第20話 エミルとミリアム
「それじゃ、もうしわけないけど、おるすばんをおねがいね、クリスティーヌさん」
「はい、いってらっしゃいませ、エミル様」
クリスティーヌは笑顔で、ぺこりとおじぎをしました。
エミルとしては、彼女も連れていきたいのはやまやまです。けれど、グレイの大きさでは、人間をふたり乗せて走るのがやっと……エミルとミリアムだけで、もう定員いっぱいなのです。
指輪の中では、シルヴィアがふふんと勝ち誇っていました。
「グレイ、出ておいで!」
家の外に出たエミルは、指輪から灰色のオオカミ型ワンダーを呼び出しました。
「へえー、【グレイトウルフ】じゃん。妹ちゃん、いいコ持ってるね~」
ミリアムも感心した様子です。
グレイも、まんざらでもないといった感じで、どこかとくいげな顔。そっけなくしていますが、ほめられて悪い気はしないのでしょう。
「それで、目的の場所はどこですか?」
「王都の南東だね。そのあたりにちょっと大きめの岩場があってさ。オオカミ系のタフな足がほしかったんだよね。グレイトウルフなら、心配ないかな」
「わかりました。それじゃ、わたしのうしろに乗ってください。グレイはシロとちがって気むずかしいから、気をつけてくださいね」
「これでも冒険家だよ。荒っぽいのはなれてるから、心配無用ですよっと」
エミルにつづいて、ミリアムもグレイの背中にまたがります。
グレイはわずかに顔をしかめたものの、彼女のことを受け入れてくれたようです。
「ぜんぜんいいコだね。なかよくなれそう」
『おねーさん、なんだかおねえちゃんみたい』
エミルの右肩にちょこんと乗ったシロンが言いました。まぎらわしい言い方ですが、シロンはミリアムをエイルとくらべているのです。なんでも、ふたりは友だちなのだそうですから。
「そう? エイルとはなんだかんだで、波長が合うからねー……そのせいかも」
ミリアムは苦笑いして返します。その関係を、どこか楽しんでいる様子です。
「シュガー、おるすばんしなくてだいじょうぶ?」
エミルは、左肩のシュガーに確認しました。
なにしろ、今回は生きものを狩る冒険です。平和を愛する、おとなしい性格のシュガーには、つらい場面になるかもしれません。
『……だいじょうぶです。わたしは、エミルさんのパートナーですから!』
シュガーはやる気に満ちた顔で言いました。
「よーし、それじゃ出発だよ、グレイ!」
『ガオッ!』
グレイはひと吠えすると、エミルたちを乗せて駆けだしました。
☆ ☆ ☆
王都を出て、走ること一時間ちょっと。エミルたちは、目的の岩場にたどりつきました。
『ハアー……ハアー……』
グレイはぐったりと座りこみ、ぜえぜえと荒い息をついています。
「このコ、だいじょうぶなの?」
「うーん、帰りまでには回復してると思いますけど……」
なにしろ、走っている途中、エミルとミリアムがシロと何度もくらべるものですから、プライドが高くて負けずぎらいなグレイは、対抗意識で限界以上にスピードを上げてしまい、すっかりバテてしまったのです。残念ながら【グレイトウルフ】と【ニュードウルフ】とでは、種族としての性能にまだ大きな差があるのでした。
『じごーじとくだね』
シロンは、じとっとした半目で、きびしいひとことを残しました。
「ま、いいや。妹ちゃん、ついてきて。あ、できるだけ気配は消してね」
「はい」
エミルはグレイを指輪にもどすと、足音をしのばせて、ミリアムのあとを追いました。エミルは、故郷の村ではかくれんぼ名人。あのエイルにも、見つかったことがないほどです。気配を消すのは、お手のものでした。
ふたりがいるのは、デコボコした岩場のいちばん高いところ。ミリアムはそこから、あたり一帯の様子をうかがっていました。
『ひろいけど、なんかしずかだねー……』
『そうですね、ワンダーの気配がぜんぜんしません。これってまるで……』
シロンとシュガーも、岩場をながめながら、首をひねっています。
その答えを、エミルが口にしました。
「ズットータム山と同じ……野生のワンダーが、なにかにおびえて、かくれてるんだ……」
「お、妹ちゃん、そういうのわかるんだ」
ミリアムが感心したように言います。
「もしかして、ミリアムさんの狩りたいものって?」
「そうだよ。このあたりを荒らしまわってる、悪いヤツ」
そう言うと、ミリアムは三つの指輪のはまった右手をかざしました。
「おいで、テル!」
中指の指輪から現れたのは、頭のてっぺんがぴかっと光る、目つきの鋭い大きなハゲワシ型ワンダーです。
「【ガンバルチャー】のテルっていうの。あたしのたよれる相棒だよ」
ミリアムは右手のアームガードにテルをとまらせて、誇らしげに紹介しました。
『なんか、めがこわい……』
『わたしも、ちょっとにがてかも……』
シロンとシュガーは、エミルの肩の上でぶるっとふるえました。
「まあ、肉食の鳥だしね。それにハゲワシって、死んだ動物の肉をあさったりもするし」
ミリアムがさらりと言うと、ふたりはますますぶるぶるとふるえます。
「ミリアムさん、そのへんで……」
エミルが止めに入りました。
「おお、そうだね。おどかすつもりはなかったんだよ。ごめんね」
ミリアムはあやまりますが、ふるえあがっているシロンとシュガーには、聞こえていなさそうです。
「さーて、飛んでおいで!」
ミリアムが、テルを大空へ放ちます。
テルは大きく翼をひろげ、岩場の上をぐるりと旋回しはじめました。
「あの子に、様子を見てもらうんですね」
「それだけじゃないよ、《バードアイ》!」
