第16話 エミルのおうち時間
家にもどってきた姉妹たちは、結局、外では食べずじまいだったお弁当でお昼ごはんをすませ、おのおの家の中でゆっくりしていました。
なにしろ、ちょっとピクニックに行っただけのつもりが、とんでもない騒動に巻きこまれたのです。おどろきのあまり、きょう一日は外に出たくないと思っても、ムリはありません。
……が、そんな繊細な気持ちなど、本能と直感だけで生きているエイルは持ち合わせていませんでした。すぐに退屈をもてあまして、ひとりでさっさとどこかへ行ってしまったのです。
というわけで、残ったエミルとクリスティーヌは、シロン、シュガー、シルヴィアをまじえて、リビングでトランプゲームに興じていました。
『はい、これであがり』
「また、シロンの負け~」
『ムキー! なんでぜんぜんかてないのー!』
シロンはぷんすかして、トランプをばらまきました。どうやら、ババ抜きで遊んでいたみたいです。
「シロンは、考えがすぐ顔に出るからねえ」
『もう! トランプなんてつまんなーい! ほかのことしてあそぼうよー!』
「うーん、ほかのことねえ……」
エミルは頭をひねりました。とつぜん、きょうの予定がぽっかりとあいてしまって、なにをすればいいのか、すぐには思いつかないのです。
『あの、わたし、そろそろ本の続きが読みたいです……』
シュガーは小さく手をあげました。
「わかった。いいよ、行っておいで」
『ありがとうございます。ではみなさん、お先に失礼……』
シュガーはぺこりと頭を下げると、いち抜けして、うれしそうにエミルの部屋へと飛んでいきました。
「シルヴィアはなにか、やりたいことある?」
『私はエミル様のしたいことなら、なんでもかまいません』
シルヴィアはうるわしくほほえんで、即答しました。つり目がちの瞳が、熱いまなざしをエミルに送っています。
まあ、そう答えるよね、とエミルは思いながら、今度はクリスティーヌにたずねてみました。
「クリスティーヌさんは……」
「うーん、私も、とくにしたいことは思いつきませんねえ……」
「むう……」
エミルは困り果てました。
やっぱりエイルのように、外に出かけるのが正解だったのでしょうか。でも、あまり気乗りしないのにむりやり出かけても、気分は晴れそうにありません。
そんな相棒の姿を見かねたのか、シロンが提案しました。
『ねえエミル。それじゃ、おにわでくんれんしようよ。これから"あくのそしき"とたたかうかもしれないんでしょ? それにシロン、こんかいもぜんぜんかつやくできてないし!』
……つまり、不完全燃焼だから、とにかく暴れたいだけみたいです。
けれど、シロンの言うことももっともですし、なによりもやもやを吹き飛ばしたいと思っているのは、エミルも同じでした。
それに、いまは……
「そうだね。シロンにしてはいい考えかも。ちょうど、いい訓練相手もできたしね」
『シロンにしては、はよけいだよっ!』
『エミル様、いい訓練相手というのは?』
わめくシロンを押しのけて、シルヴィアは美しく整った顔を近づけてきました。つやめく褐色の肌が、まぶしいです。
エミルは慣れっこなので気にもとめず、ぴっと指をさします。
「決まってるじゃない。クリスティーヌさんだよ」
「え……? 私、ですか?」
クリスティーヌは、意外そうにきょとんとしました。
「だって、"ホワイトホープ"の人たちを、あんなにあっさりやっつけちゃうんだもん。それに、見ていた感じ、戦いの腕前だけなら、わたしよりずっと上だし、きっといい訓練になると思うんだ」
シルヴィアは、ぷうっとほっぺをふくらませますが……少し考えると、ふっと不敵な笑みに変わりました。
『……たしかに、いいお考えですね。さすがは、エミル様』
その理由は、エミルにはすぐわかりました。
自分と同じ「エミル様」という呼び方をするクリスティーヌを、シルヴィアはあまり好ましく思っていません。この訓練の機会に、自分のほうが上だと思い知らせるつもりなのでしょう。ダークエルフのお姫さまらしい、誇り高さがにじみ出ています。
『そうだね! シロンもクリちゃんのパートナーたち、みてみたい!』
シロンもがぜんやる気になったみたいです。
「というわけで、おねがいできる?」
「ええ。ご命令とあれば、受けて立ちます」
クリスティーヌは、にこやかに承諾しました。
