第18話 おやつと旧友
『シルヴィアさん、お味のほうはどうですか?』
『ええ、とってもおいしいですよ、シュガーちゃん』
シルヴィアは、リビングのソファーに座って、シュガーとクリスティーヌの共作プリンに、舌鼓を打っていました。
ボロボロだった体と服も、エミルのパートナーの一体、【ソルフェニックス】のレッディが出した再生の炎で、すっかり元どおり。さらさらの銀髪も、なめらかな褐色の肌も、ほれぼれするようなスタイルも、いつものきれいなシルヴィアにもどっています。彼女の服は魔法で作られているので、回復魔法で直せるのです。
「私もいっしょに作ったんですけどねえ」
向かいに座るクリスティーヌが、ちょっぴり困ったように笑います。
『お砂糖の妖精である、シュガーちゃんのチカラのたまものですよ』
シルヴィアは、ぷいっとそっけなくこたえました。機嫌は直ったものの、さっきの練習試合で負けたことを、まだ根に持っているみたいです。
「……ごめんなさい。シルヴィアがこんな感じで。根はとってもいい子なんだけど、ちょっとやきもち焼きなところがあって……」
エミルはプリンをつつきながら苦笑いしました。
「いえいえ。いつか私も、シルヴィア様となかよくなりたいです」
クリスティーヌは、あいかわらず余裕たっぷりのほほえみです。種族のうえでは、エルフのシルヴィアのほうがずっと年上のはずなのに、オトナっぽさでは完全に負けています。シルヴィア本人もそれがわかっているので、くやしくて、またむくれてしまいます。
『それにしても、訓練、わたしも参加してみたかったです』
妖精のシュガーは、自分用の小さなプリンをちびちびと食べながら、名残惜しそうに言いました。
「本の続きのほうが気になってたんでしょ? ジャマしちゃ悪いと思って、呼ばなかったの」
『そ、そうだったんですか。お気づかいしてもらって、すみません』
「いいって、いいって」
『でもさ、シュガーはいなくてよかったよ。シルヴィアのかっこわるいとこ、みなくてすんだんだもん』
シロンがしれっと言うと、せっかく元気になったシルヴィアは、また、ずーんと落ちこんでしまいました。
「こら、シロン!」
『うっ……ごめんなさい』
「あらまあ」
一連のやりとりを見て、クリスティーヌはなんだか楽しそうです。
すると、見かねたシュガーが、ふわりとシルヴィアの顔の近くまで飛んでいって、ささやきました。
『わたし、シルヴィアさんのこと、すごくかっこいいと思ってますし、尊敬してます。前の冒険の最後の戦いのとき、魔王の一撃から身をていして、わたしたちをかばってくれたこと……一生わすれません』
『シュガーちゃん……』
シルヴィアにとってその場面は、愛するエミル様をお守りできたとはいえ、ものすごく痛くて、ぶざまで情けない姿をさらしてしまった、忘れたい記憶でした。それなのに、シュガーがそんなふうに思ってくれていたなんて……胸の奥が、きゅんとふるえました。
『だから、うまく言えないけど……わたし、なにがあってもシルヴィアさんのこと、応援してますからっ!』
小さな妖精の熱のこもった声援を受けて、シルヴィアの宝石のようなオレンジの瞳が、じわっとうるみます。
『~~~っ!』
そして、感激で胸がいっぱいになったシルヴィアは、その大きな胸に、シュガーの小さな体をぎゅうっと抱きしめました。
『んむ~っ! くるしいです、シルヴィアさぁ~ん……』
「あはははっ!」
その仲むつまじい姿を見て、リビングに笑顔の輪がひろがりました。
☆ ☆ ☆
さて、すこし時間をさかのぼります。エミルたちがトランプで遊んでいたころ、ひとりで外へ出たエイルは、王都をぶらぶらと歩いていました。
『いいんですか? 妹さんといっしょじゃなくて……』
指輪から、パートナーである剣の精霊エクシリアの声が響きます。しとやかで、それでいて凛とした、美しい女性の声です。
「いいんだよ。ああは言ってたけど、エミルは内心ショックを受けてるからね。しばらくはおうちでゆっくりしてたほうがいいと思うんだ」
『でしたら、ご主人さまもそばにいてあげればいいのに。妹さんとはずっといっしょだって、約束なさったんでしょう?』
「私とあの子はそっくりだけど、ちがうところも多いからね。あの子にはシロンたちもいるし、私がそばにいないほうが、いいこともあるんだよ」
エクシリアは、指輪の中で目を丸くしました。ふだんは考えなしのエイルが、妹の心のことをちゃんと気づかっているなんて。
『……そのやさしい気づかいを、もっとほかのことにも向けてくれたらいいんですけどねえ』
「なんか言った?」
『いえ、なんにも』
「それに、私たちはずっといっしょって約束は、小さいころからずっと守られてるよ。だって、私たちの心は、ずうっとつながってるんだもん」
エクシリアは、指輪の中でまた、ぱちぱちとまばたきしました。
自由奔放な野生児のエイルが、そんなしんみりしたことを言うなんて。彼女ももう16歳、少しはオトナになった……ということなのでしょうか?
