第21話 夢
ミリアムは、高い岩の上から、ずっと下にいるオオカミキメラに、ぴたりと狙いを定めます。
その瞬間……彼女の右手人差し指の指輪が、赤い光を放ちました。
「あれは……」
エミルたちが、その光に目をうばわれた、つぎの瞬間。
パシュッ!
目にも止まらぬ速さで、矢が放たれ……
ドッパアアン!
遠くまで響くほどの破裂音とともに、オオカミキメラの頭部がふっとびました。
「『え?』」
エミルたちは、ぽかんと口をあけました。
キメラに命中した矢が……爆発したように見えたからです。
頭部を失ったキメラの体は、ぐらりとかたむき……その場にどさりと倒れました。
「……よし、討伐完了!」
ミリアムはボウガンを下ろし、ひたいの汗をぬぐって宣言しました。
『……え? もうおしまい?』
シロンは、あっけにとられた顔で、目をぱちくりさせます。
「おしまいだよ。狩りなんて、そんなもんだよ」
ミリアムは肩をすくめて、あっさりと言いました。
シロンも、狩りとはそういうものだと頭ではわかります。それでも、とてもつまらなそうに、ぷうっとほっぺをふくらませるのでした。
「ダークエルフちゃんも、勉強になったかな?」
ミリアムは、シルヴィアをふり返ってたずねます。
シルヴィアは、整った美しい顔を一瞬きょとんとさせましたが、銀髪をさらりとゆらし、神妙な顔つきでこたえました。
『はい……お義姉さまのご友人だけあって、すばらしい狙撃技術でした……ただ、矢が当たったときの爆発は……別のパートナーによる魔法の効果……ですよね?』
「お、気づいた? さすが、魔法にくわしいね」
ミリアムはにやりと笑い、ボウガンをつけた右腕をかかげて、人差し指の指輪を見せつけます。
「この中には、力の精霊が入っててね。撃った矢に《インパクト》の魔法をかけてくれるんだよ」
『インパクト?』
シュガーが、首をこてんとかしげます。
「矢にマナをぎゅぎゅっとつめこんで、命中した瞬間に、いっきにはじけさせる魔法だよ。当たりどころがよければ、だいたいのエモノは一発でしとめられるんだ」
『ほえー……』
エミルのパートナーたちは、うらやましそうに指輪を見つめていました。
そしてミリアムはアームドを解いて、テルを指輪にもどします。
「さてと……じゃ、キメラのあとしまつをしないとね。妹ちゃん、また【グレイトウルフ】を呼んでくれる?」
「は……はい」
エミルはいったんシルヴィアを指輪にもどすと、グレイを呼び出し、一行は、しとめたキメラのもとへ駆けていきました。
☆ ☆ ☆
『うっ……』
ワンダーのなきがらを間近で見るのがはじめてのシュガーは、さっと目をおおいました。
「……つくづく、ゆるせないよ。こんなことをするヤツらを……」
ミリアムは、ぎりっと歯をかみしめました。
狩人として、自然とともに生きる彼女にとって、自然のおきてを無視したキメラと、それを作り出した人間は、どうしてもがまんならないのでしょう。
『……』
同じオオカミであるグレイも、複雑そうな顔をしています。
グレイは、もともとエミルのパートナーではなく、その前は裏の世界の住人といっしょにいました。エミルにむかえられていなければ、あるいは自分も、このキメラのようになっていたかもしれない……そんなことを考えているのかもしれません。
『このこ……どうするの?』
シロンが、しゅんとした声でたずねました。
ミリアムもまた、悲しそうに目を細めてこたえます。
「……依頼では、あとのことは何も言われてないんだ。学者連中なら、サンプルのために持って帰ろうとするだろうけど……あたしは、このまま葬ってやったほうがいいと思ってる。死んだあとも体をいじくりまわされるなんて、かわいそうだよ」
すると、エミルが一歩前に出て、申し出ました。
「あの……でしたら、このこをおくってあげるのは、わたしにまかせてもらえませんか?」
