けたから、ということもあるでしょう。
「ったく、お前はあいかわらず、カネに欲がねえなあ。食欲はムダにあるくせに」
「ダルベールはどうして、おカネがほしいの?」
「そ、そりゃあ……その……」
ダルベールは恥ずかしそうに、ぷいっと目をそらしました。
「……だれにも言わねえって、約束するか?」
「するよ」
「……実はな、こんな俺でも、こないだ彼女ができてよ。そろそろプロポーズでもしようと思って、指輪代がほしかったのさ」
「ふーん」
「そこはもっと興味持てよ!」
「よかったね、おめでとう」
「……お、おう」
ダルベールは照れくさそうに、ぽりぽりとほおをかきました。
「と、とにかくだ。あらためて礼を言っとくよ。お前のおかげで、指輪代はかせげた。この借りは、いつか必ず返す」
「あれ? 前にも何度か、そういうことがあったような……」
どうやら、ダルベールはエイルに助けられっぱなしのようです。
「あーもう! 今度はマジだマジ! 俺だって、あのときのダメなおっさんとは、ちがうつもりだからな!」
「そうかな。ダルベールはぜんぜん変わってないと思うけど」
「なんだとお!?」
ダルベールは顔をまっかにして、今度は別の意味で、じだんだをふみました。
「悪い意味じゃないよ。なんだかんだ言いながら、だれかのために動いてるってこと。そこはむかしから、変わってない」
「……!」
エイルのひとことに、ダルベールは目を見はりました。
――お前こそ、なんだかんだ言いながら、俺のこと、ちゃんと見てくれてたんだな……
そう思うと、むずがゆいような、あたたかいような気持ちになって、口もとがふっとゆるみます。
「……まあ、いろいろあったが……また会おうぜ。さっきも言ったが、今度は妹にも会わせてくれよ」
「今度と言わず、いますぐ会えばいいじゃん。うちでいっしょに、ごはん食べようよ」
「バーカ、小娘だけの家に、こんなオッサン招くんじゃねえよ。お前のお気に入りの、あの店でおごってやるから、楽しみにしとけ!」
「ホントに!? やったあ! 約束だよ!」
エイルはぱあっと、花がさいたような笑顔になりました。
「つーわけだから、じゃあな! せいぜい、妹に迷惑かけんなよ!」
「ダルベールこそ、元気でやれよー!」
二人は大きく手をふり合い、ダルベールは、ぽつぽつと灯りのともる夜の街へ消えていきました。
「……さーて、そろそろ帰るか、エクス、シロ」
エイルはぐーんと軽く伸びをして、指輪の中のパートナーたちに声をかけます。
おごりのごはんを思いうかべたのか、おなかがぐうっと元気に鳴りました。
そして、かわいい妹と、にぎやかな家族たちの待つわが家へ、スキップしながら帰っていったのです……
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