第17話 練習試合
「では、私が戦わせるパートナーは……このコです!」
クリスティーヌは右手の指輪をかざして、パートナーを召喚しました。
栗色の毛を持ち、両手がイガグリのような形をした子グマ、【クマロン】……"ホワイトホープ"との決闘で、クリスティーヌのグローブに変身していたワンダーです。
大きさは六十センチくらい。まさにテディベアのような大きさと見た目です。
ワンダー好きのエミルは「かわいい~!」と身もだえし、シルヴィアも同じように身もだえしかけましたが、いくらかわいくても、あのコはにっくきクリスティーヌのパートナーだとハッとして、こほんとせき払いをしました。
「さあどうぞ。先手はおゆずりしますよ」
クリスティーヌはにこやかにほほえみ、クマロンは両手をばしばしと打ち合わせてはりきります。かわいらしい見た目に反して、けっこうな武闘派のようです。
「じゃあ、お言葉に甘えて! シロン、《ファイアボール》!」
『がおーっ!』
エミルは杖を振り、シロンは口から火の玉を撃ち出しました。
これはシロンが最初におぼえた魔法。思い出もたっぷりで、使い勝手もばつぐんです。エミルが指揮用の杖を向けると、狙いはぐっと正確になります。
「マロちゃん!」
クリスティーヌは、バッと右手をかざします。指揮には杖や剣など、なにかしらの道具を使うのが常識なのですが、最近は素手でおこなう者も多いのです。
クマロン――マロちゃんは、イガイガの右手をぶんっと振りぬき、火の玉をはじき消してしまいました。
「むむっ、やるなー」
エミルもだんだんやる気が出てきたようです。
『だったら、もっとつよいやつ!』
「《ドラゴンフレイム》!」
シロンは宣言どおり、今度はもっと強力な火炎を吐きました。
エミルの肩に乗れるくらい小さな体からは考えられない、量と威力です。シルヴィアの空間魔法がなければ、いまごろ庭は大火事になっていたでしょう。
「《ニードルガード》!」
クリスティーヌとマロちゃんが、ぐっと両手のこぶしを前に突き出します。動きをそろえれば、パートナーとの一体感が増し、魔法の威力はより高まるのです。
すると、マロちゃんの両手のイガイガがふくらんで大きくなり……シロンの吐いた火炎を盾のように受け止めました!
「んんん……」
しかし、その熱と勢いに、二人は顔をしかめます。どうやら力くらべでは、シロンのほうが一枚上手のようです。
「えーい!」
それでも、クリスティーヌとマロちゃんは一気に両腕をひろげ、《ドラゴンフレイム》を防いでみせました。
「『やるぅー!』」
エミルとシロンの感心の声が重なります。シルヴィアは、おもしろくなさそうな顔をしていますけれど。
「ありがとうございます」
クリスティーヌは、にっこり笑顔。
『けど……これならどうだっ!』
「《ドラゴンフリーズ》!」
シロンは、今度はすさまじい冷気を吐き出しました。訓練や冒険を重ねて、シロンは炎だけでなく、さまざまな属性のブレスを吐けるようになったのです。
さすがのイガイガでも、これを防ぐことはできず、マロちゃんはあっというまに全身カチコチの氷づけ。この勝負、シロンの勝利です。
「おみごとです、エミル様、シロン様」
クリスティーヌはくやしがるでもなく、パチパチと拍手でエミルたちをたたえました。
「ありがとう。……でも、ふだん命令される側のメイドだけあって、命令するのは苦手っぽいね。だって、ぜんぜん攻めてこなかったもの」
「あはは……そうかもしれませんね」
エミルの指摘に、クリスティーヌは観念したように苦笑いします。
『でもエミル様の指揮は、"命令"とはちがいますよね?』
シルヴィアは、とくいげに言いました。
エミルは右手の杖と、指にはめた指輪を見つめます。
「そうだね。わたしのは"おねがい"。ワンダーまかせで無責任な、ただのおねがい」
『でも、シロンはそのおねがいをかなえるよ! だって、エミルのことだいすきだもん!』
『わ、私だって、いえ、私のほうが、エミル様のことを愛していますっ!』
シロンとシルヴィアは、そろってエミルを抱きしめました。すべすべの白い肌とやわらかな褐色の肌の感触が、エミルをしあわせな気持ちにしてくれます。
その様子を見ていたクリスティーヌは、くすくすと笑います。
「エミル様は、ほんとうにパートナーに好かれてらっしゃるんですね」
「ありがたいことに、ね。でもそれは、クリスティーヌさんもいっしょだよ」
「そうでしょうか?」
エミルは、凍ったままのマロちゃんを指さしました。
「だって、そのクマちゃん、不器用ながらクリスティーヌさんのためにがんばろうっていう気持ちが、伝わってきたもん。そうでなきゃ、シロンの炎をはじくなんて、できないよ」
『そうそう! シロンのほのおは、やわじゃないもんね!』
シロンはふんっとそっくり返りました。
『しかし……こうもあっさり終わっては、訓練にならないのではありませんか?』