「……で、出てきたはいいけど、どうしよっかなあ。エクス、なんか考えてよ」
『え!? 私が考えるんですか!?』
突然の丸投げに、エクシリアは思わずすっとんきょうな声をあげてしまいました。
「そりゃそうでしょ。エミルがいないときの考える担当は、お前だろ」
『まったく、この人は……』
エクシリアは、さっきエイルの言葉に感激しかけた自分を、後悔しました。
すると……
「お……そこにいるのは……エイルじゃねえか!」
近くの屋台で、真っ昼間から酒盛りをしていた男が、声をかけてきました。
年齢は40代ほど。こげ茶色の髪をオールバックにして、うしろで小さくまとめています。無精ひげを生やし、体格はいいのに、どこか頼りなさそうな……いかにも三枚目といった感じのおじさんです。
「ダルベール! ひさしぶり!」
エイルは、ぱあっと笑顔を咲かせて、声を弾ませました。
ものおぼえの悪いエイルが人の名前をおぼえていて、そのうえこんなにうれしそうな反応を見せるなんて、とてもめずらしいことです。エミルがいっしょにいれば、びっくりしていたことでしょう。
「お前こそ、ひさしぶりだな! 最近も、ずいぶんご活躍みたいじゃないか! 元・旅の仲間としては、ハナが高いぜ」
ダルベールはジョッキを置いて、酔っぱらった赤い顔でうれしそうに言いました。
「いつ、王都に戻ってきたの?」
「おとといだな。その前は、ファーブリアにいたぜ。そこで、お前とも会えると思ってたんだけどなあ」
「ふーん」
ファーブリアというのは、この王都からずっと南のほうにある、大きめの町です。エイルも少し前にそこへ滞在し、妹のエミルと4年ぶりに再会した場所でもあります。
「そのどうでもいいって感じの返事、変わらねえな……それで、妹とは会えたんだろ?」
「うん。いまはこの近くで、いっしょに暮らしてるよ」
「そうか……よかったな、再会できて」
ダルベールは瞳をうるませました。歳のせいか、酔っているせいか、涙もろくなっているみたいです。
「うん」
「……お前なあ、こういうときはひとことくらい、"ダルベールのおかげだよ"とか言うところなんじゃねえのか?」
「ふーん、そうなの?」
エイルはまた、どうでもよさそうに返しました。
ダルベールは思わず、ガタッと身を乗り出します。
「おまっ……旅の途中、何度も助けてやったじゃねえか!?」
「そうだっけ??」
エイルはものおぼえは悪いですが、さすがに受けた恩だけは、けっして忘れません。つまり、おぼえていないということは……そういうことなのでしょう。
「ったく……まあいい。せっかくひさびさに会ったんだから、もっとゆっくり話したいところだが……俺もちょっと、このあと用があってな」
ダルベールの表情が、ふっと真剣なものになります。その視線は、どこか遠くを見つめているようでした。
「用があるのに、お酒飲んでたの?」
「俺のジンクスだ。気分を上げるためのな。それすらも忘れちまったのか?」
「やめたほうがいいって言ったのは、なんとなくおぼえてるよ」
「ははっ、そういうことはおぼえてるのかよ……ま、とにかく、俺はそろそろ行くぜ。今度、お前んちに遊びに行くよ。そんときは妹のこと、紹介してくれよな」
ダルベールが、この場を去ろうと席を立ったとき……
「ちょっと待った」
エイルがふいに呼び止めました。
「どうした?」
「その用って、討伐の依頼かなんかでしょ? 私いまヒマしてるし、せっかくひさしぶりに会ったんだから、手伝うよ」
ダルベールはやれやれとばかりに頭をかきました。その態度にはどこか余裕があって、まるでエイルがそう言いだすのをわかっていたかのようです。
「……あいかわらず、カンが鋭いな、お前は……なら、お言葉に甘えて、手伝ってもらうとするか。なにしろ、予定が詰まってるからな。お前がついてきてくれりゃ、早めに片づく」
「まかせろ」
「頼りにしてるぜ、元相棒」
こうしてエイルは、旧友ダルベールといっしょに、討伐依頼に挑むことになったのでした。
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