本人にそのつもりはないのですが、その余裕ぶったような表情がシルヴィアの気にさわったらしく、きりりとした目を細めて、じろりとにらみをきかせます。
『あ……エミル様。訓練なら、シュガーちゃんにも参加してもらったほうが、よいのではありませんか?』
シルヴィアは、はっと思い出して、ぱちりと目をみはって提案しました。
エルフは、妖精の進化系のような存在。そのせいか、シルヴィアのほうもシュガーのことがお気に入りのようです。
「シュガーはいま、本の虫になってるからねえ。ジャマしたくないんだ。それに、バリバリの戦闘訓練なんて、あの子には似合わないよ」
『それも、そうですね』
シルヴィアは、やさしく目もとをやわらげました。
「わたしは、シルヴィアにもそういうのは似合わないと思ってるんだけどね」
エミルのひとことに、シルヴィアはしなやかな両手でほっぺを包んで、うっとりと身をよじりますが……
『まあ……! うれしいですけれど、私はエミル様の剣であり、盾でありたいのです。戦闘訓練、よろこんで参加させてください!』
瞳をきらきらとかがやかせて、さらにやる気をみなぎらせました。
「あはは……たよりにしてるよ。それじゃみんな、お庭に出ようか」
「『はーい!』」
元気なお返事のあと、エミルたちはぞろぞろと庭へ向かいました。
☆ ☆ ☆
姉妹の家の庭は、家とおなじく、こじんまりとしたものでした。
花壇には、エミルが植えた色とりどりの花々がゆれています。すみのほうには、虹色のこんぺいとうのような木の実がなる、ふしぎな小さな木も立っていました。
ウィザードの訓練には、まったく向いていない場所に思えますが……そこは決闘用の空間魔法を使えば、どうとでもなります。結界の中なら、環境も広さも、ある程度は自由自在ですから。
「よし、シルヴィア、空間魔法をおねがい」
エミルは、パートナーの中でいちばん魔法技術の高いシルヴィアに依頼しました。
『おまかせください。内装はどのようにいたしましょう?』
「ふつうの草原でいいよ。広さは、走りまわれるくらいあればじゅうぶんだから」
『かしこまりました!』
シルヴィアは声をはずませると、ふわりと美しい銀髪をなびかせながら、両手を空にかざしました。
すると、両手の先を中心に、まわりの空間が書き換えられていき――あっというまに、小さな家の庭が広々とした草原に早がわりしたのです。
「これほどまでに、こまやかな空間魔法が使えるなんて……さすがはエルフ……エミル様のパートナーですね」
まわりを見渡したクリスティーヌが感心すると、シルヴィアはつやめく銀髪をゆらして、ふふんと誇らしげに大きな胸を張りました。
「さてと、わたしが得意なスタイルは"コマンド"だから……パートナー同士を戦わせる訓練にしようと思ってるんだけど、いいかな?」
「ええ、かまいませんよ」
クリスティーヌは、にっこりとうなずきました。
パートナーのワンダー同士を戦わせることは、ウィザードがほとんど傷つかない、わりと安全な競技として、王国じゅうで広くおこなわれています。
「それじゃ、シロンにシルヴィア、どっちが先にやりたい?」
『シロン!』『私です!』
ふたりは、ずいっとエミルにせまりました。
愛らしいシロンと、うるわしいシルヴィアにたじたじになりながらも、エミルはすぐに決めました。
「じゃあ、最初はシロンね。がんばってね」
『オーライ! シロン、がんばっちゃうもんね!』
シロンはうれしそうに、ふんっと鼻を鳴らして気合を入れました。
いっぽうで後まわしにされたシルヴィアは、わかりやすくむうっとむくれます。
(まずはシロンに機嫌を直してもらいたいの。ちょっとだけがまんしてね)
エミルは、聴力の高いシルヴィアにしか聞こえない程度の小声でささやきました。
その気づかいと、エミルのおねがいに折れたシルヴィアは、(そういうことであれば、わかりました)と、おとなしくうなずきました。自分はシロンよりもオトナだ、という自覚もあるのでしょう。
『さあー! クリちゃん! シロンのすごいところ、みせちゃうからね!』
「ええ、楽しみです」
クリスティーヌの余裕たっぷりのほほえみとともに、戦闘訓練……もとい、練習試合がはじまります。
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