シルヴィアは、クリスティーヌににやりと勝ち誇ったような笑みを向けます。完全に対抗意識むきだしです。
「かも、しれませんね……失礼ですが、私も正直、エミル様とシロン様の強さを見誤っていました」
クリスティーヌは照れ笑いしながら頭をかきました。シルヴィアに挑発されても、余裕の色は消えていないように見えます。
その発言も、余裕たっぷりの態度も気に入らないシルヴィアは、一歩前に出て宣言します。
『まだ、パートナーはお持ちなのでしょう? 今度は、私がお相手いたします!』
エミルは、またまた苦笑い。やる気があるのは、いいことなのですけれど。
「シロンは、もういい?」
『ちょっとすっきりしたから、いいや』
シロンはそれなりに満足しているようです。
こうして二戦目は、シルヴィアが挑むことになりました。
クリスティーヌはシロンの炎で氷をとかしてもらったマロちゃんを指輪に戻し、別の指輪にささやきかけます。
「さあ……待ちに待った出番ですよ、出ておいで……」
そのとき、彼女の体から、栗色のオーラが一気にわきあがりました。その勢いで髪とメイド服が大きくゆれます。
『えっ……』
その気迫にシルヴィアが目をぱちくりさせるのと同時に……クリスティーヌの新たなパートナーが召喚されたのです。
☆ ☆ ☆
――数分後。
『うっ……うっ……うっ……』
空間魔法が解けた庭に残っていたのは、髪も服もボロボロで、地べたにはいつくばってむせび泣いている、シルヴィアの情けない姿でした。
エミルはそんな彼女の背中をなでて、なぐさめます。
「シルヴィアは、よくがんばったよ。……ただ、相手がちょっと悪すぎたね」
『シルヴィア、かっこわるーい』
「こらシロン、そういうこと言わない。シロンだって、似たような負け方したことあるでしょ」
『う……おもいださせないでよう……』
シロンはしゅんとしてしまいました。
いっぽうのシルヴィアも、大好きなエミルの言葉もむなしく、すすり泣くばかりです。
そんな彼女の長身を、エミルはがばっと抱きしめます。
「わたしの戦い方は、あなたたちへの"おねがい"。だから負けた責任は、ぜんぶおねがいしたわたしにある。そんなにしょいこまないで。泣き顔もかわいいとは思うけど、やっぱりシルヴィアみたいな美人さんには、笑顔がいちばん似合うよ」
『……エミルさまあ~!』
シルヴィアは、彫刻のようにととのった顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、エミルを抱き倒しました。
エミルはそれを、いやがるそぶりもなく受け入れています。その様子を見て、クリスティーヌはまたふふっと笑いました。
「……やっぱりエミル様は、パートナーに好かれてらっしゃるんですね」
「えへへ……でもクリスティーヌさんのパートナーも、すごかった」
エミルがふにゃりと笑ってほめると、クリスティーヌは右手の薬指の指輪を見つめます。
「呼び出すのに、たくさんのマナを使ってしまうので、気軽にはお見せできないんですけどね。エミル様とシルヴィア様ほどの方々が相手なら、お見せしたほうがいいかと思いまして」
それはシルヴィアを素直にほめる言葉でしたが、当の本人はエミルに夢中で、ちっとも聞いていません。
「じゃ、ひとまず訓練はこれでおしまいってことで」
エミルはシルヴィアの腕をそっとほどき、立ちあがってぱんぱんと手を打ち鳴らして宣言しました。
『なんか、あっというまだったけど……これでほんとにくんれんになったのかなあ?』
「なったよ。チカラを使うこと、強大なチカラを目の当たりにすること、それだけでも大きな成長につながるんだよ。ね、シルヴィア?」
『ずずっ……はい……負けたのはくやしいですけれど……次につながる負けだったと、たしかに実感しています……』
シルヴィアは鼻をすすり、瞳をぬぐいながらこたえました。その涙も鼻水さえもきらきらと光って、やっぱり美しく見えてしまいます。
「エミル様たちのお力になれたのなら、光栄です」
クリスティーヌは、やわらかくほほえんでまとめました。
エミルはもう一度シルヴィアの背中をぽんぽんとたたくと、ぐいーっと伸びをして言いました。
「さーて! おうちに戻って、おやつの時間にしようか!」
『さんせーい!』
「でしたら、ゆうべシュガー様といっしょに作った、プリンをいただきましょう」
『むっ……貴女はともかく、シュガーちゃんが作ったものなら、まちがいないですね』
シルヴィアは、ちりちりになった銀髪をいじりながら、じとっとした半目で、ぷうっとくちびるをとがらせました。
「あははっ、負けずぎらいだなあ、シルヴィアは!」
こうしてエミルたちは、リビングに戻っておやつの時間を楽しむのでした。もちろん、ひとり本を読んでいたシュガーも交えて……
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