ミリアムの声に応えるように、空の上でテルがひと声鳴きました。ミリアムは指をまるめて小さなレンズを作ると、それを右目にあてて、のぞきこみます。
「あ、視覚共有の魔法!」
「あったりー! ホントにくわしいね、妹ちゃん」
視覚共有――パートナーのワンダーが見ているものを、ウィザードもそのまま見ることができる魔法です。おもに偵察のときに使われます。
「せっかくだから、君たちも見てみる?」
ミリアムは指レンズを、ようやくふるえがとけたシロンとシュガーに見せてあげました。
『わーお!』
『すごい! 岩場のようすが、はっきり見えますっ!』
テルの目を通した景色に、ふたりは大興奮です。
「機嫌なおしてくれてなにより。でも君たちも空を飛べるから、感動は薄いかな?」
「この子たちは、ふだんそんなに高く飛んだりしませんから、きっと新鮮にうつってると思いますよ」
そのまま、偵察をつづけていると……
「いた」
ミリアムの声が、すっと低くなりました。
どうやら、標的を見つけたようです。
『どんなの!?』
シロンが身を乗り出します。
ミリアムが指レンズを見せてやると……
『……なに、あれ……』
シロンは目を丸くしました。
つづけてエミルも見せてもらうと、そこには……なんと、翼の生えた一頭のオオカミがいたのです。
遠目からですが、シロほどではなくても、グレイの倍はありそうな大きさです。なるほど、こんなものがのっしのっしと歩きまわっていては、野生のワンダーたちもおびえるしかないでしょう。
しかし、これは……
「まさか……合成獣?」
エミルは、おののきながらつぶやきました。
「おっ、よく知ってるね、妹ちゃん」
「前に見て……実際に、戦ったこともありますから」
「あははっ、やっぱりエイルの妹だね。波乱万丈な経験してるぅ」
キメラ――それは、複数の生きものが人の手で無理やりひとつにされて生まれた、いびつな生命体のことです。鳥の翼を生やしたオオカミなんて、自然にはまずいません。野生のワンダーにも、あんなのは……ごくごくたまにしかいないはずです。
「情報によると、どっかの研究所で作られたのが逃げたんだって。野放しにしておいたら、このあたりの生態系に悪影響が出ちゃう……」
さっきまでゆるんでいたミリアムの顔が、一瞬にして引きしまりました。
さすがはエイルの友人……しっかりプロの目つきです。
「居場所はわかった。狙いやすいポイントにいくから、妹ちゃん、ついておいで」
「わ……わかりました」
エミルたちはごくりと息をのみ、駆けだしたミリアムを追いかけました。
☆ ☆ ☆
岩場を移動したエミルたちは、獲物がはっきり見える位置にたどりつきました。
『それで、どうするの? たたかうの?』
「いいや、戦わないよ」
『え? でも、あいつをやっつけるんじゃないの?』
シロンはこてんと首をかしげます。
「うん。やっつけるよ。ここから、狙い撃ってね」
「狙撃……」
エミルは、またごくりとつばをのみこみました。
「テル、アームド!」
ミリアムが右手をかざすと、上空を旋回していたテルが光をまとって急降下し、彼女の右のアームガードと合体しました。
すると……ミリアムの右手に、ハゲワシをかたどったボウガンが装着されたのです。
『あ! それで、あのオオカミをねらいうちするんだね! ばきゅーん! って!』
シロンは、感激に目をきらきらさせました。
「そのとおり!」
ミリアムはにやりと不敵に笑って、ボウガンをかまえます。
狙うは……オオカミキメラの頭部です。
なにか役に立ちたいと思ったエミルは、おそるおそるたずねました。
「わたしは、なにをすればいいですか?」
「ジャマさえしなきゃいいよ。もともと、足がわりがほしかっただけだし」
「そうですか……」
エミルは、ちょっぴりしょんぼりしました。はっきり言ってくれるなあと、心の中でつぶやきながら。
「あ……そうだ!」
けれど、すぐになにかを思いつき、指輪から【ダークエルフプリンセス】のシルヴィアを呼び出しました。
『お呼びですか、エミル様?』
シルヴィアは、つややかな褐色の肌と宝石のようなオレンジの瞳をきらめかせ、エミルに期待のまなざしを送ります。
「彼女も弓矢を使うので、見学させてもらってもいいですか?」
エミルはそんな期待をひょいと受け流して、ミリアムにたずねました。
シルヴィアは、美しく引き締まった体で格闘もこなし、魔法も得意という多芸ぶり。それでいて森の住人だけに、弓矢の腕前もたしかなのです。
「もちろんいいよ。しっかり勉強してね」
「ありがとうございます」
シルヴィアも、ぺこりと頭を下げました。絹糸のような銀髪が、さらりとなびきます。
お義姉さまと慕うエイルの友人ということで、ミリアムにも尊敬の気持ちを持っているみたいです。
(次こそはクリスティーヌさんに勝てるように、よーく見ておくんだよ)
エミルは、シルヴィアだけに聞こえるようにささやきました。
シルヴィアは、エミルの心づかいをうれしく思い、満面の笑顔でこたえます。
「さあ、狩りの時間だ!」
持ち場についたミリアムが、眼下にたたずむオオカミキメラへ、ぴたりと狙いを定めました。
エミルたちがかたずをのんで見守るなか……はたして、狙撃は成功するのでしょうか?
お読みいただき、ありがとうございました。
今日でエミルシリーズは連載一周年をむかえました。今後ともよろしくおねがいします。
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