指輪から出てきたシルヴィアも、こくこくとうなずきます。
『そうです! "浄化のチカラ"が使えるエミル様に、ぴったりのお役目です!』
ミリアムは、はっと思い出した顔をしました。
「おお、そういえば妹ちゃん、"雨あがりの聖女"なんて呼ばれてるんだっけ。……いいよ。せっかくだ。やってもらおうかな。ただの足がわりで終わるだけじゃ、もったいないもんね」
「ありがとうございます!」
エミルはぱあっと顔をかがやかせ、キメラのなきがらに駆け寄りました。
そして、ふところから杖を取り出し、肩の上のシロンに呼びかけます。
「いくよ、シロン」
『オーライ! シロンにおまかせ!』
シロンは背中の翼をぱたぱたとはばたかせて宙に浮かび、すうーっと息を吸いこみます。
エミルが祈るように杖をかまえると……ふたりの体が、虹色の光につつまれていきました。
「おおう……」
ミリアムは思わず声をもらし、シルヴィアは、銀髪を光にきらめかせながら、感激のまなざしでエミルを見つめています。
そして――
「《プリズムフレア》!」
エミルが杖を振ると、シロンは虹色の炎を吐き、キメラのなきがらを包みこんでいきます。
炎を浴びたキメラの体は光の粒子となって、天へとのぼっていきました。
「こりゃ、すごい……」
ミリアムは空をあおぎ、光の粒子を見送りながら、ぽつりとつぶやきました。
「どうか、安らかに……」
『つぎは、ちゃんとしたワンダーとして、いきられるといいね』
エミルとシロンは、そろって祈りをささげます。人の手で、いびつに命をゆがめられたオオカミキメラを思って……
『……おつかれさまです、エミル様』
シルヴィアは、そっとエミルの肩を支え、ねぎらいの言葉をかけました。ほれぼれするほど美しいほほえみが、エミルの心をやさしくいやしてくれます。
「ありがとう、シルヴィア」
『ちょっとー、シロンにはなんかないのー?』
シロンが、むうっと口をとがらせます。
『うん、シロンも、がんばったね』
ふきげんなシロンを、シュガーがかわりにねぎらってくれました。
ぱちぱちぱち。
ミリアムが、素直な拍手をおくります。
「すごかったよ、妹ちゃん。やっぱり、エイルの妹だね。方向性はちがうけど、とんでもないところは、そっくり」
大好きなお姉ちゃんとそっくりだと言われて、エミルは、ふにゃりと照れ笑いをうかべました。
「えへへ……ありがとうございます……」
「それに……ずいぶん命にやさしいんだね」
エミルは、ふっと目をふせます。
「そうありたいとは思ってるんですけど……結局、あの子が死ぬところを、だまって見てるしかできなかったし……あ、ミリアムさんを責めてるわけじゃありませんよ?」
ミリアムは、くすくすと笑いました。
「ふふっ、わかってるって。ただ、妹ちゃんは、命のことをしっかり考えて、ちゃんと背負おうとしてる。それって、命にやさしくなかったらできないことだよ」
「……ありがとうございます」
ミリアムは、ひろがる岩場をながめながら、しずかに言いました。
「……あたしもね、好きでワンダーの命を奪ってるわけじゃない。ただ、そうしなきゃ助からない命だってあるし、そうすることで助かる命だってある。だからあたしは、ためらわない。エイルも、同じ考えでしょ?」
「……はい。お姉ちゃんも、そんな感じです」
「自分の心がキズつくだけで、みんなの笑顔を守れるなら、こんなにうれしいことはないよ……これは、妹ちゃんにもわかるよね?」
「……はい」
エミルは、こくりとうなずきました。
ミリアムは、ふと思いついたようにたずねます。
「妹ちゃんは、夢ってある?」
「……あります。世界じゅうのワンダーを、しあわせにしたいっていう夢が」
「ずいぶん、でっかい夢だね」
「だからこそ、やりがいがあります」
「かなえられるって、思ってる?」
「正直……いまはすごくむずかしいって思ってます。今回も、これまでも、助けられなかったワンダーが、何体もいました。たとえ死なせずにすんでも、すみかや食べものの取り合いはさけられないし、それで苦しんでいる子たちにも出会いました。何度も、ムリなんじゃないかって思いました」
「でも……できるって信じてる。妹ちゃんの目は、そう言ってるよ」
「信じるのをやめたら、かなう可能性は、ほんとうにゼロになっちゃいますから」
しずみかけた夕日を背にしたエミルは、ちょっぴり切ない顔をしていました。けれど、その青い瞳は、強い思いに燃えています。
右肩のシロンも、左肩のシュガーも、夕日をあびていっそうかがやいて見えるシルヴィアも、足もとのグレイも……「自分たちもついてるよ」と言わんばかりに、エミルにそっとよりそいました。
そんな仲間たちの姿を見て、ミリアムは、ふっとほほえみます。
「……そっか。あたしは応援してるよ」
「ありがとうございます」
エミルもまた、ほほえみを返しました。
「ちなみに、あたしの夢はねえ……」
もったいぶるミリアムに、エミルたちは、ごくりと息をのみます。
「毎日おいしいものを、おなかいっぱい食べることだよ」
その答えに、エミルたちは、そろってずるっとずっこけました。
最初は「なにそれー」と思いましたが……落ち着いて考えてみれば、とてもよくわかる夢です。とくに、くいしんぼうのシロンには。
毎日好きなものを、好きなだけ食べる。それがどんなにむずかしくて、どんなにしあわせなことか、エミルたちにはよくわかるからです。
「思ったとおりの反応だね。がっかりした?」
ミリアムが、からかいまじりにたずねました。
エミルは、ふるふると首を横に振ります。
「ううん。とってもすてきな夢だって思いました」
それは、心の底からの、ほんとうの言葉でした。となりでは、オレンジの瞳をきらきらさせたシルヴィアも、うんうんとうなずいています。
「そっか」
ミリアムはやわらかく笑うと、ぐいーっと伸びをしました。
「きょうは、妹ちゃんに会えて、ホントによかった。じゃあ、そろそろ王都へ帰ろうか」
そのとき、エミルは、ぽんと手をたたきました。
「あ、そうだ。せっかくだから、うちで晩ごはん食べていきませんか? 最近家族になったメイドさんが、とっても料理上手なんです!」
「へー、メイドやとったんだ。おどろきだけど、正解だね。専任の料理人でもなけりゃ、エイルの胃袋を満足させらんないでしょ?」
「あはは……そんなところです」
さすがお姉ちゃんの友だち、よくわかってるなあ……と、エミルは力なく笑いました。
「せっかくのおさそいだけど、エンリョしとくよ。メシ時にエイルと顔合わせたくないんだ。見てるだけで、胸やけしちゃう」
『それ……わかる気がします……』
シュガーが苦笑いして、ぼそっとつぶやきました。
「そうですか、残念です」
エミルは、しょんぼりと肩を落とします。
「ごめんね。そのかわり、今度ふたりきりで、どっかに食べに行こうね。約束のエイルの話も、そのときにしてあげるよ」
「はいっ、楽しみにしてます!」
エミルの顔が、ぱあっとあかるくなりました。
「それじゃ、帰ろっか! オオカミくん、帰りもたのむよー?」
シルヴィアが指輪にもどり、エミルとミリアムは、ふたたびグレイの背にまたがります。グレイは、ふんと鼻を鳴らして、ちょっぴり胸を張りました。
『ガオッ!』
キメラ討伐を終えた一行は、夕焼け空の下、王都への帰路につきました……
お読みいただき、ありがとうございました。
今日でエミルシリーズは連載一周年をむかえました。今後ともよろしくおねがいします。
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